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超舌天才魔導少女と公式変態ストーカー剣士が、国の金でグルメをめぐる旅に出た。  作者: 河津田 眞紀
第二章 ぐるめぐる探訪録〜オゼルトン領編〜

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19 ケモノ、時々、女神さま

 



「いっ…………!!」



 首筋に食い込む、エリスの犬歯。

 その痛みに、クレアは声を上げそうになるのを堪える。


 遠くからは、独立反対派のメンバーの困惑する声が聞こえてくる。



「静かになったぞ……勝負が着いたのか?」

「霧で見えない……一体どうなっているんだ?」



 エリスが生み出した氷霧が残っているお陰で、この猟奇的な光景を見られずに済んでいるのが幸いだった。

 せっかく自分たちの実力を見せることができたのだ。"大将"を任せてもらえるかという瀬戸際に、こんな現場を見せるわけにはいかない。


 氷霧が晴れる前に……エリスを落ち着かせなければ。



「え、エリス……せっかくなら、暖かい場所に移動してからにしませんか?」



 クレアは、彼女の両肩を掴み、身体を押し上げる。



「身体が急速に冷えてきているので……筋肉が強張(こわば)って、きっと今食べても硬いだけだと思いますよ? 私の身体」



 (はた)から見れば奇妙な説得だが、食欲に支配された今のエリスには、食に関する損得に訴えるしかなかった。



「エリスに食べられるのは本望ですが……どうせなら、一番美味しい状態で、貴女に召し上がってほしいのです。煮るなり焼くなりして、火を通すことをおすすめしますよ」



 身体を引き離しながら、クレアは優しく言い聞かせる。

 その説得に、エリスは……

 頬を上気させ、息を荒らげながら、




「だめ……生がいいの……そのままのクレアを……クレアの一番濃い味を、直接味わいたいの……っ」




 なんて、興奮気味に言うので……

 クレアは思わず、ゴクッと喉を鳴らす。



 ……駄目だ。こんな顔で、そんなことを言われたら……

 ちょっとくらいなら食われてもいいか、という気になってしまう。



 説得するつもりが、理性を失くしたエリスの破壊力に容易(たやす)く飲まれかけるクレア。

 そこへ、エリスはさらに追い討ちをかける。



「ねぇ、もうガマンできない……あたし、クレアに勝ったよ? クレアに相応しい相棒(パートナー)になれるように、頑張ったよ? だから、もう……食べてもいいでしょ?」



 普通なら『どんな理論だ』とツッコむところだが……その潤んだ瞳に、クレアはドキッとさせられてしまう。

 エリスが潜在的に持つ、"好きだから食べたい"という欲求……それを向けられるということは、彼女が本気で自分を愛してくれていることの証明に他ならないのだ。



「…………そうですね。エリスは、よく頑張りました」



 そう。エリスは『頼れる相棒』になろうと……戦力としての信頼を得ようと、ここ数日、本当に頑張ってくれた。

 そしてその努力を、最高の結果にして実らせた。

 ならば……




「頑張ったエリスへのご褒美になれると言うのなら…………喜んで、この身を捧げましょう」




 指の一本……いや、腕の一本くらいなら、食われてもいい。

 そんなことを、クレアは本気で考え始める。



「今、脱ぎますから……エリスが満たされるまで、好きなだけ召し上がってください」



 そう言って、クレアは防寒具を脱ぎ始める。

 その指先を、エリスがとろんとした瞳で見下ろす。



 高鳴る鼓動が、鼓膜に響く。

『彼女に食われる』。

 その事実に、悦びにも似た興奮を覚え、クレアはゾクゾクと身体を震わせる………………が。




「──うわっ、なんだこの霧。おーい、みんないるかー? 昼メシ持って来たぞー」




 ……そんな声が聞こえ。

 クレアは、防寒具を脱ぐ手を止める。


 今のは……間違いない。アクサナだ。


 声が聞こえた瞬間、エリスはピクピクッと鼻を動かし、バッと後ろを振り返る。

 そして、その視線の先……氷霧の向こうから、両手に弁当箱を抱えたアクサナが現れた。



「お、あんたらか。その様子だと、ちょうど勝負が着いたところみたいだな。みんな昼メシも食わずに出て行っちまったから、ばあちゃんとトトラが弁当作ってくれたぞ。あったかい内に、早く食べ……」



 しかし、アクサナの言葉はそこまでだった。

 何故ならエリスが、「ぐるる」と唸りながら立ち上がり、



「うがぁああっ!!」



 アクサナに、飛びかかったから。



「ぎゃーっ! 何すんだよ! 弁当ぐちゃぐちゃになるだろ?!」

「ニク! ニクヲモット! モットヨコセ!!」



 完全に食欲モンスターと化したエリスが、奪い取った弁当をガツガツ貪る。

 意識が食べることに移ったせいか、クレアの脚に巻き付いていた魔法の蔓が音もなく消えた。


 解放されたクレアは立ち上がり、弁当に夢中なエリスを眺める。



 危なかった……エリスの興奮に飲まれ、うっかり身体を捧げてしまうところだった。

 アクサナが来てくれていなかったら、今頃どうなっていたか……考えただけで恐ろしい。



 しかし、そう思う一方で。

 目の前で、エリスに美味しそうに食べられている弁当を眺め、



「……………………」



『弁当に、食糧として負けた』。

 そんな、未だかつて抱いたことのない奇妙な嫉妬心が胸に押し寄せ……


 クレアは、なんとも複雑な気持ちのまま、立ち尽くすのだった。





 * * * *





 ──その後、アクサナが持って来た弁当は、独立反対派のメンバーへ無事に配られた。

 皆がそれを食べ終わる頃にはエリスも正気を取り戻し、「おいしかった♡」と満足げに舌舐めずりをした。



「さて……予定が前後しましたが、ここからは『魔導派』のみなさんの演習時間です」



 食事休憩を終え、クレアが仕切り直すように言う。



「紹介が途中でしたね。こちらが私の相棒、エリシア・エヴァンシスカです。魔法学院(アカデミー)を飛び級で卒業した経歴を持つ、優秀な魔導士です」



 クレアの紹介を受け、エリスは一歩前に出る。

 そして、懐から『神手魔符(カンピシャシ)』を数枚取り出すと、



「戦いに不慣れなあなたたちでも、百パーセント勝てる作戦を考えてきたわ。余計なことはせず、とにかくあたしの言う通りにして」



 なんて自信たっぷりに言うので、『魔導派』のメンバーは互いの顔を見合わせる。

 彼らの戸惑いを無視し、エリスは取り出した『神手魔符(カンピシャシ)』をテキパキと地面に貼っていく。



「まず、"水"の札を二枚、"冷気"の札を三枚、フィールドに仕掛ける。その後に、"樹"と"土"の札をとにかくたくさんばら撒いて……」



 言いながら、エリスは言葉通り"樹"と"土"の札を無差別に地面に設置する。



「"水"と"冷気"の札を仕掛けてから十五秒が経過したら、精霊に呼びかける。招詞(シンケ)水御霊(ペテネッレ)! 冷御霊(キュレィエ)!」



 直後、"水"と"冷気"の札が光を放ち……

 先ほどと同じように、氷霧が辺りに立ち込めた。



「あとは、"樹"と"土"の札を発動させればオッケー。霧が発生するなんて相手は想定していないだろうから、勝手にパニクって"樹"と"土"の罠にかかるはずよ。ね? 簡単でしょ? これが一回戦目の作戦ね。次、二回戦目は……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」



 どんどん話を進めようとするエリスを、『魔導派』のメンバーが止める。



「"冷気"の『神手魔符(カンピシャシ)』なんて聞いたことがないぞ……どこから持って来た? 本当に、俺たちにも使えるものなのか?」



 男たちだけでなく、アクサナまでもが興味津々にエリスを見つめる。

 エリスは、"冷気"の『神手魔符(カンピシャシ)』を一枚取り出すと、その紋様が見えるように掲げ、




「聞いたことなくて当たり前よ。だってこれは、あたしが創った新種の『神手魔符(カンピシャシ)』だもん。もちろん、あなたたちでも使えるわ」




 さらりとした口調で、そう答えた。

 瞬間、その場に居合わせたクレア以外の全員に衝撃が走る。



「し、新種の『神手魔符(カンピシャシ)』を、創った?!」

「そんなことが可能なのか?!」

「一体どうやって創ったんだ?!」



 口々に尋ねる男たちに、エリスはやはりさっぱりとした口ぶりで返す。



「あたしは、周囲にいる精霊の種類と数を認識できるの。だから、"冷気の精霊"がどんな紋様に反応するか、いろいろ試して探ってみた。そしたら、この紋様を気に入ったのか、精霊が集まってくることを確認できた。『冷御霊(キュレィエ)』という名前は、あたしが付けた『冷気(キューレ)』の名をオゼルトン風に読み換えたものよ。精霊だって、聞き慣れた呼び方の方が反応しやすいかな、と思って」

「名前を付けた、って……それじゃあ、"冷気"と"暖気"の精霊さまを見つけた天才魔導士っていうのは……」

「あぁ、ソレ、あたしのこと。当然だけど、雪山(ここ)は"冷気(キューレ)"の数が多いからね。使わない手はないわ」



 その説明に、男たちは口をぽかんと開ける。

 オゼルトンの民にとって……いや、一般的なアルアビスの民にとっては、精霊を認識できることも、精霊が気に入る紋様や呼び名を見つけられることも、雲の上に乗ることと同じくらいに非現実的な話なのだ。


 しかし、クレアは……クレアだけは、気付いていた。

 エリスは嘘は付いていないが、同時に、全てを語っているわけでもないということに。


 言葉を失う一同を前に、エリスはさらに続ける。



「"冷気"の『神手魔符(カンピシャシ)』があれば、こんな風に氷霧を発生させたり、獲物を氷漬けにすることもできる。何より──"精霊を呼び寄せる"という『神手魔符(カンピシャシ)』の特性を応用すれば、今回の独立騒動の発端とも言える問題を解決できるはずよ」

「……それは、どういう意味だ?」



 どよめく男たちを代表するように、ワトルが尋ねる。

 エリスは、ニッと口の端を吊り上げると……こう答えた。




「もう、冷蔵庫を冷やすために精霊を閉じ込める必要はなくなる、ってことよ。『神手魔符(カンピシャシ)』があれば、精霊の自由を奪うことなく、冷気を集めることができるわ」




 それを聞き、男たちもアクサナも、目を見開く。



「そ……それは本当か?!」

「えぇ。少し改良が必要だけど……あたしの知り合いに、こういうものの実用化が得意なヤツがいるの。他でもない、"精霊封じの小瓶"の開発者当人よ」



 エリスは一度目を閉じ……その()()()のことを思い浮かべる。



「……あたしも彼女も、精霊に"意志"があることを知らなかった。だから今は、"精霊封じの小瓶"に代わるものを創ろうと、必死に研究をしている。この『神手魔符(カンピシャシ)』は……彼女にとっても、光明となるはずよ」



 そして、エリスは目を開け、顔を上げる。



「製氷業を復活させることは、もう難しいかもしれないけど……『神手魔符(カンピシャシ)』式冷蔵庫が完成すれば、オゼルトンの一大産業にすることも夢じゃないわ。精霊を閉じ込めない方法でオゼルトンの財政が回復できるなんて、一石二鳥でしょ? これを独立推進派に提案したら、"武闘神判(シドレンテ)"を中止してくれたりしないかしら?」



 と、今度はエリスが問いかけるが……ワトルは、首を横に振る。



「残念ながら、一度開催が決まった"武闘神判(シドレンテ)"を取り止めることはできない。あんたのその提案も含め、神がどの未来を選択するのか、そのご意志を確かめるための儀式だからな」

「あはは。やっぱり、そう簡単な話じゃないか」



 初めからわかっていたように苦笑いするエリス。

 しかし、すぐにまた微笑んで、



「なら、この"冷気"の『神手魔符(カンピシャシ)』を使って、独立推進派に勝ちましょ。オゼルトンの未来を変える手段があることを、身をもって知ってもらうのよ。あなたたちが初戦を突破してくれたら、決勝ではあたしたちが領主と戦う。安心して。対策もバッチリだから、絶対に勝てるわ。大船に乗ったつもりでいてちょうだい」



 腰に手を当てながら、そう言った。


 初めは、その若さ故、エリスが一流の魔導士であることを疑っていた男たちだが……

 クレアとの演習で見せた圧倒的な戦闘力と、今語ってみせた革新的な提案に、一同すっかり心酔し切った様子でエリスを見つめる。



「すげぇ……あんたは、オゼルトンの救世主だ」

「あんたがいれば"武闘神判(シドレンテ)"で勝てる! いや、勝った後も安泰だ!」

「英雄……いや、勝利の女神と呼ばせてくれ!」

「女神! 女神!!」



 男たちから湧き起こる、『女神』コール。

 得意げな表情でそれを浴びるエリスに、クレアは小さく微笑む。



 実戦で自分を負かすだけでなく、オゼルトンの根本的な問題の解決策を提示し、彼らの信頼を一挙に勝ち取ってしまうとは……やはり、エリスはすごい。



(本当に……最高の相棒ですよ、貴女は)



 しかし、ここにいる誰もが想像だにしないだろう。

『女神』と崇められる彼女が、数分前までケモノのような目付きで、自分の首筋に齧り付いていたことなど……



(……高尚なる女神さまへの供物として、やはり大人しく食べられておくべきだっただろうか)



 なんて、自分しか知らない女神(かのじょ)の本性を思いながら、クレアは一人、笑うのだった。




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