1-4 残された者たちの晩餐
──自室へ戻ろうとしていたレナードを引き止め、メディアルナは彼を主屋の客間へと案内する。
が、みんなで食事をするためだと聞いた瞬間、レナードは足を止め、
「……食事? そういうことなら部屋へ戻る。今、報告書を書いている最中だ。俺抜きでやってくれ」
「えぇっ。そんなこと言わずに、みなさんで食べましょうよ!」
「他の連中がいるなら俺はいなくてもいいだろう」
「そんなことありません! レナードさんがいなきゃだめです!」
「何故だ。理由は?」
「り、りゆう……」
メディアルナは思わず言葉を詰まらせる。
理由……理由……と懸命に考えるが、結局頭に浮かんだ答えは、
「……み、みなさんで食べた方が、楽しいと思うからです。ただのワガママと言えばそうなのですが……」
そして、声が震えそうになるのを堪えながら、胸の前できゅっと手を握って、
「……レナードさんがいてくださった方が、わたくしは嬉しいです。こんな理由じゃ、だめでしょうか?」
と、素直な気持ちを伝えた。
レナードは、困ったように自分を見上げるメディアルナを見返し……
小さく、ため息をついて。
「……言っておくが、楽しい話などできないからな。それは他の連中に期待しろ」
そう言い捨てると、客間に向かってスタスタと歩き始めた。
メディアルナは嬉しくなって、「はいっ」と返事をしてから、彼の後を追い駆けた。
* * * *
「もーっ、遅いよお兄ちゃんっ」
レナードとメディアルナが客間に入るなり、エリスがすかさず文句を言う。
部屋の中央に鎮座する、会食用の長テーブル。
その上には、盛り付けられた大量の料理が大迫力で並んでおり、エリスは待ち切れない様子で席に着いていた。
彼女の隣にはクレアが、その向かいにはブランカとハリィが座っている。
ちょうどその時、料理長のモルガンがレナードの分のスープをクレアの隣の席に置いた。
レナードはエリスの文句には返事をせず、そこに座ることにする。
料理長も席に着いたことを見届けた後、メディアルナはにこりと笑って一礼する。
「みなさん、今日は本当にお疲れ様でした。これからのことを考えると、まだ不安も多いですが……とにかく今は、美味しい食事を楽しみましょう。それでは、ご一緒に」
彼女のかけ声の後。
一同は手を合わせ、『いただきます』と合唱した。
「──ん〜〜っ♡」
たっぷり餡のかかった揚げ鶏を食べた瞬間、エリスは頬を押さえ悶絶する。
「ふぁあ……このカリカリザクザクの衣に、とろとろの餡をかけちゃう背徳感……! しかもこの餡うまっ! 甘塩っぱくて、少し辛味が効いてて……ご飯っ……これはご飯が進むやつ……!!」
などと言いながら、白米をもくもくとかき込む。
その様を眺め、向かいに座るブランカは驚き混じりに笑う。
「まさかお三方が軍部所属の調査員で、エリックさんが女性だったとは……びっくりしました」
「みなさんを騙すような形になってしまい申し訳ありません。ここでのお仕事もたくさん教えていただいたのに……」
「いえいえ、むしろ納得しているんです。みなさん仕事の覚えがとても良かったですし、ただ者ではないなぁと感じていたので」
謝罪するクレアに、ブランカは手を振る。
それに賛同するようにメディアルナが頷いて、
「そうですよ。どうか謝らないでください。みなさんが来てくださらなかったらどうなっていたことか……本当に感謝しています。あらためて、父の命を救っていただきありがとうございました」
「ああもう、そんなかしこまった話は後にして、今は料理長の作った美味しいご飯に集中しましょ。ほら、いっぱい食べなさい」
深々と頭を下げるメディアルナの皿に、エリスは揚げ鶏をぽいぽい載せてやる。
メディアルナは「はい」と笑って、それを口に運ぶ。
そして、一口噛み締めた瞬間に目を見開いて、
「……うん、本当に美味しいです!」
「でしょでしょ?! こっちの串焼きも絶品よ! 魚に脂がのってて、いくらでも食べられちゃうんだから!!」
彼女の反応に気を良くしたエリスは、魚の串焼きもよそってやる。
それを隣のクレアは微笑ましく眺めるが、さらに隣のレナードは目を細めて、
「おい、他人には他人のペースというものがある。お前みたいな食欲魔人のペースに無理矢理巻き込むな」
「あぁん?! うるさいわね、ヒトのことよりあんたは自分の……」
……と、反論しかけたところで。
エリスは、レナードがナイフとフォークを丁寧に使って魚の串焼きを食べている様を見つめ。
「……お兄ちゃんて、無駄にお行儀いいのね」
「どういう意味だ」
「あんまり一緒に食べたことないから知らなかったわ。なんなら、ご飯食べないでも生きられる超常生物なのかと思ってた」
「……複数人で食事をする習慣がないだけだ。食事中はどうしても隙が生まれる。誰かが食べている間は、他の誰かが見張る。その方が効率的だろう」
「見張るって何を?」
「敵に決まっているが?」
「だから、あんたは一体どんな任務に身を置いてきたのよ!?」
エリスがツッコむと、向かいのブランカが笑って、
「僕も興味あります。みなさんがどんなお仕事をされてきたのか、可能な範囲でいいので聞かせていただけませんか?」
そう尋ねるので。
レナードはあからさまに面倒くさそうな顔をしてから、隣のクレアの方を見て……『後は任せる』とでも言わんばかりの視線を送る。
クレアはにこりと笑って頷くと、ブランカやメディアルナに向かって、
「では、非正規の魔法指輪を密売しようと企んでいた少年好きの中年権力者を、私とレナードさんとで陥入れて捕まえた時の話をしましょうか? もう十年近くも前のことですが」
「なにそれ、めちゃくちゃ面白そう」
「しょしょしょ、少年好きの中年権力者?! つまり……ショタ時代のお二人VSモブおじさまのお話、ということですか……?!」
などと、思いの外食い付くエリスとメディアルナ。
レナードは「よりによって何でその話を……」とため息をつくが……
クレアが虚構と脚色たっぷりに話し始めるのを聞き、何も言わないことにした。
* * * *
「──みなさん、ありがとうございました。クレアルドさんのお話、とても楽しかったです」
食事を終え、片付けを済ませた後。
客間を出た廊下で、メディアルナがクレアたちに礼を述べた。
それに、クレアは「いえいえ」と手を振り、
「こちらこそ、楽しかったです。このような食事会を設けてくださりありがとうございました」
「うんうん。やっぱみんなで食べた方が美味しいもん。ね、お兄ちゃん?」
と、エリスがレナードに投げかけるが……彼は腕を組んだまま、それを無視する。
エリスは「もうっ」と腰に手を当て口を尖らせて、
「任務終わったからって急に愛想悪くなりすぎでしょ。『美味しかった』の一言も言えないわけ?」
「大丈夫ですよ、エリス。レナードさんがお優しい方だということは、わたくしもよくわかっていますから」
メディアルナがそうフォローするが、エリスは彼女にぐっと近付き、
「でもさぁ、おじさんをハメるために愛想振りまけるんだったら普段からそうすればよくない? さっきの話聞いてそう思わなかった?」
……と、先ほどクレアから聞かされた過去の任務の話を思い出しながら、ひそひそと耳打ちする。
しかしメディアルナは、何故か頬を染めて、
「いえ、わたくしはどちらかというと、この冷めた本心を隠しながら少年好きのおじさまをあの手この手で籠絡するショタなレナードさんの妖艶さを想像して、ちょっと興奮してしまいました」
「……え? しょたな……何?」
「笛を習得したのも、音楽好きなおじさまに気に入られるためだったなんて……おじさまもさぞかし夢中になったことでしょうね。嗚呼、美少年なレナードさんに振り回されるモブおじさまの悲劇を、壁になって見ていたかった」
「ごめん、何言ってるか全然わかんない」
と、同調するどころかまったく別次元での感想を述べるメディアルナに、エリスは淡々とツッコむ。
すると、その後ろから、
「おい。何をひそひそと話している。その態度の方がよっぽど不躾だと思うが?」
というレナードの苛立った声が聞こえ、二人は慌てて振り返る。
「いやいや、お兄ちゃんから笛を教わるのが楽しみだねーって話してたのよ」
「はい。早く習得できるよう頑張りますので、明日からどうかよろしくお願いします」
明らかに何かを誤魔化しているエリスと、純粋な笑顔を向けてくるメディアルナを見つめ……
レナードは、これ以上文句を言うことも馬鹿らしくなり、
「……その笛の練習も含め、明日はやるべきことが山ほどある。挨拶が済んだのなら早く解散しろ」
「はいはい、わかったわよ。じゃあね、ディアナ。おやすみ」
レナードに促され、エリスはメディアルナに手を振る。
それに、彼女も笑って、
「はい、おやすみなさい。どうかゆっくりお休みください」
と、丁寧に頭を下げて去って行った。
──それを見送った後、レナードが口を開く。
「……明日は朝から領主の見舞いに同行する。お前たちは報告書の送付と、塔の修理の手配を進めろ。俺とメディアルナが戻って来たら、笛の練習を始める」
「わかりました。報告書は……」
「既に途中まで書いてある。明日の朝、取りに来い」
「ありがとうございます」
クレアの返答を聞くと、レナードはそのまま離れの方へと去って行った。
その背中を眺め、エリスは「はぁー」と頭の後ろで手を組む。
「ほんとお兄ちゃんって、"任務のために生きてる"って感じね」
「そうですね。後輩として、私も見習わなければなりません」
「思ってもいないクセに、よく言うわよ」
「おや、バレてしまいましたか」
「当たり前でしょ? あんたの話の何がウソで何が本当かなんて、聞いていればだいたいわかるもん。さっきの昔話もかなりフェイク交えていたし」
「なんと……もうエリスに嘘はつけないですね」
「って、つく予定でもあったの?」
「いいえ、冗談です。そんなつもりは毛頭ありません」
「ふむ……その言葉は、ウソじゃないみたいね」
クレアの目を覗き込み、エリスは満足げに笑う。
そしてそのまま、自室に帰るべく廊下を歩き始めるので、クレアもその隣をついて行く。
「いろいろあったけど、とりあえず終わったわね。"禁呪の武器"は解放できたし、『琥珀の雫』も手に入ったし。目的は達成できたわ」
「えぇ。まさか領主殺害未遂事件になるとは思いませんでしたが、無事に解決できてよかったです」
「結果、ディアナが大変な思いをすることになっちゃったけど……こればっかりは本人に頑張ってもらうしかないわね。とりあえず楽しそうにご飯食べていたからよかったわ」
「そうですね。我々にできることは少ないですが、彼女が笛を吹けるようになるまではサポートしましょう」
「うん。それが終わったら……いよいよ"中央"へ帰還かぁ」
「……寂しいですか?」
「え? なんで?」
「せっかくメディアルナさんとお友だちになれたのに、離れてしまうのが残念なのかと思いまして」
「べべべ別に友だちって程の仲じゃないわよ。まぁ、仲良くしていればまた『琥珀の雫』を分けてもらえたりするかなーとは思っているけど? だからって、寂しいなんてことはないわ」
「そうですか。なら良いのですが」
慌てて否定するエリスの姿を、クレアは微笑ましく思いながら見つめた。
主屋から続く外通路を抜け、二人は離れへと入る。
そして、エリスは自分の部屋の前に立つと、
「んじゃ、おやすみ。あんた昨日寝てないんだから、今日はゆっくり休みなさい」
と、さっぱり言うので。
クレアは「え」と拍子抜けしたような声を上げる。
「一緒に寝ないのですか?」
「寝ないよ」
「そんな……どうして」
「だから、あんた寝不足だし、ちゃんと寝てもらおうと思って」
「エリスがいてくれた方がよく眠れますが?」
「それはウソ。どうせまたヘンなことして寝るのが遅くなるに決まってるんだから」
「ヘンなこととは?」
「それは、その…………とっ、とにかく今日はだめっ。早く寝なさい!」
やけくそ気味に話をはぐらかすエリスに、クレアはスタスタと歩み寄り……
ドアの前に彼女を追い込むと、ぐっと顔を覗き込む。
「嫌です。一緒に寝てください」
「うわ、ストレートに要望をぶつけてきたわね」
「今日ばかりは譲れません。何が何でも一緒にいてもらいます」
「あのねぇ……すぐ近くにお兄ちゃんがいるのよ? そんな状況で一緒になんか寝られるわけないでしょ?」
「大丈夫です。いやらしいことはしません。本当に、ただ寝るだけです」
「そう言って、あたしが何度騙されたと思って……」
そう文句を言いかけたところで。
──ぎゅ……っ。
と、彼女の身体は、クレアに抱き締められる。
「ちょ……な、なによいきなり」
突然の抱擁に狼狽えるエリス。
その耳元で、
「……離れたくないのです。もう少しで貴女を死なせていたかと思うと……離れるのが怖くて」
と。
クレアが、掠れた声で囁いた。
それを聞いたエリスの脳裏に、あの塔から落ちた時の光景が……
手を離し、死に向かって落ちていくクレアの姿が、蘇る。
……もう。
せっかく早く寝かせてやろうと思っていたのに。
そんなことを言われたら、こっちだって……
離れたくなくなってしまう。
「…………っ」
エリスは、後ろ手に扉を開けると。
半ば引き摺り込むようにして、彼を部屋の中へ入れた。
そしてそのままベッドに向かい、すとんっと腰かけると、クレアの方へ両手を広げ、
「……ほら、来なさいよ」
「え?」
「……ほんとにいやらしいコトしないなら…………一緒に寝てあげてもいいわよ」
そう、頬を赤らめながら言った。
そのセリフと表情に、クレアは堪らなくなって……
ベッドに近付くと、彼女の肩に手を添え。
そっと、押し倒した。
自分に覆い被さる彼を見上げ、エリスは目を見開く。
「ちょ……だから、そういうのはナシだって……!」
「キスは?」
「へ?」
「キスは、いやらしいコトですか?」
と、髪から頬へと優しく撫でながら尋ねられ……
エリスは、ぐるぐると目を泳がせる。
「わ……わかんないわよ、そんなの!」
「してもいいですか?」
「………………」
「……エリス」
「…………ぅ……」
「……キス、したいです」
そう言って、真っ直ぐに自分を見つめるクレアの瞳。
それが切なげに揺れているようで……エリスは、目を逸らせなくなる。
きっと、誰も想像がつかないだろう。
人の良さそうな笑顔を浮かべ、常に穏やかな雰囲気を醸し出している彼が……
こんな熱に浮かされたような、余裕のない表情をするだなんて。
先ほどレナードに態度の違いを指摘したばかりだが、クレアも大概だ。
他人に見せる顔と、エリスだけに見せる顔には、あまりに違いがありすぎる。
自分だけが、クレアの本当の顔を知っている。
そのことが、なんだか妙に嬉しくて。
エリスは、胸の奥がきゅうっと締めつけられるのを感じ……
もう、「だめ」とは言えなくなってしまう。
エリスは、眉の間に皺を寄せ、恥ずかしさに耐えながら、
「………………わかったわよ」
と、蚊の鳴くような声で、
「そんなにしたいなら…………好きにすればいいじゃない」
精一杯の「イエス」を返した。
それに、クレアは小さく笑って。
ベッドに投げ出した彼女の手に、自分のを重ねるようにして握る。
「……久しぶりですね、するの」
「……うん」
「生きている間に、あと何回できますかね」
「……知るわけないでしょ、そんなの」
「おじいさんとおばあさんになっても、こうしてキスしてくれますか?」
「…………そんな先の心配はいいから……っ」
きゅ……っ、と。
エリスは、彼の手を握り返し、
「……早く今、キスしなさいよ。あと十秒したら、もう……締め切りだからね」
と、震える声で言う。
クレアは思わず笑って、その真っ赤な顔を見つめ、
「すみません。こう見えて少し緊張しているので、つい口数が増えてしまいます」
「なんであんたが緊張してんのよ」
「そりゃあ久しぶりですから。こうしている今も、自分の鼓動が煩いくらいです」
そして。
エリスの額に、自分のをくっつけると、
「では、三百八十三回目のキスをさせていただきます」
「もうっ、いちいち数えないでってば!」
「嫌です。死ぬまでずっと……数え続けます」
そう、囁くように言って。
クレアはそっと……
エリスに、唇を重ねた。
──ただ触れるだけの、優しい口付け。
どくん、どくんという心臓の音が、耳に響く。
互いの匂いが、肺の中を満たす。
握った手から体温が溶け出し、二人の境界を曖昧にしていく。
生きている。
生きて、互いの鼓動を、匂いを、温もりを感じている。
そのことが、とても愛おしくて……
二人はそのまま、確かめ合うように、唇を重ね続けた。
──が。
その口付けが、あまりにも長く。
しかも段々と、重みが増している気がして。
いよいよ耐えきれなくなったエリスは、クレアの手を強く握った。
しかし、彼が離れる様子はない。
……さては、またふざけているな?
と、エリスはうっすら目を開け、クレアの様子を見る……が。
キスの時は毎回目を開けると豪語していた彼の目が、しっかりと閉じられていて。
「……ん?」
何かがおかしい。
そう思い、彼の頬をぺちぺちと叩いてみるが、反応がない。
それどころか、彼女に体重を預けるように身体がどんどん脱力していって……
…………まさか。
エリスは「ぷはっ」と唇を離し、あらためて彼のことを観察する。
閉じられた瞳。規則的な呼吸。
彼女に覆い被さったまま、脱力し切った身体。
……これは、もしかしなくても…………
「…………寝てる……!?」
その声に、クレアがハッと目を開ける。
「あ、すみません……エリスの体温に安心してしまって、なんだか急に眠気が……」
と、ぼんやりとした顔で言うので。
だからって、キスしたまま寝る?!
というツッコミが喉まで出かかるが、
「それだけ疲れてんのよ。もう寝なさい。一緒にいてあげるから」
「ん……」
エリスが布団をかけてやると、クレアは彼女の身体を捕まえて、ぎゅうっと横向きに抱く。
そして、眠そうにまばたきをすると、
「……エリス」
「なに?」
「……もう一生……離さないですからね」
そう、うわ言のように囁く。
夢に片足を突っ込んだようなその声に、エリスは、
「…………それはこっちのセリフよ」
ぼそっと小さく、答えた。
それを聞くと、クレアは目を閉じ……
すうすうと、寝息を立て始めた。
……本当に寝ちゃった。
と、エリスは心底驚く。
クレアが彼女より先に寝ること自体、非常に珍しいことだった。
よっぽど安心したのだろう。緩み切った寝顔は、まるで子どものようだ。
その無防備な顔を眺めながら……
エリスは、あの時クレアに言われたセリフを思い出す。
『……全てが片付いたら、リンナエウスの南にあるペトリスという農園を訪ねてください。そこに、私の"愛"を置いてきました。貴女に受け取ってほしいのです』
受け取るって、何?
"愛"を置いてきたって、どういうこと?
そう問い質したかったのだけれど……
これだけ気持ち良さそうに寝られると、起こす気にもなれない。
……ま、その内教えてくれるだろう。
と、エリスは困ったように笑って。
彼の胸に、甘えるように額を擦り付けると。
「…………おやすみ、クレア」
そう、小さく囁いて。
彼の匂いに包まれながら、そっと瞳を閉じた。