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11 貴方の隣にいたいから

 



「──むぉっ、からうまっ!!」



 夜。

 アクサナの祖母・フェドートが用意した夕食を口にし、エリスは唸った。



 庭での実戦演習の後、魔法で作り出した穴や壁を直している内に、日は暮れ……

 家に入った時には、ちょうどフェドートが夕食を作り終えたところだった。



 暖かなリビングのテーブルに、たくさんの料理が並んでいる。

 蒸し野菜のサラダ。

 小魚のフライ。

 豚肉のソテー。

 唐辛子で漬けた野菜のピクルス。

 そして、今、エリスが口にしたスープ粥。



「これ、麓の街で食べたやつよね? えっと……なんとかレタス!」

「『スウェレタ・ッサュ』だ。味は覚えられるのに、名前は覚えられないのかよ」

「あぁ、それそれ! あの時食べたやつよりも、旨みが深くて美味しいわ。辛さもツンツンしていなくて、香辛料の香りがふわぁーって広がるかんじ。おばあちゃん、これ最高よ!」



 フェドートに向け、ぐっ! と親指を立てるエリス。フェドートは、言葉が通じないことを理解しているのか、にこにこと頷くのみだった。

 その横で、クレアも豚肉のソテーを口にし、唸る。



「このお肉も、とても美味しいです。これは、山小屋で食べた『ムームーペッカル』の肉ですか?」

「その通り。あの時の冷凍肉より新鮮だから、美味いだろ? そこら中に放牧されているから、その内見かけると思うよ」

「うわぁ、見てみたい! あたし、動物の中で豚が一番好きなの」

「へぇ、そうなのか。なんか珍しいな。普通、犬とか猫じゃないのか?」

「犬猫なんてただ可愛いだけじゃない。それに引き換え豚は、可愛い上に、食べたら美味しいのよ? 最強の癒し系動物じゃない?」

「……『可愛い』と『美味しい』は、あまり同列で語られないと思うけどな。一般的に」



 目を輝かせるエリスに、アクサナは引き気味に返す。

 そんな取り留めのない会話を交わしながら、一同はフェドートの手料理を心ゆくまで楽しんだ。






「──はぁ……ぜんぶ美味しかったなぁ……♡」



 うっとり頬を押さえ、エリスは夕食の余韻に浸る。

 皿洗いなどの片付けを終え、再びリビングのテーブルに着いたところである。

 その隣で、クレアも微笑みながら頷く。



「私たちのために味を調整してくださったのでしょう、思ったより辛くなくて、どれも本当に美味しかったですね」

「うんっ。優しくてあったかくて、レストランとはまた違う美味しさがあったわ。明日も楽しみだなぁ」



 エリスが上機嫌で身体を揺らすと、玄関の扉が開き、冷たい外気と共にアクサナが入って来た。



「さっき飛ばした鷹が帰って来たよ。ほら、受け取り証明書だ」



 そう言って、クレアに一通の紙を見せる。ジークベルト宛ての報告書が、無事に麓の郵便役所へ届けられたことを証明する判が押されていた。



「ありがとうございます。明日も手紙を出すことになると思うので、よろしくお願いします」



 証明書を受け取りながら、クレアは礼を述べる。

 そして、アクサナもソファに腰掛けたことを確認し、



「では……明日以降の行動について、お話しましょう」



 落ち着いた声で、そう切り出した。


 クレアはまず、トトラから聞き出した"武闘神判(シドレンテ)"のルールについて共有する。

 試合は、『武装派』と『魔導派』に分かれておこなわれること。

 各派閥で五名ずつ出場者を選出し、一人ずつ戦っていくこと。

 より多く勝利したチームの大将が、領主との最終試合へ臨めること。

 最終試合は、『武装派』と『魔導派』、それぞれの大将と領主の三人で、同時に戦うこと。



「……ってことは、あたしとクレアが最終試合に出て、二人で領主と戦うのが一番理想的ね」



 エリスの指摘に、クレアは頷く。



「はい。そのためには、まずチームとして初戦で勝たなければなりません。私と貴女だけが勝っても、他の四人が負けたら決勝には行けないので」

「そうね。しかも、勝った上で、あたしたちが独立反対派のみんなから『大将』として認められなきゃ、最終試合には出させてもらえないんだもんね」

「おっしゃる通りです。その辺りの交渉するための仲介を、トトラさんが請け負うと言ってくれました。"武闘神判(シドレンテ)"本番までに、顔合わせをする機会を設けてくださいます。その時、今日のような実戦演習をして、互いの実力を見せ合うことができればと考えています」



 クレアの説明に、エリスは納得する。

 他の出場者は皆、猟師や農民といった一般人の寄せ集めのようだ。演習を通じ、戦闘の指導をしつつ、自分たちの実力を見せつければ、大将を任されることはそう難しくはないだろう。



「……んで。問題は領主との最終試合よね。例のハンマーについて、あの髭モジャのおじさんは何か言ってた?」

「はい。やはり"禁呪の武器"とみて間違いなさそうです。巨大なハンマーによる物理攻撃と同時に、"大地の精霊"の力に似た魔法攻撃が繰り出され、その戦いぶりは常人離れしていたと……しかも、一定時間経過すると使用者が急激に消耗し、戦闘不能になるようです。あくまで『先代領主の場合は』、ですが」

「消耗……"禁呪の武器"なら、あり得る話ね」

「そんなに危険なものなのか?」



 ……と。

 アクサナが急に声を上げるので、クレアとエリスは思わず彼女を見る。

 その視線に、アクサナは「あ、いや」と口篭り、



「『神判の槌(ポロト・ガベル)』が、使う人の身にも危険を及ぼすなんて知らなかったから……ちょっと、びっくりして」

「そっか。"禁呪の武器"には、使用者を狂戦士化させる呪いがかけられているの。その影響をすぐには受けない人も、中にはいるみたいだけど……呪いを受け続ければ、いつかは精神を蝕まれるわ」

「そんな……」



 エリスの説明に、アクサナは怯えた表情で俯く。


 幼少期から"武器"に触れていれば呪いに対する耐性が得られるという情報は、エリスたちとレナードしか知らない。

 "禁呪の武器"との関わりは今回限りになるであろうアクサナには、教えるわけにいかなかった。


 だから、それ以上の詳細は語らず、エリスはアクサナを励ますことにする。



「大丈夫よ。領主が"武器"の呪いに飲まれる前に、あたしたちが勝てばいいんだから。ね、クレア?」

「えぇ。"武闘神判(シドレンテ)"では、地面に倒れ込んだ時点で負けが確定します。領主がハンマーの力に蝕まれる前に、致命傷を負わせることなく、地面に倒す必要があります」

「って、あらためて口にすると、けっこう難易度高いわね……」

「そうなのです。だからこその実戦演習です。私と貴女が本気で手合わせすれば、貴女は物理攻撃を、私は魔法攻撃を回避する練習にもなります。明日から本格的に雪像作りを開始するので、止めたければ全力で一本取りに来てくださいね」

「ぐぅ……っ」



 奥歯を軋ませるエリスに、クレアはにこっと微笑み返す。

 そして、その笑みをアクサナに向け、



「……と、私からお話したいことは以上ですが、アクサナさんからは、他に質問等ありますか?」



 尋ねる。

 アクサナは、言葉を探すように暫し目を泳がせてから、遠慮がちにクレアを見つめ返し、



「……あんたらがすごすぎて、ボクなんかにできることは何もないかもしれないけど……それでも、役に立ちたい。ボクは、何をすればいい?」



 そう、聞き返した。

 その真摯な言葉に、クレアとエリスは思わず顔を見合わせ……

 穏やかに微笑みながら、答える。



「これまで通り、オゼルトンの文化に不慣れな我々をサポートしていただけるとありがたいです。まだまだわからないことだらけですので、アクサナさんの案内には本当に助けられています」

「うんうんっ。あたしはやっぱり、『神手魔符(カンピシャシ)』について教えてほしいな。『魔導派』の試合では、みんなあのお札を使ってくるはずだし、何より……見慣れない魔法を習得すれば、クレアを倒すための切り札になると思うのよね」



 と、最後はこそっと声を顰めるエリス。

 アクサナは、目を見開いてから……はにかんだように目を細め、



「……わかった。なら、明日は予定通り狩りに出よう。夜明け前には起こすからな。覚悟しておけよ?」

「心配ご無用。野生肉のためなら、徹夜だって厭わないわ!」

「って、やっぱり本音はそれか」

「はっ!」



 咄嗟に口を噤むエリスに、クレアは「あはは」と笑う。



「では、今日は早めに休むとしましょう。アクサナさんも、久しぶりのご実家でしょうから、我々に構わずゆっくりしてくださいね」



 そう言って、その場を締め括った。






 * * * *






 ──翌朝。

 否、正確には、まだ朝とは言えない時間だ。


 予告通り、アクサナはまだ日が明け切らない内にエリスを起こし、狩りに出た。

 山頂の窪地にある『神頂住区(サパシンタ)』の夜明けは遅い。周囲をぐるりと山壁に囲まれているため、日の当たる時間が短いのだ。


 それでも、麓では日の出を迎えているのだろう。暗闇に包まれていた空が、少しずつ明るくなってきた。


 エリスは、夜と朝の狭間(はざま)にいるような薄暗さに目を凝らしつつ、弓矢を背負うアクサナに続き、森の中を歩く。



「……さむい」



 ほとんど無意識に溢れたエリスの呟きに、アクサナは振り返り、目を細める。



「なら、家に帰って二度寝するか? ボク一人の方が何かと動きやすいし」

「やだ。一緒に行く。『神手魔符(カンピシャシ)』のこと、ちゃんと勉強したいもん」



 言いながら、エリスは手袋(グローブ)を嵌めた手で自分の両頬をぽんぽんと叩き、気合いを入れ直す。

 その脳裏には……昨日のクレアとの実戦演習が思い出されていた。



 クレアに指摘された通り、エリスは昨日、彼が怪我をしないようにと手加減をして戦った。

 しかし、仮に本気を出していたとしても、きっとクレアには勝てなかっただろう。

 何故なら、『実戦』における経験値が、自分とクレアとでは天と地ほどの差があるから。


 そのことを、エリスは昨日の敗北で、嫌と言うほど思い知らされた。

 そして、気付いたのだ。

 自分に向けられた、クレアの気持ちに。


『"武闘神判(シドレンテ)"の最終試合には、クレアとエリスの二人で臨む』。

 それが、任務において最も有効な手立てであることは間違いない。

 しかし、そう考える一方で、クレアは不安を感じているのだろう。

『エリスを、"禁呪の武器"を使う相手と戦わせていいのだろうか』、と。

 だから、実力を試すように、実戦演習を持ちかけてきた。



「…………」



 ショックだった。

 信用されていないからではない。彼にそう思わせてしまう自分の不甲斐なさに、情けなくなったのだ。


 思えば、クレアには迷惑をかけっぱなしだった。

 イリオンの街では山賊に誘拐され、リンナエウスの一件では塔から落ち、死にかけた。

 今回の任務でも、呑気に雪を食べようとしたり、雪飴を食べて凍り付いたり、雪板や風呂で散々泣き喚いたりと、頼りない姿しか見せていない。

 これでは、戦力としての信用を失うのも当然だ。


 クレアは、強い。

 領主との戦いも、彼を主戦力(メイン)にし、自分はサポートに回るような戦略を考えた方が良いのかもしれない。

 しかし、それでは嫌だと、エリスは思う。


 何故なら、本当の意味で、公私共にクレアの相棒(パートナー)でありたいから。


 彼が『護りたい』と思ってくれているように、自分だって彼を護りたい。

 自分が足手纏いや不安材料になり得る状態で戦うのは、絶対に嫌だった。


 ちゃんと、クレアを護れるように……

「エリスがいれば大丈夫だ」と安心してもらえるような、そんな存在になりたい。


 だから、クレアのことは、絶対に負かす。

 体術で敵わないことはわかりきっている。ならば、やはり魔法の分野で、彼をあっと言わせるしかない。


 そのために、『神手魔符(カンピシャシ)』について深く知る必要がある。

 この異郷の魔法技術を短期間で習得し、それを使ってクレアに勝てば、きっと魔導士としての実力を認めてくれるはずだ。



(この先もずっと……胸を張って、クレアの隣にいたいから)



 エリスは、グローブをぎゅっと鳴らし、拳を握ると……

 凍てつく寒さの中、顔を上げ、アクサナと共に早朝の森を進んだ。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

少しでもお楽しみいただけましたら、ブクマや★評価、いいねをぜひ願い致します。

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