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3 ぴったりな人選




 ――王都の城下町にある、一際煌びやかな地域。

 貴族たちの住まいが建ち並ぶ区画に、その屋敷はあった。



 高い塀に、大きな門扉。

 その向こうに見える、白く輝く巨大な邸宅。


 アインシュバイン家。

 優秀な魔導士を多く輩出し、魔法具や専門書籍の商いで財を成した一流貴族だ。



 言わずもがな、方向音痴なドジっ()治安調査員・シルフィーの実家である。




「はえー。初めて来たけど、すんごいお屋敷ね。本当にお金持ちなんだぁ」



 塀の外から見上げるように眺め、エリスが言う。

 以前、マリーへの接し方に悩み、シルフィーに相談したことがあったが……その時、猫を飼っていると言っていたのを思い出したのだ。



「シルフィーなら猫の扱いは心得ているだろうし、こんなに広いお屋敷ならマリーものびのび過ごせそうでしょ?」

「えぇ。預け先としてはこれ以上ない物件です。さすがはエリス」

「ふっふーん。まぁねー」



 得意げなエリスにクレアは微笑み、そのまま手にしていたマリーのキャリーケースを彼女に預け、



「それじゃあ、行ってまいります」



 そう言って、フック付きのワイヤーを取り出した。


 アインシュバイン家ほどの名家ともなれば、アポなし訪問など受け付けてはもらえない。いくらシルフィーの友人だと名乗っても、門前払いを食らうだろう。


 ならば、忍び込んで直接シルフィーに話を付けるまで。

 そのことを当たり前に承知しているエリスは、片手をひらひらと振り、



「はーい。いってらっしゃーい」



 と、軽すぎる口調で返した。

 エリスが見送る中、クレアは屋敷裏の人気(ひとけ)のない路地から塀にフックを投げ……

 ワイヤーを伝って登り、塀の向こうへひらりと消えた。






 ――しばらくして。

 キャリーケースの中のマリーを見つめるエリスの前に、クレアがしゅたっと降り立った。

 エリスは驚くことなく彼を見上げる。



「おかえり。どうだった?」

「残念ながらシルフィーさんは不在でした。日記が四日前で途切れており、『調査へ向かう』と書いてあったので、治安調査の仕事に出てしまっているみたいです」

「あちゃー。困ったわねぇ、一番の頼みの綱だったのに」



 と、不法侵入や日記の無断閲覧に何の抵抗も示さないまま、二人は会話を進める。



「シルフィーがダメとなると、他に猫を預かってくれそうな人は……」

「アルの大事な家族ですから、優しくて面倒見の良い人がいいですよね」

「うーん……そういうことなら……」



 ……と、二人は確信したように見つめ合い、うんと頷いて――






 * * * *






「――それで、どうして俺のところへ来る?」




 "中央(セントラル)"内に構える、軍の訓練所にて。

 レナードが眉を顰めながら、そう言った。


 あからさまに不機嫌なその顔を見つめ、エリスはにこっと笑う。



「だってぇ、『優しくて面倒見が良い』といえばお兄ちゃんじゃない?」

「……その呼び方はやめろと言ったはずだ」

「まぁまぁ。後進育成にこんだけ力を入れてるお兄ちゃんなら、きっと後輩の猫も大事に預かってくれるだろうなぁって思ったワケよ」



 そう言って、エリスは訓練所を見渡し――懸命に剣を振るう数十人の子供たちを目に映す。

 彼女の言葉通り、レナードは今、『箱庭(ガルテノ)』所属の後輩たちに剣の稽古をつけているところであった。


「まさにお兄ちゃん」と言わんばかりに笑うエリスに、レナードは舌打ちを返す。



「貴様の頭には相変わらずプリンが詰まっているようだな。"禁呪の武器"に纏わる指令が下されたのなら、俺もいつ応援に向かわされるかわからないだろう。猫を預かったところで面倒を見れる保証はない。他を当たれ」

「えぇー。お兄ちゃんだけが頼りだったのにぃ」



 唇を尖らせ、不満げに言うエリス。

 正直、クレアとしては断られることを予想していた。

 それでもレナードの元に来たのは……マリーとは別の件で、彼に話があったからだ。



「レナードさん。明日の会議……"例の方"も同席するそうです」



 声を潜めながら、クレアが言う。

 "例の方"とは、もちろんルカドルフ王子のことだ。

 レナードはその意味を察し、切れ長の目を鋭く細める。



「そうか……何かしらの動きを見せることは予想していたが、直接会議の場に現れるとは」

「"武器"の耐性を持つ者の条件について、彼はまだ突き止めていないはずです。今回も同行者を付けて寄越すかもしれません」

「あぁ。だが、それを拒否するのは不自然だ。アクサナの時同様、承諾して様子を見るしかあるまい」



 レナードの言葉に、クレアは頷く。



地烈(ちれつ)大槌(おおつち)』解放に向けた任務の裏で、ルカドルフはアクサナに"禁呪の武器"の耐性があるか身をもって試すよう命令していた。

 アクサナが『大槌』に触れる前にクレアが止めたため、彼女は無事だったが……

 ルカドルフの(めい)に背いたことが知れれば、どのような報復を受けるかわからない。

 

 だから、「アクサナは『地烈ノ大槌』に触れ狂ったため、クレアたちで処分した」という報告を国に上げ、アクサナをメディアルナのいるリンナエウス家に匿うことにしたのだ。



 つまり、"禁呪の武器"に耐性のある者の条件を、ルカドルフは今も模索しているはず。

 明日の会議では、任務に何らかの追加命令を加えてくることが予想される。



 そもそも、"武器"の耐性について知りたがっているのがルカドルフだけとは限らない。

 国の上層部に"武器"の実用化を企む勢力があり、ルカドルフはその傀儡として動いているだけの可能性もある。


 その裏を取ろうと、クレアとレナードは疑わしい人物について調べてきたが……

 "禁呪の武器"やルカドルフと怪しい繋がりのある者は、未だ炙り出せずにいた。



 そのような状況を踏まえ、レナードは思索するように沈黙した後、



「……ちょうど良い。明日、お前たちが会議に出席している間、俺が"彼"の近辺を捜索しよう。関係者に繋がるヒントが何か見つかるかもしれない」



 そう言い出すので、エリスは「えぇっ?」と小声で聞き返す。



「捜索って……そんなことして大丈夫なの?」

「明日は別件でも重要な会合があり、国の上層部は忙しくしている。逆に言えば、みな会議室へ行っているため、執務室がガラ空きの状態だ。"彼"の部屋を漁る絶好の機会だろう」



 なんて、冷静な声音で言ってのけるが……

 国に仕える特殊部隊の隊士が王子の部屋を漁るなんて、さすがのエリスも緊張せずにはいられなかった。



「……見つかったら減給じゃ済まないんじゃない?」

「まぁ、良くてクビ、最悪の場合ブタ箱行きだろうな。だが、"禁呪の武器"の悪用を企む勢力を野放しにするくらいなら、そのリスクを負ってでも調べるべきだ」



 それは、特殊部隊の一員として、国民の平和を護るため。

 そして――"禁呪の武器"に耐性を持つメディアルナに、ルカドルフ王子らの魔の手が伸びることを防ぐため。


 そんな想いがレナードの中にはあるのかもしれないと、クレアは想像する。

 直接聞いたわけではないが、レナードとメディアルナが親密な関係にあることをクレアは感じ取っていた。


 だからクレアは、真っ直ぐに答える。



「では、我々は一秒でも長く"彼"を引きつけられるよう会議を長引かせます」

「あぁ。"中央(ここ)"だと誰かに聞かれる可能性がある。報告は会議の後、お前たちの家でしよう」

「わぁ。ついにお兄ちゃんがうちへ来るのね。せっかくだし、ご飯食べて行きなよ。なにが食べたい?」

「お前は……どこまで緊張感がなければ気が済むのだ?」

「緊張してるわよ。お兄ちゃんが捕まったら寂しいしね。だから――この計画にうってつけな魔導士を紹介しようと思うんだけど、どう?」



 ニヤッと向けられた、悪戯な笑みに……

 レナードは疑心たっぷりな表情で、眉を顰めた。



 

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