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17 主役は遅れてやってくる

 




 ──翌日の午後。

 激辛スープ店の店主・トトラが、独立反対派のメンバーを連れ、アクサナの家にやって来た。


 トトラを含め九人、全員が体格の良い大男だ。毛皮や毛織物で作られたオゼルトンの民族衣装に武器を背負うその姿は、並んで立っているだけで威圧感があった。



「よう、王子! 約束通り、連れて来たぜ」



 トトラが、髭に覆われた口の端を吊り上げ、挨拶する。

 クレアはトトラと、その後ろに立つ男たちに向け、手本のように友好的な笑みを浮かべる。



「本当にありがとうございます、トトラさん。みなさん、初めまして。アルアビス軍より派遣されて参りました、クレアルド・ラーヴァンスと申します。本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます」



 丁寧に一礼すると、メンバーの内の一人──長剣を腰に携えた男が、一歩前に出てくる。

 三十代後半くらいだろうか。漆黒の長髪に、凛々しい眉が印象的な、大男だ。



「お初にお目にかかる。俺はワトル。いちおう、このチームの代表を務めている者だ。話はトトラから聞いた。宜しく頼む」



 その言葉通り、トトラが上手く話をつけてくれたのだろう。想像以上に友好的な雰囲気が感じられた。

 差し出されたワトルの手を、クレアはしっかり握り返し、



「こちらこそ、宜しくお願いします」



 そう、力強く言った。




 * * * *




 アクサナの家のリビングにて、クレアと反対派のメンバーは、それぞれの実力の確認から始めた。

『武装派』が四人、『魔導派』が四人の、計八人。事前に聞いていた通り、全員戦闘経験のない素人だ。

 幸い、みな農業や狩りといった身体が資本の仕事に就いているため、筋力と体力は備わっているようだ。


 "武闘神判(シドレンテ)"の初戦は五人ずつで戦うはずだが、参戦する意志のある者を募るのに苦労したらしく、八人集めるのがやっとだったと、ワトルは語る。仕方がないので、誰かが二回出場するつもりでいたらしい。

 そのため、クレアとエリスの加入は、ワトルたちにとって願ってもない申し出だったようだ。



「あんたらが加わってくれたことで、『武装派』と『魔導派』、それぞれ五人ずつになった。そうなると、重要なのは対戦する順番だ」



 フェドートが淹れたお茶を一口啜った後、ワトルが言う。



「知っての通り、初戦では先に三勝したチームが決勝へ進める。五人の戦う順番をどう組むか、よく考えなきゃならない。精鋭を先発に置くか、拮抗することを見越し後半に温存するか……あんたは、どうすべきだと思う?」



 そう尋ねられ、クレアはすぐにこう答える。



「実力のある者を三人目と五人目に置くべきでしょう。一人目と二人目が負けても、三人目で勝つことができれば敗退を阻止できます。また、四人目までで勝利が確定した場合、五人目に実力者を残しておけば、決勝に向けて体力を温存することができます」



 その答えに、ワトルは深く頷く。



「どうやら、俺と同じ考えのようだな。そこで、俺たち八人がどういう順番で戦うべきか、戦闘のプロであるあんたの意見をもらいたい。まずは手合わせをして、俺たちの実力を見てもらえないだろうか?」



 これは話が早いと、クレアは思う。

 彼らと実戦的な演習をし、実力を測ることは、まさにクレアが提案しようとしていたことだった。



「えぇ、ぜひお願いします。初戦を確実に突破するため、私もみなさんと一緒に稽古できたらと考えていました。お茶を飲み終えたら、早速始めましょう」

「あぁ、宜しく頼む。ところで……『魔導派』に出場するというあんたの相棒はどうしたんだ? 姿が見えないようだが……」



 そう問われ、クレアは……背後にある寝室に意識を向ける。


 昨日、何かを閃いたように部屋へ駆け込んで以来、エリスは夜通し机に向かい、『神手魔符(カンピシャシ)』の研究をしていた。

 食事だけはしっかり摂っているが、寝る間も惜しんで没頭していることを心配に思いつつ、クレアは無理に止めることができなかった。



『答えは……明日、"結果"にしてお返しするわ』



 昨日の、エリスの言葉……

 間違いなく、彼女は何かを掴みかけている。


 本来なら、国から派遣された交渉役として、エリスにもこの場に参加してもらうべきなのだが、今は彼女の研究に水を差すような真似はしたくなかった。


 かと言って、ワトルたちに不信感を抱かせるわけにもいかない。

 だからクレアは……にこっと柔和な笑みを浮かべ、こう答えることにする。



「すみません。同行の魔導士は今……『神手魔符(カンピシャシ)』の研究をしています」

「『神手魔符(カンピシャシ)』の研究?」

「はい。対戦相手と同じ使い方では意味がないと、狩りの道具である『神手魔符(カンピシャシ)』をより試合に適した"魔導具"に昇華させるため、新たな可能性を模索しているのです」

「しかし、『神手魔符(カンピシャシ)』は古来より種類も使い方も定まっている。新たな使い方を見出すことは、不可能に近いと思うが……」

「そうかもしれません。ですが……私の相棒(パートナー)は、不可能を可能にする天才なのです」



 にこやかに、しかしきっぱりと。

 クレアは、言い切る。



「私は、あれほど優秀な魔導士を……熱心な研究者を、他に知りません。『魔導派』の試合に出場するみなさんの勝率が少しでも上がるようにと、寝る間も惜しんで机に向かっています。必ずや『神手魔符(カンピシャシ)』を用いた新たな魔法を携え、手合わせの場に現れることでしょう。それまでは、申し訳ないですが、私一人でみなさんの実力を測らせていただきます」



 こうした交渉の場において、相手の信頼を得るための詭弁が得意なクレアだが、今回ばかりは嘘を言う必要がなかった。

 エリスの頑張りを……クレアの"本心"をありのままに伝えることこそが、最も誠実で、最も有効な手段だったから。


 クレアの真摯な眼差しに、ワトルは……納得したように一つ頷き、



「……わかった。あんたの相棒が成果を出すのを待つとしよう。それまで、俺たちの相手は頼んだぞ。()()



 そう、親しみを込めて言うので。

 クレアは安堵し、「ありがとうございます」と返した。


 と、その時、



「ただいまー……って、悪い。話し中だったか」



 玄関の扉が開き、アクサナが入って来た。

 今日も夜明け前から狩りに出かけていたのだが、手ぶらな様子を見るに、成果はなかったようだ。


 ずらりと並ぶ男たちを、アクサナが驚いたように見回すと、トトラが「おぉ」と声を上げ、



「ひょっとして、アクサナか……? いやぁ、大きくなって!!」



 なんて、興奮気味に言うので、アクサナは少し身構える。



「えっと……あんたは?」

「あぁ、すまない。俺はトトラだ。お前の父さんとは旧知の仲でな。お前がまだよちよち歩きの時に会ったことがあるんだが、さすがに覚えていないよな」



 嬉しそうに笑うトトラに続き、他の男たちも身を乗り出す。



「俺も、お前の父さんには世話になったんだよ!」

「俺も俺も!」

「噂は聞いているぞ。軍部所属だなんて、立派になったな!」

「土産をたくさん持ってきたんだ。ほら、食べてくれ!」



 等々、一斉に声をかけられ、アクサナは「えっ、えっ?」と目を回す。

 アクサナの父親が顔の広い人物だったのか、それともオゼルトンのコミュニティではこれが普通なのか、クレアには判断しかねるが……とにかく、『同郷は皆親戚』と言わんばかりの盛り上がりだった。


 土産物を次々に差し出され、困惑するアクサナを眺めながら、ワトルは微笑む。



「……とまぁこんな具合に、オゼルトンの連中は仲間を想う気持ちが強いんだ。今回の"武闘神判(シドレンテ)"も、そうした想いが発端となっている。試合では敵同士だが、相手も同じオゼルトンの民。そのことを念頭に、正々堂々とした戦いをお願いしたい」



 そのワトルの言葉に、クレアは大きく頷いて、



「もちろんです。独立推進派の方々も含め、オゼルトンに住まう全員の安全を護ることが私の務めであり、願いですから」



 真っ直ぐに、そう答えた。





 * * * *





 独立反対派のメンバーとの演習は、アクサナの家の裏手にある森の奥──樹々が伐採された、拓けた場所で行われた。



 クレアは『武装派』に出場する四人と手合わせし、その実力を確かめていく。


 使用する武器は、剣と槍がそれぞれ二人ずつ。

 皆、基本の型は身に付いているが、人に武器を向けることに抵抗が見られた。戦闘経験がないのだから、当然と言えば当然である。


 しかし、"武闘神判(シドレンテ)"における勝利の条件は、相手を傷付けることではなく、地面へ倒すことだ。

 武器は、そのための手段に過ぎない。


 相手の動きをよく観察し、武器で隙を作り、体術も駆使すれば、極力傷付けることなく地面に倒せる。

 そのことを、クレアは実戦を交えながら、丁寧に教えた。




 そうして、数時間が経ち……

『武装派』の四人との手合わせが終わり、出場する順番が概ね決まった。



「──さて。次は、『魔導派』のみなさんの番ですね」



 腰に剣を納めながら、クレアが言う。

 それに、ワトルが問う。



「『魔導派』の手合わせも、あんたがしてくれるのか?」

「いえ。魔法は私の専門外です」

「ならば、どうする? あんたの相棒は、まだ研究中だろう?」



 ワトルの疑問に、クレアは答えない。

 代わりに、視線を森の向こう──アクサナの家の方角へ向ける。

 すると……雪を踏み鳴らす足音が、微かに聞こえてきた。



「……さすが、私の相棒。時間ぴったりですね」



 クレアが、微笑みながら呟く。

 ワトルと男たちが、つられるようにそちらへ目を向ける。と……

 樹々の隙間に、長い耳がぴょこぴょこと揺れているのが見えた。



「なっ……オゼットユキウサギか?!」



 狩人である『魔導派』の四人が、『神手魔符(カンピシャシ)』と弓を手に構える。

 しかし、その緊張感に反し、樹の向こうから現れたのは……




 うさ耳付きのふわもこローブを身に纏った、愛らしい少女。

 エリスだった。




「お……女……?」

「まさか、この娘が例の魔導士なのか……?」



 年齢も性別も容姿も、全て予想外だったのだろう。クレアの相棒の姿を初めて目の当たりにし、男たちは驚いたようにエリスを見つめる。

 しかし、それらの反応を気に留めることなく、エリスはクレアだけを真っ直ぐに見つめると、




「──お待たせ。パーティー会場はここで、間違いない?」




 フードを脱ぎながら、ニッと、不敵な笑みを浮かべた。




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