7 前途を祝して
──その夜。
"禁呪の武器"解放の成功、そしてアクサナの前途を祝し、六人は本物の宴を開いた。
ガルャーナが用意した酒とご馳走を楽しみながら、一同は様々な話をした。
クレアとエリスが食べた各地の絶品グルメについて。
チェロが受け持っている魔法学院の講義について。
リンナエウス家に潜入捜査した時の話や、メディアルナの為人について。
そして……"武闘神判"に挑んだ、今回の任務について。
「──こうして振り返ると、本当にいろんなことがあったわね」
ムームーペッカルのハムステーキを飲み込んだ後、エリスが言う。
「雪山ではウサギに追っかけられたり、雪板とかいう恐ろしい乗り物に乗せられたり……やっとお風呂に入れると思ったら想像していたのと違ったり……"武闘神判"で勝つために、真面目に『神手魔符』の研究をして、独立反対派のみんなと演習して。おばあちゃんの美味しいご飯をたっくさん食べて」
その味を思い出すように、エリスはうっとりする。
それから、うっとり顔を苦笑いに変え、
「んで、試合本番では"禁呪の武器"相手に命懸けで戦って。勝ったと思ったら、激辛スープの早食い対決まですることになって。ようやく解決したーってところで、チェロとお兄ちゃんが来てさ。そこから、このメンバーで国のお偉いさんを騙すために一幕演じるなんて。一体誰が予想できるのよ、こんな展開」
言って、エリスはカップに注いだ紅茶に口を付ける。
それに、ガルャーナは「ふむ」と唸り、
「僕たちは対戦相手として、そして交渉相手として出会ったが、今は同じ秘密を共有する"仲間"となった。これも、僕の親しみやすさのお陰だろう」
「そーね。そういうナルシストでちょっとズレてるところが親しみやすいというか、付け入りやすかったわ」
「ふふ、そうだろう? 今から惚れてもいいんだぞ?」
「ごめん、それは絶対にない」
キリッと自信満々に言うガルャーナを、キッパリ振るエリス。
その横で、クレアが勝ち誇るように笑う。
「ふふ。残念ながらエリスは私のことが大好きで、その気持ちは未来永劫変わらないので、あなたに惚れることはないですよ。ね、エリス?」
「はいはい。そういう恥ずかしい発言をしなければもっと好きかもね」
「えっ、本当ですか? もっと好きになったらどんなことをしてくれます? 五分に一回キスして、三分に一回ハグして、毎秒見つめて『好き♡』って言ってくれたりします?」
「っていう発言そのものがその可能性を全力でぶっ潰してるってこと、あんたわかってる?」
「ふむ……なら、エリシア。その合間の一分で僕のことをゴミを見るような目で見てくれないか? もう少しでマゾヒズムの力が開花しそうなんだ」
「どの合間!? っていうか領主サマは何を目指してんのよ!?」
変態と変人を相手し、エリスはこめかみをヒクつかせながら声を荒らげる。
その様子を少し離れた席から眺めるチェロが、ワイングラスを手に歯軋りする。
「ったく、どいつもこいつもエリスに迷惑かけて……っていうかあのストーカー男、前にも増して人前でイチャつこうとしてない? あんなんで潜入捜査なんかできたの?」
目を吊り上げ、チェロは向かいに座るレナードに尋ねる。
レナードは食後のコーヒーを啜り、静かに答える。
「想像通り、隙あらば不埒なことをしようとしていた。任務に支障がないよう、常に目を光らせるのは骨が折れたな……オゼルトンまでの道中も大変だったろう、アクサナ」
「えっ、ボク?」
チェロの隣でホットミルクをちびちび飲んでいたアクサナは、突然話を振られ、びくっと肩を震わせる。
チェロはガタッと身を乗り出し、アクサナの顔を覗き込み、
「そーよ! 大丈夫? なんかこう、目を覆いたくなるような恥ずかしい行為とか見せつけられてない?」
鬼気迫る表情でそう尋ねるので、アクサナは「えっと……」と狼狽えながら、
「ボクはそんな……困るようなことはなかったかな。むしろ、恋人っていう関係性について勉強させてもらったよ」
「勉強〜? あの変態ストーカー男から?」
「うん。二人は本当に仲が良くて、セキサッラまで見せてくれたんだ。エリシアはちょっと恥ずかしそうにしていたけど」
「……セキサッラ、って何?」
怪訝な表情で聞き返すチェロに、アクサナは少し照れながら、こう答えた。
「えっと…………だ、大事な穴に、棒を出し入れして気持ち良くする……恋人ならではのアレだよ」
……それを聞いた瞬間。
チェロだけでなく、レナードまでもが、ピシッと硬直する。
「…………待て。あの二人は、その行為を、お前に見せたのか?」
「う、うん。目の前で見せてもらったよ」
「…………」
「…………」
「え。ど、どうしたの? レナードさんもチェルロッタさんも怖い顔して……あ、もしかして別のことと勘違いしてる? そんな危険な行為じゃないよ。柔らかいベッドの上でやってたし、終わったあとはスッキリ気持ち良くなって……」
そこで、レナードとチェロは立ち上がり、クレアとエリスに近付く。
そして、顔に影を落としながら……低い声で、言った。
「あんたたち……子どもになんちゅーモン見せてんのよ」
「そこに正座しろ。今回ばかりは見過ごせん」
「え?」
「なんの話?!」
話が見えないまま、クレアとエリスは二人の圧におされ、とりあえず正座し……
数分後、ガルャーナがセキサッラが何たるかを説明するまで、懇々と叱られたのだった。
「なんだ、本当に耳かきだったのね……それならそうと早く言いなさいよ」
「まったく、時間を無駄にした」
「あんたらが話も聞かずいきなり説教始めるからでしょ?!」
チェロとレナードに抗議するエリスを眺め、アクサナは肩を落とす。
「ボクのせいで喧嘩になっちゃったみたい……悪いことしたな」
「気にするな。これは汚れた大人たちの先入観が引き起こした、不慮の事故のようなものだ。お前は悪くない」
ガルャーナがフォローするが、アクサナは「でも……」と眉尻を下げ、
「ボクの伝え方が悪かったせいで、レナードさんとチェルロッタさんが怒っちゃったから……やっぱり、申し訳ないです」
そう言って、肩を落とすので……
ガルャーナは、ふっと小さく笑う。
「……それは違うぞ、アクサナ」
「え?」
「あの二人が怒ったのは──お前のことを、大切に思っているからだ」
「ボクを……大切に?」
「そう。お前が嫌な思いをしたのではないかと心配していただけだ。誤解は解けたのだから、もう気にする必要はない」
その言葉に、アクサナは面食らう。
そして……
エリスとクレア、チェロとレナードを、それぞれ見つめる。
純粋なアルアビスの血が通う人々。
オゼルトン人の自分とは違う、国に必要とされる人たち。
少し前までは、絶対に分かり合えないと思っていた。
大切になんてしてもらえるはずがないと、そう思っていた。
けど、今は…………
「…………うん、そっか。なんか、わかった気がする」
腑に落ちたように、アクサナは小さく呟く。
それから、ぱっと顔を上げ、
「ありがとう、領主さま。ボク、もう一度ちゃんと伝えてみる」
ガルャーナの側を離れ、未だ言い合いを続ける四人の元に歩み寄った。
「チェルロッタさん、レナードさん。心配してくれてありがとう。クレアルドとエリシアは、ボクに本当に良くしてくれたんだ。だから、安心してよ」
「アクサナ……」
懸命に伝えようとするアクサナに、エリスは胸を打たれる。
出会ったばかりの頃の、棘のある雰囲気からは考えられない言葉だった。
クレアも、その変化を微笑ましく思いながらアクサナを見つめる。
アクサナは、にこっと笑って……
チェロとレナードに、はっきりと伝えた。
「セキサッラだけじゃない。二人は──唇と唇でするキスも見せてくれたんだ」
「…………え?」
「それも、二回も!」
「ちょ、アクサナさん?」
「しかも二回目は、舌を入れていたんだ! すごいよな、そんなの普通見せてくれないだろ? きっとボクのためを思って……」
「うわぁわぁわぁああっ!!」
火を消すどころか油を大量投入するような発言を、エリスは慌てて掻き消す。
しかし、時既に遅し。レナードとチェロの耳には、しっかり届いた後だった。
再びドス黒いオーラを放ち始める年長者二人に、クレアは笑みを浮かべ、降伏するように両手を上げる。
「あはは……お二人も指導する立場にある方なので、よくお分かりでしょう? 口で説明するより、実戦を見てもらった方が早い場合が……」
「クレアルド」
ピリッ、と。
レナードが、その場にいる全員が震え上がるような声で、クレアの言い訳を制し、
「……言いたいことは、それだけか?」
「………………」
まさに、蛇に睨まれた蛙。
冷や汗をダラダラと流し固まるクレアを、エリスがガタガタ震えながら見守るが……
レナードは、氷のように冷ややかな眼でクレアを射抜くと、淡々と、こう告げた。
「……お前の言う通り、口ではなく実戦でわからせた方が早いようだな。先生」
「えぇ。シュミと教育を履き違えている変態は、私がキッチリ指導してあげる」
レナードの合図で、チェロが素早く指を踊らせる。
描かれたのは、樹木と鉄の精霊に呼びかける魔法陣。それも、チェロが独自に改良した、超強化版だ。
生み出された蔓と鉄線はみるみる内に編まれ、強靭な綱を成し……
「ぎゃああああああああっ!!」
ギリギリと、クレアの身体を、容赦なく縛り上げた。
人体の構造を無視するような体勢に折り畳まれたクレアを見つめ、アクサナはぽかんとする。
「あれ……ボク、また言い方を間違えた?」
「いや、アクサナは悪くない。恐らくあいつは、わざと怒られるような態度を取り、身体を張って宴を盛り上げようとしているのだろう」
「そうか……クレアルドは本当に優しいな」
ガルャーナの本気なのか適当なのかわからないフォローを聞き、アクサナは素直に納得する。
そして……笑ったり泣いたり怒ったり、終始賑やかな面々を眺め、微笑む。
「確かに……こんなに楽しくて盛り上がる宴は、生まれて初めてかもしれない」
だけど……
『初めて』であるのと同時に、『最後の宴』でもある。
だって自分は、これから名前も姿も変え、遠い土地で生きるのだから。
王子に見つからぬよう……静かに、ひっそりと生きるのだから。
アクサナは、日に焼けた自分の手に目を落とし、
「…………嬉しいな。最初で最後の宴が……こんなに楽しいものになるなんて……」
誰にも聞こえないよう、呟いたつもりだった。
しかし、
「──『最後』ではないですよ」
……と。
チェロの魔法に縛られ、天井から吊るされたクレアが、微笑んで言う。
「"禁呪の武器"をすべて無力化すれば、もう、王子の影に怯える必要もなくなります。あなたが身分を偽るのも、それまでの辛抱ですよ」
……などと、真剣に語りかけるが。
「ふん、まだ喋る余裕があるようだ。先生、もっと強く」
「りょーかいっ」
「ぎゃああああっ!」
チェロの魔法にさらにキツく縛られ、いい感じのセリフは断末魔へと変わった。
代わりにエリスが、アクサナの背後から「そうそう」と現れ、
「"禁呪の武器"がなくなれば、あんたはまた自由になれるわ。だいじょーぶよ。あたしたちが必ず成し遂げてみせるから。そしたらまた、みんなで宴を開きましょ。おばあちゃんも、オゼルトンのみんなも呼んで。盛大に!」
ニッと笑いながら、そう言うので……
アクサナは、泣くのを堪えるように、下唇を噛み締める。
そして、目を閉じ、その情景を思い浮かべる。
瞼に映る未来の自分は……たくさんの大好きな人たちに囲まれ、楽しそうに笑っていた。
アクサナは、再び開けた目を少し潤ませながら、
「…………うん。エリシアたちならやってくれるって信じてる。その日が来るのを楽しみに……ボクも、できることを全力で頑張るよ」
力強い声音で、そう答えた。
……そんな感動的なやり取りの横で。
無理な体勢に縛られ、声すら上げなくなったクレアを見つめ……エリスが、半眼になりながら付け加える。
「……ま、あいつだけは本当に、これが最後の宴になるかもしれないわね」
「えぇぇっ! ちょ、エリシア! 早く止めてあげて!?」




