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8 ヒトと精霊と神

 



 ──トトラがこの『神頂住区(サパシンタ)』に到着したのは、三日前だという。

 生家に辿り着くと、そこで一人暮らすはずの兄・ソゾンはいなかった。彼を含む独立推進派はどこかに集まり、"武闘神判(シドレンテ)"に向けた準備をしているらしいのだ。



「ソゾンを探してあちこち歩き回っているが、独立推進派の連中は一向に見つからない。もしかすると、民家から離れた森の中を移動しているのかもな。俺ももう何日も歩き詰めで、すっかり冷えちまったから、一旦風呂で温まろうとここへ来たんだ」

「そうでしたか……」



 隣に腰掛けるトトラに、クレアは同情の眼差しを向ける。

 トトラは、膝に置いた拳をぎゅっと握り、続ける。



「ソゾンは、死んだ親の跡を継いで、唐辛子農業をやってる。オゼルトンじゃ毎日に欠かせない食材だが、山の下ではそれほど需要がない。長年細々と営んでいたんだが、最近俺の店が繁盛してきただろ? それで一気に出荷量が増えて……『俺たちの唐辛子が王都で受け入れられた』って、すごく喜んでいたんだ」

「トトラさんのお店の唐辛子は、お兄さまが育てたものだったのですね」

「そうだ。ソゾンが育てた唐辛子を、俺が料理にする。そうしてオゼルトンの唐辛子を広めていくことが、俺たち兄弟の夢だった。けど……その一方で、製氷業を営む友人が不景気に苦しんでいるのを、ソゾンはずっと気にかけていた」

「それで、独立推進派に……」

「たぶんな。ソゾンは、仲間想いなんだ。いつも自分の心配より他人の心配をしている。苦しむ友人を見て、力になりたいと思ったんだろう」



 トトラの兄が独立推進派に属した経緯は、これでわかった。

 同時に、"武闘神判(シドレンテ)"で戦う相手が農家や製氷業を営む一般人の集まりであることも見えてきた。

 それを踏まえ、クレアは知りたい情報を具体的に探ることにする。



「お話いただきありがとうございます。"中央(セントラル)"は、オゼルトンの財政回復に向けて協議中です。具体的な案が決まるまでの猶予を作るために、私は来ました。"武闘神判(シドレンテ)"に参戦し、勝利することで、独立への動きを止めるのが目的です」

「王子が"武闘神判(シドレンテ)"に……? なるほど。確かにそこで優勝すれば、誰も文句は言わないだろう。大会に参戦する独立()()派の連中も喜んで受け入れてくれるはずだ。プロの軍人が味方してくれるなら、百人力だからな」

「しかし、懸念が二つあります。一つは、対戦相手の中に魔法を使う者がいるか否か。もう一つは、最後に戦うことになる領主の実力についてです。これらについて、トトラさんはご存知でしょうか?」



 クレアの問いに、トトラは驚いたように目を見開く。



「そうか……"武闘神判(シドレンテ)"について、本当に何も知らないんだな。じゃあ、基本からあらためて教えてやるよ。まず、参戦する者は『武装派』か『魔導派』に分かれて戦うんだ。『武装派』は拳法を始め剣や弓などの武術を使い、『魔導派』は魔法のみを使う。だから、王子の場合は『武装派』の試合に参戦することになるかな」

「『武装派』と『魔導派』……それは初耳です」

「試合は、その時の参加人数にもよるが、基本的には奇数回おこなう。今回は人数が集まらなかったから、五回戦で勝敗を決めるようだ。一対一で順番に戦って、より多く勝利した方の大将が、領主さまとの決勝戦に出場できる」



 初めて聞く情報ばかりが飛び出し、クレアは面食らう。

 要するに、『武装派』と『魔導派』、それぞれで勝利したチームのリーダーが領主と戦う権利を得る、ということだろう。

 ならば……



「それぞれで勝利した大将が決勝に残るということは……最終試合は二回おこなわれ、一人ずつ領主と戦うのでしょうか? それとも……三人同時に戦うのか」



 脳裏に浮かんだ疑問を口にすると、トトラは大きく頷き、



「後者だ。決勝は、『武装派』の勝者と『魔導派』の勝者、そして領主さまの三人で、同時に戦う」



 そう、真っ直ぐに答えた。



「"武闘神判(シドレンテ)"は、オゼルトンの行く末を占う神聖な儀式なんだ。『武装派』は"人間"を、『魔導派』は"精霊さま"を、領主さまは"オゼルトンの神"を表し、三つの存在がぶつかることで最善の未来が見出せると、古来から信じられている」

「なるほど……では、『武装派』と『魔導派』、どちらの試合でも独立反対派が勝てば、領主に二対一の形で挑めるというわけですね」

「その通り。逆に、独立反対派と独立推進派が一人ずつ決勝に進む可能性もある。そうなると、戦いは壮絶なものになるだろうな。領主さまは完全に中立の立場で戦われるから、文字通り"三つ巴"になるってわけだ」



 そこまで聞き、クレアはこの大会における最も理想的な展開をシュミレートする。

 それは、クレアとエリスの二人で決勝に進み、共に領主へ挑むというもの。

 都合良く『武装派』と『魔導派』に分かれているため、十分に実現可能な展開だ。


 しかしそうなると、最大の懸念は……



「──んで、もう一つの疑問の答えだが……領主さまは、めちゃくちゃ強いと思うぞ。何しろ、オゼルトンに伝わる神器・『神判の槌(ポロト・ガベル)』をお使いになる。あれは、凄まじい力を持つ武器なんだ」



 と、クレアの懸念を察したように、トトラが苦笑混じりに答える。



「三十年前の"武闘神判(シドレンテ)"の時、俺はまだほんの子どもだったが、それでも鮮烈に覚えている。先代の領主さまが振るう『神判の槌(ポロト・ガベル)』の力……闘技場の地面が揺れ、裂け、迫り上がる様は、まさに()()()だった」



 当時の情景を脳裏に映しているのか、トトラの瞳が震える。



「あの時、決勝に勝ち上がったのは、併合に賛成する派閥と反対する派閥、それぞれの大将だった。さっきは"三つ巴"なんて言ったが……実際は、領主さまの一方的な攻撃からどちらが長く逃げ延びるか、という戦いになっていた。結果、先に倒れたのは、併合反対派の大将だった。その時、領主さまも同時に攻撃の手を止めた。巨大なハンマーを振り続け、消耗したのだろう。胸を押さえ、苦しげに(うずくま)ったんだ。結果、最後に立っていたのは、併合賛成派の大将だった」



 それを聞き、クレアは考える。


神判の槌(ポロト・ガベル)』と呼ばれるハンマーが"禁呪の武器"だと仮定して、それを使い続けることは、使用者の心身を激しく消耗させる行為なのだろう。

竜殺(りゅうごろし)魔笛(まてき)』の一件で、メディアルナは「身体を操られたように笛を演奏できた」と言っていた。

 狂戦士化しなくとも、"禁呪の武器"は使用者に実力以上の力を授ける。その作用を受け続ければ、やがて心身が悲鳴をあげるのは明白だ。


 その脅威を、一般人であるトトラに知らせるわけにはいかない。クレアは慎重に言葉を選びながら、質問を続ける。



「……現在の領主・ガルャーナ様も、同じような戦いをすると考えるべきでしょうか?」

「あぁ、恐らくな。"武闘神判(シドレンテ)"は今回が初めてだが、いつ(こと)が起きても良いように、常に鍛錬をされていると聞く。まだお若いが、オゼルトンの長としてとても頼もしいお方だよ」



 日頃から鍛錬をしているということは、幼少期からハンマーに触れている可能性がある。

 先代と同じように、自我を保ったまま"禁呪の武器"の力を使うことを想定した方が良さそうだ。


 その場合、持久戦に持ち込めば勝算はあるが、できる限り領主に負荷はかけたくない。

 消耗するのを待つのではなく、素早く確実に領主を押さえ込めるような立ち回りを考えなくては……



(……本当に、殺すより厄介な試合になりそうだ)



 と、胸の内でため息を溢し、クレアはこう返す。



「仮に、領主が勝利した場合、領の方針はどうなるのですか?」

「その場合は、領主さまの一存で全てが決まる。恐らく領主さまも独立するつもりはないのだと思うが……独立推進派の訴えを聞いて、心変わりする可能性がないとも言い切れない。独立を止めるには、反対派が勝利するのが確実だ」



 トトラのその答えにより、クレアの中の疑問はほぼ解消された。

 クレアは、にこりと微笑み、礼を述べる。



「トトラさんのお陰で、"武闘神判(シドレンテ)"のことがよくわかりました。本当にありがとうございます」

「こちらこそ、王子の力になれてよかったよ。俺も、生まれはオゼルトンだが、歴としたアルアビスの国民だからな。反乱なんて、起きてほしくない」

「トトラさん……」

「昔は俺も、山の下の人間とはわかりあえないと思っていた。文化も言語も、何もかもが違うから、って。だが、王都で商売をするようになって、それが間違いであることがわかった。アルアビスの人々も俺と同じように、笑ったり泣いたりしながら、一生懸命に生きている。何のことはない、俺たちは同じ人間だ。そりゃあ、精霊さまに対する考えは違うかもしれねぇが、話せば絶対にわかり合える。俺と王子が、唐辛子のスープで繋がれたようにな」



 そして。

 トトラは、クレアの瞳をじっと見つめ、



「独立()()派のみんなにまだ会えていないなら、俺が仲介する。どうか、ソゾンを……兄貴を止めてくれ。そして、オゼルトンを救ってくれ」



 そう、力強く言った。

 クレアは、込められた思いをしっかり受け止め、頷く。



「もちろんです。一人の犠牲も出すことなく、オゼルトンを護ってみせます。そして、反乱を無事に阻止できた暁には……約束していた極辛スープ『レッドヘル』を、ぜひ食べさせてください。エリスに、飲み干すところを見てもらいたいので」



 いつもと変わらぬ笑みを浮かべるクレアに、トトラは安堵したような、呆れたような顔をして答える。



「やっぱり、あの彼女もここに来ているんだな。わかった。"武闘神判(シドレンテ)"が終わったらすぐにでも食べられるよう、今から仕込んでおくよ」

「ありがとうございます。オゼルトンの新鮮な唐辛子が味わえると思うと、今から楽しみです」

「はは。もちろん、ソゾンが育てた一等辛いヤツを使うぜ。どんだけ辛いか、詳しく教えてやりたいところだが……」



 と、そこまで言って、トトラは立ち上がり、



「……とりあえず、一旦水に浸からせてくれ。さすがに限界だ。王子もキツイだろ?」



 全身から汗を噴き出しながら、余裕なさげに言う。

 さすがのオゼルトン人も、これだけ長時間蒸されれば音を上げるらしい。

 しかしクレアは、変わらずにこりと笑って、



「いえ、心肺にも体温にも問題はありません。どうかご心配なく」



 なんて、涼しい顔をして答えるので……

 トトラは、思わず顔を引き攣らせ、



「なんかもう……お前さんには驚かされっぱなしで、いっそ惚れちまいそうだよ」



 冗談めかすように、そう呟いた。




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