真っ赤な嘘が導きたるは③
「──それで、その情報って?」
シルフィーと食事をしていた店を離れ、"中央"を目指す道すがら。
エリスは、隣を歩くクレアに、短く尋ねた。
彼は頷き、順を追って話し始める。
「オゼルトン領のことは知っていますか? 北にある、山に囲まれた降雪地帯です」
「もちろん。氷と、唐辛子の生産で有名な場所よね? 前に行った、あの辛いスープ屋さんもオゼルトンから来たって言ってた」
「仰る通り、私はそのスープ屋の主人からこの情報を得たのです。先ほど、あの店を訪ねたところ……」
「え、待って。休みの日に『行くところがある』って言うからどこに行くのかと思ってたら、あのスープ屋さんに行ってたの?」
エリスの指摘に、クレアは……
ぐっと、苦々しい顔をして、
「実は……これまでも何度か、貴女に内緒であの店に足を運んでいました」
「えっ。そんな前から"禁呪の武器"の情報をあの店で探っていたってこと?!」
「いえ、違います。口腔粘膜を鍛えるためです」
「…………は?」
「白状すると……私も、辛いものが得意というわけではないのです。エリスの前でカッコつけたくて、平気なフリをして食べていました」
「なっ……」
衝撃の告白に、思わず足を止めるエリス。
それに、クレアも立ち止まって、
「すみません。嘘を本当にしようと、隠れて特訓していたのです。幻滅しましたか?」
そう、困ったように笑った。
エリスは、ジトッとした目で彼を睨んでから……「はぁ」とため息をつく。
「……あんた、そこまでしてあたしに好かれたいの?」
「はい」
「もう散々一緒にいるのに、まだカッコイイって思われたいの?」
「そうです」
「……馬鹿ね。そんなことしなくたって、もう充分、その……アレだし、こんなことくらいで今さら幻滅したりしないわよ」
と、顔を背けながら、ぼそっと呟いた。
その赤く染まった頬に、クレアは愛しさが堪らなく込み上げるのを感じ……
……エリスこそ、もう散々一緒にいるのに、まだ「好き」と言うのが恥ずかしいのですか?
というセリフが喉から出かかるが、せっかく許してもらえたところなので、なんとかそれを飲み込んだ。
「ありがとうございます。すみません、しょうもない見栄を張って」
「ほんとよ」
「でも、最近では本当に鍛えられて、以前より辛さに強くなったのですよ? あの激辛スープの美味しさを、純粋に感じられるまでになりました」
「あ、あのマグマみたいなスープを……? まぁ、確かに美味しかったからね。辛さの中に魚介の出汁と野菜の甘みが感じられて……不思議とまた食べたくなる味だった」
「えぇ。完食するところを貴女にお見せすると約束していましたし、また一緒に行きたいと思っていたのですが……実は今、あの店の存続が危ぶまれているのです」
「……どういうこと?」
聞き返すエリスに、クレアは再び歩き出し、説明する。
「端的に言ってしまえば、オゼルトン領が国として再び独立するため、反乱を起こすかもしれないのです」
「は、反乱?!」
「はい。オゼルトン領が三十年前まで独立した一つの国だったことは、エリスもご存知ですか?」
「うん。とても小さな国だけど、険しい雪山に囲まれていたからどこからも攻め入られることなく、何百年も存続していたのよね。けど、三十年前、とある感染症が流行して、国民の大多数が犠牲になった……その特効薬を開発したのが、隣国であるアルアビス」
「そう。その薬を無償で提供する条件として、アルアビスは併合を持ちかけた。オゼルトンはそれを承諾し、以来アルアビスの中の一つの領として存在している……と、ここまでは学校でも習う話です」
「それが、何だって今さら反乱を起こそうって話になるのよ?」
そこで、クレアは一度、言葉を探すように口を閉ざし……
「……先ほど貴女が仰ったように、オゼルトン領の主な特産品は、純度の高い上質な氷と、寒冷地帯でも育つ特殊な唐辛子です。アルアビスの民はそれほど辛いものを好まないので、唐辛子よりも氷の精製が領の財政を支える一大産業となっていました。オゼルトン産の氷は不純物が少なく、溶けにくいことで有名なので、食用としてはもちろん、冷蔵庫内を冷やすためのものとしても大変な需要があったのです。それが……」
「……あぁ、なるほど。そういうこと」
クレアが言わんとしていることがわかり、エリスは苦笑する。
「要するに、魔法式の冷蔵庫が……チェロの発明した便利アイテムが普及したことで氷の需要が減って、オゼルトン領の財政が苦しくなってきたのね」
「その通りです。しかも、よりにもよってオゼルトンの民を刺激するような方法なのが問題で……」
「そうね。何故なら彼らは……"精霊は神の遣い"だって、古くから信仰している民族だから」
アルアビスにおいて、精霊は魔法の発動に必要な『気体の一種』だと認識されているが……
オゼルトンでは、精霊は『神が遣えた神聖な存在』と考えられ、信仰の対象として深く崇められているのだ。
その精霊を閉じ込めるような方法を用いて、自分たちの商売を横取りされたとあれば、それは反発したくもなるだろう。
今となっては、開発者のチェロも精霊を閉じ込めていることに罪悪感を感じているわけだが……人々の生活を助けるはずの大発明が、争いの火種になろうとしているとは、何とも皮肉な話である。
「……で。この話の流れ的に、オゼルトン領に"禁呪の武器"らしきものがあって、反乱の道具として使われる恐れがある、みたいな展開?」
脳裏に浮かんだ最悪のシナリオを口にするエリス。
が、クレアは首を横に振る。
「それらしきものがある、というのは正解ですが、反乱のための兵器になるかは、これから決まるところです」
「ん? どういうこと?」
「アルアビスへの反感を抱く民がいる一方で、無用な衝突を望まない民もいる。現在のオゼルトンは、意見が完全に二極化しているらしいのです。アルアビスからの独立を目指すか否か、領主はオゼルトンに古来から伝わる方法で決めることにした。それが、"武闘神判"という武闘大会です」
「武闘大会……つまり、殴り合いで決めるってこと?」
「ざっくばらんに言えば、そういうことです。その大会に、あのスープ屋の主人のお兄さんが出ると言っているらしく、それを止めるために店を休業してオゼルトンに向かったのです」
「なるほどね。でも、そこに"禁呪の武器"がどう絡んでくるの?」
「"武闘神判"では、勝ち上がった者が領主に戦いを挑む権利を得、領主に勝てば自分の意見をオゼルトンの方針に反映することができるらしいのです」
「……え。領主と戦うの?」
「はい。その領主──つまり、かつてオゼルトンが一国家だった頃の王族の末裔が、"武闘神判"の際に用いるのが、『神判の槌』と呼ばれる巨大なハンマー……大地を裂き、新たな土地を生み出す力を持つと云われる神具なのだそうです」
「大地を裂く、巨大なハンマー……って?!」
「そう。『封魔伝説』に登場する、『地烈ノ大槌』に、特徴が酷似しています」
クレアの言葉に、エリスは息を飲む。
状況からして、それが本物の『地烈ノ大槌』である可能性は限りなく高いと、エリスは直感した。
『風別ツ劔』は、オーエンズ領の領主・サジタリウス家に。
そして『竜殺ノ魔笛』は、パペルニア領の領主・リンナエウス家に伝わっていた。
これまでエリスたちが目にした"禁呪の武器"は、悉く領主一族が所有していた。
そして今回の『槌』もまた、領主が所有しているという。
強大で邪悪な力を持つ"禁呪の武器"。
それを所有しているからこそ、サジタリウス家やリンナエウス家の祖先は権力を得、現在の領主という地位を得たのではないだろうか?
オゼルトンの領主も、そのハンマーを有していたがために、一国の長の座に就いていた……そんな仮説を立てても、何ら不自然ではない。
クレアもそう考えたからこそ、急いでエリスを迎えに来たのだろう。
「……その脳筋大会で、独立賛成派が勝っちゃったら、オゼルトンは問答無用で反乱を始めるってことよね?」
「そうです。しかも、その反乱に『地烈ノ大槌』を使う可能性もあります。純粋な兵力や魔法技術では、オゼルトンはアルアビスに敵いません。そのハンマーが強大な力を持つというのなら、使わない手はないでしょう」
「そんなの、絶対に止めなきゃだめじゃない。だって……」
……ぐっ。
と、エリスは拳を握り締め、
「だって、オゼルトンと仲悪くなっちゃったら…………あのお店の辛うまスープが飲めなくなるし、何より暑い日に美味しいかき氷が食べられなくなる! 死活問題よ、そんなの!!」
くわっ! と目を見開き、力強く言う。
「反乱なんて起こさせない。"禁呪の武器"も使わせない。そうと決まれば隊長さんに報告して、すぐにでも出発の指示をもらいましょ。手遅れになる前に!」
そのまま、勢い良く走り出すので……
その後ろ姿に、クレアは、新たな旅の始まりを予感する。
そして、前回の任務……リンナエウスでの一件を思い出す。
黒幕であったアルマに騙され、塔の上から突き落とされたエリス。
あの時は何とか生還することができたが……クレアは、未だにあの場面を夢に見る。
それだけではない。『風別ツ劔』の一件で、エリスが攫われた時も、まるで生きた心地がしなかった。
"禁呪の武器"は、関わる者を狂わせる。
その狂気を前にしては、どのような危険に晒されるかわからない。
──今度こそ、エリスを危険な目に遭わせることなく、任務を遂行してみせる。
固い決意を胸に、クレアはエリスの後を追い、
「……とりあえず、防寒は万全で向かいましょう。風邪を引いたら大変です」
と……
いつもの穏やかな微笑を浮かべるのだった。




