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6 加速する"運命"

 



 地面が大口を開けたような、深大(しんだい)な裂け目──

 それは、エリスが仕掛けていた全ての『神手魔符(カンピシャシ)』と共に、彼女を飲み込んだ。



「エリス!!」



 伸ばしたワイヤーは届かず、彼女は暗闇の底に落ちていく。

 クレアは駆け寄り、その縁から裂け目を覗き込むが……

神手魔符(カンピシャシ)』がひらひらと舞い落ちるばかりで、もう、彼女の姿は見えなかった。



「……そんな…………」



 クレアの声が、表情が、絶望に染まる。

 が……



「…………っ!?」



 ──ギィンッ!!



 背後に迫るガルャーナの気配を察知し、クレアは振り返り、ハンマーによる一撃を剣で受け止めた。



「……予選のように、『神手魔符(カンピシャシ)』を仕掛け、氷の霧を生むつもりだったのだろう?」



 ギリギリとハンマーで()しながら、ガルャーナが言う。



「残念だったな。僕にとって、視覚はさほど重要な感覚ではない。お前たちがこの大地に立っている限り、居場所は手に取るようにわかる」

「やはり、振動で感知しているのですね……そのハンマーの力で」

「ほう、察していたか。だが、気付くのが遅かったな。お前らの作戦は徒労に終わり、女はもう、地の底だ」

「……っ」



 その言葉に、クレアはハンマーをぐっと押し返し、上段から剣を振り下ろす。

 しかし、ガルャーナは容易(たやす)くそれを受け止める。どうやら視力が回復したようだ。



「安心しろ、あの女を殺すつもりはない。底の土は柔らかくしてある。骨すら折れていないだろう」

「あの深さに落としておいて、安心しろと……? 彼女にすり傷一つでも付いていたら、私は…………あなたを殺します」



 瞳孔の開き切った目で、クレアが言う。

 もはや国の使者として交渉をしに来た者の目ではない。その殺気を感じてか、ガルャーナは小さく笑う。



「ふっ、それでいい。お前を本気にするために、あの女を退場させたのだ。ここからは……(ぼく)(おまえ)の戦いだ」



 今度はガルャーナが、クレアの剣を押し返す。

 離れたところにすかさず振り下ろされるハンマー。クレアはそれを横に避けると……

 そのまま、先ほど伸ばしたフック付きのワイヤーをヒュンッとしならせ、ハンマーの柄にぐるりと巻き付けた。


 人ひとりぶら下がっても切れることのない、強靭なワイヤーだ。ガルャーナがハンマーを振り上げようとするが、クレアはそれをぐいっと引き、動きを封じる。

 そこへ、右手の剣を素速く振るい、一撃を見舞う……が。


 剣がガルャーナを叩く前に、クレアの足元に異変が起きた。


 地面の下を何かが這うような、奇妙な振動が足の裏に伝ったかと思うと……



 ──ボゴゴゴォッ!!



 クレアを押し上げるように、地面から"土の柱"が隆起した。

 柱は、みるみる内に高くなってゆく。

 クレアは落下しないようバランスを取るが……左手から伸ばしたワイヤーが、まだガルャーナのハンマーに巻き付いたままだ。

 このままでは、逆にクレアがワイヤーに引かれ、地表へ叩きつけられてしまう。



「ちっ……」



 クレアはやむなくワイヤーを切り、腕が引かれるのを阻止した。

 この柱から早く降りなければ。

 そう考えるより早く……ガルャーナが、柱を「ドォンッ」とハンマーで叩いた。


 あっという間に崩れゆく柱。着地点を誤れば、エリス同様、深い裂け目の底へ落ちてしまう。

 だが、裂け目の反対側にはガルャーナがいる。彼に向けて落下すれば、迎え討たれることは目に見えている。


 そのような状況で、クレアは……



「…………」



 迷わず、ガルャーナの方へと跳んだ。

 崩れる柱のわずかな足場を蹴り、勢いをつけて落下する。

 ガルャーナはそれを見上げ、ハンマーを振りかぶると……



「自ら飛び込んで来るとは……愚かな」



 クレアを殴るように、全力で、それを振った。


 ブゥンッ! と、空気が唸る。

 重力を無視した速さで振られたハンマーは、落下するクレアを捉えた…………かのように見えたが、



「なっ……」



 手応えを感じず、ガルャーナは戸惑う。

 目の前に、クレアはいない。

 代わりに──振り切ったハンマーが、微かに重くなっているのを感じる。



「……っ!」



 クレアは、殴られる直前で身を翻し、ガルャーナのハンマーを足場に、宙返りしていた。


 そのことに気付き振り返るガルャーナへ、クレアは空中で最後のナイフを投げ付ける。

 ガルャーナはハンマーを握ったまま上体を反らし、間一髪のところでそれを避けた。


 体勢を崩したその瞬間を逃さず、クレアは着地後、すぐに攻めへと転じる。



「はぁっ!」



 息つく間もなく放たれる、クレアの猛攻。

 それを、ガルャーナはギリギリで受け止め続けた。


 剣とハンマーがぶつかり合う音……それは、開戦直後の打ち合いよりも遥かに重く、速かった。



「ふん……まるで人が変わったようだな。あの女を落とされ、頭に血が上ったか?」



 クレアの剣を受け止めながら、ガルャーナが挑発するように言う。

 その口の端が吊り上がるのを見て……クレアは目を細め、答える。




「変わったのはあなたの方です、ガルャーナさん……気付きませんか? 自分の動きが、自らの認識をも超えるほどに速くなり……戦いに対する高揚感が高まっていることに」




 ……そう。

 ガルャーナの動きは、時間を追う毎に、人間(ひと)の域を越え始めていた。


 だから先ほど、クレアは振り切ったハンマーの上に着地し、回避することができた。

 ガルャーナの動きが本人の認識よりも速すぎたため、クレアが到達する前に、ハンマーを振り切ってしまっていたのだ。


 動きの速さだけではない。表情も態度も、開戦直後とは明らかに異なっていた。

 無表情で無感情な、人形のような雰囲気だったのが……

 時間を追うごとに、戦いを楽しむ"狂戦士"のそれに変わっていた。



「あなたが握るそのハンマーは、呪われた武器です。人の持つ"負の感情"を吸収し、増幅させ、使用者に流し込む……使い続ければ、ただの殺戮者に成り果てます。そして、いずれはあなた自身をも死に追いやる」



 剣を打ち込みながら、クレアは決死の思いで伝える。



「我々は、その"禁呪の武器"の脅威からあなたを……オゼルトンを護るために来ました。今ならまだ間に合います。呪いに飲まれる前に、どうか武器を手放してください」



 ギィンッ! と火花を散らしながら、劔と槌が交差する。


 わかっている。彼にとって……いや、オゼルトンのすべての民にとって、このハンマーは『神から齎された神聖なる神器』以外の何物でもない。

 だから、こんな言葉に応じるはずがないとわかってはいるが……彼の意識に声が届く内に、説得を試みたかった。



(ことわり)を超えた無理な動き……既に身体が悲鳴を上げているはずだ。そのことにも気付かないほど、狂戦士化が進んでいるのだろう)



 一瞬も気が抜けない応酬の中……クレアの言葉を聞いたガルャーナは、「ふっ」と笑い、




「……これが"生命(いのち)を削る武器"であることなど、とうの昔に知っている。父上も、そのせいで死んだ」




 ……なんて言葉を返すので、クレアは目を見開く。



「知っているのなら何故、それを握るのですか?」

「人の身で神の力を使っているのだから、代償があるのは当たり前だ……だからこそ、僕は幼少の頃より鍛えてきた。この偉大な力に飲み込まれないようにと……いつ"武闘神判(シドレンテ)"に挑むことになっても良いようにと、鍛錬を積み重ねて来た」



 ギンッ、と重い音を唸らせ、二人の武器が重なり合う。



「神器を使うリスクなど、お前に説かれなくとも百も承知。言ったはずだ。それにより命を落とすことになろうと、それも神が定めし道……"運命"なのだと」



 ギリギリと、ガルャーナがハンマーに力を込める。


 その目には、一切の迷いがない。

 自らの命は今日、この神判(とき)のためにあるのだと、信じて疑わない目。


 その目に見つめられ、クレアは…………



「……あなたは……『領主』でしょう?」



 ハンマーを受け止めながら、低く言う。



「戦いにより方針を決めるオゼルトンの文化を否定するつもりはありません。しかし、避けられる死に自ら向かっておいて、それを"運命"と呼ぶのは間違っています」

「……戯言(ざれごと)を!」



 ──ギィンッ!


 ガルャーナは、これまでにない力でクレアの剣を弾く。

 すると、クレアの手から剣が離れ……地面へ、力なく転がった。



「これで終わりだ!」



 得物を失ったクレアの横腹に、ガルャーナがハンマーを叩き込む。

 ヴンッ、と唸る空気。

 その強力な一打を、クレアは……



 ──ズン……ッ!



 ……避けることなく、その身に受けた。



 骨の折れる、鈍い音。

 口の端から、つうっと、鮮血が流れる。



 避けなかったことに、叩き込んだガルャーナ自身が驚愕する。

 そして、それ以上に……


 倒れるどころか、横腹に打ち込んだハンマーをぐっと抱えられ、動かせないことに驚いていた。



 クレアは、ハンマーを押さえ込みながら、不敵に笑う。




「……それは"運命"ではなく、"責任逃れ"です。オゼルトンの民を脅威から護り、導くのは、神ではない。あなただ。だから…………あなたには、まだまだ生きていてもらいますよ」

「くっ……」




 動かない。

 クレアに掴まれたハンマーが、微動だにしない。

 ガルャーナは顔を引き攣らせ、焦るが……




 ──ピィーーッ。




 ふと、その思考を掻き消すような、甲高い音が響いた。

 笛の音に似た、高らかな音……

 それは、クレアの背後にある裂け目の下から聞こえてくる。


 不審そうに耳を澄ますガルャーナ。

 と、クレアはハンマーを手放し、ガルャーナから素早く距離を取った。


 直後、




『──招詞(シンケ)樹御霊(ケワㇰアマ)!!』




 今度は、樹木の精霊に呼びかける祝詞(のりと)が響く。

 しかしそれは、クレアの声ではなく……


 ()()()()()()()()()()()()()()、発せられていた。



「なんだ、これは……」



 ガルャーナは、声の出所を──ハンマーの頭部を見つめ、目を見開く。

 そこには、彼の知らない『神手魔符(カンピシャシ)』が貼られていた。

 今しがた、クレアがハンマーの動きを止めた時に貼ったのだと、ガルャーナが悟った──刹那。



 ──ゴゴゴゴゴゴゴ……



 地面が、揺れる。

 そして、




 ──メキメキメキィッ!!




 長大な植物の(つる)が、ガルャーナの足元を突き上げるようにして現れた。



「なっ……!」



 突如として生えた、何本もの太い蔓。

 うねりながら頭上を覆うそれを見上げ、驚愕するガルャーナの身体を……


 蔓は、意志を持つかのように、幾重にも縛り上げた。




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