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1 開幕宣言

 



 ──明くる日の早朝。

 高い山壁に囲まれた『神頂住区(サパシンタ)』に、朝日が差し込む前。

 クレアとエリス、そしてアクサナは、家を出た。


 庭先には、既に独立反対派の面々が迎えに来ていた。

 皆それぞれ一頭ずつ、馬を連れている。王都で見かける馬よりひと回り大きく、毛深い。雪道を歩くためか、脚も太く逞しい種の馬だ。



「準備はできているようだな。出発しよう」



 代表のワトルが、マフラーを巻き直しながら言う。

 しかしエリスは、防寒着に包んだ身体をぷるぷると震わせ、



「ちょっと待って。出発する前に、一つ確認したいんだけど……」



 そう、神妙な面持ちで言うと……

 バッ! と勢いよく振り返り、



「なんで、雪像が完成してんのよ!? 昨日はあたしが勝ったんだから、もう制作は中止のはずでしょ?!」



 と……

 庭先に立つ真っ白な超リアル・エリス像を指さし、クレアに訴えた。


 たなびく布を纏い、祈るように手を組むエリスの姿が、白い雪で見事に表現されている。

 繊細な造形は雪で作ったとは思えぬ程に美しく、神々しさすら放っていた。


 エリスの鋭い視線を受け、制作者であるクレアはにこりと微笑み返す。



「おっしゃる通り、制作をやめようと思ったのですが……"武闘神判(シドレンテ)"での勝利を祈念し、『人と精霊を繋ぐ救世の女神像』をぜひ完成させてほしいと、ここにいるみなさんに言っていただきまして」

「はぁ?! いつの間にそんな話になってたの!?」

「今回の戦いは、オゼルトンの歴史に残るものになるはずです。この像はその記憶を後世に伝えるシンボルとして、ここに立ち続けることでしょう」

「って、人の像を勝手に作った上にンな重いモン背負わせないでくれる?! このままずっとここにあるとか絶対イヤなんだけど!!」

「そうおっしゃらずに。みなさんもオゼルトンの新たな観光名所にする気満々ですし、光栄なことじゃないですか」

「観光名所?! どんだけ大勢の人の目に触れることになるのよ! そんなの耐えられないわ!!」



 怒りと恥ずかしさにエリスは息を荒らげるが、独立反対派の面々はパチパチと手を叩き、温かい眼差しを向けるのみ。

 彼らの想いを言い訳に利用したクレアの目論見に、エリスはギリッと奥歯を噛み締め、



「いいわ……"武闘神判(シドレンテ)"で勝ったら、一切の偶像崇拝を禁止するルールを作ってやる……」



 などと、やや過激なことを呟き、試合への闘志を新たに燃やすのだった。



「ハッハッハ! そんだけ元気があれば、この後の寒さにも耐えられそうだな」



 そう笑うのは、激辛スープ店の店主・トトラだ。

 敵対派閥として"武闘神判(シドレンテ)"に参戦する兄に会うため、彼も同行することになっていた。



「王子と女神には、あの()()で会場へ向かってもらう。冷たい風を浴び続けることになるが、その元気さがあれば乗り切れるだろう」



 と言って、男たちが連れる馬の向こうを指さす。

 エリスとクレアがそちらに目を向けると……六頭の犬と、立派なそりがあった。



「おぉ。犬ぞりですか」

「そうだ。俺が操るから、アクサナと三人で乗ってくれ。寒いのさえ我慢すれば、なかなかに快適だぞ?」



 ニッと笑うトトラの言葉に……

 エリスとクレアは、顔を見合わせた。





 フェドートの見送りを受け、一行は出発した。

 クレアたちの乗る犬ぞりを先頭に、ワトルたちの馬が続き、雪を巻き上げながら街道を真っ直ぐに進んで行く。

 顔に吹き付ける風は言わずもがな冷たいが、トトラの言う通り、犬ぞりは爽快感のある乗り心地だった。



「──あそこに、なんかいる?」



 徐々に明けゆく空の下、エリスは街道の両端に生い茂る常緑樹の向こうを指さし、アクサナに尋ねる。

 クレアもそちらに目を向けると、樹々の間に、何やら蠢くものが複数見えた。どうやら動物のようだが……



「あれは、放牧されたムームーペッカルだ! 普通の豚より毛深いから、羊みたいだろ?」



 アクサナが、犬や馬の足音に負けないよう声を張り、そりの前の席から答える。

 言われてみれば、大きさは一般的な養豚と同じくらいだが、豚らしからぬ生成り色の毛がもこもこと全身を覆っているのが見える。


 それを聞いた瞬間、エリスはキラッと目を光らせる。



「あれがムームーペッカル……! ふわふわでまんまるで可愛くて、おいしそう!!」

「いや、あの姿を見て『おいしそう』と言うのはどうかと思うが……」

「おーい! あなたたちの(いえ)を護れるよう頑張ってくるからー! あたしに食べられるのを待っててねー!!」

「って、どんな呼びかけだよ!」



 領の平和が保たれようが保たれまいが、死しか待っていない豚の運命に、アクサナは思わずツッコむ。

 そのやり取りをクレアは微笑ましく眺め、隣に座るエリスの両肩に手を置く。



「はは。あれがムームーペッカルですか。初めて見ましたが、なんだかエリスに似ていますね」

「どーいうイミよ?! あたしそんなに太った?!」

「違いますよ。防寒着を着込んだ今のエリスは、『ふわふわでまんまるで可愛くて、おいしそう』、という意味です」



 なんて、エリスのセリフをトレースするように言うと……

 後ろから、彼女の耳元に唇を近付け、




「私も、この任務を無事に終えられるよう頑張りますから…………私に食べられるのを待っていてくださいね、エリス」




 と、やはり彼女のセリフを真似るように、囁いた。

 エリスは耳を押さえ、わなわなと震える。



「なっ……なんでそうなる!?」

「忘れてしまったのですか? 私が掲げる四つの目標──その内、うさ耳ローブと雪像作りは達成したので、残るは極辛スープを食べることと……肌と肌とで温め合うことです」

「あんた、まだそんなこと言って……!!」

「当たり前です。それを楽しみに、ここまでやっているのですから」



 顔を紅潮させるエリスに、クレアは爽やかに笑う。



「私は、戦闘自体に興奮を見出す性分ではありませんが……武闘大会での勝利と、任務達成による高揚感は、"熱"を高めるための良き香辛料(スパイス)になると思いませんか?」

「なんの話?!」

「つまり、任務をやり遂げたという達成感が興奮を高め、()()をより盛り上げてくれるのではと……」

「ばかっ! 説明しなくていい! んっとに、あんたの頭にはそれしかないの?!」

「モチベーションは大事だという話です。貴女だって"武闘神判(シドレンテ)"で勝利した上で、気持ち良くムームーペッカルを食べたいでしょう?」

「そ、それは、そうだけど……」

「ならば、それを楽しみに頑張りましょう。私も……貴女を抱くまで、死ねませんから」



 言って、熱を孕んだ目で微笑むが……

 それは裏を返せば、これから"命懸けの戦い"に挑むことの再確認でもあった。

 予選はともかく、決勝戦は──"禁呪の武器"と思しきハンマーを使う領主との戦いは、間違いなく危険を伴うものになるであろう。


 深刻になりすぎぬよう、クレアはわざと怒られるような言い方をしてはいるが、要するに「楽しみのためにも無事に帰って来よう」と、そう言いたいのだ。


 もちろん、エリスも無事にこの任務を終えたいと、本気で思っている。

 だから……妖しく笑うクレアの胸ぐらを、ぐいっと掴んで引き寄せ、




「──いいわ。この任務が終わったら…………寒さも忘れるくらいに熱いの、シテあげる。だから……一人で無茶はしないでよね」




 お返しと言わんばかりに。

 彼の耳元で、そっと囁いた。


 すると、余裕の笑みを浮かべていたはずのクレアが、大きく目を見開き……

 その顔を、みるみる内に赤く染め、



「あ……う………………うわぁぁああああっ!!」



 乙女のように両手で顔を覆い、壊れた。



「ちょっ、何その反応!?」

「い……いきなりそんなん反則ですって……だめぇ……好きぃ……」

「変な声出さないでよ、気持ち悪い! ほら、顔を隠すな!」

「むりですしばらくエリスの顔見れません……恥ずかしい……」

「はぁ?! 恥ずかしいのはこっちだから!!」

「どうしよう……俺、この任務が終わったら……エリスに抱かれちゃう……!」

「だぁああっ! やっぱりナシ! 前言撤回ぃっ!!」

「はぁぁ、楽しみ……ありがとうございます、生きる希望が生まれました。絶対に五体満足でこの任務を終えます……あの、例の『神手魔符(カンピシャシ)』に、さっきのセリフ吹き込んでもらえませんか? 言い値で買うので……」

「だからナシだってば! 忘れて! 今すぐ!!」



 ……と、そりの後ろでぎゃあぎゃあ騒ぐ二人を眺め、



「……緊張してるのが馬鹿らしくなってくるな」



 "武闘神判(シドレンテ)"に向け緊張を高めていたアクサナが、呆れたように息を吐いた。





 * * * *





 犬ぞりに乗ること、数時間。

 街道の景色は、常緑樹の森から、徐々に民家の多い街中へと変わっていった。

 人の往来も多く、店や公共施設も並び建っている。

 アクサナの家の辺りとは明らかに違う、栄えた雰囲気。どうやらオゼルトンの中心地域と言える場所に辿り着いたようだ。


 街道の先には、一際大きな建造物が見えた。

 遠目では、風雪を遮るための防壁のように見えたが……

 近付くにつれ、それが巨大な円形をした建物であることがわかった。


 それこそが、"武闘神判(シドレンテ)"の開催地。

 円形闘技場・『カムプラヤ』だった。




 一行は、闘技場の門の前でそりと馬を停める。

 と、槍を持った神官のような装いの男が現れ、身分の確認を始めた。

 別の門からは、一般住民が続々と闘技場の中へ入って行く。皆、オゼルトンの未来を占う戦いを、直接見届けたいのだろう。


 参加手続きをワトルに任せている間に、クレアとエリス、アクサナは、闘技場の壁を見上げる。

 四角く切り出した石を綺麗に積み上げ造られた、高い壁。表面の風化具合を見るに、何十年……いや、もしかすると百年以上も前に造られたものかもしれないと、クレアは思う。



「この闘技場(カムプラヤ)は、何代も前の領主さまが『神判の槌(ポロト・ガベル)』の御力を使って建造したと云われているんだ。昔からずっと、オゼルトンと、その国家の力を象徴する建物だったけど……それも、今日で最後になるな」



 隣で、アクサナが呟く。


 "武闘神判(シドレンテ)"は、『神判の槌(ポロト・ガベル)』によって神の判決を見出す儀式だ。

 その槌を無力化し、神器を失えば、"武闘神判(シドレンテ)"は二度と開催されなくなるだろう。

 つまり、この戦いに勝利するということは、オゼルトンの民から『神判の槌(ポロト・ガベル)』と"武闘神判(シドレンテ)"、ひいてはこの闘技場の存在意義すらも、奪うということ。


 しかし、クレアに迷いはなかった。

 このまま放置していれば、いずれ『神判の槌(ポロト・ガベル)』は領主を狂戦士化させ、恐ろしい厄災を振り撒く。

 そうなれば、オゼルトンの民は、誇りと同時に命を失うことになる。

神判の槌(ポロト・ガベル)』が、殺戮兵器として牙を向く前に……

 神器として民に崇められている内に、その役目を終わらせる。

 それが、クレアが思う最善策だった。


 そしてそれは、エリスも同じだった。

 だから、複雑な表情で壁を見上げるアクサナの背中を、パンと叩き、



「何言ってんのよ。今日からここは、『呪われた武器から精霊さまを解き放った聖地』になるのよ? ここにいる人たちも、きっと理解してくれる。あたしたちがわかり合えたようにね」



 そう、明るい声で言う。

 それに、クレアも頷いて、



「闘技場の在り方が変わっても、歴史は変わりません。オゼルトンの人々が紡いだ想いは、ずっとここに残り続けます。その誇り高き歴史を、悲しい結末で終わらせないため……私たちは、行かなければなりません」



 真っ直ぐに、言った。

 アクサナは、二人を見上げ……

 一つ、頷くと、



「……そうだな。変わることを恐れてはいけない。オゼルトンのこれまでと、これからのために、どうか戦いに勝利して……『神判の槌(ポロト・ガベル)』を、勝ち取ってくれ」



 すべての願いを託すように、そう伝えた。





 クレアたちは、闘技場の巨大な門をくぐる。

 楕円形の、広大で平坦なフィールド。それを囲むように、階段状の観客席がぐるりと連なっている。

 観客席は、ほぼ満席だった。数千人を超えるほどの人が集まっており、エリスは思わず「おぉ……」と声を上げる。


 そのまま視線を巡らせると……フィールドを挟んだ向かいの門から、武装した男たちが現れた。



「あれは……」

「独立推進派……私たちの対戦相手でしょう」



 エリスの呟きに、クレアが答える。

 向こうもこちらの存在に気付き、鋭い視線を向けて来る。剥き出しの闘志が、否が応でも伝わってくるようだ。



 出場者は揃った。

 いよいよ始まるのかと、会場全体が緊張感に包まれる中……観客席の一角、他の観客とは仕切られた玉座のような席に、人々の視線が集まる。


 クレアとエリスも、つられるようにそちらを見上げると……下階から続く階段から、一人の人物が現れた。



 若い男だった。

 腰まで伸びた、漆黒の長髪。

 雪のように白い肌。

 宝石のように輝く、碧い瞳。

 均整の取れた長身を、オゼルトンの伝統的な民族衣装に包んでいる。

 一見すると女と見違える程に整った顔立ちをしているが、発せられた力強い声は、間違いなく男のものであった。



「──オゼルトンの行く末を占う者、そして、それを見届ける者よ。今日、ここに集いたるは、神が定めし運命。神の意志によるものである」



 会場中がシンと静まり返る中、エリスがこそっとクレアに尋ねる。



「……誰あれ」

「ガルャーナ・ヴィッダーニャ・オゼルトン……つまり、現領主です」

「あれが……」



 決勝で戦う、領主。

地烈(ちれつ)大槌(おおつち)』と思しきハンマーを受け継ぐ、オゼルトン王家の末裔……



「このオゼルトンが、独立の道を歩むべきか否か。神と精霊の御名において、人の子が進むべき道を、どうか示したまえ」



 領主・ガルャーナの言葉の後、アクサナも、独立反対派の面々も、敵陣の推進派メンバーも、何千といる観客も、皆手を合わせ、祈るように目を閉じた。

 クレアとエリスも、真似るように目を閉じる。そして……



 ──ゴゴゴゴゴ……!!



 振動を伴う地鳴りのような音に目を開けると、何もないフィールドに、突如として高い土の壁が現れていた。



「まさか、これが……」



 クレアは、ガルャーナを見上げる。

 その手には、先ほどまではなかったもの──黄金(こがね)色の金属で装飾された、巨大なハンマーが握られていた。


 恐らくあれが、『神判の槌(ポロト・ガベル)』。

 その力を使って、この土の壁を生み出したのだろう。



 ガルャーナは、重厚なハンマーをくるりと回すと、その柄で地面を「ダンッ!」と鳴らし、




「──ここに、"武闘神判(シドレンテ)"の開会を宣言する」




 闘技場に響き渡る程の力強い声で、開幕の号令を発した。






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