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6 万象を記憶するもの




 オゼルトン領から遠く離れた、王都の軍本部会議室。

 そこに予期せず現れた領主・ガルャーナの姿に、クレアとエリスは驚きを隠せなかった。



 ガルャーナは威厳ある空気を纏いながら、答える。



「オゼルトンの今後を決める会合に訪れていたのだ。エリシアがここで会議中だと聞いて、廊下で待たせてもらっていたのだが……覚えのある話題が聞こえてきたので、立ち入ってしまった」



 それを聞き、クレアは思い出す。

 レナードは今日、この会議以外にも重要な会合があり、国の上層部が忙しくしていると言っていた。

 それこそが、オゼルトン領の領主であるガルャーナとの会合だったのだろう。


 ガルャーナはぽかんとしている会議室の面々を見回し、自己紹介をする。



「挨拶が遅れてすまない。オゼルトン領領主、ガルャーナ・ヴィッダーニャ・オゼルトンだ。不躾ながら話は聞かせてもらった。君たちが抱えている疑問について、僕から答えを提示させてもらってもいいだろうか?」



 そう言って、この場で最も身分の貴いルカドルフに目を向ける。

 ルカドルフは、少し面食らったように瞬きをした後、静かに頷いた。


 それを認め、ガルャーナはルカドルフの横に立つ。

 そして、全員の注目を受けながら、悠然と語り始めた。



「『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)は、ワカ・シュンケに捕らえて人を惑わす』――オゼルトンに伝わる寓話には、確かにそのような一節がある。この『ワカ・シュンケ』とは古代オゼルトン語を組み合わせた造語で、直訳すると……"(うつろ)を映す水"、という意味になる」

「虚を映す水……?」



 聞き返すエリスに、ガルャーナが頷く。



「そうだ。我々は"虚水(きょすい)鏡界(きょうかい)"と呼んでいるが……わかりやすく言えば、水により生み出された偽りの世界だ。それに閉じ込められた者は(うつつ)(うつろ)の区別がつかなくなり、幻想に囚われるとも云われている。何とも恐ろしい力だ」



 幻想に囚われる、恐ろしい力……

 その話が事実なら、"水球"ならびに『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』に纏わる調査はかなりの危険が伴うものとなるだろうと、クレアは思う。



「その"鏡界"の幻想から脱する方法はあるのでしょうか?」

「わからない。『英雄と神器』の寓話において、"禁呪の武器"は『悪を討つ正義の神器』として描かれているからな。その力を破る方法など描写されていないのだ。ただ……オゼルトンにはもう一つ、このような言い伝えがある」



 ガルャーナは、一呼吸置いてから……

 低い声で、こう言った。




「――水御霊(ペテネッレ)は、すべてを記憶する」




 聞き覚えのあるオゼルトン語に、今度はエリスが尋ねる。



「ペテネッレって……水の精霊のことよね?」

「さすがエリシア、覚えがいいな。水は生命の源――人間も動物も植物も、水がなければ生きていけない。取り込まれた水はその生物の一部となり、やがて循環する。そうした観点から、水には同化した生物の感情や記憶が保存されていると考えられているのだ。それを元に推察するならば、『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』が展開する偽りの世界は、かつて同化した人間の記憶を元に作られているかもしれない」



 エリスとガルャーナのやり取りを聞き、クレアが続ける。



「『水斧(すいふ)』に封じられた水の精霊の記憶を基に"鏡界(きょうかい)"が形成されるなら、その幻想の舞台は必然的に"王との離別(ミッシング・ロード)"前の時代になりそうですね。"武器"に封じられているのは、その時代の精霊たちですから」

「そっか。それならすぐに幻想を見破れるかも。"鏡界(きょうかい)"に囚われたとしても、あまりに時代がかけ離れているならすぐ違和感に気付くはずだし。それさえわかっていれば何とかなりそうね。教えてくれてありがと、領主サマ」



 礼を述べるエリスに、ガルャーナは満足げに微笑み返す。



「君の役に立てて何よりだ。精霊さまに干渉できる君なら、どんな苦境も乗り越えられるだろう。今回の任務も、成功することを願っている」



 言って、クレアやその他の存在を忘れたようにエリスを見つめるので……

 クレアはこめかみを引き攣らせながら、「んんっ」と咳払いをし、



「それにしても……水の精霊に『記憶』を司る力があるというのは初耳でした。研究所としても、魔法の可能性を広げる新たな学説なのではないですか?」



 と、所長のイザベラと副所長のジェラルドに投げかける。

 案の定、二人は眼鏡の奥の瞳を輝かせ、



「えぇ。我々の常識では考えもしなかった観点です。オゼルトンの魔法学者にもご協力いただきながら、さらなる研究を進めたいものです」

「が、ガルャーナ領主。可能であれば、もう少しお話をお聞かせいただけないでしょうか? オゼルトンに伝わる逸話が他にもあれば、ぜひ教えていただきたいです」

「もちろん、良いとも」



 ……そうして。

 研究所の二人とガルャーナによる質疑応答がしばらく続いた。


 思いがけず始まったアルアビスとオゼルトンの学術交流に、ジークベルトや他の調査員たちは何ともいえない顔をしていたが……

 ルカドルフは興味があるのか、何も言わずにそのやり取りを見つめていた。


 クレアとエリスは、無言で目配せする。

 一時はどうなることかと思ったが……これだけ時間を稼ぐことができれば、レナードたちの捜索も無事に終わりそうだ。





 ――そうして、しばらくの(のち)



「……では、あらためて指令を下す」



 静かになった会議室で、ジークベルトが言う。



「クレアルド・ラーヴァンス。そして、エリシア・エヴァンシスカ。ジブレール領のウィンリスへ赴き、シノニム湖に出現した"水球"について調査せよ。『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』が関わっている可能性が高いため、慎重に行動すること。仮に『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』を発見したとしても、幻想を見せる危険な力を内包している恐れがあるため、即時の回収や無力化は必須でないものとする。出発は三時間後。本日中にジブレール領へ入り、明朝ウィンリスを目指せ。報告は随時送るように」

「はい」

「わかったわ」



 クレアとエリスが答えると、ジークベルトはルカドルフに視線を送る。

 これで会議を終えて良いかと窺う視線だ。

 ルカドルフはそれに気付き、会議室の面々を見渡すと、



「実に有意義な会議でした。このような場に参加させてもらえたこと、心から感謝します。今回の任務も、どうかお気をつけて」



 と、やはり十一歳とは思えない、落ち着き払った声で言った。

 ジークベルトは頷き、視線を皆へ戻し、



「では、これにて会議を終了する。解散」



 最後の号令を告げた。



 

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