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4 重要会議のその裏で




「――と、いうわけで。チェロ、お兄ちゃんと一緒に王子の部屋をガサ入れしてきて。あと、猫も預かって」

「えぇぇええっ?!」




 その夜。

 エリスたちはチェロの家を訪ねるなり、諸々の依頼を突き付けた。


 いきなりすぎる訪問に、突拍子のない頼みごと。

 チェロは大いに狼狽え、声を上げる。



「猫はともかく、王子の部屋に潜入なんて……私、そういうのは専門外なんだけど?」

「何言ってんの。"透明な隠れ蓑"っていう潜入にうってつけな魔法の開発者じゃない。しかも、いまだに実用化させてないからあたしとあんたしか使えないし」

「それはそうだけど……あのレナードって男、ちょっとニガテなのよね。冗談の通じないクソ真面目な仕事人間ってかんじで」

「その点は大丈夫! お兄ちゃんもチェロのことニガテだって言ってた。酒浸りのめんどくさい女だって!」



 まったく『大丈夫』じゃないエリスのフォローに、チェロは苦笑する。

 オゼルトンでの一件の最後、領主・ガルャーナの元を訪れたチェロに、レナードは護衛として同行したわけだが……

 道中、酒場で泥酔したチェロを宿屋に連れ帰るなどの介抱をしたのもまた、レナードだった。



「た、確かにあの時は迷惑かけたけど……だったらなおさら、私はいない方がいいんじゃ……」

「ニガテだけど、姿を隠せる魔法があれば見つかるリスクをかなり減らせるから、協力してもらいたいってさ。お兄ちゃん、チェロの魔導士としての実力だけは認めているみたいだから」

「う……」



 言葉を詰まらせるチェロに、エリスはパンッと手を合わせ、



「お願い。こればっかりはチェロにしか頼めないの。"禁呪の武器"が危険な使われ方をする前に阻止しないと……"精霊の王さま"との約束も守れなくなる」



 それを聞き、チェロはハッとなる。



 今から十ヶ月前――

 イリオンの街で経験した、『風別ツ劔』を巡る一件。

 その中でエリスたちは、"水瓶男(ヴァッサーマン)"と呼ばれる謎の異形と対峙したが……

 その正体は、"禁呪の武器"に封じられた精霊の解放を望む"精霊の王"だった。


 エリスは(いにしえ)の時代に人と精霊を繋いでいた巫女の生まれ変わりで、その魂を持つが故に精霊を味覚と嗅覚とで認識できていた。

 だから、精霊に干渉できるその力を生かし、全ての"禁呪の武器"から精霊を解放すると"王"に約束したのだ。


 エリスのその言葉を信じ、"王"は撤退した。

 しかし、約束を反故にしたとあれば、再び危険な方法で"禁呪の武器"への接触を試みるかもしれない。



(それに、約束を破ったエリスに報復をしないとも限らない……"禁呪の武器"を確実に無力化するため、危険な勢力の動向は先取りしておいた方がいいわね)



 ……そう結論付けると。

 チェロは、覚悟を決めたように顔を上げ、



「……わかったわ。捜索自体はあの男に任せて、私は姿を隠すことに専念すればいいのね」



 微笑みながら、そう言った。

 その返答に、エリスはぱぁっと顔を綻ばせる。



「ありがとう、チェロ! お礼に、ウィンリスの街でいっちばん良いワインをお土産に持って帰ってくるから!」

「ふふ、ありがとう。楽しみにしているわ」



 元教え子であり、特別な感情を寄せていたエリスの笑顔に、チェロは温かな気持ちになった。


 そのやり取りを見つめていたクレアは、マリーを入れたキャリーバックを持ち上げ、にこりと笑う。



「では、マリーのこともお願いしますね。酔って餌を与え忘れることがないよう、お気をつけください」

「あぁん?! なに便乗してんのよ、このヘラヘラ男! 猫の件は話が別!」

「えぇー。そこを何とか」

「ダメよ! 私、猫なんて飼ったことないし! どう世話すればいいのかわからないんだから!」

「では、私が世話の要点をメモに書いて残します。えぇと、何か書くものは……」



 と、クレアはチェロの部屋を見回し……

 乱雑に置かれた物の中から、迷いなく一冊のノートを拾い上げ、



「あぁ、このノートなんてちょうど良さそうですね。お借りしてもよろしいでしょうか?」



 意味深長に笑いながら、そう尋ねた。


 刹那、チェロは戦慄する。

 何故なら、クレアが掲げたそれは……

 かつてエリスとのいかがわしい妄想を書き連ねていた、『創作百合ノート』だから。



(こっ、こいつ、ノートやメモ帳なんて他にも転がっているのに、何故わざわざそれを……?! まさか……中身を知っている?! よく考えたら、どうして私の家の場所がわかったの?! やっぱり、知らない間に侵入されていたんじゃ……!!)



 ……そうだ。

 何せこの男は、特殊部隊の隊士。

 一般人の住居など、容易(たやす)く侵入できるだろう。

 エリスの恋敵として、だいぶ前からマークされていたに違いない。


 だとすれば……これは、ヤツの脅し。

 この妄想ノートをエリスの前で晒されたくなければ、大人しく猫を預かれと、暗に脅しているのだ。



(くっ……この変態ストーカー男め……!!)



 悔しさと絶望に、チェロは歯軋りする。

 いろいろあったが、エリスとは今、良い関係性を築けている。

 クレアの思い通りになるのは癪だが……ここでノートの中身を暴露されることだけは、絶対に阻止したかった。



「わ……わかったわよ!」



 チェロは、半ばヤケクソ気味に叫んで、



「猫も預かる! だから……書くならこっちのノートにしてぇっ!!」



 涙目になりながら、マリーの預かりを承諾した。






 * * * *






 ――そうして迎えた、翌日。


 クレアとエリスは、軍本部内の会議室に着席した。

 いよいよ、謎の"水球(すいきゅう)"の調査に向けた正式な指令が下されるのだ。



 会議室に集まったのは、特殊部隊(アストライアー)の隊長・ジークベルトと、軍の副司令官。

 魔法研究所の所長と副所長。

 現場であるシノニム湖の水質調査に当たった調査員と環境大臣。

 そして……




「――こんにちは。みなさん、お揃いのようですね」




 遅れて入室する、幼い声。

 目を向けると、そこには――美しい少年が立っていた。


 上等な服を纏った、華奢な身体。

 さらさら揺れる、淡い翡翠(ひすい)色の髪。

 左眼は髪と同じ(みどり)色をしているが、右眼は神秘的な金色をしており、片眼鏡(モノクル)をかけている。


 初めて見るその姿に、エリスは目を見張った。



(この子がルカドルフ王子……国の最高司令官の息子)



 ルカドルフは会議室を見渡すと、年齢に不相応な、ひどく落ち着いた声で、



「それでは、始めましょう。ジークベルト隊長、進行をお願いします」



 議長が座すべき位置に着き、淡々と言った。






 ――同時刻。

 軍庁舎の、別の階では……



「……よし、行くぞ」



 ルカドルフや他の要人が会議に向かったことを確認し、レナードがチェロに言った。

 冷気と暖気、二つの魔法を組み合わせて発動させる"透明な隠れ蓑"で姿を消し、廊下の隅で息を潜めているところだ。


 緊張を高めながら、チェロは息を飲む。



「いよいよね……本当に大丈夫かしら?」

「クレアルドたちが会議を長引かせてくれることを祈ろう。まずはあの部屋からだ。俺が扉を開けるから、音を立てないように続け」

「わかったわ」



 チェロは小さく頷き、レナードに続いた。


 姿を消せる魔法の領域はそれほど広くない。レナードの背中に寄り添うように歩かなければならないのだが……

 ふと、ポニーテールに結われた彼の長い銀髪が目の前で揺れるのを見て、チェロは思わず顔を上げる。



「……その髪留め、良い色ね。どこで買ったの?」



 と……

 とある少女の瞳と同じ、澄んだ水色の糸で編まれた髪留めを見て、尋ねた。


 すると、レナードは一瞬だけ、ぴくりと反応し……



「…………無駄口を叩いていないで、黙ってついて来い」



 チェロの方を振り向かないまま、はぐらかすように言った。



 

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