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10 クレア VS エリス

 



 先に動いたのは、エリスの方だった。

 舌をぺろりと出しながら、掲げた指先を高速で動かし、瞬く間に魔法陣を描く。


 魔法を用いる相手との戦闘経験を多く持つクレアだが、やはりエリスの魔法陣を描く速度と正確さは、群を抜いていると感じる。

 その上、周囲の精霊の分布を把握できる味覚と嗅覚を持っているため、その場において最も威力のある魔法を発現することができるのだ。


 "天賦の才"。

 そう一言で片付けてしまうのは簡単だが……

 彼女を天才魔導士たらしめている理由は、天性によるものだけではないことを、クレアはよく知っていた。



 描かれた魔法陣の軌跡から、"樹木"の魔法が放たれることを察し、クレアは剣を抜き、構える。



「──ユグノ! このヘンタイを拘束して!!」



 エリスの呼びかけに応じるように魔法陣が発光し、生み出された(つる)がシュルシュルと伸びる。その数は四本。

 そう来ることを予想していたクレアは、冷静に距離を取り、迫り来る蔓を瞬時に斬り捨てた。


 エリスにとっても小手調べだったのだろう、間髪入れずに次の魔法陣を完成させる。



「──ヘラ! お願い!!」



 次は、水の魔法。クレアの頭上から、バケツをひっくり返したような水が落ちて来る。

 それ自体に攻撃力はないが、この寒さの中、頭から水を浴びれば服や髪がたちまち凍り付き、動きに支障を(きた)すだろう。

 しかし、クレアはこれも難なく回避。その後も次々に水が落ちて来るが、クレアには軽快なステップで避けていく。


 そうして、四発目の水を避けたところで、クレアはエリスの思惑に気付いた。

 クレアが避け、水が落ちた地面は、雪が溶けて濡れている。

 それが、クレアを囲うように円形を描こうとしているのだ。

 恐らくこの後、冷気の魔法を放ち、クレアの周囲の足場を一気に凍らせるつもりなのだろう。


 案の定、エリスは水の魔法をコントロールしつつ、次なる魔法陣を描き始める。

 クレアは、敢えてすぐには動かない。反応できないと見せかけ、エリスが魔法を放つギリギリまで引き付けてから、直前で回避するのだ。思いがけず避けられれば、エリスは驚き、そこに隙が生まれるだろう。





 ──どちらが先に、相手を地面へ倒すか。

 それが、勝敗を決める唯一のルール。

 これは、先ほどトトラから聞いた"武闘神判(シドレンテ)"におけるルールと同じだった。


『武装派』と『魔導派』、それぞれに分かれて戦うことになるわけだが、単純に魔法だけを使う戦いなら、エリスが負けることはまずないだろう。

 問題は、最終試合。

地烈(ちれつ)大槌(おおつち)』と思しきハンマーを使う、領主との戦いだ。


 巨大ハンマーによる物理攻撃。

 そして、大地を操るという魔法攻撃。

 それらが同時に繰り出されるのだから、一筋縄でいくわけがない。


 そんな、人智を超えた力を持つ"禁呪の武器"を相手取るなら、エリスという()()()()()と共に戦うのが最良の選択だ。

 そう確信する一方で……

 クレアの胸には、()()であるエリスを危険な戦いに巻き込みたくないという想いも、確かにあった。


 エリスがいくら魔法の天才であっても、実戦経験ではクレアに遠く及ばない。

 運動神経や反射神経は人並み以上にあるが、実戦でのみ培われる"数値化できない力"が鍛えられていないのだ。


 例えば、『勘』。

『広い視野』。

『複数の戦略』。

『咄嗟の判断力』。

 そして、ある種の『冷酷さ』。


 そうした力が足りないからこそ、イリオンでは山賊に誘拐され、リンナエウスではアルマに騙され、指輪を奪われたのだ。

 エリスの命が危険に晒されたそれらの記憶は、クレアの中でトラウマになっていた。


 彼女の実力を信じていないわけではない。

 だが、戦いに慣れていないのは事実だ。


 だから、"本気"で戦う機会を与えるために、あえてエリスを挑発した。

 "武闘神判(シドレンテ)"本番まで、今日含め四日ある。これから毎日全力で実戦を繰り返せば、互いに良いウォーミングアップになるはずである。



(もし、本番当日までに、エリスが自分を一度も倒せなかったら……

 その時は、彼女を残し、自分だけで最終試合に臨むことも考えよう──)





 エリスが、魔法陣を完成させる。

 そして、彼女が精霊に呼びかける直前……クレアは跳躍し、魔法が発動するより一瞬速く、彼女が作り出した"水の円"から抜け出した。


 このタイミングなら、魔法をキャンセルすることはできないはず。生み出した冷気が空振りし、驚いている隙に、一気に距離を詰めよう。

 そう、考えていたのだが……



 跳躍するクレアを捉えたエリスの瞳が──ニヤリと歪んだ。



 完成したかのように思われた魔法陣を、エリスは指を踊らせ、瞬時に描き換える。

 そして、



「──オドゥドア! 穿(うが)って!!」



 冷気ではなく、大地の精霊の名を呼んだ。

 直後、跳躍したクレアの着地点が、雪ごと「ボコッ!」と陥没する。

 つまりは、落とし穴だ。クレアが"水の円"から抜け出すことを見越し、冷気を放つと見せかけて、穴を掘ったのだろう。



(……こんなフェイクは初めて見た。やはり、エリスはすごい)



 クレアは、思わず苦笑する。

 恐らく彼女は、クレアが『冷気の魔法陣』を見慣れていることを逆手に取り、よく似たニセモノを描いたのだ。

 それも、少し手直しすれば瞬時に大地の魔法陣に変えられるようなものを。


 魔法陣の構造そのものを深く理解しているからこそできる芸当だ。

 魔法学院(アカデミー)で習った魔法陣を暗記したまま使っている並みの魔導士とは訳が違う。



 彼女を天才魔導士たらしめている理由。

 それは、天性によるものだけではなく……


 揺るぎない信念と、弛まぬ努力により培われた、圧倒的なまでの魔法知識。



 そのことを、クレアは今一度、思い知らされた気分だった。


 しかし、クレアも黙って落とし穴に嵌るようなタマではない。

 落下しながら、手にした長剣を勢い良く投げ、穴の側面に突き刺し……

 その剣の柄を足場にして飛び、穴の外へと着地した。


 まさか剣を捨てるとは思っていなかったエリスは、ぎょっとした顔でクレアを見る。

 が、すぐに不敵に笑って、



「剣がないんじゃ、なんにも斬れないわね! ユグノ!!」



 再び、樹木の精霊による蔓を生み出し、クレアを拘束しようとする。


 確かに、クレアがただの"剣士"なら、ここで負けているだろう。

 だが、彼は、剣士であるのと同時に……


 剣を振るえない状況でも確実に標的を仕留めてきた、一流の"暗器使い"なのだ。



 クレアは、服の裏に隠していたナイフを二本取り出し、左右の手に携えると、エリスが繰り出す無数の蔓を瞬く間に斬り捨てた。

 そのまま、一気にエリスとの距離を詰める。



「なっ……そんなの反則よ!」



 エリスは後退りしながら、大地の精霊を呼ぶ魔法陣を描く。

 すると「ズズズッ」と音を立て、クレアの行く手を阻むように、地面から土の壁が迫り上がった。


 クレアの背丈を優に超える高い壁……先日、あの巨大ウサギから逃げた時と同じ手法だ。足止めしている間に距離を取るつもりだろう。


 しかし、クレア相手にこの足止めは通用しない。

 クレアは二本のナイフを投げ、土の壁に垂直に突き刺す。そして、そこを足掛かりに、速度を落とさないまま壁を飛び越えた。


 クレアがナイフを足場にして乗り越えることを、エリスは予想していたはずだ。

 以前、『風別(かぜわか)(つるぎ)』の一件で参戦した『頂上祭』なる祭りで彼女と戦った時にも、同じようにして壁を越えたから。


 つまりエリスは、ナイフを捨てさせるために壁を作り出したのだろう。

 ということは……

 真の足止めは、この壁の向こうに待ち構えている可能性が高い。


 クレアの予想は当たった。

 土の壁を乗り越えた先──クレアの落下地点には、魔法で穿ったと思しき穴が、無数に空いていた。

 壁で視界を遮った僅かな隙に仕掛けたのだろう。落下地点を修正しようにも、広範囲に広がっているため、どこかしらの穴に嵌ることは免れない。

 エリスはといえば、クレアから離れた木の下で、彼が落ちる様をニヤニヤと眺めていた。


 クレアは、小さくため息をつく。

 まったく……これでは、戦闘訓練ではなく、



「……まるで、障害物競争ですね」



 言って、クレアは右手を勢い良く振るう。

 するとその指先から、先端に鉤針(かぎばり)のついた透明なワイヤーが伸び……

 エリスの頭上にある木の枝に、シュルッと巻き付いた。

 しっかり針がかかったことを確かめると、クレアはワイヤーを握り、振り子の要領でエリスの方へと降下する。


 迫り来るクレアに、エリスは目を見開き、慌てて魔法陣を描く。

 落とし穴は回避されたが、ワイヤーにぶら下がっているだけのクレアは無防備だ。叩くなら、今をおいて他にない。

 この状況で、エリスが選んだのは……



「くっ……ヘラ! キューレ! 凍らせて!!」



 水と、冷気の魔法だった。

 その二つを融合させることなく、そのままクレアに向けて放つ。

 凍らせることで身体を重くし、落下を促す狙いか。或いは、固めて動けなくすることが目的か。


 いずれにせよ、クレアは……



「……甘すぎますね」



 そう呟いて。

 水と冷気の魔法が当たる直前で、ワイヤーの長さを緩め、真下に落下した。

 そのまま、エリスの側へ転がるように着地する。


 すぐ目の前で立ち上がるクレアに、エリスは急いで退避しようとするが……

 クレアは、まだ木の枝にかかったままのワイヤーを、ぐんっと引っ張った。

 すると、



「ぶわっ!」



 エリスの頭上に、雪の塊がぼたぼたっと降り注ぐ。

 ワイヤーで揺らしたことで、木の上の雪が落ちてきたのだ。


 怯んだエリスが動きを止めた瞬間を、クレアは逃さなかった。

 彼女の背後へ素早く回り込み、軽く足をはらってやる。



「うわぁっ!」



 すると、いとも簡単にバランスを崩すので、そのままそっと抱き止めるようにして……

 クレアは、エリスを優しく、地面へと横たわらせた。

 つまり、



「……はい。私の勝ちです」



 である。

 エリスは、未だ顔や髪に雪を付けたまま、わなわなと震える。



「あ……あんた一体、いくつ隠し武器持ってんのよ!? ズルくない?!」

「貴女こそ、ナイフくらい魔法で何本でも作れるでしょう? 数に限りがある分、私の方が圧倒的に不利ですよ」

「ぐぅ……」

「貴女の敗因は、私の隠し武器の多さではありません。貴女自身の『甘さ』のせいです。私がワイヤーでぶら下がった時、水と冷気の魔法を掛け合わせ、無数の"氷の矢"を放てばよかったのです。そうすれば、貴女が勝率は格段に上がっていました」

「氷の矢、って……そんなもの放ったら、あんたが怪我するじゃない!」

「はぁ……貴女は、そんなに私のことが好きなのですか?」

「は?!」

「愛する私を傷付けたくない気持ちはわかります。しかし、私だって、"武闘神判(シドレンテ)"本番で貴女を危険な目に遭わせたくない。そのために、その『甘さ』を捨てて欲しいと言っているのです」

「う……」

「大丈夫ですよ、私はそう簡単には怪我などしません。領主と……"禁呪の武器"を持つ相手と戦うことを想定して、本気で倒しに来てください。でなければ、貴女の雪像があっという間に完成してしまいますよ?」

「だぁぁっ! それはダメッ!!」

「でしょう? なら、明日からは手加減なしです」

「って、明日もやるの?」

「はい。シドレンテは四日後。それまで、毎日演習をしましょう。貴女が負ける度に雪像が完成に近付いていきますから、一日でも早く私を倒すことをおすすめします」



 言って、クレアは悔しげに歯軋りするエリスの手を引き、立ち上がる。

 そして、



「それと……先ほどのお風呂で、あの激辛スープ屋の店主に会いました」

「あ、あの髭モジャのおじさんに?」

「はい。独立反対派……つまり、私たちの仲間になってくれる領民を紹介してくれるそうです。彼らに我々の力を見せつけるためにも、(やわ)な戦いはできません」

「……どういうこと?」



 エリスが、不思議そうに首を傾げるが……クレアは、にこりと笑って、



「詳しいお話は、夕食の後にでもしましょう。それより、今は……」



 ……と。

 エリスの後ろで、物言いたげにこちらを見つているアクサナに目を向ける。

 その目線に気付き、エリスも振り返ると……

 アクサナは、わなわなと身体を震わせて、



「…………とりあえず、ウチの庭を、元に戻してもらえるか?」



 穴だらけになった庭を指し、怒りを孕んだ声で言った。




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