13 負けられない理由
……見られた。
アクサナに……十三歳の無垢な少女に、キスしているところを、見られた。
その事実に、エリスは、焦りと混乱と羞恥心とで、頭が真っ白になる。
「あ、あああの、これはなんていうか、その……挨拶みたいなアレで……!!」
咄嗟に言い訳を口走るが、いくら純粋なアクサナも、それには騙されない。
アクサナは顔を赤らめながら、一歩、また一歩と二人に近付き、こう返す。
「挨拶なわけないだろ……だって、今の……けっこう長かっ」
「わぁぁああっ! やめて! それ以上言わないで!!」
キスの状況を客観的に聞かされそうになり、思わず耳を塞ぐエリス。
その横で、クレアは顔に笑みを貼り付けたまま、
(……まぁ、遅かれ早かれ、バレていたことだ)
と、開き直ることにし、エリスの肩をぐいっと引き寄せると、
「隠していてすみません。仰る通り、私とエリスは、仕事上の相棒であり……将来を誓い合った、恋人同士でもあるのです」
はっきりとした声で、堂々と宣言した。
エリスは顔から湯気を噴き出し、観念したように目を伏せる。
そんな二人に、アクサナは……頬を染めたまま、何故か目を輝かせ、こう尋ねた。
「それじゃあ……二人は、いつか結婚するのか?」
「ぶふっ!」
吹き出すエリス。
しかしクレアは、キリッと顔を引き締め、答える。
「もちろん、します」
「子どもも作るのか?」
「作ります」
「何人くらい?」
「未定ですが、子作りはたくさんするつもりです」
「ちょっと! なんの時間よコレ! 拷問?!」
二人の問答を遮るように、エリスは堪らず声を上げる。
それでもアクサナは、やはりキラキラとした目で二人を見つめ、
「すごい……若くて優秀な二人が結婚を誓い合っているだなんて。こんなめでたいこと、なんで教えてくれなかったんだよ」
そんな風に言うので、クレアとエリスは思わず顔を見合わせる。
すると、アクサナは「はっ」となり、こう訂正する。
「ご、ごめん。オゼルトンでは、若者が婚約すると、大々的にお祝いする風習があるんだ。そのイメージがなかなか抜けなくて……王都ではカップルなんて、ありふれたものなのにな」
それを聞き、クレアたちも合点がいく。人口が少ない、言わば"ド田舎"なオゼルトンにおいて、若者の交際は結婚及び子孫繁栄に繋がる一大ニュースなのだろう。
恥ずかしそうに俯くアクサナに、クレアは首を横に振る。
「謝るのはこちらの方です。庭先でこんな現場を目にしては、驚かれるのも当然でしょう。本当に申し訳ありませんでした」
「……そうだな。確かに、誰かが実際に、その…………き、きすしている場面なんて初めて見たから、びっくりした。……あんなかんじなんだな」
「いえ、いつもはあんなものではありませんよ。何なら、今からお見せしましょうか?」
「クレア!!」
「冗談です」
クレアの軽口を即座に嗜めるエリスだが……
アクサナは、ごくっと喉を鳴らし、
「……い、いいのか?」
そう、口にする。
エリスが「え゛?」と聞き返すと、アクサナはもじもじと俯いて、
「……恥ずかしい話だが、十歳で養子に出てからずっと訓練しか受けていなかったから、男女の付き合いに関する知識がまったくないんだ。ボクの母さんは、十五で父さんと出会って婚約したらしい。ボクも、もう十三歳だ。そろそろそういうコトも勉強しなきゃって思いながら、誰にも相談できず、ちょっと悩んでて……」
……などと、思いがけない悩みを吐露する。
そして、
「これも何かの縁だ。後学のために……あんたらの、"恋人らしい行動"を、見せてくれないか?」
澄み切った、純粋すぎる目で。
二人に、そう申し出た。
それに、エリスは……全身から、汗をダラダラと噴き出す。
アクサナの悩みは、わかる。エリス自身は該当しなかったが、世間一般では、ちょうど恋愛に興味を持ち始める年頃だろう。
しかし……相談する相手が、絶望的にマズすぎた。
何故なら、隣にいる男は……
十三歳の少女が知るには早すぎる世界観を持つ、モノホンの変態ストーカーだから。
そんなエリスの胸中を察したのか、クレアは、エリスが口を開くより早く、
「そういうことなら、もちろん。喜んで協力しましょう」
などと即答するので、エリスは「なっ?!」と声を上げる。
「だ、ダメダメ! 聞く相手を間違えてる!」
「そんなことない。あんたらは、国から重要な任務を任される優秀な戦士と魔導士だ。教えを請うのに、これ以上の相手はいない」
「で、でも、仕事の能力と恋愛の能力は、ぜんぜん違うというか……」
「アクサナさんは、何が見たいのですか?」
「こら! むりやり話を進めようとすんな!!」
エリスが抗議するが、クレアは意に介さない。
そのまま、アクサナに向けて、
「アクサナさんが見たい行為……何でも見せてあげますよ」
まるで、甘い言葉で人を惑わす悪魔のように危うい笑みを浮かべ、言った。
(こいつ……まじで何考えてんのよ!!)
常人の理解を超えた変態の思考に、エリスが絶句していると、アクサナは「じゃあ……」と口を開き、
「二人が…………セ、"セキサッラ"しているところを、見せてほしい」
……そう、蚊の鳴くような声で、恥ずかしそうに言うので。
エリスは……なんだかわからないが、とてつもなく嫌な予感を感じる。
「……そ、その…………"セキサッラ"って、なに……?」
恐る恐る尋ねると、アクサナはやはり恥じらうように顔を背け、
「あ、あれだよ。恋人同士か、夫婦でないとやらない、アレ」
「ど……ドレ?」
「だから…………他人には見せない、大事な穴に……ぼっ、棒を出し入れして、気持ち良くなる、アレだよ」
──瞬間。
エリスは、石化する。
アクサナの言葉から推測される行為に、脳が許容を超え、停止したのだ。
(この小娘は……純粋な目で、なんつー行為を要求してんのよ!?)
停止した思考の隅で、辛うじてそんなことを考えると、隣の変態がクスリと笑い、頷く。
「いいですよ。喜んでお見せしましょう」
「ぶっふぁ! あ、あんたホント、馬鹿じゃないの?!」
語気を強めて叫ぶが、クレアは怯まない。
それどころか、スッと目を細め、
「熱心な後輩のため、正しい男女の在り方を教えてあげましょうよ。それが嫌なら…………今日の実戦演習で、私を倒すことです」
そう、挑発するように囁いた。
それを聞き、エリスは悟る。
要は、このアクサナの要求を、本気で戦わせるための燃料にするつもりなのだ。
確かに、こんな条件を提示されては、負けるわけにはいかない。
他人に……ましてや、十三歳の純粋な少女に、見せられるはずがない。
しかし、この男なら、それすらも興奮材料にしそうなところが恐ろしかった。
これはもう…………殺すつもりで、戦らなければ。
エリスは瞳に殺気を漲らせると、クレアからバッと離れ……早くも、臨戦態勢を取る。
「……その気も起こらないくらい、ボッコボコにする」
「うわぁ。エリスのそういう目、いいですね。興奮します」
なんて、まるで緊張感のないセリフを吐きながら、クレアも一歩下がり……
そこで、何かを思い出したようにアクサナに目を向ける。
「そういえば、狩りはどうなりましたか? 見たところ、収穫はなさそうですが……」
その問いかけに、アクサナは「あぁ」と苦笑し、
「お察しの通り、失敗した。近ごろ、民家の近くをうろつくクマがいるっていうから、捕まえたかったんだけど……それらしい影を見つけた瞬間に、逃げられた」
「それは残念でしたね」
「でも、『神手魔符』の使い方は一通り教えた。それをどう使うつもりなのかはわからないけれど……」
言いながら、アクサナはエリスを見つめる。
クレアと対峙する彼女の手には、アクサナから渡された『神手魔符』が数枚あった。
すっかり戦闘モードになったエリスを見つめ、クレアは微笑み、
「そうですか。では…………お手並拝見といきましょう」
腰の長剣に手をかけ、低く構えた。