3 情けは食のためにある
軍部の庁舎を出ると、既にクレアたちを乗せるための馬車が待機していた。
が、クレアがエリスに追い付いた時、エリスと馬車の御者が何やら揉めているようだった。
隣領のジブレールへ向かうよう指示されていた御者に、エリスが「ご飯屋さんまで乗せてって!」と藪から棒に言ったので、混乱しているようだ。
クレアは仲裁に入り、御者にきちんと経緯を説明した。
その傍らで、アクサナはエリスの勢いと、クレアの冷静さに終始面食らっている様子だった。
そうして、馬車は一旦、王都の外れにあるレストランへ到着した。
エリスとクレアが何度か訪れたことのある、肉料理の店だ。
エリスは濃厚なチーズがたっぷりかかったハンバーグを、クレアは重量感のあるステーキを注文する。
即決する二人に、アクサナは急いでメニューを確認し、ベーコンのサラダだけを注文した。
「えっ、サラダだけで足りるの?」
「えぇ、まぁ……」
「お金の心配ならいらないんだからね? こっからはもう任務だし、支払いはぜんぶ国に請求するから。いっちばん高いお肉頼んだっていいのよ?」
「それは……さすがにどうなんでしょう」
「あなた、いくつなの?」
「へっ?」
「歳よ、トシ。何歳なの?」
「十三、ですけど……」
「十三歳なんて一番お腹が減る盛りじゃない! 遠慮せず食べなきゃ。あたしのハンバーグ、半分あげるからね」
「い、いいですよ。いらないです」
「その代わり、サラダもちょこっとちょうだい? ここのベーコンサラダ、気になっていたのよね」
と、にこやかに交換条件を突き付けるエリス。
どうやらアクサナの心配半分、サラダを食べたい気持ち半分のようだ。
にこにこと、しかし有無を言わさない笑みに、アクサナはあからさまに顔を顰め……
「……わかりました」
もう好きにしてくれ。
そんな表情で、答えた。
その返答に満足げに頷いた後で……エリスはハッとなる。
(しまった。食欲に任せて、男の子とご飯をはんぶんこすることにしちゃった……クレア、絶対にヤキモチ妬いてるよね……?)
恐る恐る、クレアの方に目を向けるエリス。
すると、クレアは…………「あはは」と笑って、
「確かに、いつもステーキやハンバーグでお腹いっぱいになってしまうので、ベーコンサラダは頼んだことがありませんでした。よかったですね、エリス」
そう、穏やかに微笑んだ。
その表情からは、嫉妬や怒りは見受けられず、単純にエリスがサラダを食べられることを喜んでいるようだった。
エリスは拍子抜けし、自意識過剰だったことを恥ずかしく思いながら、
「う、うん。前から食べてみたかったんだぁ。すっごく楽しみ!」
それを誤魔化すように、笑い返しておいた。
* * * *
レストランでの昼食を終え、三人は再び馬車へと乗り込んだ。
ここからは、隣領であるジブレールを目指す。
「はぁーおいしかったぁ♡」
馬車に揺られながら、エリスは大満足で腹をさする。
その横で、アクサナはあまり良いとは言えない顔色をしていた。
と言うより、エリスに半分もらったチーズハンバーグを食べている時から、ずっと険しい表情をしていた。
「アクサナさん、大丈夫ですか? もしかして、お肉が苦手だったのでしょうか?」
向かいに座るクレアが、様子を伺う。
アクサナは小さく首を横に振り、
「いえ……アルアビスの肉の質と、濃厚な味付けにまだ慣れていなくて……すぐに胃がもたれてしまうんです」
「へぇ。オゼルトンとアルアビスって、そんなに食文化が違うの?」
「全然違いますよ。アルアビスの食事はオゼルトンのに比べて、油と乳製品がたっぷりこってり、って感じがします……」
「それが美味しいんじゃない」
「……いいんです。分かり合えっこないから」
額に青筋を立て、具合悪そうに馬車の壁に頭を預けるアクサナ。
エリスは、自分の鞄をガサゴソと漁り、あるものを手に取ると、
「そんな時は……はい、コレ」
アクサナに、それを差し出した。
「……なんですか、ソレ」
「ハッカ飴よ。胃もたれしてる時にはちょうどいいでしょ? よかったらどーぞ」
飴の包み紙をぐいっと押し付けるエリスに、アクサナは戸惑いながらもそれを受け取り、
「……あ、ありがとう……ございます」
目を逸らしながら、礼を述べた。
エリスはさらに二つ飴を取り出し、一つをクレアに渡すと、もう一つの包み紙を開け、自分の口へ放り込んだ。
そして、口の中のそれをカラコロと鳴らしながら、アクサナに言う。
「もう一緒にご飯食べた仲だし、そんなかしこまらなくていいわよ」
「……え?」
「堅苦しい喋り方、苦手なんでしょ? あたしも同じだからわかる。あたしとクレアは軍の偉い人でもないし、無理に敬語使わなくていいわよ」
その言葉に、アクサナは驚いたように目を見開くが……その向かいに座るクレアもまた、驚いていた。
あの、魔法学院で友だちゼロだったエリスが、人見知り気味の後輩を気遣うような言葉をかけるとは……
やはりリンナエウスでの一件で、メディアルナという友人を得た経験が大きかったのだろうか?
……否、エリスという人間の本質は変わっていない。
きっと……いや、間違いなく、食欲に基づいた動機があるはずだ。
さしずめ、アクサナの祖母の手料理を心置きなく味わえるよう、今のうちに仲良くなっておこうという魂胆なのだろう。
その地域でしか食べられない家庭の味というものに、エリスは目がないから。
……と、エリスの性格を熟知したクレアがそんな分析をしていると、答え合わせをするようにエリスが続ける。
「ただでさえ、今オゼルトンとアルアビスは緊張状態にあるんだし、あなたがそんなよそよそしかったら、実家のおばあちゃんも不安になるでしょ? しばらくお世話になるんだもん、あなたの家族に心配かけないためにも、ストレスのない関係性でいきましょ」
ほらな、やっぱり。
クレアは内心苦笑しつつも、通常運転なエリスにどこか安心する。
が、アクサナはその言葉が食欲由来であることなど知る由もないため、善意として素直に受け取ったらしく、
「……ありがとう。じゃあ、これからはかしこまらないで喋らせてもらう」
少し照れくさそうに返し、ハッカ飴を口の中へ入れた。
エリスは満足げに頷き、こう切り出す。
「あなた、出身はオゼルトンだけど、今はナントカっていう家にいるって言ってたわよね? どういう経緯で軍部の訓練生になったの?」
恐らく、エリスも気になっているのだろう。
上層部が急に寄越した"案内人"が、如何様な人物なのか。
だから、話しやすい雰囲気を作った上で、本当に聞きたいことに切り込んだ。
無意識にやっているのかもしれないが、諜報活動のプロであるクレアから見ても、エリスのこうした話術には目を見張るものがあった。
しかし、アクサナがどんな経緯で訓練生になったのか、クレアにはある程度予想がついていた。
それは、この国がどのようにして平和を保ち続けているのか……その裏に隠された闇を、知っているから。
エリスの問いに、アクサナは唇をぎゅっと噛み締めると……
俯きながら、自らの生い立ちを語り始めた。




