7-1 たかる虫はすべて抹殺しましょう
水瓶男についての調査を進める傍ら。
クレアは、最低でも週に一度はエリシアの様子を伺いに魔法学院を訪れていた。
もちろん直接的な接触は絶対にしないよう、見守ることに専念して、である。
入学式から一ヶ月が経つが、クレアには一つだけ気がかりなことがあった。
それは、エリシアの友人関係である。
多少の腹黒さは持ち合わせているものの、基本的には明朗快活で愛嬌のある性格なので、友だちもたくさんできるだろうとクレアは見込んでいたのだが……
どうやらエリシアは、友人を作るつもりがないらしい。
首席で合格した上、入学式での見事な挨拶が話題となり、入学後しばらくは男女問わず多くの同級生が友だちになろうと彼女に声をかけてきた。
しかし、それに対するエリシアの反応は、
「っす」
「どうも」
「あ、自分今忙しいんで」
塩対応。
相手がナメクジなら一瞬で蒸発するレベルの、徹底した塩対応だった。
それにより、徐々に声をかける者はいなくなり……
彼女は、学院でのほとんどの時間を独りで過ごすようになった。
では、独りで何をしているかと言えば……
勉強である。
授業中、誰よりも熱心にノートを取り。
休み時間には講師の元へ質問に行き。
放課後は図書室が閉まるまで、教科書や文献とにらめっこ。
その姿を目の当たりにし、クレアは悟った。
彼女が、母親の墓前で語った言葉……
『"見えないなにか"の味を感じるのよ、空気中に』
『魔法で無尽蔵に食べ物を生み出せるようになるかもしれない』
『あたしが目指すのは、錬金術ならぬ錬糧術なの!!』
エリシアは、これを本気で実現させようとしているらしいのだ。
だから、"交友関係を持つ"こと自体を切り捨てたのだろう。
時間の無駄、だから。
その証拠に。
「………ン……」
以前にも増して、彼女は……
舌を出し、空中を舐めるあの仕草を頻繁におこなうようになった。
時間と場所によって味が異なるのか、見えない何かを舐め取った後はすぐにメモを走らせていたが……
それに比例して、
「…………………」
それを見つめるクレアの両目もまた、血走っているのだった。
駄目だ、何度見ても情欲を掻き立てられる。
本人は至って真面目に、純粋な気持ちで舌を出しているというのがまたエロい。そのつもりがない行為ほど、いやらしく見えてしまうのは何故なんだ。
嗚呼、彼女の舌……どんな感触なのだろう。
きっと柔らかくて、あたたかくて、ぬるぬるしていて……
自分のと絡ませたら……とろけるくらいに気持ちいいんだろうな……
と、そこまで考えて、頭をぶんぶん横に振る。
そうして「あれはジェフリーさんの娘……あれはジェフリーさんの娘……」と唱えることが増えていった。
そんなある日。
放課後、いつものように図書室へ向かうため、別棟へと繋がる中庭を歩くエリシア……
の後ろを、気付かれないようにクレアが尾行していると、
「え、エヴァンシスカさん!」
誰かが、彼女を呼び止めた。
クレアはサッと植え込みに隠れ、声の主に目を向ける。
すると、そこにいたのは……
一人の男子生徒だった。
サラサラとした金色の髪に、青い瞳。
スラッと背の高い細身の身体。
所謂王子様系の、整った顔立ち。
十人が見たら十人が「イケメンだ」と言うであろう眉目秀麗なその男子は、やや緊張した面持ちでエリシアを見つめていた。
後ろから呼ばれたエリシアは足を止め、そちらをゆっくりと振り返り、
「…………誰」
眉を顰めて、訝しげにそう言った。
その明らかに歓迎されていない態度に男子生徒は一瞬怯むが、気を持ち直して一歩前へと踏み出し、
「僕、隣のクラスのアラン・ヘイメル。いきなりごめんね。少しだけ、時間をもらえないかな?」
「……少しなら」
エリシアはあからさまに面倒くさそうな声と態度でそう返す。
男子生徒……アランはめげずに「ありがとう!」と微笑んだ。
「それじゃあ、単刀直入に言うね。僕、実は…………エヴァンシスカさんのことが、好きなんだ!」
「…………は?」
という声を漏らしたのは、エリシア……ではなくクレアだった。彼
は慌てて自分の口に手を当てるが、さいわいエリシアたちには聞かれなかったようである。
真剣な顔で振り絞るように言ったアランが、そのまま続ける。
「入学式の挨拶の時から、素敵だなって思っていて……気がついたら、目で追うようになっていたんだ。君が友だちを作らない主義だってことも知っているよ。けどそれは、一生懸命勉強しているからなんだよね。図書室でよく見かけるから……そんな努力家なところを知って、ますます好きになってしまって……もう、気持ちが抑えられないんだ。君の勉強の邪魔はしない。むしろ一緒に、立派な魔導士を目指したい。だから……僕と、付き合ってください!!」
そう叫んで、頭を下げながら右手を差し出す。
なんて真っ直ぐな告白なのだろう。
こんな美男子からそう言われて、ときめかない女子はいないだろう。
クレアは内心ハラハラしながらも、どこか冷静にそう考えていたのだが……
告白された当人は。
「…………ツキアウ……?」
眉間に寄せた皺を、更に深くして。
どこからか取り出した眼鏡をすちゃっと装着し、メモとペンを用意すると、
「では、あたしがあなたと付き合うことで齎されるメリットをプレゼンしてください。三十秒以内で」
「へっ?」
まるでどこぞの面接官のように、いきなりそんなことを言い出した。
狼狽えるアランを無視し、彼女が淡々とした声音で「はい、スタート」と手を叩くので……彼は慌てて口を開いた。
「えぇと……一緒に勉強することで、お互いに疑問が解消できたり……あ、休みの日にはデートに連れて行って、君を楽しませてあげられるよ。自分で言うのも何だけど、僕ん家、それなりに裕福なんだ。ヘイメル家って聞いたことないかな? だから、普通じゃ入れないような美術館や、高級料理店に連れて行ってあげることができる。それに、ここだけの話……僕のお父さん、この学院の教授たちともコネがあるから、進級や卒業後の進路も計らってあげられるよ」
……と、そこまででちょうど三十秒だった。彼女の無茶振りに、よくここまで即座に対応できたものだ。
しかし、その対応力もさることながら、クレアが驚愕したのは彼の語った内容である。事実、ヘイメル家といえば王都でも有数の名家なのだ。
金髪イケメンで、金持ちで、コネがあって……
って、駄目だ。いくら考えてもメリットしかない。
これはさすがのエリシアも、心が揺らぐのではないか? 特に……『高級料理店』の部分に。
クレアは心を騒つかせながら、彼女の反応を見守る……と。
「……なるほど、わかりました。では、一つずつお答えしましょう」
エリシアは眼鏡の端をクイッと上げてから。
プレゼンに対する"講評"を、語り始めた。