5-4 木を隠すなら森の中
──いつの間にか真横にいたメディアルナにエリスが硬直していると、おつかい係のブランカが昼食を食べにやって来た。
廊下の隅に集まっている三人に気付き、ブランカは「おや?」と近付いてくる。
「お嬢さま、それにお二人も……こんなところで何をしているんですか?」
背後から尋ねられ、メディアルナはジュルッと涎をしまうと、
「ブランカさん! わたくしクレアルドさんと大事なお話があるのですが午後のおつかい少し遅れても差し支えないでしょうか?!」
……と、早口に捲し立てる。
その勢いに気圧され、ブランカは「は、はい」と頷く。
それを確認すると、メディアルナはそのまま厨房へダッシュで駆け込み、
「料理長も! エリックさんともう少しおしゃべりしたいので、お時間いただきますね!!」
そう一方的に叫ぶと、再びクレアたちの方へ駆け寄って、
「さぁ、お二方! わたくしのお部屋へお越しください!!」
と、興奮気味に言った。
* * * *
三階の自室へクレアたちを招き、メディアルナはしっかりと部屋の内鍵を閉めた。
そして二人をソファーに座らせると、自身も勉強机の椅子に座り、
「──お二人は、恋人同士なのですね!!」
開口一番、単刀直入にそう言った。
しかしクレアは、すぐには肯定せず慌てた様子で手を振り、
「いえ、何と言うかその……あれは冗談でして。私たちは、お嬢さまが思うような関係では……」
「いいえ、大丈夫ですよ。隠す必要はありません」
クレアの言葉を遮り、メディアルナはまるで聖母のような笑みを浮かべる。
「貴方たちが本気で愛し合っていること、わたくしはちゃんと理解しています。そして、それを真に尊いものであると考えています。どうかわたくしの前では、ありのままのお二人でいてください」
その言葉に……
クレアは胸を打たれたような表情になって、
「……ずっと、二人の関係を秘密にしてきました。誰にも理解されないと思っていたから……まさかお嬢さまからそのように言っていただけるとは、感無量です」
……と、舞台俳優顔負けの演技力で涙を浮かべるクレア。
それを、エリスは感心するやら呆れるやら、複雑な気持ちで見つめた。
メディアルナは、悟ったような顔で深く頷き、
「世間にはまだあなた方の崇高な愛を理解できない者が多いですからね……お辛い思いをされることもあったでしょう」
「そうなんです。私とエリックは恋人として深く愛し合っているのに、それを堂々と言えないのが辛くて……」
そのセリフに、隣に座るエリスが思わず顔を赤らめる。
クレアは偽りの涙を拭って、さらに続ける。
「ですが、勤務中に私情を挟んだやり取りをしてしまったことは使用人として不適切でした。本当に申し訳ありません、お見苦しいところをお見せして」
「見苦しいだなんてそんな、眼福以外の何ものでもありませんでしたよ。それに、わたくしの方こそ申し訳なかったです。深く考えもせずエリックさんとお昼をご一緒してしまったばかりに、クレアルドさんにご不快な想いをさせてしまいましたね」
「謝らないでください。本気で喧嘩していたわけではないのです。ちょっとしたじゃれ合いというか……まぁ、よくあることでして」
「じゃれ合い……なるほど。ヤキモチ妬いたフリして『好き』って言わせて、気持ちを確かめていたのですね? はぁ……その尊いやり取りの端を担うことができたかと思うと、恐れ多くも光栄です」
なんて、恍惚の表情でため息をこぼすメディアルナ。
話の展開が早すぎて、騙す側にいるはずのエリスが置いていかれ気味である。
メディアルナはぐっと身を乗り出すと、好奇に満ち溢れた瞳で二人を見つめ、
「あのっ、不躾なのを承知で言いますが、お二人の惚気話をお聞かせいただけませんか?」
「の、のろけばなし?」
聞き返すエリスに、メディアルナは「はいっ」と頷く。
「美男カップルからそういうお話を聞くの、ずっと憧れていたのです。あぁ、もちろん誰にも言いません。わたくしが自分で楽しむだけですから……ふふ」
などと怪しく笑うので、エリスは拒否しようと口を開きかけるが、
「いいですよ。普段誰にも話せないので、ここぞとばかりに惚気させてください」
にっこり微笑みながら、クレアが先に答えてしまう。
それを、エリスはキッと睨み付け、
「(あんたねぇ、この状況をただ楽しんでるでしょ!?)」
と、目で訴えるが、
「(何を言っているのですか。これも作戦の内ですよ)」
という、涼しげな顔を返されるのみだった。
メディアルナはワクワクした様子で、さっそく一つ目の質問を投げかける。
「お二人の馴れ初めは? どうやって恋人になったのですか?」
その問いかけに、エリスは顔を紅潮させる。
こんな話題、恥ずかしすぎる。今すぐにでも切り上げたい。
が、これはメディアルナを懐柔するためなのだと、ぐっと堪える。
そうだ。これはあくまでクレアと"エリック"について聞かれているだけ。本当の自分たちの話ではない。
クレアだって馬鹿正直に答えるはずがない。男同士のカップルとして、適当な馴れ初め話をでっち上げてくれるはずだ。
そう信じて、クレアを横目で見つめるが……
彼は、爽やかな微笑を浮かべて、
「最初は私の一目惚れでした。エリックは私がお世話になった上司の生き別れの息子で、訳あって私が探し出したのですが……もう一目見た瞬間に何かが目覚めてしまいましたね」
……と、ほぼほぼ事実な馴れ初めを、馬鹿正直に話し始めた。
エリスが言葉を失っていると、メディアルナがすぐに食い付いて、
「目覚めた……?! あの、こんなこと聞くのは失礼かもしれませんが、クレアルドさんは元々男性が恋愛対象だったのですか?」
「いえ、そもそも誰かを好きになったことすらありませんでした。だからエリックに対する気持ちも、愛なのだと気付くまでに時間がかかりましたね」
「ふわぁ、素敵……それでそれで? どうやって恋人になったのですか?」
「エリックを見つけてから二年ほどは一方的に見守っていたのですが、いろいろと根回しをした結果同じ仕事に就くことができまして。そこからあの手この手で必死に口説いて、現在に至ります」
こっ、こいつ……馬鹿正直っていうか、馬鹿だろ!! 何をベラベラと喋ってんのよ!!
エリスは恥ずかしさのあまり唇を噛み締め俯く。
もう勝手にしてくれ……と、そう思っていたのに。
質問の矛先は、無慈悲にもエリスへと向けられる。
「すごい、二年間も片想いしていたのですね……! で、エリックさんは、クレアルドさんのどんなところに惹かれたのですか?」
「へっ?!」
「あの手この手で口説かれたのでしょう? どうしてお付き合いしようと思ったのですか?」
キラキラと、まるで宝石のように輝く瞳。
あまりにも真っ直ぐすぎるその視線に、エリスは目を逸らすタイミングを失う。
「え、えと……それは……」
「それは?」
「そのぉ……」
「その??」
「…………」
駄目だ、逃げられない。
それに、横にいるクレアからもめっちゃ視線を感じる。ものすごい期待の眼差しを向けられていることが見なくてもわかる。なんなのこいつ、どういう立場でここにいんの?
どうしてこんな目に……思えばこの屋敷に来てから、恥ずかしい思いをしてばかりじゃないか。
結局クレアは『琥珀の雫』のためだと理由をつけて、自分が楽しめる状況を作り出しているだけなのだ。
そう考えると……恥ずかしいのを通り越して、なんだか腹が立ってきた。
エリスは、ぎゅっと拳を握りしめ……
メディアルナの目を、真っ直ぐに見つめ返し、
「…………優しいから、ですよ」
……と。
久しぶりに"美少年モード"な声色で、言う。
「ご飯をはんぶんこしてくれたり、限定シュークリーム手に入れてくれたり、フレンチトースト作ってくれたり……攫われた時には命がけで助けに来てくれて。クレアはいつだって、僕のことをとても大事にしてくれた。だから、好きになったんです。"僕を困らせて喜ぶような真似は絶対にしない、優しい人"だと信じていたから」
「はうっ!?」
その最後の一言が、クレアの胸にグサッと突き刺さる。
エリスが続ける。
「先日も、おばけを怖がる僕のために一晩中話し相手になってくれたんですよ。あの時は本当にありがとうね、優しい優しいクレアくん」
顔は笑っているのに、目がまったく笑っていない。
ゆらりと揺れるような怒りのオーラを彼女から感じ、クレアは身体を小刻みに震わせる。
「え、エリック……ひょっとして、怒っています?」
「そう聞くってことは、僕を困らせている自覚があるのかい?」
「すみません……ただちょっとだけ、貴女の恥ずかしがる顔が見たくて……」
「ふーん……いつもそんなことばっかり言ってるけどさぁ、普通好きなら困らせようとは思わないんじゃないの?」
「好きだからこそなのです。好きだから、貴女の心を強く揺さぶりたいというか……いじめたくなるというか」
「いじめたい? はぁ……君ってほんと、救いようのない変態だね」
「そうみたいです……今もこうして冷たく罵られて、興奮している自分がいます」
「は?!」
「あの、優しいだけの私をご所望なら今後一切意地悪なことはしませんので、代わりにこうして虐めていただけないでしょうか?」
「な、何言ってんのこの変態!!」
「あぁ、それです。もっとゴミを見るような目で罵ってください。今床に転がるので、見下ろしながら踏ん付けてもらえますか?」
「ばかっ、やめろ! わかった、たまになら意地悪していいから!! 君の変態に僕を巻き込むな!!」
……というやり取りの最中。
横から「じゅるっ」という音が聞こえ……
見ればメディアルナが、とろんとした顔で涎を垂らしていた。
「……うふ。今のでお二人のパワーバランスがなんとなくわかった気がします。大変参考になりました」
「参考?! なんの?!」
「しかし、これではどちらが攻めでどちらが受けなのかはっきりしませんね……クレアルドさんが主導権を握っているようにも見えますが、エリックさんもけっこう尻に敷いている感じだし……」
「あぁ、夜に関しては私が攻め・エリックが受けで固定ですよ?」
「ぶふぁっ!」
「いやだからなんの話?!」
クレアの一言に鼻血を噴き出すメディアルナを眺め……
エリスは、そろそろ本題に入りたいと思いながら、深くため息をついた。