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14 二度目の死闘

 




「──ヘラ! キューレ! 交われ(フュージア)!!」



 エリスは左右の手を別々に動かし、"水"と"冷気"の魔法陣を同時に描く。

 そして、精霊の力を融合させ……自身の周りに、"氷の矢"を生み出した。

 その数、約二十本。向けられた矢の先が鋭利に光るのを見て、クレアはエリスが本気であることを悟る。



「ほう。昨日の助言を早速生かしてくださるとは、嬉しい限りです」

「うるさい! これで、地面に串刺しにしてあげる!!」



 エリスが叫ぶと、宙に浮いた矢が一斉にクレア目掛けて放たれた。

 常人なら回避しようのない数と速さの矢。

 しかしクレアは、避けるどころか重心を落とし、降り注ぐ矢を目で捉えると……

 腰から剣を抜き放ち、目にも止まらぬ速さで、それらを斬り捨てた。


 アクサナから「すげぇ……」と感嘆が漏れるが、エリスにとっては想定内だったのか、焦った様子は見られない。間髪入れずに、再び氷の矢を生成し、一斉に放った。

 それを剣で捌きながら、クレアは、エリスの狙いを考える。



 何本放とうが、斬られることはわかっているはず。

 このまま持久戦に持ち込むつもりか?

 いや……斬られた矢は分離し、水となって雪の上に落ちている。

 足元を水で濡らし、凍らせるのが目的だろうか?

 であれば、エリスは次に、冷気の魔法を放ってくるはず。

 魔法陣を描く前に、一気に距離を詰めなければ……



 ……と、そこまで考えたところで。

 クレアの足元の、すぐ横。彼の剣捌きを避けるように飛来した一本の氷の矢が、サクッと地面に刺さる。

 他とは異なる軌道で飛んできたその矢を、クレアが目の端で捉えると……


 そこには、一枚の『神手魔符(カンピシャシ)』が、矢文のように括り付けられていた。


 それに気付くのと同時に、エリスが叫ぶ。



「──招詞(シンケ)土御霊(コッロィリシヌ)!!」



 その声に呼応するように、『神手魔符(カンピシャシ)』の紋様が赤く光り……

 直後、矢の刺さった地面が、ボコッと浅く陥没した。

 クレアは咄嗟に後退し、足を取られぬよう回避する。



「ちっ……やっぱ()()()()()じゃ、この程度か」



 エリスが舌打ちしながら呟く。

 口ぶりから察するに、より広範囲な穴を生み出すつもりだったのが、発動の条件が整わなかったようだ。


 その条件が何なのか、クレアにはまだわからないが……これはなかなかに厄介だと、内心苦笑する。

 何故なら、札さえ設置すれば、"魔法陣"という予備動作なしに"声"だけで魔法を発動できてしまうから。

 死角に札を設置され、知らぬ間にその側まで誘導されれば、瞬時に魔法を喰らってしまうだろう。


 だが……そもそも、設置させなければいい話。

 対策は、魔法陣を用いる場合と同じだ。



「──キューレ! ユグノ!!」



 エリスは、右手で"冷気"、左手で"樹木"の魔法陣を描く。

 放たれた冷気は空気を白く染めながら、クレアの足元へ吹き付ける。足場が凍結される前に、クレアはその場から退いた。


 その回避の僅かな隙に、エリスは左手から生み出した無数の蔓をクレアに放つ。

 その蔓には『神手魔符(カンピシャシ)』が四枚絡みついており、まるで蛇のように地面を這い寄って来る。



(低い位置からの攻撃は、武器を使う相手には有効だ……"武闘神判(シドレンテ)"本番でもぜひ使ってもらいたい)



 などと悠長に評価しつつ、クレアは左手を懐に入れ、投げナイフを四本、指の間に挟む。

 そしてそれを、蔓に絡めた『神手魔符(カンピシャシ)』に投げ付けた。


 ナイフは狙い通りに『神手魔符(カンピシャシ)』を貫き、蔓ごと雪の上に刺さって、その侵攻を止めた。

 これで魔法は発動しないはず。エリスが次の手を準備する前に一気に距離を詰めれば、勝てる。


 足元に残る蔓を避け、クレアが駆け出した……その時。

 エリスの口が、動いた。



「──招詞(シンケ)土御霊(コッロィリシヌ)



 刹那。

 雪の上、ナイフで貫いたはずの四枚の『神手魔符(カンピシャシ)』が光り……


 ──ボゴッ!!


 先ほどよりも深い穴を、地面に穿った。

 クレアを囲むように出現した四つの穴は、崩落して一つの大きな穴と化し、彼を奈落へと飲み込む。



「くっ……」



 足場が崩落する中、クレアは鉤針付きのワイヤーを近くの樹に向けて投げる。枝に絡んだそれを命綱に、クレアはなんとか落下を免れた。


 今のは……危なかった。

神手魔符(カンピシャシ)』に描かれた紋様をナイフで裂けば魔法が発動しないと思い込んでいたが……多少傷付けたくらいでは、効力を失わないらしい。



(……エリスのお陰で、良い勉強になった)



 そんなことを考えつつ、クレアは身体を翻し、穴の淵から這い上がる。

 その瞬間を、エリスは待っていたようだ。



「──招詞(シンケ)光御霊(マッネポルリ)!!」



 声の直後、クレアの視界を、猛烈な光が覆った。

 ゼロ距離で放たれた光に目が眩み、クレアは思わず後退りする。


 発光する直前、蔓に絡んだ『神手魔符(カンピシャシ)』が見えた。

 まさか、閃光を放つ札があるとは……



(視力が回復するまで、距離を取らなければ……)



 クレアは、微かな視力と周囲の気配を頼りに、エリスから離れようとする……が。



「うっわ、まぶしっ! こんな強いなんて聞いてないんだけど!?」



 ……という、エリスの狼狽える声が聞こえてくる。

 どうやらエリス自身も、今の閃光に目をやられたらしい。

 しかし、続けて、



「えぇいっ、強行あるのみ! 招詞(シンケ)・ケワクワマ!!」



 そんなヤケクソ気味な叫びが聞こえるので、クレアは次なる『神手魔符(カンピシャシ)』の発動に備え、身構える。


 今のは、今日初めて聞く祝詞だ。

 以前、アクサナが巨大ウサギを拘束した時のものと似ているが、どう来る……?


 ……と、周囲の気配を探るが、



「………………」



 辺りは、シンと鎮まりかえるのみだった。



「ばかっ、発音が違う!」

「えぇーっ!?」



 そんなアクサナとエリスのやり取りが聞こえ、クレアはすぐに動いた。

 声のした方へ一気に駆け、僅かに戻った視力で慌てるエリスの姿を捉えると……


 そのまま、飛び付くようにして、彼女の身体を押し倒した。

 勝負あり、である。



「あぁんもうっ! あとちょっとだったのにぃ!!」



 クレアの腕の中で、悔しげに暴れるエリス。

 それを離しながら、クレアは微笑む。



「そうですね、あと少しで負けるところでした。魔法陣と『神手魔符(カンピシャシ)』を組み合わせた戦法、実にお見事でしたよ。まぁ、最後はエリスのまぬけ可愛いミスに助けられましたが」

「うがぁああっ! むかつくーっ!!」

「相手と自分、どちらも視界が悪い状況では、下手に声を出すべきではありません。自分の居場所を相手に知らせているようなものですからね」

「ぐっ……」



 正論を突き付けられ、エリスは奥歯を噛み締める。

 クレアはにこりと笑うと、アクサナの方を振り返り、



「今日もお庭を荒らしてしまい申し訳ありません。片付けを終えたら、少しお時間をいただけますか? 私にも、『神手魔符(カンピシャシ)』について、詳しく教えてください」



 そう、申し出た。




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