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超舌天才魔導少女と公式変態ストーカー剣士が、国の金でグルメをめぐる旅に出た。  作者: 河津田 眞紀
第二章 ぐるめぐる探訪録〜オゼルトン領編〜

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5 歓迎の言葉

 



 ──登りの道と打って変わって、頂点を越えた山の内側は、岩や草木のない傾斜が続いていた。


 柔らかな雪が降り積もる斜面を、三人は勢い良く滑り下りる。

 そりのような二人乗り用の雪板に座り、取っ手を持ちながらバランスを取るアクサナと、その背中にしがみつくエリス。

 滑り始めこそ喚いていたエリスだったが、猛烈な冷風を顔面に浴び、瞬時に涙が凍ったため、泣くのをやめた。


 その横で、クレアは一人乗り用の雪板を華麗に乗りこなす。

 板の上に横向きに立ち、斜面の凹凸を見極めながらスイスイと器用に滑っていた。



 そうして、ものの数分で『神頂住区(サパシンタ)』を囲む森へと辿り着いた。

 傾斜がなくなったところで、アクサナとクレアは減速し、雪板を止めた。

 その途端、エリスがもふっと雪に倒れ込む。



「うぅ……内臓がふわふわする……もしかして、胃が口から出ちゃってる……?!」

「大丈夫ですよ、エリス。ちゃんと収まっています。よく頑張りましたね」



 そう労いながら、クレアはエリスが起き上がるのを手伝う。

 アクサナは「情けない」と言わんばかりの目で一瞥すると、森の奥を指さす。



「ここから真っ直ぐに歩けば、ボクの家だ。あと少し、頑張れるか?」



 エリスは、クレアに支えられながら立ち上がり、青白い顔で頷く。



「もちろん……何のためにここまで来たと思っているのよ。こんなところで倒れるわけにはいかないわ」



 全ては"雪飴"と、おばあちゃんの手料理を食べるためにっ……!!


 という本音が、クレアには容易に想像できるが、アクサナは純粋に『反乱を止めるため』だと受け止めたのだろう。胸を打たれたように息を飲むと、



「……そうだな。ボクたちには使命がある。行こう。こっちだ」



 雪板を担ぎながら、力強く歩き出した。





 * * * *





 窪地に広がる森林に入ると、登山道とは違う"におい"が感じられた。

 それは、人が築いた文明のにおい。

 未だ家屋などの建物は見えないが、平らに整備された道や、切り倒された樹木の跡などから、人間の生活の気配が感じられた。



「この辺りにも、ウサギやクマが出るって言ってたわよね。ここは狩りができる区域なの?」



 エリスの質問に、アクサナは振り返らずに答える。



「あぁ。と言っても、狩りにもルールがある。まず、幼い個体は狙わない。それから、メスも極力狩らない。数が減ったら、お互いに困るからな。だから、狙うのは必然的にオスの個体になる」

「へぇ。そうやって上手いこと共存しているのね。あの魔法のお札……カンなんとかってやつ」

「『神手魔符(カンピシャシ)』」

「そう、それ。昨日も言ったように、それを使った狩りを見学したいんだけど、機会はあるかしら?」

「そうだな……ばあちゃんに新鮮な肉を食わせてやりたいし、あんたらも"武闘神判(シドレンテ)"に向けて精をつけた方がいいだろうから……」

「うん、つけたい。めっちゃつけたい」



 ぶんぶん頷き、即答するエリス。アクサナは思わず振り返り、小さく笑う。



「じゃあ、明日の朝にでも行こう。実家(うち)には父さんが遺した『神手魔符(カンピシャシ)』がたくさんあるから、いろんな狩りの仕方を見せてやるよ」

「いろんな? あぁ、獲物に合わせてにおいを変えるって言ってたもんね」

「いや、においだけじゃない。発動する魔術にも種類がある。昨日使ったのは樹霊(ケワㇰアマ)さまの力だけど、土霊(コッロィリシヌ)さまの力で落とし穴を作ることもあるし、二つの力を合わせて狩ることもある」

「こ、ころり死ぬ……?」

「コッロィリシヌさま。あんたらには馴染みのない発音だろ? だからアルアビスでは、オゼルトンの魔法はほとんど知られていない。発音できない上、狩りに特化した使い方で、(いくさ)では役に立たないからね」



 と、どこか拗ねたように言うアクサナ。

 彼女の言う通り、魔法学院(アカデミー)で様々な魔法を学んだエリスでさえ、『神手魔符(カンピシャシ)』の存在は知らなかった。

 と言うより、学ぶ機会を得ようとしなかった、と言うべきか。


 魔法学院(アカデミー)の選択授業の中には、アルアビス各地のマニアックで非実用的な魔法を扱う『民族魔法学』という講義があった。

 そこでオゼルトンの魔法についても扱っていたかもしれないが、エリスは選択しなかった。他の生徒からも、残念ながらまったくと言っていいほど人気のない講義だった。


 当然である。国が求めているのは、戦や生活の役に立つ魔法を習得・開発する魔導士だ。

 将来の出世のため、非実用的な魔法を学ぶより、最新の魔法理論を学びたいと考える生徒が大多数だろう。


 ちなみに、エリスが受けなかったのは、望む食べ物を生み出す『錬糧術(れんりょうじゅつ)』の開発に躍起になっていたため、高度な魔法知識が学べる講義ばかり履修していたことが理由だが……


 狩猟に特化し、特殊な発音が必要ともなれば、オゼルトンの魔法が無名であることにも頷けると、エリスは思うのだった。


 その一方で、このようにも考える。



「……確かに知られてはいないけど、発現した魔法の精度は高かった。あんな大きな生物を拘束できる蔓を生み出すなんて、周囲の精霊に適切に働きかけなきゃできないことだわ。それが、お札と呪文さえあれば誰でも同じように使えると言うなら……なかなかに高度な技術だと思うのよね」



 アルアビスにおける一般的な魔法は、呪符を留めた特殊な指輪と、宙に描く魔法陣、そして精霊への呼びかけによって発動する。

 発現する事象は、魔導士が描く魔法陣の内容によって変わる。そのため、自由度が高い一方で、その場にいる精霊の数や魔法陣の精度など、さまざまな要因によって結果が左右される。


 それに比べ、オゼルトンの魔法は、発現する事象が固定されている代わりに、誰が使っても同じレベルの結果を生み出すことができるらしい。

 だからこそ、十三歳のアクサナでも使いこなせるのだ。


 その理由は、恐らく札に描かれた紋様にあると、エリスは推測する。

 見た目よりもずっと緻密に計算された技法で、あの紋様は作られているのだろう。



 野生動物の肉に対する期待と、『神手魔符(カンピシャシ)』に対する知的好奇心に、エリスが胸を膨らませていると、



「アクサナさん。"武闘神判(シドレンテ)"では、魔法を使う出場者もいるのでしょうか?」



 クレアが、そう切り出した。



「それによって、戦い方も変わってきます。狩猟に特化しているとは言え、使い方によっては戦闘にも十分応用できる技術だと思います。その辺りのルールについては、何かご存知でしょうか?」



 それを聞き、エリスもアクサナの返答に注目する。

 確かに、"武闘神判(シドレンテ)"の対戦相手が使うというのなら、より入念に研究しておく必要がある。


 二人の視線を受け、アクサナは歩みを止めると、



「確か、魔法も使っていいはずだ。けど……ボクも開催に立ち会うのは初めだから、細かなルールまでは把握していない。悪いけど、ばあちゃんなら知ってると思うから、ウチに着いたらいろいろ聞いてみよう」



 そう、申し訳なさそうに答えた。

 アクサナは謝るが、尋ねるあてがあるだけ、クレアにはありがたかった。

 アクサナの祖母なら、過去におこなわれた"武闘神判(シドレンテ)"を実際に目の当たりにしているかもしれない。開催までに、できる限りの情報を聞き出すことにしよう。


 そう決意し、クレアは柔らかく微笑む。



「ありがとうございます。アクサナさんとお祖母さまには、しばらくご迷惑をおかけします。宿泊させていただく間、家のことは何でも手伝いますので、遠慮なくおっしゃってくださいね」

「あたしも! 料理はできないけど、それ以外ならなんでもやるからね」



 エリスも続けて挙手する。

 そんな二人に、アクサナは困ったように笑い、



「何言ってんだよ。あんたらには、オゼルトンを救ってもらうんだ。その大仕事だけきちんとやってもらえば、他は気にしなくていい」



 言って、再び前を向くと、



「さぁ、もうすぐウチが見えてくる。転ばないように気をつけろよ」



 森の先を見据え、雪道を踏み出した。





 * * * *





 アクサナの言葉通り、しばらく歩いた先で、森が拓けた。


 目の前に広がるのは、凍り付いた湖。鏡のような輝きで、天上の雪雲を反射している。

 そのほとりに、丸太で組まれた小さな家があった。意図的に芝を敷いているのか、自然に生えたのかはわからないが、屋根一面に雑草が青々と茂っている。その草の中に伸びる煙突からは、煙がもくもくと上がっていた。



「あれが、ボクの家だ。ほら、あそこにばあちゃんがいる。ばあちゃん!」



 生家が見えたことで安心したのか、アクサナはいつになく子どもらしい声を上げ、駆け出す。

 その行き先に視線をやると、丸太の家の横に人がいた。


 小柄な老婆だ。鮮やかな刺繍と、動物の毛皮を組み合わせた、オゼルトン特有の服装に身を包んでいる。

 頭には毛織りの帽子を被り、その下からは一本の三つ編みにした白銀の長髪が伸びていた。

 手には斧を持ち、腰を曲げながら割れた薪を拾っている。どうやら薪割りをしているようだ。


 そんな老婆が、駆け寄るアクサナに気付くなり、斧を置いて両手を広げた。

 アクサナは子ウサギのように跳ね、正面から老婆に抱き付く。

 久しぶりの再会だったのだろう。頬を擦り合わせ、ひとしきり抱き合う二人を、クレアたちは静かに眺めた。


 しばらくして、アクサナは身体を離し、クレアたちの方を向く。



「紹介するよ。これがボクのばあちゃんの、フェドートだ。ばあちゃん、この二人が手紙に書いた、軍の特殊部隊の人だよ」




 アクサナの紹介を受け、クレアはにこっと微笑を浮かべる。



「初めまして。クレアルド・ラーヴァンスと申します。急に押しかけてしまい申し訳ありません。しばらくの間、お世話になります」

「あたしはエリシア・エヴァンシスカ。エリスでいいわ。困ったことがあったらなんでも言ってね、おばあちゃん」



 クレアに続き、エリスも笑顔で挨拶する。

 アクサナの祖母──フェドートは、そんな二人をにこにこと見つめ……

 嬉しそうに頷きながら、こう返した。




「やぁ、やぁ。こりぁしおいなえかってらーがきたいな。ねもいさんいさっぷいとこだぎぁ、らっぷいしてってー」




 …………二人は、思わず硬直する。


 フェドートの雰囲気は、想像以上に友好的だった。

 孫娘の先輩とは言え、領と一触即発の状態にある軍部の人間をどう迎えるのか、クレアもエリスも心配していたのだが、どうやら歓迎してくれているようだ。


 それは、わかる。口調と、表情で。

 が、しかし、




((……何を言ってるのか、さっぱりわからない……!!))




 である。

 訛りと言うべきか、オゼルトン語と言うべきか……とにかく、高齢であるが故に、現地特有の言語が強く残っているようだ。


 困り果て、愛想笑いを浮かべたまま固まる二人に、アクサナが助け舟を出す。



「『素敵なお二人さんが来たね、何もない寒いところだけどゆっくりしていって』……と、ばあちゃんは言っている。予想はしていたけど、やっぱり聞き取れないか?」



 そう言って苦笑いするアクサナと、可愛らしい笑みを浮かべたままのフェドート。

 この老婆から、"武闘神判(シドレンテ)"に関する情報を出来るだけ聞き出そうと考えていたのだが……



(これは……なかなかに、前途多難だな)



 幸先の不安を隠すように、クレアは静かに微笑むのだった。




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[気になる点] 神手魔符が精霊封じの小瓶の変わりになる…?
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