4-1 変装するなら見えないトコロまで
──夜。
領主とメディアルナが就寝のため自室へ戻った後、片付けや翌日の仕度を終えた使用人から就業となる。
クレアたち三人は、それぞれの持ち場から自室へと戻り……
頃合いを見計らって、レナードの部屋に集合した。
「とりあえず初日、お疲れさまー」
椅子に座りながら、エリスが軽い口調で言う。
朝から晩まで立ち仕事だったはずだが、案外元気な様子だ。
「お疲れさまです。大丈夫でしたか? いろいろと」
隣に座るクレアに尋ねられるが、エリスは「うん」と頷き、
「けっこう楽しかったよ。あの料理長、全然喋んないけど料理の腕は本当にすごいの。魚の捌き方とか、鍋を火から下ろすタイミングとか、盛り付けの工夫とか……横で見ていてすっごく勉強になった」
「そうですか。なら良かったです」
「良くない」
クレアの言葉を、レナードが即座に否定する。
そして、エリスに冷ややかな目を向けながら、
「お前はここに料理を習いに来たのか? 花嫁修行なら他所でやれ」
と、厳しい口調で言うが……
「えっ。エリス花嫁修行しに来たんですか? 嬉しいですけど料理は私がやるので、修行などせずとも安心してお嫁に来ていただいていいのですよ?」
「クレアルド、お前は少し黙っていろ」
真面目な雰囲気をぶち壊すクレアに、レナードは額を押さえた。
そして、再びエリスの方を見て、
「まさか一日中料理だけを見ていたわけではないだろう? 有益な情報の一つくらい、当然手に入っているよな?」
そう、挑発的な態度で言うので、これはまた言い合いが勃発するのでは……と、クレアは思ったのだが。
エリスは、ぱちくりと瞬きをして、
「そんなの、料理だけ見ていたに決まってるじゃない。だって厨房だもん、仕方ないでしょ?」
あっけらかんと、言ってのけた。
レナードは思わず顔を顰める。よもや開き直るとは思わなかったのだ。
"禁呪の武器"を解放できる者としての責任感はないのかと、レナードが問い詰めようとした……その時。
「でも、だからこそ見えてきたこともある」
エリスが、淡々と続ける。
「まず、使用人たちの人柄。みんな厨房に賄いを食べに来るから、食べ方を観察していたの。総責任者のヴァレリオは、神経質で細かいヤツね。自分で決めたルール通りに事が運ばないと嫌なタイプ。どっか部屋に忍び込んだりするなら気を付けた方がいいわ。物の場所が少しでも変わっていたらすぐに気付くはずよ」
レナードの相槌を待たず、エリスはさらに語る。
「それから、庭師のロベル。あれは"気ぃ使い"ね。料理長が喋らないことを知ってるはずなのにずっと話しかけてたし、あたしにもちょこちょこ話題を振ってきた。自分の食事よりも周りの雰囲気優先って感じ。情に訴えれば言うこと聞いてくれそうだから、扱いやすいタイプよ。あとは、お嬢さまのお付きのアルマ。あいつは逆に黙々と食べてた。味わっていると言うよりは、ずっと一人で何か考えている感じね。近付いて情報を引き出せるようなタイプじゃないかも。それから……」
……と、御者のハリィやおつかい係のブランカについても私見を述べ。
「──あと、今日の様子で一番気になったのは、みんなあまり領主の心配をしていないのかな、ってこと。自分たちの主人が病気で、しかも医者を追い出しているっていうのに、やけに落ち着いているというか……領主の食事はヴァレリオが部屋まで運ぶんだけど、新しい薬を用意している様子もなかった。昨日お嬢さまが買ってきたリカンデュラのお茶を淹れてただけ。でもあれはちゃんとした薬ではないし、治るとは思えない。あの領主、人望がないんじゃないかしら? みんな本気で『なんとかしなきゃ』って思っているようには見えなかったわ」
と、真剣な面持ちで言うので。
レナードは面食らったまま、暫し言葉を失った。
正直、ここまで洞察力があるとは思わなかった。
恐らく一日中あの厨房から出ることはなかったのだろう。にも関わらず、ただ食事の様子を見ているだけで、使用人たちの特徴を把握していたのだ。
そして、病気の領主に対する使用人たちの態度については……確かにその通りだった。
昨日見た限りでは、領主の顔色は明らかに悪かった。自ら医者を追い出したとは言え、そのまま病を放置するわけにもいくまい。仮にもパペルニア領を統治する領主に仕えているのだ、無理矢理にでも新しい医者を探すのが普通だろう。
そこで、クレアが頷きながら口を開く。
「街の住民は、領主が病気であることを知らない様子でした。民に心配をかけないよう秘密にしているのかもしれませんが、それにしてもエリスの言う通り落ち着きすぎている気がします。何か理由があるのでしょうか?」
「実は仮病、とか? 領主の仕事をサボりたくてよく病気のフリするからみんな間に受けていない、みたいな」
「体調が良いようには見えなかったですけどね。あるいは、今回は本当に病気なのに今まで仮病を使いすぎて心配されなくなってしまった可能性も……とりあえず、過去の健康状態がどうだったのか探ってみてもいいかもしれません。領主が病床に伏している現状は捜査がしやすいのでありがたいですが、死なれては元も子もないので」
「過去と言えば、俺も調べたいことがある」
と、レナードは腕を組みながら、
「……メディアルナの、母親についてだ」
スッ、と目を細め、言う。
「領主の亡き妻も、あの笛を吹いていたらしい。メディアルナと同じように」
「それって……」
「あの笛が、誰にでも扱えるシロモノってこと?」
「わからん。"禁呪の武器"とは別の何かなのかもしれないし、メディアルナと母親に呪いの耐性があったのかもしれない。だから、調べる必要がある。母親が笛を吹いていた時の状況と、メディアルナが笛を吹くに至った経緯を」
恐らくそこに、クレアルドが呪いを受けない理由のヒントが隠されているはず……
レナードは心の中でそう付け加える。
彼の言葉に、エリスは「確かに」と首を傾げ、
「誰でも吹けるモノなら、あんな塔に隔離なんかされていないもんね」
「それに、あの笛には使用者の身体を操る力があるらしい。メディアルナ自身が言っていた。自分が演奏しているのではなく、笛が勝手に音を奏でているのだと」
「うわ、何それ。絶対ヤバいシロモノじゃん」
「最初からそう言っているだろう。だからこうして潜入捜査までしているんだ。やっと理解したのか、この単細胞」
「単細胞ってゆーな! いちおう『天才魔導士』って呼ばれてるんだからね、あたし!!」
今朝の再現のように、眉を吊り上げ怒るエリス。
それを、クレアが「まぁまぁ」と宥め、
「私も、メディアルナの母親について調べたいと考えていました。笛を吹いていたというのなら尚更、その死因も気になります。彼女が亡くなった後、領主は使用人を男だけにしていますし……やはりあの笛絡みの"何か"があったのかもしれません」
「そうだな。だが、どうやって探りを入れる? 当時のことを知るのは領主本人と、母親が存命の時から勤めている庭師のロベルだ。あとは、ヴァレリオもその頃にいた可能性があるが……」
「だったらロベルに聞けばいいじゃない。意外とあっさり教えてくれるかもよ?」
「真正面から聞く馬鹿がどこにいる。ロベルは普段屋敷の外にいるんだぞ? わざわざ庭に出て聞きに行けというのか?」
「あたしなら聞けるわよ、ご飯食べに来たタイミングで。明日それとなく聞いてみましょうか?」
「やめろ、余計なことをするな。お前は黙って料理でも眺めていろ」
「情報手に入れろって言ったのはあんたの方でしょ?!」
「私に」
と。
二人の言い合いを止めるように、クレアが手を上げ、
「私に考えがあります。レナードさん、今日清掃の合間に屋敷の中をいろいろ見ていただいたと思いますが、二階の書庫の中は見ましたか?」
尋ねる。
レナードは「ああ」と答え、
「壁一面に本棚があったが、あまり使われていないようだったな。ヴァレリオからもあそこの掃除は週一回でいいと言われた」
「その中に、ここの使用人にまつわる資料……契約書や、経歴書のようなものが保管されている様子はありましたか?」
そこで、レナードはクレアの意図するところを察したのか、ハッとした表情を浮かべる。
「それなら、三階の書斎にあるかもしれない。領主が仕事をするのに使っている部屋だ。ドアの隙間から覗いただけだが、書類の束をまとめたものがいくつも棚に置かれていた。最近は病のせいでほとんど使っていないと言うし、鍵もかかっていない。入るのは容易いだろう」
「わかりました。では明日、そこへ忍び込みましょう」
「どういうこと?」
話についていけていないエリスが首を傾げる。
クレアは微笑み返して、
「かつてここで働いていた女性の使用人について調べるのです。その情報をアストライアーに送れば、"中央"にいる他の隊員が探し出してくれます」
「なるほど。昔働いていた人に当時の様子を聞いちゃおうってことね」
「そうです。さいわい私は"おつかい係"ですから、応援要請の手紙を出すことは容易です。捜索さえ上手くいけば、明後日には情報を送ることができるでしょう」
「でも、どのタイミングで書斎に忍び込む? 三階は領主やお嬢さまの部屋があるし、ヴァレリオとアルマの出入りも頻繁にあるんじゃない? あ、みんなが寝静まった夜とか?」
「夜は灯りを照らさなければならないだろう。それに、静かすぎると返って物音が際立つ。暗がりでも見えるようなものならまだしも、数ある書類の中から必要な情報だけを抜き取らなければならないんだ。やるなら昼間だ」
レナードの指摘に、クレアも頷く。
「午後の買い出しを終えた後、少し時間があります。夕方になると領報紙や届け物の受け取りをしなければならないので、動くならその前が望ましいです」
「では、時間を合わせて俺が三階にいる人間の注意を引きつけよう。領主は今日の様子だと部屋から出てこないだろうから、メディアルナと使用人の動きさえ押さえれば問題ない」
「あたしもみんなが昼食を食べ終えた後なら厨房から抜け出せるから、クレアと一緒に忍び込む」
「お前が行ってどうする」
「ふふん。こんなこともあろうかと、元先生から"姿を消せる魔法"を教わっといたの。それを使えば楽チンでしょ?」
「……ヘマはするなよ、天才魔導士様」
と、明日の方針が決まったところで。
クレアが自身の口元に人さし指を当て、静かにするよう合図する。
エリスとレナードが口を閉ざし、十秒ほどじっとしていると……
コンコン、と部屋をノックする音が響いた。そして、
「レナードさん、お待たせしました。お風呂どうぞ」
廊下から、そんな声がする。
アルマが風呂の順番を知らせに来たのだ。
レナードが「ありがとうございます」と部屋の中から答えると、アルマの足音は静かに去って行った。
廊下から気配が消えたことを確認してから、レナードが小さく言う。
「……明日の午後、状況が整い次第作戦を開始する。今日はこれで解散だ。ということで、お前ら先に風呂に入れ」
「あら。先輩が先に入るんじゃなかったの?」
エリスの疑問に、レナードは半眼になりながら、
「俺が待っているのだから、あまり長湯はするなよ、という意味だ。クレアが見張りに立つのは結構だが、余計なコトはせずさっさと上がってこい」
「だからしないってば! ……って、クレアも残念そうな顔しないの!!」
横であからさまにがっかりしているクレアに、エリスは顔を赤らめながらぴしゃりと言った。