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超舌天才魔導少女と公式変態ストーカー剣士が、国の金でグルメをめぐる旅に出た。  作者: 河津田 眞紀
第二章 ぐるめぐる探訪録〜オゼルトン領編〜

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4 雪塵を巻き上げて

 



 ──翌朝。

 三人は山小屋を出発し、アクサナの実家に向け、登山を再開した。


 昨夜、"雪飴"の美味さと外気の寒さにより気絶したエリスは、その後ストーブで温められ、無事に意識と体温を取り戻し……

 今朝はストーブで焼いたマシュマロを美味しそうに頬張り、クレアたちに元気な姿を見せていた。


 その一件を思い出し、一層険しさの増した山道を歩きながら、アクサナは白い息を吐く。



「まったく……一時はどうなるかと思ったよ。雪山では少しの気の緩みが命取りなんだ。今日は気を付けてくれよ」

「えへへ、ごめんごめん。"雪飴"があんまり美味しかったからさぁ。アクサナの実家でも食べていい?」

「ボクの話、聞いてた? 寒さを忘れるくらいに興奮するんだから、もう食べちゃダメ」

「えぇーそんなぁ」



 まったく懲りていない様子のエリスを、ジトッと睨み付けるアクサナ。

 そんな二人の後ろで、クレアが「あはは」と笑う。



「もし、アクサナさんのご実家でお鍋を借りられるなら、次は私が"雪飴"を作りますよ。エリスには家の中で待っていてもらいます。それなら安全でしょう?」

「えっ、クレアが作ってくれるの?」

「はい。雪で固めたハチミツ、私も作って食べてみたいと思ったので。自分の分とエリスの分を、ぜひ作らせてください。せっかくですから、アクサナさんの分も作りましょうか? ハチミツで作る"雪飴"は食べたことがないでしょう?」



 思わぬ申し出に、アクサナは「へっ?」と声を裏返す。

 クレアは、にこりと微笑んで、



「本当に稀少で美味しいハチミツなので、召し上がって損はないと思いますよ。物は試しで、ぜひ」

「そうそう! あ、おばあちゃんの分も作りましょ! オゼルトンでは大人も子どもも、"雪飴"には目がないのよね?」



 エリスまで、わくわくした表情でそう提案する。

 こんな極寒の雪山……それも、山頂付近の厳しい環境にいるというのに、元気に食べ物の話をする二人。

 その顔を、アクサナは交互に見つめ……何度目かわからないため息をつく。



「……あんたらといると、何しに帰って来たのか忘れそうになるよ」

「え? オゼルトンの家庭料理を食べに来たのよね?」

「エリス、まさか本当に目的を忘れたのですか?」

「じょ、冗談に決まってるじゃない。あははは」



 すかさずツッコむクレアに、乾いた声で笑うエリス。

 緊張感のない二人に、アクサナは全身から力が抜けるのを感じ、



「……ま、あんたらみたいな連中なら、ばあちゃんも安心して迎えてくれるだろう。ハチミツの"雪飴"、ボクとばあちゃんの分も頼んだよ」



 そう笑って、また先頭を歩き始めた。


 アクサナの態度からは、日増しに棘がなくなっていた。

 良好な関係が築けていることを実感しながら、クレアはこそっとエリスに耳打ちする。



「よかったですね、エリス。また"雪飴"が食べられますよ」

「うんっ。おばあちゃんの手料理も超楽しみっ。早く着かないかなぁ」



 こっちはこっちで、日増しにアクサナへの警戒心がなくなっている気がするが……

 と、クレアはエリスを見つめ、思う。


 本当に目的を忘れていないか心配になる程、エリスは楽しげに笑う。

 その無邪気な笑顔に、クレアは寒さと緊張感が融かされるような、温かな気持ちを覚える。

 そして……手袋を嵌めた手で、エリスの手をきゅっと掴むと、



雪山(ここ)に来てから、なかなか恋人らしいことができていませんが……『倦怠期』ではないので、心配しないでくださいね?」



 そう、囁くように言う。

 するとエリスは、目を見開き、バッとクレアの方を見た。

 その頬がほんのり火照っているのに気付き、クレアは思わず笑みを浮かべる。



「今も、抱きしめたいのを必死に我慢しているところです。楽しそうに笑うエリスは、堪らなく可愛いので」

「なっ……そんなことわざわざ言わなくても、もう『倦怠期』の心配なんかしていないわよ!」

「『もう』ってことは、やはり以前は心配していたのですね?」

「違っ、そういう意味じゃ……!」

「私が言ったことを覚えていますか? 今回の任務でやりたい、四つのこと」



 そう言われ、エリスは思い出す。

 三日前、宿の部屋で言われたあのセリフ……


『一つ目は、全ての問題を解決し、あのスープ屋の主人が作る極辛スープを食べ切って、エリスに「カッコいい」と言ってもらうこと。二つ目は、雪で等身大の超リアル・エリス像を造ること。三つ目は、「寒い時は肌と肌で温め合うと良い」という俗説を、エリスと共に検証すること』


 エリスの脳裏にその言葉が浮かんでいることを悟り、クレアは握りしめる手に力を込める。



「『うさ耳ローブ』は完了したので、残りは三つ。全て達成してみせますから、そのおつもりで」



 その囁きに、エリスは一つ一つを想像し……三つ目を思い浮かべたところで、顔をボッと高潮させた。



「だ、誰も許可してないから! 特に二つ目と三つ目!」

「別に許可などいりません。勝手にやらせていただきます」

「はぁ?! だからダメだって!」

「……ふふふ」

「なんの笑い?! 怖いんだけど!!」



 なんて、エリスがつい声を荒らげると、



「おい。何をごちゃごちゃやっているんだ。ちゃんと前を見て歩け」



 アクサナが二人の方を振り返り、諌める。

 その途端、二人はパッと手を離し、



「ご、ごめん。"雪飴"が楽しみで、つい盛り上がっちゃって……」

「すみません。ちゃんと前を向いて、気を付けて歩きます」



 と、即座に謝る。

 アクサナは、呆れたように目を細め、



「……わかればいい。この辺は足場に岩が多いから、注意しろよ」



 そうぶっきらぼうに言って、視線を進行方向に戻した。

 そのことを確認し、クレアはくすりと笑う。



「危なかったですね。手を繋いでいるのがバレるところでした」

「とか言いながら、なんで楽しそうなのよ」

「私はエリスの側にいられれば、いつでもどこでも楽しいですよ? だから……」



 ……と、静かに手を伸ばし、



「せっかくなので、もう少しだけ……こうさせてください」



 そう言って、アクサナの目を盗むように、もう一度エリスの手を握った。





 * * * *





 ──アクサナの忠告通り、頂上に近付くにつれ、山道はゴツゴツとした岩の道へと変わっていった。

 同時に、麓から続いていた針葉樹の森が、ある地点から突如として途絶える。

 恐らく、樹木が生成することのできない限界地点に到達したのだろう。ここが、雪山の最難所だ。


 遮るものがなくなり、風雪がこれまで以上に容赦なく吹き付ける。

 その寒さは、まるで氷の矢を全身に浴びているように鋭かった。



「エリス、アクサナさん、大丈夫ですか?」



 風避けになるよう先頭に立つクレアが、後方の二人に呼びかける。

 それに、二人はすぐに頷いて答える。



「ボクは平気だ」

「あたしも。今さらながら、このフードがありがたいわ」

「よかったです。もう間もなく峰を超えます。そうすれば風も弱まるはずなので、あと少し頑張りましょう」



 そう声を掛け合い、三人は一歩、また一歩と、雪を踏み締め峰を目指す。

 そして……


 ついに、雪山の最高峰へと、辿り着いた。



「はぁ、はぁ……登り切ったぁ……!」



 エリスが達成感に満ちた声を上げ、息を整える。

 自身が歩んで来た道のりを振り返ると、白い雪雲と、それを貫くように伸びる針葉樹の森が眼下にあった。さらに先にあるはずの麓の街は、白んでいて見えない。


 そして、反対側──登り切った山の頂の向こうには、全く別の景色が広がっていた。


 窪んだ大地に広がる森。中央には、湖が見える。

 その周りに、丸太で組まれた小さな家がいくつも建ち並んでいる。さらに奥には、石で造られた円形の建造物が見えるが、雪のせいで全貌ははっきりとしない。



「あれが……オゼルトンの街……」



 エリスが、白い吐息と共にそう溢す。

 話には聞いていたが、本当に山の真上に在るのだと、驚きを隠せなかった。


 エリスの呟きに、アクサナが頷く。



「そう。あそこが、オゼルトンの民の居住区だ。ボクたちは『神頂住区(サパシンタ)』と呼んでいる」

「あそこに、アクサナの実家があるの?」

「うん。あの湖の側」

「ってことは、まだまだ歩かなきゃならないのね……登りも大変だったけど、下りは下りでキツそう……」

「いや、ここからはすぐだ。いい方法がある」



 そう言って、アクサナが歩き出すので、エリスとクレアは顔を見合わせ、それについて行く。

 ほどなくして、小さな山小屋が見えて来た。アクサナはその裏にある納屋を開け、二人の方を振り返る。



「ここからは、この『雪板』で下っていく。あっという間に着くぞ」

「……ユキイタ?」



 アクサナが、納屋の中を指さす。

 そこには、滑らかな楕円の形をした、薄い木の板がいくつも立てかけられていた。



「雪の上を滑って下るための板だ。『神頂住区(サパシンタ)』に帰る時は、みんなこれを使っている」

「……待って。あの急な斜面を、この板に乗ってシャーッて滑り下りる、ってこと?」

「そうだ。効率的だろ?」



 当然、という表情で答えるアクサナ。

 エリスは、先ほど目の当たりにした『神頂住区(サパシンタ)』へと続く長く急な斜面を思い出し……

 ぶんぶんと、首を横に振る。



「む……むりむり! あんな坂を下るなんて怖すぎる!!」

「大丈夫だよ。あんたはボクと二人乗りの板に乗ればいい。取っ手もあるし、座って滑るから安定している。操縦はボクがするから」

「で、でも……」

「これを使わなきゃ、日暮れ前に実家(うち)へ着けない。『神頂住区(サパシンタ)』の周りの森にもウサギやクマがいるんだ。夜に歩くのは危険すぎる」



 その言葉に、エリスは縋るような目でクレアの方を見るが……

 クレアは心を鬼にし、こう返す。



「アクサナさんの言う通り、日没前に居住区へ到着するべきです。野生動物の脅威に加え、夜は気温がさらに下がります。貴女を危険に晒さないためにも、ここは我慢してください」

「そんなぁ……」

「アクサナさんのご実家に着けば、また"雪飴"が食べられますよ? 早く行きたいでしょう?」

「行きたいっ!」



 キランッ、と目を輝かせるエリス。

 彼女が食欲に目が眩んでいる隙に、クレアとアクサナは雪板の準備を進める。



「あんたは、この一人乗り用で大丈夫かな? こう、横向きに両足で立って、バランスを取りながら滑るんだ。初心者には難しいかもしれないけど……」

「問題ありません。私のことよりも、エリスをどうかお願いします」



 そうして、エリスが"雪飴"に思いを馳せている間に準備は進み……



「それじゃあ、出発するぞ」



 いつの間にか、アクサナの後ろに座らせていることに気付き、エリスはハッとなる。

 しかし、時既に遅し。心の準備をする間もなく、雪板は動き出し……



「ま、待って! やっぱり怖……ぎゃああぁああぁあぁああ!!」



 雪塵を巻き上げながら、『神頂住区(サパシンタ)』に向け、滑り始めた。




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