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超舌天才魔導少女と公式変態ストーカー剣士が、国の金でグルメをめぐる旅に出た。  作者: 河津田 眞紀
〜第三部 後日譚〜

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3 メディアルナの秘密

 




 メディアルナの細い指が、レナードの服の裾を引く。


 赤く染まった頬。

 潤んだ瞳。

 きゅっと結ばれた、艶やかな唇。


 レナードの鼓膜に、庭で囀る小鳥の鳴き声と、自身の心臓の音だけが響く。



 ……ミイラ取りがミイラになるとは、このことだ。

 彼女の言う通り、「もっと周囲に甘えろ」と教えたのは、他でもない自分なのに……


 彼女の甘え方に、まんまと絆されそうになるなんて。



(……仕方がない。自分が居ることで、彼女の気が少しでも休まるというのなら……)



 ……と、そこまで考え。

 それもまた、自分自身に対する言い訳にすぎないと、レナードは自己嫌悪する。



「……明後日」

「……え?」

「本当は、明日の朝に発つつもりだったが……ここでの滞在を一日伸ばし、明後日帰ることにする。それ以上の長居はできない」



 そう、淡々と答える。

 すると、メディアルナは蕾が花開くように、ぱぁっと笑顔を咲かせ、



「あ……ありがとうございます! えへへ」



 心底嬉しそうに言った。

 にこにこ笑うメディアルナに、レナードはまた心が揺さぶられ、何を言うべきか迷っていると、



「き……着替え終わったけど……」



 客室の中から、アクサナの遠慮がちな声がした。

 レナードは、これ幸いと言わんばかりに、バンッとドアを開ける。

 と、そこに『アイビィ・オータム』への変装を終えたアクサナが立っていた。


 長い茶髪のウィッグをサイドテールに結い、褐色の肌はメイクで少し色を白くしている。

 服は、飾り気のない上下黒のパンツスーツを選んだようだ。


 レナードは、一つ頷くと、



「よし、このままテストをする」

「えっ?! いきなり?!」

「いくつか質問をする。完全に『アイビィ』になり切って答えてみろ」

「そんな……心の準備が……」

「わたくしもご一緒してよろしいでしょうか? 『アイビィ』さんの設定を覚える必要があるのは、わたくしも同じなので」

「もちろんだ。さぁ、始めるぞ」

「お嬢さままで?! あぁ……緊張する……」



 アクサナの弱々しい声を吸い込むように、客室のドアが、バタンと閉められた。






 ……しばらくの後。


 アクサナが、ごくっと喉を鳴らす。

 客室の、二人がけのテーブル。

 正面には、腕を組んだレナードが座っている。


 彼の反応を窺うように、アクサナが恐る恐る見つめていると……

 レナードは、小さく息を吐き、



「……合格だ。短期間でよく自分のものにしたな」



 賞賛の言葉を口にした。


 レナードの言葉通り、アクサナは、短い準備期間にも関わらず完璧に『アイビィ・オータム』を自分のものにしていた。


 目を輝かせ、「ありがとうございます!」と頭を下げるアクサナの横で、ソファーに座るメディアルナがぱちぱちと拍手する。



「おめでとうございます! わたくしから見てもまったく違和感のない受け答えでした。素晴らしいです!」

「へへ。ありがとうございます」

「そのパンツスーツもよくお似合いですね。あ、気分を変えたくなったら、こちらのワンピースもぜひ着てみてください。とっても可愛らしいので!」



 と、アクサナが選ばなかったフリルたっぷりのメイド服を広げ、メディアルナが笑う。

 アクサナは顔を赤くし、慌てて手を振る。



「え、遠慮しときます! そんなフリフリで裾の短いやつ、ボクには無理だ……お嬢さまみたいに女性らしい方のほうが似合うと思いますよ。ねぇ、レナードさん?」



 照れ臭さのあまり、アクサナは咄嗟にレナードに話を振る。

 レナードは、「何故俺に?」と思いつつも……


 メディアルナが、そのミニスカメイド服を着ている姿を想像してしまい…………


 ……そうになるが、メディアルナの緊張と期待の入り混じった視線に気付き、「んんっ」と咳払いをして、



「……彼女は雇い主だ。使用人の服を着るわけがないだろう。それに、給仕の制服において最も重要なのは似合う・似合わないではなく、"機能性"だ」



 そう、正論を叩きつけた。

「確かに……」と口を噤むアクサナの隣で、メディアルナは、あからさまに「がーんっ」という顔をする。

 恐らく、メディアルナにこういう服が似合うか否か、レナードの個人的な意見が聞きたかったのだろう。

 残念そうな彼女の顔を見たレナードは、強い罪悪感に襲われ……こう付け加える。



「……だが、どれほど機能性に優れた服も、見た目が愛らしい服も、着ている人間の品性が伴わなければ台無しだ。つまり、魅力的な人間が着れば、どんな服も魅力的に映る。……そういうことだ」



 それは、フォローになっているかもわからないくらいに遠回しなフォローだった。

 アクサナはその意味を考え込み、レナードの言いたかったことを見事に要約してみせる。



「要するに、重要なのは"何を着るか"じゃなく、"誰が着るか"、ってことですか?」

「その通りだ。わかったのなら、その給仕服に見合う使用人になれるよう、もう一度経歴書を読み直しておけ」

「はぁーい」



 嗜められ、アクサナは素直に経歴書を読み直す。

 その横にいるメディアルナの様子を、レナードがチラッと確認すると……



「…………」



 フォローを入れた成果か、彼女は満足げな顔で、にこにこと笑っていた。

 その様子に安堵するも、レナードは、彼女の機嫌を必要以上に気にしている自分に気付き、



(……何をやっているんだ、俺は)



 胸の内で、ため息をついた。

 そして、仕切り直すようにメディアルナの方を向き、



「お前に、手紙を預かっている。()()()()からと……オゼルトンの領主からだ」



 荷物の中から、エリスとガルャーナからの手紙と、クレアからの大きな封筒を取り出し、渡した。

 メディアルナは「ありがとうございます」とそれを受け取るが……大きな封筒の差出人がクレアであることを認めた瞬間、



「こっ、これ……中、見ましたか?!」



 何故かひどく焦った様子で、レナードにそう尋ねた。

 レナードはやや面食らいながら、すぐに否定する。



「いや、中身は知らない。『プライベートな贈り物』らしいからな」

「そうですか……届けてくださりありがとうございます。確かに受け取りました。オゼルトンの領主さまからのお手紙は、父と共有しますね」



 ほっ、と安堵した様子で、メディアルナはクレアからの封筒を大事そうに胸に抱えた。


 自分が知らないやり取りを、メディアルナとクレアはしている。

 そのことを察し、レナードは……腹の底にもやもやとしたものが湧き上がるのを感じる。


 しかし、それを無視するようにスッと席を立ち、そのまま部屋を出ようとするので、



「ど、どちらに行かれるのですか?」



 メディアルナも立ち上がり、引き止める。

 レナードは、顔だけそちらに振り返ると、



「……外で夕食を済ませてくる。俺の分の食事まで世話になるわけにはいかないからな」

「そんなこと、お気になさらなくても……」

「街の治安の偵察も兼ねてだ。門を閉めるまでには戻る」



 そう言い残し、足早に部屋を後にした。





 * * * *





「わたくし…….何か怒らせるようなことを言ってしまったでしょうか……?」



 レナードの去ったドアを見つめ、メディアルナが不安げに言う。

 それに、アクサナが明るい口調で返す。



「いや、あの人は元々ああでしょう。いっつもあんな口調だから、ボクも最初は怒りっぽい人なのかと思ったけど……本当は優しい人ですよ、レナードさん」



 それを聞いた途端、メディアルナは首をぶんぶんと縦に振る。



「そうっ! そうなんです! レナードさんはとってもとっても優しい方なんです! わかってくださるのですね、アクサナさん!!」



 その目が、あまりにも喜びと熱意に満ち満ちているため、アクサナは少し気圧されながらも頷き、肯定する。



「あ、あぁ。ここへ来るまでの道のりも、荷物を持ってくれたり、体調を気遣ってくれたり、すごく良くしてくれました。エリシアの言っていた通り、面倒見の良い人だ」

「ふふ、エリスもそんな風に言っていたのですね。そういえば、エリスとクレアルドさんはお元気でしたか? 手紙のやり取りはしているけれど、しばらく会えていなくて」

「えぇ、すごく元気ですよ。二人にもとてもお世話になって……一緒にいるのが楽しかったです」

「オゼルトン領でのお二人のご様子、詳しく聞かせていただけますか? レナードさんから要点は伺いましたが、任務に関係のないことまでは教えてくださらないと思うので……」

「はは、いいですよ。どこから話そうかな……そうだ。まず、オゼルトンの山に登る途中、ウサギに襲われたんですが……」




 ……と、アクサナは、自身の目で見たクレアとエリスとの思い出を語る。


 それは、『オゼルトン領を反乱の危機から救った英雄譚』と言うよりも……


『勢いと食欲で邁進する珍道中』という表現がぴったりな話だった。




「──んで、そんだけ辛いスープなのに、クレアルドは『まぞナントカの力』とかいう特殊能力を発揮して、飲み切っちゃったんだ。すごいよなぁ」

「おぉ……それは実にクレアルドさんらしいエピソードですね。あの方は本当にエリスのことが大好きですから、きっとなんでもできてしまうのでしょうね」

「そうなんだよ。よく喧嘩しているように見えるけど、結局仲良しでさぁ。ボクにも恋人らしいところをいろいろと……」



 ……と、共通の知人の話に夢中になっていたアクサナは、敬語を忘れていることに気付き、ハッとなる。



「す、すみません! ボク、いつの間にか失礼な喋り方を……!」



 顔を青くするアクサナに、メディアルナは首を横に振る。



「いえいえ、謝らないでください。むしろこれからも、今みたいに畏まらない話し方でお喋りしてくれませんか?」

「そ、そんな……」

「レナードさんから伺っているかもしれませんが……いろいろあって、親しかったお手伝いさんたちがいなくなってしまったのです。だから、アクサナさんみたいに年の近い方が来てくださって、本当に嬉しいのですよ」

 


 そして、メディアルナはふわりとした笑みを向け、



「二人きりでいる時は、"お手伝いのアイビィさん"ではなく、"お友だちのアクサナさん"としてお話したいです。わたくしも"領主代行"ではなく、"ただのディアナ"になりますから……時々こうして、お喋りさせてください」



 そう、楽しげに言った。


 アクサナは、目をぱちくりさせ、しばらく固まる。

 彼女が養子として引き取られたウォーレダイン家では、雇い主と友だちになることなど、あり得なかった。

 だから、同じく身分の貴いメディアルナの口から、まさかこのような申し出があるとは思わなかったのだ。


 驚いた。けど……

 見知らぬ地で、知人のいない生活を送ることになるアクサナにとって、その申し出は泣きそうなくらいに嬉しく、ありがたかった。


 アクサナはメディアルナに、はにかんだ笑顔を返し、言う。



「それじゃあ……お言葉に甘えて。二人の時は、お友だちとしてお話するよ。()()()()()()

「ありがとうございます、アクサナさん。エリスやクレアルドさんから届くお手紙の内容も、時々共有させてくださいね」

「あぁ、楽しみにしてる。そういえば……クレアルドからの封筒の中身は何だったんだ? 贈り物にしては珍しい形状だよな……書類とか、本が入っていそうな感じだけど」



 と、アクサナが気になっていたことを尋ねる。

 直後、メディアルナはビクッ! と身体を震わせ、あからさまに動揺する。



「こここ、これですか?! これは、なんというか、その……!」

「あ、いや、言いたくなければいいんだ。ただ、ちょっと気になっただけだから」



 アクサナも慌てて手を振り、言うが……

 メディアルナは、葛藤するように、ぎゅっと瞼を閉じる。



「うぅ、恥ずかしい……けど、アクサナさんとはこれからも隠し事のない関係でいたいし…………」



 などとぶつぶつ呟く彼女を、アクサナが「ディアナさん……?」と心配そうに見つめていると……

 メディアルナは、ゆっくりと目を開き、



「……アクサナさん」

「は、はい」

「今からお話することは、わたくしとあなただけの秘密です。このことは誰にも……特に、レナードさんには決して言わないと、約束してください」



 今までの柔らかな雰囲気が嘘のように、暗く深刻な表情で言うメディアルナ。

 アクサナは汗を滲ませ、「わ、わかりました」と頷いた。


 メディアルナはソファーから立ち上がると、クレアからの封筒を手にし……




「実は…………わたくしとクレアルドさんは、合同で小説を作っているのです」




 言って、封筒の中身を取り出し、テーブルに広げた。

 それは、美麗なイラストが描かれた、何枚もの原稿用紙だった。



「わたくしが文章を考え、クレアルドさんが挿絵を描く……これは、次回作のためにクレアルドさんが描いてくれたイラストの原稿です」

「なっ……これ、あいつが描いたのか?! すごっ、うまっ!」

「人物の表情、動作、その心情を反映したかのような美しい背景……彼はまごうことなき神絵師です。だから、わたくしから一緒に作品作りをしようとお誘いしました。そうして作った本を、『ミンツ・キャロル』というペンネームで、『本と花の手作り市場』で頒布しているのです」



 ほんのり頬を染め、恥ずかしそうに言うメディアルナ。

 思いがけない贈り物の内容に、アクサナはぽかんと口を開けるが……

 そのまま、記憶を巡らせて、



「ミンツ・キャロル……どこかで聞いたような…………あーっ! あの市場で、長い行列の出来ていた!?」



 先ほど市場にいた客の会話を思い出し、アクサナは声を上げる。

 女性ばかりが並んでいたあの長蛇の列は、メディアルナの書いた小説を買い求める人たちの集まりだったのだ。



「すごいじゃないか! あんな人気の本を二人が作っているなんて! なんで内緒にしているんだよ?」

「しーっ! お声が大きいですよ!」



 人さし指を口に当て、焦るメディアルナ。

 そして、もじもじと身体を縮こませ、



「さ、最初は、お店の数を一つでも増やしてイベントを盛り上げるために出店(しゅってん)したのです。小説は、以前から趣味で書いていたのですぐに本にできるし、見栄えを良くするためにクレアルドさんに挿絵を依頼して……そうしたら、想像以上の反響を集めてしまって。第二回のイベントでの頒布を望む声が、大量に寄せられたのです」

「お、おぉ……」

「でも、主催側の領主代行(わたくし)が書いているなんて、絶対に言えないじゃないですか。だから、店頭での販売対応は別の方にお願いして、わたくしはその様子をこっそり見に伺ったのです」



 なるほど、とアクサナは納得する。

 この屋敷に来た時、メディアルナが外出用の装いでいたのは、自身の小説を売る店の様子を偵察に行っていたからなのだ。


 でも、だからこそ納得できないこともあった。

 アクサナは、小首を傾げて尋ねる。



「街の人たちに内緒にしなきゃいけないのはわかったけど、別にレナードさんに教えるのはいいんじゃないか? クレアルドのこともよく知っているし、絶対に情報を漏らしたりしないだろ?」

「そっ、それは…………小説の、内容が内容なので……」

「どんな内容なんだ?」

「…………恋愛小説です」



 男×男の。


 と、メディアルナは胸の内で付け加える。


 市場規模は極狭ながらも、これまでにも男性同士の恋愛を描いた女性向け小説は存在していた。

 しかし、内容の特殊さ故、愛好家たちは本屋の隅に置かれたそれをひっそりと買い、個々で楽しんでいた。


 それが……『本と花の市場』というオープンなイベントで、神がかり的な内容とイラストの冊子が頒布されたため、購入した者同士の間で話題となり、交流が生まれた。

 そうして仲間を得た愛好家たちが結束し、続刊を望む声が殺到した、というわけだった。



 そのような事情を知らないアクサナは、ぱぁあっと目を輝かせ、立ち上がる。



「れ、恋愛小説?! 読んでみたい!」

「えっ?! でも、わたくしが書いているのは、ただの恋愛小説じゃなくて……!」

「ボク、恋愛を勉強したいんだ。もう十三なのに、なんの知識も経験もないから……あれだけ人気の小説なら、きっとすごく勉強になるよ」



 ぐっ、と拳を握り、身を乗り出すアクサナ。

 そのキラキラと輝く眼差しを受け、メディアルナは冷や汗を流し、葛藤する。



 アクサナとは、隠し事のない関係でいたい。

 けど、これは彼女が想像しているような恋愛小説ではないし……過激な内容を、多分に含んでいる。

 こんなものを書いていることを知ったら、軽蔑されるかもしれない。

 何より、十三歳の無垢な少女に対して、教育上良くない気がする。


 ……しかし。

 メディアルナは、誰よりも知っていた。

 この年頃の娘が、一番この界隈にハマりやすいということを。



 男女の恋愛を知らない、真っさらな十三歳。

 もしかすると、彼女こそが……BL作家としての自分が得るべき、最良の読者(パートナー)なのではないか……?




「…………」



 ドクンドクンと、メディアルナの鼓動が加速する。



「……わかりました。そういうことなら……アクサナさんに、わたくしの小説をお見せします」



 罪悪感にも似た高揚感に、突き動かされるように。

 スッ……と、前回の市場で頒布した第一巻を、どこからか取り出し、




「わたくしの理想と理念を詰め込んだ、自信作です。ぜひ、感想を…………じっくり聞かせてくださいね」




 緊張と興奮を孕んだ瞳で、妖しく笑った。




 

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