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1-2 クレアからの手紙

 




(クレアルドのやつ……何故、こんな方法で俺宛ての文書を……)



 放たれた舌打ちにアクサナが怯える中、レナードは眉の端を痙攣させる。


 よりにもよって、メディアルナ宛ての手紙に偽装していたとは……本当にメディアルナの手に渡っていたら、どうするつもりだったのか。


 ……いや、クレアはわかっていたのだ。

 レナードなら、あの状況で何も共有事項を残さないことに疑問を抱くであろうこと。

 そしてレナードなら、躊躇(ためら)いなく他人宛ての手紙を開封できるということを。

 その上で、「良い趣味とは言えない」と揶揄(からか)うような一文を(したた)めたのだ。



(……完全に、俺を舐めているな)



 以前なら、こんなことはなかった。

 自分たちはあくまで特殊部隊の先輩と後輩で、任務に必要なやり取りしかしない、定格(じょうかく)な関係だったはずだ。

 それが……前回の『竜殺ノ魔笛』をめぐる一件以来、どうにもトモダチ感覚になっている気がする。これは、一度しっかり取り締まるべきなのか……



「だ……大丈夫か?」



 怯えつつも、アクサナが心配そうに尋ねる。

 レナードは自分が険しい表情をしていることに気付き、いつもの真顔に戻す。



「問題ない。あいつからの、俺宛ての手紙を見つけただけだ」

「え……でもそれ、宛名はお嬢さまになっているよな?」

「変態の思考は常人には理解できない。考えるだけ無駄だ」



 頭に疑問符を浮かべるアクサナに、レナードはそれ以上何も言わず、手紙の続きを読むことにする。




『……というのは、もちろん冗談で。


 すみません。

 ガルャーナさんやチェロさんがいる手前、コソコソと受け渡すわけにもいかず、メディアルナさん宛ての手紙としてアクサナさんに託させていただきました。


 私からメディアルナさんへの手紙が異様に分厚ければ、レナードさんはきっと気になり開封すると思ったので……

 一体どんなやり取りしているのかと心配になりましたよね。申し訳ありません』




(……どういう意味だ)



 明らかに他意のある書き方に、レナードはまた顔を顰めそうになるが、堪える。




『ということで。

 前置きが長くなりましたが、そろそろ本題へ移ります』




 その一文以降に書かれているのは……数字や記号、意味の通じない文字の羅列だ。

 クレアとレナードだけがわかる、暗号文である。

 特殊部隊の他の隊員が読んでも、その意味を正確に理解することは不可能だろう。


 その暗号文を解読すると、以下のようなことが書かれていた。




『まず、ルカドルフ王子に関する私見です。


 前回、そして今回の任務において、"禁呪の武器"から精霊を解放せずに持ち帰ることを軍の上層部に進言していたのも、ルカドルフ王子だと考えます。


 彼ほどの立場であれば、上層部の方針を捻じ曲げることなど容易(たやす)いはずです。

 そうして、我々が現場で精霊を解放することを抑止し、今回のように実験の被験者を送り込む算段だったのでしょう』




 クレアのその見解は、レナードのものと一致していた。

 しかし……可能性はそれだけではないと、レナードは考える。


 暗号文の続きに目を走らせると、ちょうどクレアもその懸念点について記していた。




『さらに言えば……

 ルカドルフ王子はあくまで傀儡(かいらい)で、真の首謀者が裏で手引きしている、という可能性もあります。


 王子はまだ十一歳です。

 次期総統の立場にあるとはいえ、今回のような実験を一人で企てたとは考え難いです。


 "武器"の悪用を目論む何者かが王子に口添えし、「王子の研究のため」という(てい)で事を動かしている……そうは考えられないでしょうか?』




 レナードは、小さく頷く。

 同意見だった。恐らく、呪いに耐性を持つ者の条件を知りたがっている者が、ルカドルフとは別にいる。

 王子の立場を利用し、"武器"回収に纏わる方針を裏で操作しているのかもしれない。




『黒幕が誰なのか気になるところですが、あの財政管理官・パーヴェルを探っても意味はないように思います。


 言動や、アクサナさんが狂ったことをあっさり信じた様子から察するに、呪いの耐性の研究に直接的に関わっているわけではなさそうでした。


 あくまで財政問題の交渉のついでに"武器"の件を確認するようルカドルフ王子に依頼された、といったところでしょうか。黒幕の存在すら知らない可能性が高いです。


 以上が、今回の件に纏わる私の考えです。

 黒幕の存在を示唆しておきながら、その候補がまだ浮かんでいないのですが……レナードさんには、お心当たりはありますでしょうか?

 私よりも上層部の人間関係にお詳しいかと思うので、お知恵を拝借したいです。


 王都に戻られたあかつきには、ぜひ一緒にお食事を。

 一度、我が家に来ませんか? 私の手料理を振る舞わせてください。

 レナードさんが遊びに来れば、エリスもきっと喜びますよ。

 そこであらためて、考えを共有しましょう』




(……あの女が喜ぶと、本気で思っているのか……?)



 最後の誘いにはあまり気乗りしないが、レナードも一度顔を突き合わせて話したいとは考えていた。

 何故なら、レナードにも黒幕の見当がついていないからだ。


 だが、その黒幕が、ルカドルフの父であるヴァルデマール総統でないことだけは明らかである。

 この国の最高権力者である総統が定めた方針ならば、裏でこそこそと手引きせず、公に命令すれば良いからだ。

 何より、国は既に『天穿ツ雷弓』と『炎神ノ槍』という呪いを有したままの"武器"を抱えている。総統なら、それを使った実験をいくらでもできるだろう。

 黒幕は、それができない立場にある者だからこそ、現場にアクサナを送り込んだのだ。


 だとすれば、それなりに地位が高く、且つルカドルフにも口添えができる者に違いないが……黒幕は一人だけとも限らない。

 目的を同じくする者が集まり、囲うようにしてルカドルフを操っている可能性もある。


 そもそも、狙いは何なのだろうか。

 呪いの耐性の条件を探っているということは、"禁呪の武器"を兵器として実用化しようとしているのだろうが、一体何に使うつもりだ?


 "禁呪の武器"を扱える者を特定し、実用化させたという功績が欲しいのか?

 もしくは、"武器"を用いて近隣諸国に戦争を仕掛け、領土を広げようと総統に進言するため?

 あるいは……"武器"とその使い手を秘密裏に揃え、反乱を起こし、この国を武力で支配するつもりだろうか。


 兎にも角にも、これ以上アクサナのような被験者を増やすわけにはいかない。

 呪いにかかれば、狂戦士化は免れないのだから。



(アクサナの護送が無事に完了し、落ち着いた頃にクレアルドと話す時間を設けよう……それまでに、黒幕の候補を探っておかなければ)



 そう結論付け、レナードは残り僅かな暗号文に目を落とす。




『それから、この手紙は偽物でしたが……

 もう一つ、メディアルナさん宛ての贈り物をアクサナさんにお預けしています。

 そちらは本物で、プライベートなものが入っているので、決して開けないでください。

 もしレナードさんに開封されたと知れば、メディアルナさんは大変ショックを受けられると思います。

 あのお方を傷付けたくなければ、どうかご容赦願います。


 それでは、また。

 アクサナさんのこと、宜しくお願いします』




 そこで、クレアからの手紙は終わっていた。


 レナードは、最後の最後に綴られたその文章をじっと見つめ……



「……聞いてもいいか」



 渡された書類の内容を必死に覚えようとしているアクサナに、尋ねる。

 集中していたのか、彼女は「わっ」と小さく驚き、聞き返す。



「な、なにか……?」

「あいつから、手紙以外のものを預かっていたりするか?」

「え……あぁ、お嬢さまへのプレゼントも預かったよ。と言っても、見た目はでっかい封筒なんだけど……」



 言いながら、アクサナは鞄の中を漁る。

 取り出したそれは……彼女の言う通り、書類などを折らずに入れられるサイズの封筒だった。


 こんな封筒に、一体何が入っているというのか……中身が気にならないこともなかったが、プライベートなやり取りならば、もはや立ち入るつもりはなかった。


 それよりも気がかりなことがあり、レナードは封筒に手を伸ばそうとするが……

 その途端、アクサナがバッと封筒を抱え、



「さ、さすがに贈り物まで開けるのは、その……良くないんじゃないか?」



 と、緊張した声で言う。


 訓練生という立場で、特殊部隊の大先輩であるレナードに意見するのは勇気のいることだろう。

 それでも、手紙や贈り物を無遠慮に他人が開封するのは良くないと、彼女の良心が許さなかったのだ。


 純粋で、正義感が強く、間違いを「間違いだ」と言える勇気を持っている。

 こんな人間がメディアルナの側にいてくれるなら、確かに安心かもしれないと、レナードは彼女の真っ直ぐな瞳を見据える。



「……お前は、適任かもな」

「え?」

「いや、任された荷物をしっかり護ろうとする責任感の強さに感心しただけだ。俺も、流石にプライベートな贈り物まで開封するつもりはない。あいつからの手紙は、既に確認できたからな」

「じゃあ……どうして取り上げようとしたんだよ?」

「決まっているだろう」



 レナードは、再び手を差し出し、




「お前がそんなに多くの荷物を任されているとは知らなかった。道中、重かっただろう。俺が持つから、他にもあるなら今の内によこせ。まだまだ道のりは長いからな」




 淡々とした声で、そう言った。





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