だから、分かり合いたくて
──翌日。
まだ日の昇らない内に、一行はアクサナの生家に向かうべく、闘技場を発った。
ガルャーナの用意した馬車にエリスとチェロとアクサナ、そして信頼のおける従者が乗る。力を失った『元・地烈ノ大槌』も馬車の中だ。
クレアとレナードは馬に乗り、馬車の前方と後方を護るように進んだ。
財政管理官のパーヴェルがオゼルトンを離れたのは昨日の昼過ぎ。さすがにルカドルフの調査の手が回るには早すぎるが、念のための警戒だった。
閉め切った馬車の中、アクサナはわずかに開いた窓の隙間から、外の景色を片目で覗く。
景色と言っても、外はまだ暗い。日が差したとしても、そこには一面の雪景色が広がっているだけ。
それでもアクサナは、暗がりの向こうに広がる真っ白な世界に目を凝らした。
冷たく、柔らかで、何色にも染まらない、純白の大地。
アクサナは、そんな故郷の風景が好きだった。
だから、一秒でも長く、その目に焼き付けておきたかった。
数時間の後。
『神頂住区』にうっすらと朝の光が広がる頃、一行はアクサナの生家に着いた。
周辺に民家は少ないが、それでも馬車が停まっていれば目立つ。アクサナの祖母・フェドートとの別れは、手短に済ませる必要があった。
エリスとチェロは馬車の中で、クレアとレナードは引き続き馬車の外で周囲を警戒する。
人の目がないことを確認し、アクサナはガルャーナと共に馬車を降りた。
目深に被ったフードの下に緊張の表情を浮かべ、アクサナは家の戸を叩く。
すると、その来訪を待ち構えていたように戸が開き、フェドートが顔を覗かせた。
思えば、"武闘神判"が決着してからだいぶ時間が経ってしまった。フェドートは、アクサナの無事に安堵したように顔を綻ばせ、彼女をぎゅっと抱き締めた。
祖母の小さな背中に手を回し、アクサナもほっと目を閉じて、
「……ただいま、ばあちゃん。心配かけたね」
震える声で、そう言った。
* * * *
領主であるガルャーナの訪問に、フェドートは大層驚き、急いでもてなそうとした。
しかし、ガルャーナはあまり時間がないことを告げ、そのまま本題を話し始めた。
『神判の槌』には呪いの力が宿っていて、その耐性を持つ者の条件を国の上層部が調べていること。
上層部はオゼルトン人に適性があるのではないかと考え、実験の被験者にアクサナを選んだこと。
しかし、耐性がなければ狂戦士化する危険な実験であるため、クレアたちがそれを止めたこと。
上層部の命に背いたことがバレれば、アクサナが処分される可能性があること。
だから、『アクサナは発狂し、クレアたちに抹殺された』、という話に仕立て上げたこと。
身の安全を護るため、これからは素性を隠し、パペルニア領主の屋敷で生活すること。
「…………」
ガルャーナの説明を、フェドートは何も言わずに聞いていた。
元々口数は少ないが、いつも浮かべている穏やかな笑みが、今は戸惑いに消えている。
そんな祖母の表情に、アクサナが胸を痛めながら、こう投げかける。
「ごめん、急な話で……混乱しちゃうよな。けどこれは、自分で決めたことなんだ」
そして。
拳をきゅっと握り締め、笑顔を努め、言う。
「養子に出る時も、自分で決めたけど……本当は、辛かった。もっとばあちゃんと一緒にいたいって……父さんや母さんが生きていたらよかったのにって、何度も思った。けど、生きるためには仕方がなかったから、国の協定に従うことにした」
その言葉を聞くフェドートの顔が、悲痛に歪む。
息子を亡くし、経済的な理由からたった一人の孫娘をも手放さなければならず、彼女も苦悩していたのだろう。
その心情を察し、ガルャーナは己の無力さを悔いるように目を伏せた。
アクサナが続ける。
「でも、今回は違う。仕方なく選んだ道じゃなくて、ボク自身がそうしたいって、心から思える道なんだ。パペルニアには、ボクが護るべき人がいるから」
そう告げても、フェドートの瞳からは悲しみと不安が拭えない。
アクサナは、フェドートの手を取り……その瞳を、真っ直ぐに見つめる。
「……ばあちゃん。ボクね、アルアビスの人たちとは分かり合えないと思っていた。けど、クレアルドやエリシアたちに出会って……オゼルトン人だとか、そうでないとか、まるで気にしない彼らに出会って、すごく大切にしてもらったんだ。それで、ようやく気付いたよ。分かり合うことを拒んでいたのは……他でもないボク自身だったんだ、って」
フェドートは、皺だらけの瞳を、はっと見開く。
その瞳に映る自分の姿を見つめ……アクサナは、自らに言い聞かせるように言う。
「みんなと違うって決めつけて、拒絶される前に壁を作って……理解される努力もせず、傷付かないよう逃げていた。でも、それじゃいけないって、みんなが気付かせてくれた。ボクはもっと自分を大切にしていいし、他の人を大切にしていい。それが、分かり合うための第一歩なんだってことに……ようやく、気が付いたんだ」
そう。だから、これからは……
自分も他人も大切にできる、『正しい』と思える道を歩みたい。
自らの言葉を噛み締め、アクサナは顔を上げる。
そして、自信に満ちた笑みをフェドートに向け、
「今のボクなら、知らない土地へ行ってもやっていけるよ。どうか心配しないで。ボクはもう……大丈夫だから」
力強い声音で、そう言った。
フェドートは、顔をくしゃっと歪ませ、涙を溢すと……
アクサナを抱き締め、声を堪えて泣いた。
二人が強く抱き合う横で、ガルャーナが何か言葉をかけようとした、その時。
家の戸がそっと開き、クレアとエリスが顔を覗かせた。
「すみません、大事なお話の最中に」
「あたしたちも、おばあちゃんに挨拶したくて……」
二人の声に、フェドートは泣き腫らした顔を向ける。
大事な孫娘との別れ。その辛さを想像してはいたが、泣き顔を目の当たりにし、クレアとエリスは胸が締め付けられた。
「フェドートさん……お世話になりました。アクサナさんをこのような境遇に置くことになってしまい、本当に申し訳ありません」
クレアの謝罪に、フェドートは首を横に振る。
アクサナを護るにはこうするより他なかったことは、フェドートも理解していた。
エリスも一歩近付き、心からの感謝を伝える。
「おばあちゃんのご飯、あったかくて優しくて、どれも最高においしかった。"武闘神判"を乗り越えられたのは、間違いなくおばあちゃんのお陰よ。本当に、本当にありがとう。アクサナのこと、すごく心配だろうけど……パペルニアの領主の娘は、あたしの友だちなの。とっても良い子だし、あたしたちも定期的に顔を出すから安心して」
「えぇ。これを機にガルャーナさんがパペルニア領主と親交を深めてくださるので、アクサナさんとの手紙のやり取りはガルャーナさんを通しておこなえます。何より、我々が"禁呪の武器"を全て解放すれば、アクサナさんはまた自由になれます。なので……」
にこっ、と。
クレアは、心からの笑みを浮かべ、
「やぁずえかちか、わぁばまずきたいぬ。だぁば、えいそこれ」
あなたの孫娘は、私たちが必ず連れて帰る。
だから、安心してください。
と、オゼルトン語で伝えた。
アクサナが、堪えていた涙を一筋溢しながら「クレアルド……」と呟く。
フェドートはくしゃくしゃの目尻からさらに涙を流すと、クレアとエリス、そしてアクサナをがばっと抱き締め、
「まず……まんず、わせんどれ……こっき、きたうるね……っ」
必ず……必ず、無事で……
ここへ、帰って来ておくれ。
嗄れた声を震わせ、神に祈るように、言った。
* * * *
「──んじゃ、ここで解散ね」
フェドートに別れを告げ、家を出たエリスが言う。
この後、ガルャーナとチェロは『神頂住区』の中枢に戻る。
クレアとエリスは正規ルートで下山。
アクサナとレナードもパペルニア領へ向かうため下山するが、人目につかぬよう山間の道を行く。
この六人での行動も、ここで終わりだ。
挨拶を交わそうと馬車から降りて来たチェロが、エリスを心配そうに見つめ言う。
「帰り道に気を付けてね、エリス。また巨大ウサギに襲われないよう祈っているわ」
「大丈夫よ。『神手魔符』研究の進捗については手紙で随時教えて。あたしに貸せる知恵があれば、可能な限り貸すから」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ」
柔らかな笑みを浮かべた直後、チェロはキッとクレアを睨み付ける。
「あんた、エリスに何かあったらタダじゃおかないからね?! 二人っきりになるからって浮かれずに、王都までしっかり護衛するのよ?!」
しかしクレアは、その睨みを笑顔で受け止め、
「もちろん、最後まで気を引き締めてエリスをお護りします。ですが……エリスは私の護衛などなくとも十分に強いので、護られるのは私の方になるかもしれませんね」
と、信頼に満ちたセリフを口にした。
エリスは嬉しくなり、思わず頬が緩みそうになるが……それを悟られぬよう、「まーね」と顔を背けた。
続けて、チェロはアクサナにも心配の眼差しを向ける。
「アクサナも、お屋敷に着くまでは気が抜けないと思うけど、しっかり休息を取りながら進んでね。道中休みたくなったら、そのお兄さんにちゃんと『休みたい』って言うのよ?」
指をさされたレナードは、何も言わずに目を伏せる。別れの挨拶はそこそこに、早くここを離れるべきだと言いたげな雰囲気だ。
アクサナはしっかり頷き、答える。
「わかった。チェルロッタさん、領主さま、お世話になりました。オゼルトンのこと、よろしくお願いします」
「うん。後は任せて」
「君の祖母のことは僕が気にかけておく。安心して、自分の生活に専念してくれ」
ガルャーナの言葉に、アクサナはもう一度頷いた。
それを見届けると、チェロはウィンクをして、
「それじゃあね。『神手魔符』実用化の吉報を待っていてちょうだい」
そう言い残し、馬車の中へと消えていった。
続いて、ガルャーナが皆を見回し、
「『神判の槌』が力を失った件については、僕から民へうまく伝える。新たなる冷蔵技術の可能性についても認知を広めるつもりだ。君たちには、オゼルトンの今後の発展を見守っていてほしい」
そして、最後にエリスに目を留め、
「……気が変わったら嫁に来てくれ、とは言わない。僕はできる男だからな、君が最も喜ぶ言葉を心得ている──今後、ムームーペッカルの肉を定期的に送るよ」
「えっ、いいの?」
「もちろん。オゼルトンの未来を救ってくれた礼としては安すぎるくらいだ。君に新鮮な肉を届けるためにも、冷気の『神手魔符』を早急に実用化できるよう尽力する。楽しみに待っていてくれ」
「うんうん! 楽しみにしてる! 頑張ってね!!」
瞳を輝かせるエリスに甘い微笑を送り、ガルャーナも馬車の中へと消えた。
「……じゃあ、ボクも行くね」
最後に、アクサナがクレアとエリスに向けて、あらたまった態度で言う。
「……二人とも、本当にありがとう。出会ったばかりの頃、生意気な態度を取ってごめん。ボクに優しくしてくれたこと、ばあちゃんやオゼルトンのみんなと仲良くしてくれたこと、独立を阻止してくれたこと、それから……もう、何からお礼を言えばいいのか」
「いいえ。お礼を申し上げるのはこちらの方です。アクサナさんのお陰で、オゼルトンへの旅路を楽しく、安全に進むことができました」
「そーよ。美味しいものもたっくさん教えてもらったし、楽しかったわ。ありがと。パペルニア領にも美味しいものがいっぱいあるから、アクサナも楽しんでね」
飾らない言葉で礼を述べる二人に、アクサナは微笑む。
そして……
その青い瞳で、まっすぐに二人を見つめる。
「……あなたたちに出会えて、本当によかった。この先、どんな出会いがあっても、二人と分かり合えたことを思い出すよ…………ありがとう」
その瞳は、どこまでも青く、澄んでいて。
クレアとエリスは、眩しさすら感じながら頷く。
「またセキサッラが見たくなったら、いつでも言ってくださいね」
「ちょっ、こんな時にそれ言う?!」
「湿っぽくなるよりは良いでしょう?」
「おい、あまり騒ぐな。そろそろ行くぞ」
レナードに嗜められ、二人は言い合いを止める。
アクサナは「あはは」と笑い、名残惜しそうな目をして、
「……じゃ、また。ボクが言ったことをきちんと守って、気を付けて下山しろよな」
なんて、出会ったばかりの頃のような口調で言うので……
クレアとエリスは、顔を見合わせながら笑って、
「わかりました。雪山では、火気は厳禁」
「野生動物には手を出さない。それから、雪は食べないこと!」
そう、戯けて答える。
アクサナは、年相応の純真な笑顔を満面に浮かべると、
「──うん、上出来だ」
案内役としての、最後の役目を終えた。
サク、サク、と。
耳に聞こえるのは、二人分の足音のみ。
アクサナたちと別れ、クレアとエリスは雪を踏み締め、帰路を進んでいた。
行きは雪板に乗って滑り降りた斜面が、今は険しい登山道となって二人の前に立ちはだかる。
途中、昼休憩を挟んだが、それ以降は歩き続け、ようやく最も高い峰に近付いたところだった。
幸いなことに、雪は止んでいる。
クレアに背負われた『元・地烈ノ大槌』も雪に埋もれることなく、金色の輝きを放っていた。
雪が降っていないとはいえ、標高が上がる程に酸素は薄れ、気温は下がる。
雪道を登りながら、エリスは白い息を吐き、辛そうに唸った。
「うぅ、寒い……疲れた……お腹空いた……」
「もう少しで最頂部です。山小屋があるはずなので、そこで休憩しましょう」
励ますようにかけたそのセリフに、エリスがぴくっと反応したのを、クレアは見逃さなかった。
『山小屋』で、『休憩』。
そこから彼女が連想したのは、恐らく……いや、間違いなく、クレアが掲げていた四つの目標についてだろう。
一つは、クレアお手製のうさ耳防寒着をエリスに着てもらうこと。
一つは、極辛スープを食べ切って、エリスに「カッコいい」と言ってもらうこと。
一つは、雪で等身大の超リアル・エリス像を造ること。
そして、最後の一つは……
…………と、そこで。
「あーーっ!!」
突然、エリスが大声を上げた。
クレアが「どうしました?」と尋ねると、彼女はバッと彼を見上げ、
「あんたが作ったあの恥ずかしい雪像! 撤去してもらうの忘れてた! くぅっ、領主サマに頼もうと思っていたのにぃっ……!!」
「あぁ、そのことなら、私からガルャーナさんに依頼しましたよ」
「えっ、ホント?!」
希望にきらめくエリスの瞳を、クレアはにこっと見つめ返す。
「えぇ。あのように目立つものを、フェドートさんの家に置いておくのは得策ではないので……」
「そーよねそーよね! あーよかった! それを聞いて安心したわ!」
「はい。あの庭から──闘技場の門の前に移設するよう依頼したので、ご安心ください」
……刹那。
エリスの動きが、ぴたりと止まる。
「…………今、何て?」
「あの雪像は、闘技場の前に置かれることになりました。オゼルトンを救った女神の像を、より多くの領民の目に触れる場所へ安置できると、ガルャーナさんも喜んでおられましたよ」
「な……な…………」
わなわなと、エリスは寒さとは別の理由で身体を震わせ……
来た道を振り返り、斜面を転げ落ちそうな勢いで、叫ぶ。
「雪板はどこ?! 今すぐ戻って破壊してやる!!」
「落ち着いてください、エリス。像の所有権を譲るためのお金も既にガルャーナさんからいただいてしまっています。今破壊すれば、公共物破損の罪で捕まる可能性がありますよ」
「お金?! いつの間に?! あんたどんだけあの像を残すのに固執してんのよ?!」
「我ながら壊すのが惜しい程の完璧な出来栄えでしたからね。それに、ガルャーナさんへの当て付けの意味もあるのです。『あなたは雪像でしかエリスを拝めないけど、私はいつでも生身のエリスを隅から隅まで舐めるように見られるんだぞ』、っていう」
「何その歪んだ思考!? そんな醜い理由でヒトの像を公共施設に置かないでくれる?!」
体力の消耗を度外視したエリスのツッコミが響いたその時、二人の向かう先に、山小屋が見えた。
すると、エリスは最後の力を振り絞り、急な斜面を駆け登り始める。
「ふんっ。あんたなんかあの小屋に入れてあげないんだから! あたしがおやつを食べ終わるまで、せいぜい外で反省してなさい!!」
「そんなぁ。待ってくださいよぉ」
情けない声を上げるクレアを無視し、エリスは小屋目掛けてずんずん進んで行く。
その後ろ姿を眺め……クレアは、目を細める。
エリスは、時にこんな幼稚なやり取りのできる"親友"で。
共に暮らし、食事を分け合う"家族"で。
命を預けられる、最強の"相棒"で。
そして……
「……っしゃあ! 着いたー! へへーん、泣いたって入れてあげないもんねー!」
と、山小屋に到達したエリスが、勝ち誇ったように舌を出す。
オゼルトンに来る途中、アクサナと一泊した小屋と似た造りだ。数人が寝泊まりできる程度の、小ぢんまりとしたログハウスである。
中に人がいる様子はない。エリスはドアノブに手をかけ、扉を開けようとする……が、
「ん、あれ?! 開かない! なんで?!」
外開きのドアを懸命に引くも、びくともしない。
しばらく利用者がいなかったのだろう、積もった雪が重しとなり、ドアが開くのを阻害していた。
細腕に力を込め、「んーっ!」と唸るエリスに、クレアは背後から悠然と近付くと……
エリスの手に自分のを重ね、ぐいっと、勢い良くドアを開けた。
クレアに追いつかれたこと、そして男女の力の差を見せつけられたことに、エリスはドギマギした表情を浮かべるが……
「──ひゃあっ」
その口が文句を言うより早く、クレアは彼女を小屋の中へと引き込み、
「……捕まえた」
冷え切った身体を、ぎゅっと、正面から抱き締めた。
突然の抱擁。しかし、エリスは抵抗しなかった。
ただじっと、クレアの腕の中で、顔を赤らめている。
何故なら、わかっていたから。
この小屋に二人で入れば、どうなってしまうのか。
だから、照れ隠しをするように、子どもじみた態度で小屋の外に閉め出すと言ったのだ。
すっぽりと腕に収まるエリスの温もりに、クレアは思う。
エリスは、時々"親友"で、"家族"で、"相棒"で……
そうした"ずっと側にいる大切な人"にすべて当てはまってしまう、かけがえのない存在だ。
この際、呼び方になどこだわる必要はないのかもしれない。
一緒にいることには、変わりないのだから。
しかし、それらの呼び名では足りないくらいに、この腕の中の存在は愛おしくて。
じんわり溶け出す体温を、もっと感じたくて……
──だから、今は。
"親友"でも、"家族"でも、"相棒"でもない名で、呼ぶことにしよう。
恥ずかしさに震える、エリスの肩。
その紅色に染まった頬を、クレアは壊れ物を扱うように、そっと両手で包み込む。
そして……
唇を近付けながら、こう囁いた。
「ここからは────"恋人"の時間です」
ー第三部 完ー
第三部、これにて完結です。
お読みいただきありがとうございました。
完結と言いつつ、この後リンナエウス家へ向かうアクサナとレナードの番外編が数話続きます。
メディアルナが久々に登場しますので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
少しでもお楽しみいただけましたら、ぜひページ下部から評価(★印)、いいね、感想をお寄せください。レビューも大歓迎です。本当に励みになります。
それでは、引き続きよろしくお願い致します。




