4 探り合いより満たしたい
「……ボクの父親は、オゼルトンの狩人だった。ボクも物心ついた時から狩りを教わり、将来は家業を継ぐはずだった」
ガタガタという馬車の音に紛れるように、アクサナは静かな声音で語る。
「だけど三年前、父さんが、病気で死んだ。母さんもボクを産んですぐに亡くなっていたから、ボクの家族はばあちゃんだけになった。ボクはまだ狩人として未熟だし、二人きりじゃとても暮らしていけないから……養子に出ることにしたんだ」
「それで、ナントカって家に引き取られたの?」
「ナントカじゃない、ウォーレダイン家だ。騎士として代々軍部に名を置く名家だけど、後継ぎに恵まれなかったから、養子を募集していたんだよ。って、あんた、軍部所属の魔導士なのにそんなことも知らないのか?」
やはり養子だったかと、クレアは納得する。
怪訝そうな目で見つめるアクサナに、エリスは肩を竦めて、
「あたしは魔法学院を飛び級で卒業して、すぐにこの"禁呪の武器"解放の任務に巻き込まれたから、そこいらの魔導士とは経歴がちょっと違うのよ」
「……それは自慢か?」
「まぁ、天才であることは否めないわね。軍部内のジョーシキは知らないし、知ろうとも思わない。けど、せめて同行する旅の仲間の素性くらいは知っておきたいって思ったわけ」
「……そうか。でも、これでわかっただろ? ボクは貴族に買われただけの、血統も才能もない訓練生だ。あんたたちみたいな天才とは違う」
「いいえ、そうでもないわよ」
エリスは、アクサナのセリフを否定する。
そして、
「……あたしもクレアも、親がいないの。だから、一人で生きる大変さも、孤独も知っている。出身が違くても、同じ人間なんだから、辛いと感じる心は同じ……でしょ?」
そう、微笑みながら言った。
クレアには、それが本心なのか演技なのか、もはやわからなかったが……
エリスに同調するように、こう続けることにする。
「私も、特殊部隊の隊士である前に一人の人間なので、あなたの心情には理解を示したいと考えています。反乱の機運が高まる中、アルアビス軍の訓練生という立場で故郷を案内しなければならないのは、大変複雑でしょう。しかも、神器と崇められる武具の無力化に手を貸すことになるのですから……辛い仕事をさせてしまい、申し訳なく思っています」
もちろん、上層部が手配したこの人物を全面的に信頼しているわけではない。
しかし、アクサナが本当にただ道案内と仲介のためだけに派遣された訓練生なら、それは本当に酷なことだと、クレアは思う。
仮に上層部の企みを担う者だとしても、こちらが心を許し、警戒心を抱いていないことを示すのは有効なことだ。
だからクレアも、エリスに合わせるように、アクサナの心に寄り添う言葉をかけた。
アクサナは、やはり照れ臭そうに目を逸らす。
「べ、別に……ボクも反乱には反対だし、衝突を最小限に収めるには必要なことだから、辛いとは思わない。それに……」
そこで。
アクサナは、一度喉を鳴らしてから、
「……『神判の槌』には……精霊さまが、閉じ込められているかもしれないんだろう?」
そう、伺うように尋ねた。
どうやら"禁呪の武器"がどういうものなのか、軍部からある程度は聞かされているらしい。
クレアはエリスに目配せし、彼女に返答を託すことにする。
「うん。昔、悪い人間たちが精霊を武器に封じ込め、戦争のための兵器にしていた時代があったの。実際、あたしたちはこれまでに二つの武器を見つけて、精霊を解放してきた。クレアが持ってる剣も、その内の一つよ」
「これが……」
エリスの言葉に、アクサナは驚いたようにクレアの携える剣──『元・風別ツ劔』を見つめる。
「オゼルトンの領主が持っているのは、その呪われた武器の一つなんじゃないかって、あたしたちは考えているの。伝承にあるハンマーの特徴に似ているからね」
「それなら尚のこと、ボクはあんたたちを連れていかなきゃならない。知っての通り、オゼルトンの民にとって、精霊さまは"神の遣い"なんだ。それが呪いによって封印されているだなんて、見過ごすわけにはいかない。きっと、ガルャーナ様も理解してくれるはずだ」
「ガルャーナ・ヴィッダーニャ・オゼルトン……現領主であり、オゼルトン王家の末裔に当たる方ですね?」
「そう。争いを好まない、優しいお方だ。今回の独立や反乱にも意を唱えたが、それでも納得しない民のために仕方なく"武闘神判"の開催を決めたらしい」
クレアの指摘に、アクサナは頷きながら答える。
現領主のガルャーナついては、クレアも知っていた。
三十年前まで他国だったオゼルトンは、クレアたち特殊部隊が継続的に動向を観察する地域の一つだ。
その中で、ガルャーナは温厚な平和主義者であり、アルアビスからの独立を企む素振りがないことがわかっている。
だからこそ、"武闘神判"という武力で雌雄を決する場において、"禁呪の武器"と思しきハンマーを用い、どのような戦いを見せるのか予想ができなかった。
そもそも、長年オゼルトンの動向を見守っていたクレアですら、"武闘神判"という大会の存在を知らなかったのだ。
それほどオゼルトンという地は、閉鎖的で特殊な文化を持つ。
だから、オゼルトン出身であるアクサナから聞き出したい情報は、数えきれないほどあった。
「……過去におこなわれた"武闘神判"で、領主が実際に『神判の槌』を使用しているところを、アクサナさんは見たことがありますか?」
クレアの質問に、しかしアクサナは首を振る。
「ない。最後に"武闘神判"が開催されたのは三十年前……アルアビスへの併合を決めた時だから、ボクはまだ生まれていなかった」
「そうでしたか……」
通りで、"武闘神判"という言葉に聞き馴染みがないはずだ。
オゼルトンにおいても、それほど頻繁におこなわれるものではないのだろう。
『神判の槌』に纏わる詳細な情報は引き出せそうにない。そのことをエリスも察したのか、それ以上追求することはしなかった。
クレアは、誰しもが警戒心を解いてしまうような柔和な笑みを浮かべ、アクサナに言う。
「最小限の衝突で反乱を抑止するため、そして"禁呪の武器"を確実に無力化するために、"武闘神判"参戦という手段を選んではいますが……我々が勝利したところで、オゼルトンとアルアビスの間にある根本的な問題は解決できません。経済の回復や魔法の在り方について、必ず話し合いの場を設け、オゼルトンのみなさんに納得してもらえるよう尽力します。そのために、どうか力を貸してください」
そう真っ直ぐに伝えるクレアに、アクサナはドキッとしたような顔をしてから、やはり目を逸らし、
「い、言われなくても、仕事はちゃんと全うする。これは……ボクにしかできないことだからな」
まるで、自分自身に言い聞かせるように、呟いた。
そのセリフが、クレアには少し気になったが、
「さぁ、堅苦しい話はおしまいにして、ここからは楽しい話をしましょ。ねぇねぇ、オゼルトンの家庭料理ってどんなのがあるの?」
そう言って、エリスがわくわくした様子で身を乗り出すので。
クレアも穏やかに微笑み、「私も気になります」と、彼女の質問に乗ることにした。