2 飯は道連れ 世は情け
「あたしたちが、"武闘神判"に、参戦……?」
ジークベルトの言葉に、エリスは困惑する。
同じく、その指令に疑問を抱くクレアが問い質す。
「アルアビスからの独立を決めるための大会に、アルアビス軍の者である我々が出場することが可能なのでしょうか?」
これが他の地域であれば、現地人のふりをして出場することもできるのだろうが……
オゼルトンのコミュニティは狭く、肌の色や言語までもが微妙に違うため、変装しても見抜かれる可能性が高い。
かと言って、正面から申し込んで参加できるような状況には思えない。仲介人とはいえ、アクサナはもうアルアビス軍の人間だ。どのくらい信用してもらえるかわからない。
クレアの疑問に、ジークベルトは腕を組み、答える。
「何でも"武闘神判"は、『神が勝敗を決める神聖な儀式』であるらしい。それ故、何人の参加をも拒まないのだという」
「神が、勝敗を決める?」
「そうだ。これについては、アクサナからも証言を得ている」
ジークベルトの視線を受け、アクサナが遠慮がちに答える。
「は、はい。"武闘神判"は、『神の意志が宿る大会』です。オゼルトンの山の神が、その意志を託す者を勝利へと導く……だから、どんな思想を持つ者でも参加できる。神の意にそぐわない者は、自ずと敗北するはずだから……です」
「なるほど。『大会の結果は神さまの意志のあらわれ』だと考えられているのね」
「そうです。それに、オゼルトンがアルアビスに併合したのも、三十年前におこなわれた"武闘神判"で決まったこと。アルアビス軍の者であっても、今は神が認めた同じ国の民です。その参加を拒否する権利は、誰にもありません」
「じゃあ、仮にあたしやクレアが勝って、領主が持つハンマーの力を解放したいって言っても、それは神の意向で選ばれたものだから誰も拒否できない、ってこと?」
「そうなります」
「独立推進派が、"武闘神判"を待たずに反乱を起こす可能性は?」
そこで、クレアが問いかける。
「大会で勝利することの有用性はわかりました。しかし、大会がおこなわれる前に反乱が起きては元も子もありません。オゼルトンに到着し次第、反乱の抑止およびハンマーの回収に動かなくて良いのでしょうか?」
それに、アクサナは「えぇと……」と目を泳がせてから、
「大会の前に反乱が起きることは、ないと思います。前述のように、アルアビスへの併合は神の意志により決まったこと。それを覆すには、やはり神の意向を確かめる必要があります。神の御心を無視して、勝手な行動を起こすような者は……オゼルトンにはいないはずです」
さらに、ジークベルトが補足する。
「もちろん、オゼルトンが抱える経済的な問題を解決するための政策については協議中だ。だが、そちらは決定に少し時間がかかる。オゼルトンが本格的に動き出す前に、反乱の阻止と"禁呪の武器"の無力化を達成するためには、大会での優勝が最も即時的な方法なのだ」
それを聞き、クレアは理解する。
どうやらオゼルトンでは、想像以上に神への信仰が厚いようだ。
大会の結果こそすべて。それが、『神の選んだ意志』とみなされるから。
それ故、大会で勝ちさえすれば、ハンマーの回収だけでなく反乱を阻止することもできる。
政策面での交渉には時間が必要。もちろん武力衝突も避けたい。となると、大会での勝利が最も効率良く、穏便に解決できる方法と言えるだろう。
エリスも納得したのか、ふむふむと頷き、
「郷に入っては郷に従え、ってことね。わかった。あたしとクレアがいれば優勝間違いなしだもの。"禁呪の武器"の解放も、反乱の抑止も、まるっと解決してきてあげる。ねっ、クレア」
そう、自信たっぷりに笑った。
それにクレアは、思うところもあったが……
今、この場で言うべきではないと飲み込み、
「はい。もちろんです」
と、穏やかに微笑み返した。
話がまとまったところで、ジークベルトが仕切り直す。
「"武闘神判"の開催は七日後だ。もう時間がない。お前たちにはこの後すぐ、オゼルトンに向け発ってもらう。承知のこととは思うが、雪山を越える厳しい道のりになるだろう。まずは無事に大会の会場へと辿り着けることを祈っている」
「だいじょぶだいじょぶ。もし滑落しそうになっても、ぴゅーっと……」
風の精霊・リーナが飛んで来て、こないだみたいに助けてくれるから。
そう、うっかり口にしかけ、慌てて口を噤む。
あの臆病な精霊の存在は、エリスとクレアだけの秘密なのだ。
「……ん? ぴゅーっと?」
ジークベルトに聞き返され、エリスは目を泳がせる。
「あー、えぇっと……ぴゅ、ぴゅーっと口笛でも吹いて、乗り切ってみせるから!」
なんて、やや強引に方向転換し、口笛を吹いた──その時。
エリスの鼻を、不思議な香りが掠めた。
「(……ん?)」
それは本当に微かで、もう一度嗅ごうとした時には消えてしまっていた。
食べ物でも、植物でも動物でもない。しかしどこかで嗅いだことのある匂い。
これは……なんの香りだったか。
「……エリス?」
急に黙り込むエリスを、クレアが心配そうに覗き込む。
彼女はハッと我にかえり、「あはは」と笑って、
「とりあえず、ご飯食べよ? マシュマロは美味しかったけど、まだお腹ペコペコ。任務に出発する前に、お昼の時間を取ることくらいは許されるでしょ?」
お腹をさすりながら、ジークベルトに尋ねる。
すると、彼は少しだけ目を細め、
「……『だめだ』と言っても、食べて行くのだろう?」
「もちろん。腹が減ってはなんとやら、よ」
「……今日中にジブレール領に入っていれば問題ない。しっかり食べて、英気を養っておけ」
「えへへ。ありがと、隊長」
ジブレール領とは、王都の北にあり、オゼルトンに隣接する地だ。
王都からオゼルトンへ向かうには、ジブレール領を縦断する必要がある。今から急ぎ昼食を摂って向かえば、夕食の時間にはジブレール領に辿り着けるだろう。
ジークベルトに礼を述べるエリスの横で、クレアは立ち上がる。
「では、早速ランチを食べに行きましょう。アクサナさんも、ぜひご一緒に」
その誘いに、アクサナは気まずそうに目を逸らす。
「ぼ、ボクは別に……昼抜きでも大丈夫なので……」
「ダメよ。道のりは長いんだし、しっかり食べなきゃ。それに、しばらくは行動を共にする仲間なんだから、ご飯も一緒。はい、しゅっぱーつ!!」
と、荷物を背負い、元気よく会議室を飛び出すエリス。
その後ろ姿を、アクサナは呆然と、クレアは微笑ましく見つめ、
「では、行ってまいります。現地の状況にもよりますが、可能な限り報告書を送ります」
そうジークベルトに伝えると、アクサナを連れ、エリスの後を追った。
ジークベルトは、一気に静かになった会議室で、一人息を吐き、
「……頼んだぞ」
投げかける相手を失った言葉を、小さく呟いた。




