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超舌天才魔導少女と公式変態ストーカー剣士が、国の金でグルメをめぐる旅に出た。  作者: 河津田 眞紀
第一章 猫と仲間と新たな任務

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2 とっておきの預け先




 ――アルフレド・グリムブラッド。


 年齢は十九歳。

 軍事養成施設『箱庭(ガルテノ)』で育ち、十三歳から特殊部隊(アストライアー)に所属している、クレアの後輩だ。



 そんな彼が、突然家に現れた。

 クレアたちが驚きを隠せないでいると……アルフレドは困ったような笑みを浮かべて、



「イチャイチャ中にすみません。ノックしても返事がないし、鍵も開いていたんで、入って来ちゃいました」

「なっ……イチャイチャなんかしてないし!」



 顔を赤らめ、慌ててクレアから離れるエリス。

 クレアと二人きりならだいぶ恥じらいも薄れてきたが、第三者に見られるのはまだまだ恥ずかしいらしい。


 せっかくの良い雰囲気を邪魔され、クレアはジトッとした目でアルフレドを睨み付ける。



「……何の用ですか?」

「うわぁ、相変わらず俺にだけ塩対応ー。でもでも、クレアさんが素で睨むってことは、それだけ俺に心を許してくれているってことですよね?」

「早く用件を言ってください」



 まったく怯む様子のない後輩に、クレアがぴしゃりと言い放つ。

 アルフレドは「すみません」と言って、後ろ手に隠していた鞄――正確には、小動物を運搬するためのキャリーバッグを見せ、



「実は、任務で数日家を空けることになりまして……また()()()を預かってほしいんです」



 と、キャリーバッグを床に置き、中を開けた。

 すると、その瞬間を待っていたかのように――()()が飛び出した。


 青みがかったグレーの毛。ピンと立った耳。

 宝石のように美しい深緑の瞳。

 しなやかな身体に、長い尾。


 以前この家で預かったことのある、猫のマリーである。



「わぁ、マリー! 久しぶり!」



 その姿を見るなり、エリスが嬉しそうにしゃがむ。

 マリーも挨拶するかのように、エリスの脚にすりすりと身体を擦り付けた。

 それを見ながら、クレアがアルフレドに尋ねる。



「いつ出発するのですか?」

「今夜です。例のエステルア領の件で応援が必要みたいで」

「また急ですね。今回は役に入り込み過ぎず、ちゃんと帰ってくるのですよ?」

「あはは。善処します」



 頭を掻いて笑う後輩に、クレアは小さく息を吐く。


 アルフレドは、戦闘力もさることながら、情報収集能力に長けた隊士だ。

 潜入捜査する現場に即順応し、信用される人間を演じるのが誰より上手い。


 ただし、その弊害として、役に入り込むあまり本当の自分を忘れることがある。

『竜殺ノ魔笛』を巡る一件では、留置所の看守になり切るあまりクレアを追い返そうとしたこともあった。


 後輩の任務が長引かないことをクレアが祈っていると、アルフレドは戯れるエリスとマリーを見つめ、



「はは。エリスちゃんに会えてよかったな、マリー。エリスちゃんも、今やすっかり猫好きっすね」



 そう言われ、エリスはハッとなり、メロメロに緩んでいた顔を引き締める。



「べ、別に普通。可愛さで言ったら、猫より豚の方が上だもん」

「えぇ〜? 豚は飼うのに不向きじゃないっすか?」

「そんなことない。けっこう賢いし、綺麗好きだし、性格も穏やかなんだから。何より、食べたら美味しいし!」

「……相変わらず独自のモノサシで生きていますね、エリスちゃんは」



 どこまでも"食"基準なエリスに、アルフレドは苦笑する。

 そして、持参したキャットフードをテーブルに置き、



「というわけで。申し訳ないんですが、一週間ほどマリーを預かってもらえませんか? 頼める人、クレアさんたちしかいなくて」

「えぇ、構いませんよ。エリスもこの通り喜んでいますし」

「それならよかった。帰って来たら美味いモンご馳走するんで、どうかよろしくお願いします」

「美味いモン?! うんうん! 楽しみにしてるから、早く帰って来なさい!」



 キラッと目を輝かせるエリスに、アルフレドは微笑み返し、



「りょーかいっす。それじゃあ、出発に向けた準備があるので、俺はこれで」

「はい。気をつけて」



 クレアの短い挨拶を聞くと、アルフレドは一度頷き、家を出ようとした。

 すると、



「――にゃあぅ」



 エリスに擦り寄っていたマリーが、たたっとアルフレドに駆け寄った。

 そして、彼の脚に縋り付く。

 まるで、「行かないで」と引き留めるように。


 アルフレドは名残惜しそうに笑いながら、マリーの身体をそっと抱いて、



「大丈夫。必ず帰ってくるから。クレアさんとエリスちゃんにたくさん遊んでもらいな」



 そう、優しい声で言って……

 クレアの腕にマリーを託すと、一度会釈をして、家を出て行った。



「みゃあう」



 マリーはクレアの腕からぴょんと飛び降り、玄関の扉をカリカリと引っ掻く。

 その様子を見つめ、エリスが言う。



「やっぱり、ご主人さまと離れるのは寂しいのね。忙しい飼い主を持つと猫も大変だ」

「まったく、面倒が見切れないならペットなど飼うべきではないですよ。昔はああじゃなかったと思うのですが……」

「そうなの?」

「えぇ。以前のアルは、何というか……」



 ……と、同じ部隊で過ごした後輩との日々を思い出し、



「……何に対しても執着のない、空虚な印象の男でした」



 彼に対して抱いていた感情を、言語化してみた。

 それを聞いたエリスは、「ふーん」とクレアを見上げ、



「じゃあ、よかったね」

「え?」

「野良猫だったマリーを飼うくらいなんだもん、今は"空っぽ"じゃないんでしょ? 特殊部隊の隊士としては弱みができたのかもしれないけど……人間としては、いい変化なんじゃない?」



 と、クレアに寄り添うように言う。

 その視線に、彼はエリスが言わんとしていることを悟る。


 "あんたも、そうでしょ?"


 見上げる赤い瞳からは、そんな問いかけが聞こえてくるようで……


 クレアは、くすっと笑いながらエリスの手を取り、



「……そうですね。少なくとも私は、今のアルの方が好ましく思います。大切なものの存在は……人を強くしますから」



 その大切な存在(もの)を確かめるように、エリスの手を、ぎゅっと握った。






 * * * *






 そうして、クレアとエリスはマリーのいる休日を楽しんだ。

 おもちゃで遊び、日向ぼっこをし、そのまま一緒に昼寝をし……

 クレアが作る美味しいご飯を、共に食べた。





 ……が、さらに次の日。




「――"禁呪の武器"との関連が疑われるものが出現した。お前たちに、現地調査を頼みたい」




 "中央(セントラル)"内にある、軍本部の執務室にて。

 特殊部隊(アストライアー)の隊長、ジークベルト・クライツァが、厳格な声で言った。


 急遽召集されたクレアとエリスは、驚愕の表情を浮かべる。



「なっ……それ本当?」

「場所は?」

「ジブレール領の西端の街・ウィンリス――その中央にあるシノニム湖の湖面に、謎の"水球(すいきゅう)"が現れた」

「水球?」

「あぁ。大きさは成人男性一人分ほど。内側から無限に水が湧き出すような形で球体を保ち、浮上している」

「無限に水が……確かに、『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』が関わってるかもしれないわね」



 エリスの呟きに、ジークベルトが頷く。



「発見は今朝。湖の近くに住む住民が保安兵団に通報し、発覚した。出現したのは昨夜の内と見られる。現状、"水球"による被害は出ていないが……シノニム湖はあの地域の貴重な水源だ。もし、"水球"から湧き上がる水が有害なものだとしたら……」

「ウィンリスの特産であるワインの製造にも影響が及ぶ、ってこと?! 大問題じゃない!!」

「……相変わらず理解が早くて助かる、エリシア」



 国内の特産グルメを完璧に把握しているエリスに、ジークベルトが静かに言う。



「どうして出現したのか、どのような仕組みで水が湧き出しているのか、現時点では何もわかっていない。"禁呪の武器"らしき物体も未発見ではあるが……魔法研究所の見解では、水の精霊が関わっている可能性が高いとのことだ」

「なるほど。それであたしの出番ってわけね」

「そうだ。精霊探知の能力を生かし、調査してきてもらいたい。現地に赴いている調査員からの報告と正式な辞令は、明日の本会議で通達する。魔法研究所の面々と……ルカドルフ様もお見えになるそうだ」



 ……その名前に、クレアが反応する。


 ルカドルフ・ミィ・オーセス・アルアビス。


 この国の王にして軍の最高司令官であるヴァルデマール・ド・ウィルシャー・アルアビスの一人息子。



 前回のオゼルトンでの任務において、『地烈ノ大槌』に触れるようアクサナに指示を出し、"禁呪の武器"への耐性を調べようとした張本人だ。


 その人物が、明日の会議に出席する。

 やはり、"禁呪の武器"に並々ならぬ興味を抱いているようだが……



「……何故、ルカドルフ王子が会議の場に?」



 内心の疑念を悟られぬよう、クレアはあくまで純粋な疑問であるかのように尋ねる。

 ジークベルトは小さく息を吐き、



「ここ最近、殿下は魔法研究所の仕事に関心を寄せられている。研究所で今最も重要な議題といえば"禁呪の武器"の構造についてだ。新たな武器出現の可能性を聞き、好奇心に駆られたのだろう。どのような話をするのか、実際の会議で聞いてみたいそうだ」



 そう、淡々と答えた。

 真顔ではあるが、その口調と雰囲気には柔らかさが感じられる。次期国王であるルカドルフが、魔法研究所や軍の働きに興味を持っていることを微笑ましく思っているのだろう。


 それが普通の感覚だろうと、クレアは思う。

 何故ならルカドルフは、まだ十一歳。

 "禁呪の武器"に対する興味も、純粋な好奇心によるものであると思うのが通常だ。


 だが……



(……『純粋な好奇心』だけで、"禁呪の武器"を扱える者の特性を秘密裏に調べたりするだろうか? ましてや、"武器"の性質を知っているのなら、適性がない者が狂戦士化する事実も知っているはず。それなのに、アクサナに触れるよう指示を出した……そこまでして武器の適性者を探ろうとしている理由は何だ?)



 ……そう脳裏で自問しながら、クレアは頷く。



「わかりました。出発の見込みは?」

「恐らく明日の会議の後、すぐに出発してもらうことになるだろう。準備が必要なら、今日の内にしておけ」



 明日、ジブレール領へ発つ。

 その事実に、クレアとエリスは目配せをして……

 これからすべき準備について、考え始めた。






 * * * *






「マリーを預かった直後にこのようなことになろうとは……アルもつくづくタイミングの悪い男ですね」



 旅支度に戻った自宅にて。

 留守番していたマリーを撫でながら、クレアが言う。


 "禁呪の武器"に関わる任務なら、一日や二日では帰って来られない。

 このままマリーを置いて行くわけにはいかないが、だからといって連れて行けるわけもなく……



「……預かってくれるあてを探さなければなりませんね」



 と、クレアは息を吐くが、エリスは何故か余裕な笑みを浮かべて、



「あてならもうあるわよ。マリーがのびのびと過ごせるであろう、とっておきの預け先がね」



 そう腰に手を当てて言うので、クレアはきょとんと聞き返す。



「本当ですか? そんな都合の良いあてが、一体どこに?」

「ふふん……それはね」



 ビシッ。

 と、エリスは人差し指を立てて、




「アインシュバイン家のご令嬢――シルフィーんとこよ」




 にんまり笑いながら、そう答えた。



 

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