ボクたちは、何もかもが違うから
眼前に、火花が散る。
"家族"の名の下に行われる、厳しい"剣術指導"。
その容赦のない一太刀に、アクサナは……
「(……嗚呼、やっぱり……分かり合えはしない)」
と……
霞む意識の片隅で、そんなことを考えていた。
アクサナは、ウォーレダイン家の養子だ。
アルアビス国軍の正規騎士として、ウォーレダイン家は代々その地位を保ち続けて来た。
しかし、現当主・オルビスと妻の間に生まれた子は、病弱な女児だった。
女であっても騎士や魔導士として国に従事することは珍しくはない。しかしオルビスは、病弱な我が子に軍人の道を歩ませることを良しとせず、代わりに養子を迎え、騎士としての跡目を継がせることにした。
そうして三年前……十歳の時に養子として引き取られたのが、アクサナだった。
アクサナの身体が、地面を転がる。
身に付けた訓練用の軽量アーマーが乾いた土を削り、砂埃が舞う。
剣撃を受け止めきれず吹き飛んだアクサナを、養父にして現当主のオルビスが静かに見下ろし、
「……立て、アクサナ。実戦ならここで死んでいるぞ」
その瞳に、焦りと侮蔑の色を滲せながら、言った。
ウォーレダイン家の屋敷。
その庭の一画に整備された、訓練場。
そこで、アクサナは毎日剣術の"訓練"を受けていた。
初めは基本の型を丁寧に教えていたオルビスも、アクサナに剣の才が見出せないことに徐々に苛立ちを覚え、最近では"訓練"とは名ばかりの折檻になりつつあった。
しかし、彼は気高き騎士の一族だ。
怒りに任せて子を痛めつけるなど、あってはならない。
だから、
「……お前は、大切な家族だ」
そう、自らに言い聞かせるように、語る。
「血の繋がりはなくとも、俺はお前を本当の子であると思っている。だからこそ、厳しく指導している。お前が将来、騎士として恥をかかぬようにな」
それは体の良い言い訳であると、アクサナは戻りつつある意識の中で思う。
口では"家族"だと言いながら、アクサナは使用人と変わらない生活を強いられていた。
訓練以外の時間は、屋敷の清掃や、オルビスの一人娘の世話に費やされる。食事も部屋も、貴族の"家族"とは思えない程に質素だ。
要するに、"つなぎ"なのだろう。
オルビスの一人娘も、もう十六になる。自身で出世できなくとも、それなりの家柄の婿を迎えればお家の威光は保たれる。
そして、娘が子を産めば、ウォーレダイン家の正統な血筋を持つ騎士を再び育てることができる。
だからアクサナは、自分がそれまでの"つなぎ"であることを自覚していた。
軍に『ウォーレダイン』の名を残し続けるためだけに貰われた、使い捨ての人形。
だから、決して"家族"にはなれない。
……そもそも、なりたいとも思っていないが。
「…………」
そんなことを考え、アクサナはゆっくりと身体を起こす。
短く切り揃えた黒髪が、さらりと揺れる。
凛々しい眉が痛みに歪むが、サファイアのように青い瞳には意志の強さが宿っている。
幼少の頃より狩猟で鍛えた身体は、まだ幼さが残るものの、筋肉質で野生的だ。十三歳という年齢の割に高い身長も、褐色の肌も、オゼルトン人の身体的特徴を顕著に現していた。
「……なんだ、その目は」
立ち上がるアクサナを見下ろし、オルビスが言う。
「俺が憎いのなら、ここを出て行っても構わない。もっとも、他に行くあてなどないだろうがな」
「…………」
「俺はチャンスを与えてやっているんだ、アクサナ。お前がアルアビスの軍部で活躍すれば、オゼルトンの民を見る世の目も変わる。逆に、訓練が辛く逃げ出したとあれば、誇り高き狩りの民・オゼルトンの名に泥を塗ることになるだろう」
オルビスのその言葉は、狡猾で、身勝手なものだった。
アクサナのためと言いながら、同じオゼルトン人全てを人質に取るような物言いで、都合良く利用しようとしているのだ。
そもそも、本当に家族と思っているのなら、違う種族であることを強調するような言葉は出てこないはずである。
透けて見える、蔑視の念。
やはり、分かり合えはしない。
"家族"になんてなれるわけがない。
あなたたちとボクは……何もかもが違うのだから。
黙り込むアクサナに、オルビスは「ふん」と鼻を鳴らす。
「俺が口先だけの薄っぺらい言葉を吐いていると思っているのだろうが、それは違う。俺は本当にお前と、オゼルトンの民の栄光を考えている。その証拠に……お前にしかできない仕事をもらってきてやった」
唐突な話に、アクサナは眉を顰める。
「ボクにしかできない、仕事……?」
「そうだ。これが成功すれば、お前の将来の地位を約束すると言われている。とても名誉のある、重要な任務だ」
その口振りから、オルビスよりも立場が上の存在……軍部の上層部からの依頼であることが予想される。
しかし、何故そのような話が訓練生の自分に舞い込んでくるのか、アクサナは不思議でならなかった。
自分にしかできない仕事……それは、自分がオゼルトン人であることと関係しているのだろうか?
答えを求めるようにオルビスを見つめると、彼はやはり見下すような目で笑い、
「剣術だけではお前の出世は見込めないからな。オゼルトン人の名に恥じぬ活躍をしたいのなら……今から言う任務を、完璧にこなしてこい」
そうして。
アクサナは、自分にしかできないという仕事について、聞かされた。