13 気心の知れた再会
クレアとエリスが、トトラたちの見送りをしている頃──
(き、緊張する……クレアルド、エリシア、早く戻って来てくれ……!)
闘技場地下の会議室に再び通されたアクサナは、領主と、クレアたちが戻って来るのを待っていた。
そして、同じ部屋に座るチェロとレナードの存在感に、身体を強張らせていた。
静かな会議室に、暖炉の薪が弾けるパチパチという音のみが響く。
そこまで親しい間柄ではないのか、チェロたちは率先して会話する雰囲気もなく、ただ腕を組み黙っていた。
エリスたちの知り合いらしいことは窺えたが……訓練生のアクサナからすれば、チェロもレナードも『超』がつく大物である。
並んで座っているだけでオーラに押しつぶされそうで、アクサナは呼吸の仕方も忘れていた。
(この人たち、なんで来たんだろ……まさか、ボクを…………)
……と、アクサナがある可能性を考え震えた、その時。
隣の席に座るレナードが、アクサナに視線を向け、
「……訓練生のアクサナだな。ジークベルト隊長から話は聞いている。クレアルドたちのお守りは大変だっただろう。ここまでの案内、ご苦労だった」
そう、労うような言葉をかけた。
表情は淡々としているが、想像よりも穏やかな声音だった。アクサナは驚きのあまり、「は、はいっ」と声を裏返す。
続けて、レナードの隣に座るチェロが覗き込むように身を乗り出し、
「へぇ、アクサナちゃんていうの。突然押しかけてごめんなさいね。夜ご飯、まだでしょう? お腹空いちゃったわよね。お話が始まったら、ご飯を食べに行っていいからね」
と、優しく微笑む。
その美貌に、アクサナはドキッとする。まるで、お伽話に出てくる女神だ。これほどまでに"美"を体現した女性を、アクサナは見たことがなかった。
同時に、二人が高圧的な人物でないことを悟り、少し安堵する。
(ダメだな……自分より偉い人を見ると、義父を思い出して萎縮してしまう。怖い人ばかりじゃないって、もうわかっているのに)
アクサナは緊張を振り解くように、小さく首を横に振る。
それから、後輩である自分から挨拶すべきであったと思い直し、二人を見つめる。
「す、すみません。ご配慮いただき、ありがとうございます。お腹は、それほど空いていないので大丈夫です。クレアルドたちの話が終わるまで、同席します」
「ふふ、そう? 無理はしなくて良いからね」
「あぁ。どうせあの女が先に『腹が減った』と騒ぎ出すだろうからな。そのタイミングで席を外しても構わない」
優しいチェロの言葉の後に、レナードがため息混じりに言う。
彼の言う『あの女』というのがエリスを指していることを察し、アクサナは彼らの関係性が想像以上に砕けたものであることを悟る。
と、そこで、レナードが顔を上げ、
「……噂をすれば影だ。戻って来たぞ」
会議室のドアに目を向けながら、呟くように言った。
その数秒後、ドアが勢い良く開き、
「ねぇねぇ、話し合いの前にご飯にしない? こうお腹が空いてちゃ頭も回らないわ。あんたたちも晩ご飯まだなんでしょ? 領主サマにお願いして、なんか用意してもらおーよ」
つらつらと喋りながらエリスが、その後に続いてクレアが、会議室に入って来た。
そのままアクサナの隣にどかっと座るエリスを見て……レナードはもう一度ため息をつき、
「あぁ、この女の頭には脳の代わりにプリンが詰まっているのだった。会合前に夕食をせがむことを予測すべきだったな。さぁ、先に席を外して構わないぞ、アクサナ」
「あぁん?! お兄ちゃんってば、まーたあたしの悪口言ってんの?!」
「えっ? エリス、お兄ちゃんって何?! いつの間にそんな関係になっていたの?! ずるいわ、私のことも『お姉さま』って呼んで!!」
「ああもう、チェロはちょっと黙ってて」
鼻息を荒くするチェロを、冷たく突き放すエリス。
美人で優秀なチェロが意味不明に興奮する姿を見て、アクサナは呆気に取られる。
その様子に、クレアは「ふふ」と笑い、
「という具合に、みなさん気心の知れた仲なので、アクサナさんもリラックスしてくださいね。それと、あらためて……アクサナさんが"声"を貸してくださったおかげで、あの作戦を成功させることができました。あれは、私たち三人で掴んだ勝利です。本当にありがとうございました」
と、頭を下げ、礼を述べる。
アクサナは「いやいや、そんな!」と手を振るが、エリスもぐっと顔を近付け、
「そうそう! 大きくはっきり祝詞を吹き込んでくれたから、術がばっちり発動したわ。ありがと。あんたも、故郷の反乱を防いだ英雄ね!」
にぱっと笑いながら、嬉しそうに言った。
アクサナは、一瞬戸惑うような表情を見せるが、
「……そう、かな? えへへ」
頬を染め、遠慮がちに聞き返すので、エリスは「もちろん!」と大きく頷き返した。
そのやり取りを聞き、レナードが腕を組み直しながら尋ねる。
「ということは、"武闘神判"は無事に勝利したのだな?」
「はい。領主には、アルアビスから独立しないことを約束してもらいました。ただ……"禁呪の武器"の解放について、少々話が拗れてしまいまして」
「ほう。どんな風に?」
「武力を手放す代わりに、国の要人であるエリスを娶ることで国内での立場を護りたいと、条件を突き付けて来たのです」
「め、めめめ、娶る?!」
クレアの説明に、チェロが怒り混じりに混乱する。
しかしレナードは、顔色一つ変えずにエリスを見つめ、
「なんだ。ならば、大人しく娶られれば良いだろう」
「イヤに決まってるでしょ?! あたしの人生何だと思ってんのよ!」
「政略結婚など、貴族の間ではざらにあることだ。お前の身柄一つで"禁呪の武器"の脅威を減らせるのなら、これ程うまい取り引きはないじゃないか」
「あんたって人は……相変わらず人の心ってもんがないの?!」
「心で任務が遂行できるのなら、喜んで持ち合わせるがな。むしろ感情論が己の首を絞めることは、前回の一件で実証済みだろう?」
「くぅっ……ああ言えばこう言う……!!」
ぷるぷると怒りに震えるエリス。
険悪な雰囲気の二人に挟まれ、アクサナがおろおろと狼狽えていると、
「それで、エリスの嫁入りは阻止できたの? あんたのことだから、そう易々と許すわけがないわよね?」
チェロが、クレアに向けて不安げに尋ねる。
クレアは「えぇ」と微笑み、返す。
「先ほど領主ともう一戦交え、エリスの防衛に成功しました。これで、無条件に"禁呪の武器"を解放させてもらえるはずです」
「そう、ならよかった……あとは、オゼルトンの財政問題だけね」
言って、チェロは視線を落とす。
やはり、その辺りの話をするためにここへ来たのだろうと、クレアは推測する。
と、
「──待たせたな。人数が増えたから、少々準備に手間取っていた」
そんな声と共に、領主・ガルャーナが会議室に入って来た。
着替えたのか、先ほどまでのオゼルトンの民族衣装とは違う装いをしていた。『神判の槌』も別室に置いたらしく、その手にはなかった。
彼の言葉に、エリスが「準備?」と首を傾げる。
ガルャーナは、会議室の扉を大きく開け、
「食事の用意だ。まずはゆっくり、夕食を摂るとしよう」
そう言って、美味しそうな料理の数々を従者に運ばせた。