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14 あなたは私の、大切な

 



「──ふぁーっ、どれも美味しかったぁ! ごちそうさまでした!」



 夕食を終え、エリスは幸せそうに腹をさする。

 昼食時とは異なるメニューが出され、エリスだけでなく他の四人もオゼルトン料理に満足した様子だった。


 従者たちがカチャカチャと食器を片付ける中、エリスの向かいに座るガルャーナが、柔らかく微笑む。



「エリシアは本当に食べるのが好きなのだな。見ていて気持ちが良い。やはり、側に置けないのが惜しい存在だ」



 いまだ口説くような言葉をかけるガルャーナに、クレアは笑みを貼り付けながら殺気を放つ。



「もう神判は下ったはずですよ、ガルャーナさん。未練がましい発言は控えてください」

「もちろん、エリシアを妻にすることは諦めた。だが、彼女の友人になる権利はまだあるだろう? 僕はなかなかに気が利く方だし、友人にするにはもってこいの男だぞ? こうして会合の前に食事を用意させたのも、エリシアに喜んでもらいたかったからだ。そして彼女は、こんなにも満足してくれた。僕たちは良い友人になれる。そうは思わないか?」



(こいつ……神判だ何だと口にしておきながら、結局は全て自分の都合の良い方に持っていくつもりか……!)



 いけしゃあしゃあと言ってのけるガルャーナに、クレアのはらわたが煮えくり返る。(はた)で聞いていたチェロも、「何言ってんだコイツ」という目でガルャーナを見つめる。

 このままではいけない。口論の末、「では友人になる権利をかけて神判をしよう」などと言い出したらこの上なく面倒だ。

 エリスは仕切り直すように咳払いをし、話を進めることにする。



「ゆ、友人になれるかどうかは置いておいて……大事な大事なオゼルトンの今後について話しましょ。あらためてだけど、独立阻止の件も、"禁呪の武器"解放の件も、交換条件ナシで大丈夫なのよね? 神判の結果、勝利したわけだし」



 テーブルが綺麗に片付けられ、一同の前には紅茶の入ったカップのみが残される。

 そうして従者たちがドアをパタンと閉め、去った後、ガルャーナが返答する。



「もちろんだ。皆の前で宣言した通り、アルアビスからの独立はしない。また、『神判の槌(ポロト・ガベル)』を無力化することも無条件で受け入れる」

「無力化した『神判の槌(ポロト・ガベル)』は我々が回収し、国の研究所へ持ち帰りますが……よろしいですか?」

「構わん。あの槌を調べることで、精霊さまを封じている他の武器の解明に貢献できるのなら、喜んで差し出そう」



(……って、さっきと違って随分と物分かりがいいわね。もしかして、激辛スープ対決で懲りたのかしら?)



 クレアの申し出に素直に応じるガルャーナを見つめ、エリスは半眼になる。

 その視線を知ってか知らずか、ガルャーナは落ち着いた声で続ける。



「エリシアを妻にできないのは惜しいが……僕が負けたということは、『こちらに得るものがなくとも槌を手放すべきだ』という神託だ。"武闘神判(シドレンテ)"の最後にお前が言った通り、神は全てを見ているが、直接手を下すことはしない。オゼルトンを護るのは、この僕だ。神器に頼らずとも強い土地で在れるよう、今こそ変わる時なのだろう」



 その言葉に、クレアは少し驚く。

 武器の呪いに蝕まれつつあったガルャーナに、決死の思いで伝えた、あの言葉……


『それは"運命"ではなく、"責任逃れ"です。オゼルトンの民を脅威から護り、導くのは、神ではない。あなただ。だから……あなたには、まだまだ生きていてもらいますよ』


 響いている様子はまるで見受けられなかったが……彼の胸に、きちんと届いていたようだ。



(いや、二回の神判を通しようやく納得してくれた、と言うべきか?)



 何にせよ、交渉はほぼ成立だ。

 クレアは真剣な表情で頷き、礼を述べる。



「ありがとうございます。では、武器の解放についての具体的なお話をさせてください。『神判の槌(ポロト・ガベル)』は、オゼルトンの民にとって特別なもの。無力化する前に、領民への説明を先にすべきでしょうか? その場合、"禁呪の武器"の存在については公にできないのですが……」

「民には、僕から後で上手く説明する。明日にでも精霊さまを解放してくれ。やるなら早い方が良いだろう」

「わかりました。領民へは、武器が生まれた経緯や、他にも似たような武器があることを伏せていただければ問題ありません」

「心得た。解放がどのような手順でおこなわれるのかは知らないが、良ければこの闘技場を使ってくれ。普段は閉鎖しているから、一般人の目に触れることもない」

「お気遣い感謝します。では、お言葉に甘えて使わせていただきます。これまで二回武器の解放をしていますが、精霊との対話が上手くいけば周囲に危害は及びません。万が一イレギュラーな事態が発生しても、優秀な先輩と教授がいてくださるので、サポートは万全です。領民の安全は保証します」



 クレアの言葉に、先輩・レナードは目を伏せ、教授・チェロは「えっ、私?」という顔で自分を指さす。エリスはちらっと目配せし、「頼んだわよ」という視線を送った。

 ガルャーナは、テーブルの上に手を組む。



「もし支障がなければ、僕も居合わせていいか? 目で認識することはできなくとも、精霊さまが解放される瞬間に立ち会いたい。精霊さまを信じる民の代表として、そして……あの槌と共にあった我が一族の、最後の一人として」



 クレアは、その眼差しを受け止める。

 淡々と語ってはいるが、彼の胸中には一言では言い表せない、複雑な思いがあるのだろう。

 だからクレアは、真摯な態度で頷き、



「……もちろんです。その瞬間(とき)を、ぜひ見届けてください」



 そう、答えた。


 これで、"禁呪の武器"解放に向けての確認事項は、全て話し終えた。

 クレアは隣に座るエリスに視線を送り、他にないかと問いかけるが、彼女は小さく肩をすくめるのみ。特に異論はないようだった。


 であれば、話を次のフェーズに移そう。

 オゼルトンが抱える、財政問題についてだ。



「では次に、オゼルトンの製氷業に代わる技術についてですが……」



 ……と、クレアが言いかけた、その時。



「待って。その件については、私から話をさせて」



 チェロが、遮るように声を上げた。

 そうなることをなんとなく予想していたクレアは、彼女に目を向ける。

 そして、「どうぞ」と発言を譲った。


 チェロはその場に立ち上がり、姿勢を正すと……

 テーブルの向こうに座るガルャーナを見つめ、



「……ガルャーナ領主。私は、謝罪するためにここへ来ました。私が精霊を瓶に封じる技術を開発したせいで、結果的にオゼルトンを財政難へ追い込み、独立騒動まで起こしてしまった……本当に、申し訳ありません」



 そう言って、腰を折り、深々と頭を下げる。

 しばらく頭を下げ続けたのち、チェロはゆっくりと顔を上げる。



「……『精霊封じの小瓶』を応用して、冷蔵技術に生かしたいという話を受けた時、私は、それが普及したらどこにどのような影響が及ぶのか、細部まで考えを巡らせることができないままに承諾してしまった。オゼルトンの精霊信仰も、製氷業についても知っていたはずなのに、予測ができなかった……教師として、研究者として、恥ずべき思慮のなさでした」



 心から申し訳なさそうに言う彼女を見て、エリスは思わず「チェロ……」と呟く。

 チェロは、自身の発明によって人々の暮らしが良くなるならと、前向きな気持ちで承認したに違いなかった。だからこそ、このようなことになり、途方もない不甲斐なさと情けなさが彼女の胸に押し寄せているであろうことは、エリスの想像に難くなかった。


 静かに耳を傾けるガルャーナに、チェロが続ける。



「精霊に意志があることを知って、私は瓶に代わる技術を開発しようと研究してきました。しかし、精霊の尊厳を護れるような技術は、未だ完成していません。そうしている内に、オゼルトンで反乱が起きそうになり、それを止めるためにエリスが派遣されたと聞いて、居ても立っても居られなくなって……こうして、厚かましくもご訪問させていただいた次第です」



 チェロの口から語られた、来訪の理由。

 それは、クレアとエリスが予想していたものと概ね合致していた。

 恐らくチェロは、一人でここを訪れるつもりだったはずだ。

 しかし、それはあまりにも危険すぎる。反乱の機運が高まるオゼルトンに『精霊封じの小瓶』の開発者を一人で向かわせるなど、腹を空かせた狼の群れに子ウサギを放り込むことに等しい。

 いくらチェロが精霊の性質を熟知した一流魔導士であっても、単身向かわせるべきではない。そう判断し、国の上層部が"禁呪の武器"の件で実績のあるレナードを護衛につけたのだろう。


 チェロは胸に手を当て、必死の表情で訴える。



「私からもう一度国にかけあって、『精霊封じの小瓶』を廃止させます。そして、今普及しているものを全て回収します。オゼルトンの財政回復に直接貢献できるわけではないけれど……開発者である私にそうした意志があることを、どうかお知り置きください」



 それが、チェロの伝えたいことの全てのようだった。

 聞き終えたガルャーナは、罪悪感と責任感に満ちた彼女の瞳を見つめ……



「……君は、エリシアの友なのか?」



 そんなことを尋ねた。

 予想だにしていなかったチェロは、「え?」と聞き返す。



「エリシアが"武闘神判(シドレンテ)"に参加することを聞いて、君は慌ててここへ来たのだろう。よほど親しい間柄なのだろうな」

「……親しいと言えるかはわかりませんが……私にとって、エリスは……」



 言葉を探すように間を置いてから……

 チェロは、エリスに目を向けながら、ふっと微笑み、



「……大切な、教え子なんです。こんな可愛くて優秀な教え子に、自分の発明の不始末を片付けさせるなんて、先生としてあってはならないでしょう? だから……急いで駆け付けたんです」



 情けなさを滲ませ、答える。

 それこそが、根底にある最も大きな動機なのだろう。危険を顧みずここまで来たチェロに、エリスは「まったく……」とこめかみを押さえる。

 その様子を見たガルャーナは、口の端に笑みを浮かべ、



「ふむ……たしかにエリシアは、優秀な生徒だ。先生(きみ)が抱える心配事の解決策を、既に導き出しているのだからな」



 と、面白がるように言うので、チェロは「へ……?」と口を開く。

 エリスは、片目を瞑りながら手をひらひらとさせ、



「尻拭いならもう終わっているわよ、()()()()()。瓶に代わる技術を、あたしが発明したから」



 そう言って、テーブルに『神手魔符(カンピシャシ)』を並べ──自身が生み出した冷気の札について、説明を始めた。





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