7-2 葬られたキヲク
「罪人……?」
クレアは足を止め、アルフレドの言葉を繰り返す。
十五年前、領主の妻が死んだ当時仕えていた、女性使用人の唯一の生き残り。
領主の妻は何故死んだのか。そこにあの笛は関係しているのか。屋敷の過去を知る、重要参考人──それが、ユノ・ローダンセだったはずだ。
それなのに……
「一体、何の罪でここへ捕らえられているのですか?」
クレアの質問に、アルフレドは肩をすくめる。
「違法な薬草の生産と密売……つまり、ヤバいお薬の売人をやっていたらしいっす。おっきな組織はあらかた潰したと思っていたけど、こういう個人営業はまだまだいるんですね」
かつて、このパペルニア領には巨大な薬物密売組織が複数存在していた。
花の生産で得た知識と技術、栽培に適した土壌……それらを用いて、危険な薬草を大量生産し、各地に売り捌いていたのだ。
しかしアルフレドの言葉通り、それらの組織は数年前にクレアたち特殊部隊が壊滅させた。
組織ではなく個人の密売人として、ユノは"薬売り"をしていたようだ。
「領主の屋敷で使用人をしていた人間が、何故、薬の売人など……」
「さぁ。とにかく事情聴取といきましょう。この先の独房で、彼女が待っています」
再び歩き出すアルフレドの後を、クレアはついて行く。
階段を下り、辿り着いた地下は、薄暗い場所だった。
長い廊下の左右に、無数の扉がある。それらは全て、罪人を収容する独房なのだろう。
扉には小窓があり、中の様子が窺えるようになっていた。
「──ここっす。この中に、彼女がいます」
一つの扉の前で足を止め、アルフレドが言う。
ここに、屋敷の過去を知る人物──ユノ・ローダンセがいる。
扉には他と同じように小窓があったが、クレアは中を覗く前に、まず声をかける。
「ユノ・ローダンセさん、ですか?」
すると……
「ふん」と鼻で笑うような声が聞こえてから、
「覗く前に声をかけるとは、随分と紳士的な奴が来たね。こいつがアンタの先輩かい? アルフレドくん」
と、酒焼けしたような女の声が、中から返ってくる。
アルフレドは「あはは」と笑って、
「そうだよ、ユノさん。紳士的かつ超イケメンな先輩を連れて来たよ」
「あら、それは見てみたいねぇ。イケメンさん、ちょっとこっちを覗いてみてよ」
どうやらアルフレドは、クレアがここへ来る前に彼女と会話をしていたらしい。
クレアは、確認するように一度アルフレドと目配せしてから……
そっと、小窓の向こうを覗いてみた。
そこに見えたのは、一人の女だった。
しかし……想定より、随分と老けた印象をしていた。
渇いた赤毛に、痩せこけた頬。青い双眸だけがぎょろりと大きく、クレアを見つめている。
フルーレ斡旋所で見つけた経歴書から、クレアは彼女の生年月日を知っている。現在の年齢はヴァレリオやロベルと同じ三十代半ばのはずだが……それよりも十は上に見えた。
恐らく、彼女自身も違法な薬草を使用していたのだろう。外見の特徴が、常習的に使用を続けた者のそれと一致している。
彼女はクレアを見るなり、目を三日月型に細め、
「へぇ、これは本当にいい男だ。こんなところに捕まっていなければ、抱きついてキスしているところだよ」
と、妖しく笑う。
クレアは微笑み返すどころか顔から笑みを消し、本題へ入ることにする。
「十五年前、リンナエウスの屋敷に仕えていたはずです。その時のことを教えてください」
「なんだ、つれないねぇ。そんな昔のことより、もっと楽しい話をしようよ」
「そうおっしゃるということは、十五年前の思い出は楽しいものではないということですか?」
「……いやだねぇ、揚げ足を取るみたいに。そんなんじゃ女は口説けないよ?」
不機嫌そうなユノの声を聞き、アルフレドが「まぁまぁ」と割って入る。
「ユノさんがさっき言ってた大好きなお酒、内緒で持ってきたから。これで一杯やりながら、ちょっとだけ昔話をしようよ。ね?」
言いながら、小窓からワインのボトルを差し入れるアルフレド。
瞬間、ユノは目の色を変えて立ちが上がり、ひったくるようにそれを取る。
震える手でコルクを開け、枯れ木のような喉をゴクゴク鳴らしながらそれを飲む彼女を眺め……クレアは淡々とした口調で言う。
「あなたが勤めていた十五年前、領主の妻と二人の使用人が、あの屋敷で命を落としているはずです。それについて、あなたが知っていることを教えてください」
その言葉を聞いた瞬間……
ユノはワインボトルから口を離し、後退りする。
「まさか……私が三人を殺したって疑っているのかい?! 違う、あれは私のせいじゃない! 全部、あの奇妙な笛のせいで……!!」
明らかに動揺するユノ。
咄嗟に出たそのセリフだけで、クレアはここに来た価値があると確信した。
間違いない。
三人の死とあの笛には、因縁がある。
クレアは彼女の動揺を利用し、さらに情報を引き出すことにする。
「仰る通り、現在の捜査線上で最も疑わしいとされているのはあなたです。当時務めていた女性使用人の中で唯一の生き残り……そして今、こうして罪人として捕らえられている。疑われるのも無理がないでしょう?」
「だから違うんだ! 私は誰も殺していない! あの事件は終わったはずなのに、何だって今頃になって疑われなきゃならないんだ!」
「ならば、知っていることを全て話してください。でなければあなたが犯人となり、留置所にいる期間がさらに長くなりますよ」
「そんな……! しかし、この話は……」
口籠るユノに……クレアはスッと目を細めて、
「ひょっとして、誰かに口止めされているのですか?」
「…………」
「その様子だと、それ相応の対価ももらっているようですね」
恐らく、領主から口止め料を受け取っているのだろう。
三人の死に、あの笛と、領主も絡んでいる。
これは……何としても口を割らせなければ。
「逆に、有益な情報を明け渡してくれたのなら、それなりの見返りを用意しますよ」
「み、見返り……?」
「えぇ。捜査への協力に対する御礼として、釈放予定日を早めるよう交渉することもできます。我々は国軍直属の部隊ですので、地方の役場が決めた刑期など簡単に覆すことができます」
もちろん、そのようなことをする気は微塵もない。
が、酒や薬に飢えた彼女にとって、自由な外界への誘いこそ最もこたえるはずだった。
クレアの予想通り、ユノはその口説き文句にハッと顔を上げ、
「ほ……本当に?」
「えぇ。ただし、あなたが全てを話し、有益な情報を提供してくれればの話ですが」
「話す。話すだけでいいならいくらでも話す! だから、釈放の件は……」
「わかりました。こちらも時間がありませんので、お話いただけますか? 十五年前、リンナエウスの屋敷で、領主の妻とあなたの同僚二人が死んだ経緯について」
ユノは、一度目を伏せ俯くと……
記憶を辿るように、少しずつ語り始めた。