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4 偽りの神器

 




 そして。

 アクサナは、クレアとレナードから『"武器"に触れ狂った者』の演技指導を受けることとなった。


 かなり意気込んでいたアクサナだったが、その演技はお世辞にも上手いとは言えなかった。

「肩の力を抜け」と言われるほどに力が入り、「何も考えるな」と言われるほど、あれこれ考えてしまう。

 クレアが優しく教えても、レナードが厳しく指導しても、まるで上達しない。

 これまで演技とは無縁な人生を歩んできた彼女にとって、いきなり狂人の真似事をするのは、想像以上に難しかったのだ。


 国の財政管理官が訪問するまでに残された練習時間はあと半日。どんどん自信をなくしていくアクサナと、何とか形にしてやりたいと足掻くクレアとレナードを眺め……


 ふと、エリスがこう提案した。



「いっそ喋らなきゃいいんじゃない? 座り込んで頭抱えているだけでも結構ヤバい雰囲気出ると思うけど。部屋を暗くしちゃえば不気味さも出るし、表情も見えにくくなる。『動』がダメなら『静』の方向で試してみたら?」



 クレアとレナードは、目から鱗と言わんばかりに顔を見合わせ……

 エリスの画期的な案に、乗ることにした。





 ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎





 ──そのような経緯を経て。

 先ほど、無事に財政管理官を欺き、アクサナをルカドルフの任務から解放することに成功した、というわけだった。


 結局、自分以外の面々の演技力に助けられる形となったアクサナは、手錠を外された手で顔面を覆い、蚊の鳴くような声で言う。



「うぅ……あんな大見得切ったくせに、黙って座っていることしかできなかったなんて……恥ずかしい……ほんとにごめんなさい……」



 しおしおと肩を落とすアクサナに、すかさずフォローを入れたのはエリス……ではなく、チェロとガルャーナだった。



「そんなことないわよ。とっても上手だったわ。ね、領主さん?」

「あぁ。焦点の定まらない目とぶつぶつ呟く不気味さに、パーヴェルの奴も震え上がっていたな。完璧な演技だったと思うぞ」



 そう口々に励ます二人を見て、クレアはエリスと目を合わせ、小さく笑う。



 昨日──つまり、あの宴会の翌日。

 クレアが、二日酔いのチェロとガルャーナに状況を共有すると、二人は同情と怒りを露わにし、アクサナのために一芝居打つことに賛同した。


 特にガルャーナは、大きなショックを受けたようだった。

 オゼルトンの孤児を養子に出す協定は、先代の領主……つまり、ガルャーナの父親が決めたものだ。

 "中央(セントラル)"で活躍する人材になるべく、孤児たちが厳しい訓練を受けることはガルャーナも認識していた。

 しかし、このような危険な任務に晒される程、その命が軽視されている実態は、知らなかったのだ。


 端正な顔を崩すことの少ないガルャーナだが、その時ばかりは眉を寄せ、悲痛な表情を浮かべていた。

 そして、「この現状を必ず変える」と誓った。

 協定を即時撤廃することは難しくとも、オゼルトン領が経済的に成長すれば、自ずと国内での発言力も上がる。

 同時に、医療や福祉にも予算を回せるようになり、根本的な孤児の数が減るだろう。


 そうした持続的な改善と併せ、まずは今回のアクサナの件を口実に、孤児を引き取ったすべての貴族の家々を偵察することも約束した。


『オゼルトンを護り、変えていくのは、神ではなく領主(じぶん)自身』。

 ガルャーナの中に芽生えたその意識が、早くも領を変える原動力になっているようだ。


 そして──自らの命運を他者に託すことをやめたのは、アクサナも同じ。



 チェロとガルャーナに励まされ、アクサナは顔を上げる。



「……ごめんなさい。ボクがこんな調子じゃ、いつまでも気を遣わせてしまうよな。あれが今のボクにできる精一杯の演技だったんだ。出来栄えはどうあれ、作戦は無事に成功した。今はこの結果を素直に喜ぶよ」



 そう言って、笑う。

 晴れやかな笑顔で、彼女を主役に仕立て上げた共演者を見回し、笑う。



「あなたたちのお陰で、ボクは自分が正しいと思う道に踏み出すことができた。本当に……本当にありがとう。これで、ボクのように利用されるオゼルトン人を減らすことができたんだよな?」



 その問いに、クレアが答える。



「えぇ。ルカドルフ王子が"禁呪の武器"の研究をしていることは、まだ限られた者しか知らないはずです。いくら最高権力者の息子でも、非人道的な実験をそう頻繁にはおこなえないでしょう。ここでオゼルトン人に適性がないことを知れば、もう標的にはしないはずです」



 そこには希望的観測も含まれてはいるが、概ね本心に近い言葉であった。

 続けて、エリスが顎に指を添えながら言う。



「残る問題は、"武器"の解放と、アクサナのこれからについてね。国の記録では『狂って処分された』ことになるわけだから、このままオゼルトンにいても見つかった時に厄介だし……どうするのが安全かしらね」



 その言葉通り、『地裂ノ大槌』の解放は、未だ実行していなかった。

 "禁呪の武器"の解放は、内部に封じられた精霊と()()()()()をすることによって完了する。

 過去二回成功しているが、精霊の性格や性質は様々だ。精霊(じぶん)を封印した"人間"たちを恐れ、激しい抵抗を見せる可能性もゼロではない。

 そうした事態を想定し、アクサナの"狂人作戦"の成功を第一に考え、解放を延期したのだった。


 同時に、財政管理官が訪問するまでの猶予がなさすぎたため、作戦後のアクサナの所在についても十分に話し合うことができずにいた。

 "中央(セントラル)"の息がかからない地方の街の孤児院に入るか、身分を偽り住み込みで働くか……というところまでは見当をつけたが、まだ具体的なことは何も決まっていない。


 エリスが提起した問題に一同が悩み始める中、しかしクレアだけはにこりと笑い、



「実は、アクサナさんの新たな居住地として、最適な候補を一つ思いつきました」



 と、人さし指を立てながら言う。

 これについてはレナードも予想していなかったらしく、驚く面々を代表するように聞き返す。



「それは、具体的な場所の見当がついている、ということか?」

「はい。ただし、アクサナさんには名前や姿を変えて生活してもらうことになりますが……」

「ちょ、ちょっと待った!」



 そこで、アクサナがクレアの返答を遮る。



「その話、結構長くなるよな? ボクの話は後でじっくり聞くから、先に精霊さまを解放してくれ。ただでさえボクのせいで一日先延ばしになったんだ、早く呪いから解き放たないと」



 焦った様子のアクサナに、クレアは納得する。

 彼女がオゼルトン人であることを考えれば、それは至極真っ当な申し出だった。



「わかりました。では、"禁呪の武器"の解放を先におこないましょう」

「その方がアクサナも落ち着いて今後の話ができるだろうしね。ということで、領主サマ。予定通り、場所を借りていい?」



 エリスに問われ、ガルャーナはすぐに頷き、



「あぁ、もちろん。闘技場までは、僕が責任を持って運ぼう」



 落ち着いた声で、そう答えた。





 * * * *





 二日前に激戦を繰り広げた、闘技場(カムプラヤ)のフィールド。

 その広大な地に、クレアとエリス、ガルャーナとチェロ、アクサナが立つ。

 そして、目の前の台座に置かれた金色(こんじき)のハンマーと対峙した。



 このハンマーは、オゼルトンの進むべき道を示す神器として、数百年に渡り信仰されてきた。

 "武闘神判(シドレンテ)"が催される度、人智を超えた力を発揮し、領民に信仰と畏敬の念を抱かせてきた。


『神は、確かに我らと共にある』。

 そう信じるに値する力を、まざまざと見せつけてきたのだ。


 しかし今、闘技場の観客席には誰もいない。

 栄光の神器の最期を見届ける領民は、一人もいない。


 何故ならそれは、"神"などではなかったから。

 この武器が孕むのは、ヒトの私欲と傲慢を凝縮した、醜い"呪い"だけ。


 だから……

 知られることなく、惜しまれることもなく、葬るしかないのだ。




「…………」



 オゼルトンの王族の末裔・ガルャーナが、『神判の槌(ポロト・ガベル)』と呼ばれたハンマーを見つめる。

 その表情には、名残惜しさや後悔は見られない。迷いのない真っ直ぐな瞳で、父から受け継いだそれを、ただ見つめていた。


 彼の胸に迫る様々な思いを想像し、クレアは声をかける。



「ガルャーナさん……よろしいですか?」



 すると、ガルャーナは小首を傾げて、



「うん? ここからはもう、お前たちの領域(しごと)だ。僕の許可を得る必要はない。お前たちのタイミングで始めるといい」



 そう、平坦な声で返した。

 複雑な内心を隠しているのか、それとも本心から言っているのか、その無表情からは読み取ることができないが……いずれにせよ、やるべきことは一つだ。



 ここで、オゼルトンに伝わる神器・『神判の槌(ポロト・ガベル)』を、無力化する。



 クレアはエリスと視線を交わし、頷く。

 その後ろで、チェロが心配そうに見つめ、



「何か異常があれば、すぐに中断するのよ。無理はしないでね」



 と、エリスに投げかける。

 エリスは振り返り、ニッと笑って、



「わかってるって。それじゃ……いこっか、クレア」



 言いながら右手を差し出すので、クレアはそれを左手でしっかりと握り返す。



「はい……いきましょう、エリス」



 そして二人は、もう一方の手を伸ばし──そのハンマーに、触れた。




 

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