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2-1 祝福の音色




「──では、今後について話すとしよう」




 ベッドに腰掛け、レナードが言う。

 テーブルから椅子を持ち出し、クレアとエリスもその正面に座った。


 風呂を済ませた二人がレナードの部屋を訪ね、これから作戦会議というところである。



「……が、その前に。クレア。どうしたんだ、その顔は」



 レナードはクレアの顔──赤くなった左の頬を見つめる。

 同時に、エリスがジトッとクレアを睨み付けた。


 彼女の入浴中、他の使用人が来ないよう見張りをしていたはずが……がっつり風呂を覗いた挙句、脱いだ下着を物色しようとしたため、エリスの右ストレートを喰らったのだった。


 しかしクレアは、いつものように爽やかな笑みを浮かべて、



「いえ、なんでもありません。気にせず始めてください」



 そう答えた。

 レナードはなんとなくクレアがやらかしたことを察し、小さく息を吐いてから、



「……わかった、始めよう。まず、状況の整理からだ」



 と、任務の話を始めた。



「クレアが事前に調査していた通り、リンナエウス家の血縁者は二名。領主のマークスと、娘のメディアルナだ。マークスは一週間ほど前から体調不良で、医者に診てもらっていたが……それを今日、追い出した」

「やはり"他所者(よそもの)"に対する警戒心が強そうでしたね」

「あぁ。我々も不信感を抱かせたら即解雇という可能性もある。領主に直接探りを入れるのは避けた方がいいだろう」

「逆に娘の方は警戒心が薄そうでした。"例の笛"について尋ねるなら彼女に近付きたいところですが……お付きのアルマという少年が、また強い警戒心の持ち主でしたね」

「それでも四六時中一緒にいるわけではないだろう。別行動になったタイミングで、メディアルナに近付くとしよう」

「はい。そのためには、使用人たちの一日の動きを把握しなければなりません。使用人は我々以外に七人いるはずです。今日遭遇したのは四人。メディアルナの側近・アルマ。御者のハリィ。庭師兼守衛のロベル。そして、使用人の総責任者・ヴァレリオ」

「あー、あの女好きね」



 昼間の出来事を思い出し、エリスが顔を(しか)める。

 それに、クレアは貼り付いた笑みに影を落として、



「そうです。汚らわしい手でエリスを顎クイしたあの男です。もう少しで顔面を削ぎ落とすところでしたが、エリスが上手く演じてくださったので助かりました」

「そんなグロい制裁の仕方を回避できたのならほんとよかったわ……でもあの男、勘が良さそうだからあんま近付かない方がいいかもね」

「しかし」



 と、レナードが口を挟む。



「ここでの勤務歴が長いのも、あのヴァレリオだ。領主の秘書のようなことも任されているようだし、"例の笛"について何か知っているかもしれない。本当は探りを入れたいところだ」

「それなら庭師の人も『一番の古株』だって言ってたじゃない。あっちの方が取っ付きやすいかんじしない?」

「そうですね……ヴァレリオの様子を見つつ、娘のメディアルナと古株のロベルから情報を集めるのがいいかもしれません」

「では、しばらくはその方針でいこう。我々が明日から任される仕事の配置にもよるが、とにかく一つでも多くの情報を収集できるようにする」



 レナードの言葉に、クレアが頷く。



「まずは例の笛が"禁呪の武器"なのか確かめることからですね」

「あぁ。直接見て確認するのが一番だが……そう簡単にはいかなそうだな」

「えぇ。おそらくあの塔の中に笛があるのでしょうが、メディアルナしか入れないという掟があるようです」

「危険なものだという認識があるから人を近付けないようにしているのか……であれば、そんな危険な代物を一人娘に扱わせているというのも疑問だな」

「あの塔への出入りが禁じられた経緯と、メディアルナが笛を吹くに至った経緯を知る必要がありますね。そこに、笛に近付くヒントがあるかもしれません」



 レナードも納得したように頷き、今後の方針が固まった。

 クレアは、隣で何かを考え込んでいる様子のエリスに目を向け、



「エリス、何か疑問はありますか?」

「ううん、平気。なんでお嬢さまだけが塔に入っていいのか、お嬢さま本人と庭師の人にそれとなく探りを入れればいいんでしょ?」

「その通りです。ただし、焦る必要はありません。現状、笛による被害は出ていませんから、ゆっくりと信頼関係を築く中で徐々に探っていただければ大丈夫です」

「わかった。そうよね、焦っても仕方がない。お嬢さまと徐々に距離を縮めて……じっくりと『琥珀の雫(アンブル・ラムル)』の保管場所を探して行かなきゃ。さっきお皿片付けた時に厨房をざっと見回したけど、ハチミツらしきものは見当たらなかった。あのお嬢さまが食べないっていうのなら、領主だけじゃ食べ切れずにどこかへ保管されているはず。厨房の戸棚の中にあるのか、それとも別の、それこそあの塔の中にあったりして……そもそも毎年どの時期に、どれくらいの量が献上されているのか……」

「よし、話は終わりだ。さっさと自分の部屋に戻って寝ろ」

「ちょっと! 今一番大事な話をしてるんですけど!!」



 無理矢理切り上げようとするレナードに、エリスは声を荒らげる。

 しかしレナードはそれをも無視して、



「明日の朝、俺はあの塔を張ってメディアルナが入っていく様子を観察する。大勢で動くと不自然だから、お前らは動かなくていい。また明日の夜、情報を共有しよう」

「わかりました。では、今日はこれで」



 クレアは頬を膨らませるエリスを連れて、静かに部屋を後にした。


 廊下に出るなり、エリスは地団駄を踏む。



「もうっ、あたしは真剣なのに!」

「わかっていますよ。明日から私も捜索に協力しますから、今日はゆっくり休みましょう」

「……うん。何としてでも、至高のハチミツを手に入れようね!」

「はい」

「絶対絶対、一緒に食べようね!!」

「……えぇ。絶対絶対、です」



 思わず笑みを浮かべるクレアの返事に満足したのか、エリスもにっこり笑うと、



「んじゃ、おやすみー!」



 と言って、自室へ消えていった。





「……さて」



 残されたクレアは、一人考える。



 "禁呪の武器"と思しき笛についての情報収集。

 加えて、至高のハチミツ『琥珀の雫(アンブル・ラムル)』の保管場所の捜査。

 明日から、本格的に忙しくなりそうだ。


 そして……


 クレアにはもう一つ、このリンナエウスの地でやるべきことがあった。

 それは、彼が独自で動いている()()()()

 レナードはもちろんエリスにも、その時が来るまで内密に進めなければならない、もっとも重要な任務……




「……おやすみなさい、エリス」



 彼女の部屋の扉を見つめ、小さく呟き。

 全てが無事に遂行できるようにと、祈りに似た決意を抱きながら、クレアは自分の部屋の扉を開けた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] フラグが……いっぱい……… [一言] エリスは可愛い
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