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超舌天才魔導少女と公式変態ストーカー剣士が、国の金でグルメをめぐる旅に出た。  作者: 河津田 眞紀
〜第三部 後日譚〜

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5 もしもの関係性

 




 間もなく昼時をむかえるリンナエウスの街は、多くの人で賑わっていた。


 呼び込みをする商人の声。

 食材や日用品を買う住民。

 観光に来た旅人。


 その人々の中に、男装したメディアルナは見事に紛れ込んでいた。



「まずは雑貨屋さんと化粧品屋さん、それからお花屋さんに行きたいです」



 隣を歩くレナードに、彼女が言う。

 その行き先に、彼は少し顔を顰める。



「雑貨屋はともかく、化粧品と花は不審がられるのではないか? 仮にも男二人だぞ?」

「大丈夫です。どれも()()()()()()へのプレゼントなので、『女性への贈り物を選びに来た』という雰囲気を全面に押し出せば問題ありません」

「アイビィに……? 自分の買い物じゃないのか?」



 聞き返すレナード。

 メディアルナはにこっと笑い、答える。



「アイビィさんには、あの客室をそのまま自室として使ってもらおうと思うんです。基本的な家具は揃っていますが、細々(こまごま)とした日用品が足りないので、雑貨屋さんで用意したくて」

「あぁ。あの()()には、男の部屋しかないからな。彼女には主屋(おもや)の部屋を使わせるよう配慮したのか」

「はい。お風呂も男性と共用というわけにはいかないでしょうから、主屋の浴室を使ってもらいます」

「あいつに代わり礼を言う。いろいろと気を回してもらえて、本当に助かる」

「いえいえ、これはわたくしの個人的な希望でもあるのです。主屋にいてくだされば、いつでもお部屋でお喋りができますから……うふふ」



 夜な夜な、BL小説の話で盛り上がることもできるし……

 と、メディアルナが胸の内で付け加えたことを知らないレナードは、年の近い少女が来てくれたことを心底喜んでいるのだろうと、微笑ましく見つめる。

 メディアルナが続ける。



「それから、化粧品屋さんでは日焼け止めを買おうと思っています。アイビィさんのお肌は元々の色ではなく、日焼けなのですよね?」

「そのようだな。日に当たらない部分は、今も白いらしい」

「焼けた色を隠すために毎日入念に白粉(おしろい)を叩くのは大変だと思います。日焼け止めを塗って、肌そのものの色を徐々に落ち着かせていく方が、長い目で見た時にきっと楽ですよね」

「確かに……そうだな」



 女性ならではの発想に、レナードは驚く。

 化粧は、雨や汗で落ちてしまう危険性がある。そもそもの肌の色を変えてしまった方が、素性を隠す上でも効果的だ。



「パペルニアは"花と養蜂の都"ですから、ハーブやハチミツを使ったお肌に優しい化粧品が多くあるのです。日焼け止めもその一つで、女性向けのお土産としても人気なのですよ?」

「なるほど、化粧品か……勉強になる」

「え……もしかして、どなたかにプレゼントする予定でもあるのですか?」

「いや、この街で事件が起きた時の参考にさせてもらう、という意味だ。化粧品に偽造し、薬物を密輸する手法もある。化粧品の製造・販売も盛んなのであれば、そのルートも捜査対象として考慮できるからな」

「そ、そうですか……さすがです」



 レナードは仕事脳なのがデフォルトであることを再認識し、メディアルナは慄く。

 気を取り直し、彼女は前を向いて、



「お花屋さんでは、歓迎の花束を買おうと思います。そういえば、アイビィさんは何色がお好きなのか聞きそびれてしまいました。レナードさん、ご存知ですか?」

「知らん」

「ですよね……うーん、デザインはお花屋さんにお任せすることにします」

「……で、買い物の後は『甘いもの』か?」

「はい! 薔薇の香りのするアイスクリームで有名なお店があるんです! そのアイスを使った新作のパフェが発売されたらしく、ずっと気になっていて!」

「わかった。付き合ってやるから……その少女らしい声は、なるべく控えるようにしろ」



 レナードに指摘され、メディアルナは少女然とした声で騒いでいたことにハッと気付き……

 頬を紅潮させながら、「はい……」と、弱々しく返事をした。





 ──二人での"おでかけ"は、とても楽しい時間となった。


 アクサナへの贈り物を真剣に吟味し、難しそうに眉間に皺を寄せたり、かと思えば子どものように笑ったり、突然照れたり……メディアルナの表情はころころ変わる。

 その一つ一つの変化を、レナードは見逃さないよう、しっかりと目に焼き付けた。


 そしてメディアルナも、彼女の荷物を何も言わずに持ったり、馬車の往来のある道でさりげなく車道側を歩いたり、高い棚に置かれた商品を言う前に取ってくれるレナードの優しさを全て覚えていたくて……

 いつでも思い出せるようにと、胸の高鳴りと共に、記憶にしっかり焼き付けた。




 買い物を終え、二人は目的のカフェに入った。


 メディアルナは新作の薔薇のアイスパフェを、レナードはコーヒーを頼んだ。

 程なくして運ばれて来たパフェを頬張り、メディアルナは幸せそうに唸る。



「ん〜っ、おいしいです!」

「良かったな」

「今度エリスが遊びに来たら絶対に食べてもらいます。きっと喜びますよ」

「あいつは何を食っても喜ぶだろう」

「そこがエリスの良いところです」



 言いながら、もう一口頬張る。

 その愛らしい表情だけで甘さを感じ、レナードはコーヒーを静かに啜った。


 カフェの店内は可愛らしい装飾に溢れ、彼ら以外は女性客ばかりだ。

 結局、男同士では不自然な場所に来てしまったと、レナードは思うが……

 最近では男が甘味を食べることも珍しくないのか、周りの客はあまり気にしていないようだった。


 ……ふと、メディアルナが食べる手を止め、



「……どう、見えているのでしょうね」



 小さく尋ねるので、レナードは「ん?」と聞き返す。



「今のわたくしたち。周りから、どう見えているのですかね?」



 そう言われ、レナードはちょうど考えていたことを答える。



「心配していたほど、不審な目では見られていないようだ。安心して食べろ」

「いえ、そうではなく……わたくしとレナードさんって、どういう関係性に見えるのでしょうね」



 質問の意味を理解し、レナードはあらためて考える。


 コーヒーを飲む男と、パフェを食べる少年。

 明らかに年齢差があるため、同級生や職場の同期には見られないだろう。

 かと言って容姿は似ていないから、兄弟には思われないはずだ。

 服装も、今のメディアルナは庶民的な装いをしている。おぼっちゃまとその護衛にも見えない。


 よって、導き出される答えは、



「学校や職場の"先輩と後輩"……なんていうのが妥当じゃないか?」



 すると、メディアルナは何故か目を輝かせ、身を乗り出す。



「先輩と後輩……! 良いですね、そのカプ……じゃなくて、設定! 今のわたくしたちにぴったりです!」

「そうか?」

「そうです! 素敵で、自然な関係性だと思います!」

「『自然』と言うには些か準備が足りないな。本格的に身分を偽るには、見た目の変装だけでなく、設定した役になり切る必要がある。徹底した準備をして、初めて『自然さ』が醸し出されるのだ」

「な、なるほど……」

「お前なら、今の俺たちに……この"先輩と後輩"に、どんな設定を考える?」



 軽い雑談のつもりだったが、つまらない無茶振りだったかもしれないと、レナードは言ってから後悔する。

 しかしメディアルナは、「うーん」と真剣に考え、



「そうですね、例えばですが……レナードさんは、音楽学校を卒業した天才音楽家で、わたくしは同じ学校の後輩。いつもは演奏会で忙しくしている先輩だけど、もうすぐ卒業し独り立ちをする後輩の新生活の買い物に付き合いに来た。そして、食事をしながら、一人暮らしの極意を懇々と説いている……とか」



 ……などと、詳細な設定をつらつら述べるので、レナードは面食らう。



「……悪くない。即興でよく思いついたな」

「そ、そうですか? たまたまですよ、あはは……」



 普段から男×男の設定について構想を練っているので……

 とは言えず、メディアルナは慌てて手を振り、謙遜した。


 そして、



「……いいなぁ」



 ぽつり。

 と、独り言のように。




「本当にそうなら……よかったのに」




 消え入りそうな声で、切なげに、呟いた。



 その声は、レナードの耳に届いていたが……

 彼は、返すべき言葉を、すぐに見つけることができなかった。


 親しい先輩と後輩。

 音楽という共通の目標を持つ同志。

 時間を見つけて気軽に食事に行ける関係性。


 一体彼女は、どれを取って「いいなぁ」と呟いたのだろう。

 それがわからず、レナードは、何も言うことができなかった。



 コーヒーの湯気が、ゆらゆらと揺れる。

 これが冷める頃には、この店を出なければならない。

 そうしたら……この"おでかけ"も、お終いだ。


 そんなことを考え、レナードがコーヒーカップを見つめていると、



「……楽しかったです」



 メディアルナが、笑みを浮かべ、



「わたくしの我が儘に付き合っていただき、ありがとうございました。これを食べ終えたら……帰りましょうか」



 まるで同じことを考えていたかのように、溶け出したアイスを掬いながら、そう言った。






 * * * *






 カフェを出て、二人はリンナエウス家の屋敷へ戻った。


 玄関を入ると、ブランカとアクサナが出迎えた。

 メディアルナはそのまま贈り物をアクサナに渡し、あらためて歓迎の言葉を贈る。

 アクサナは驚きながらもとても喜んで贈り物を受け取り、目に涙まで浮かべていた。



「あっ、そうだ。お嬢さまにお客さまがお見えになっていますよ。今、応接間へお通ししたところなので、お着替えが終わったらお願いします」



 雑貨と化粧品と花束を抱えながら、アクサナが言う。

 その来客に心当たりがあるのか、メディアルナは驚いた様子もなく「わかりました」と答え、着替えるため自室へ向かった。



「……問題なかったか?」



 ブランカに聞こえないよう、レナードは囁くようにアクサナに尋ねる。

 アクサナはすぐに頷き、



「あぁ、みんな良い人でしたよ。明日からも大丈夫そうです」



 そう明るい声で答えるので、レナードは安堵しながら「そうか」と返した。




 まだ仕事内容の伝達があるというアクサナと別れ、レナードは玄関ホールから廊下を進み、自分の客室へ戻る。

 外出のために着ていた上着を脱ぎ、荷物を整理したところで……ふと、思い出した。



(そういえば……今朝、あの樹に梯子を立て掛けたままにしてしまった)



 風で倒れて壊れたら面倒だし、何より、梯子を足がかりに野良猫が巣箱を襲うなんてことがあれば、メディアルナが悲しむのは目に見えている。


 レナードは部屋を出て、すぐに庭へ向かおうとした。

 ……が、その時、




「──こちらが、今回の取り分です。お納めください」




 向かいにある応接間からそんな声が聞こえ、思わず足を止める。

 男の声だった。先ほどアクサナが言っていた、メディアルナを訪ねて来た客人だろうか。



(『今回の取り分』……? 何の話だ?)



 足音を立てぬよう近付き、レナードは……

 閉め切られたドアにそっと、耳を(そばだ)てだ。





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