表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/332

3-2 沈黙の理由




「はぁーっ♡ おいしかったね♡」

「はい。噂通りの素晴らしい店でした」



 二人は大満足で店を出て、宿へと戻るため歩き出す。

 そして、人通りもまばらな路地裏に入ると……

 クレアは、エリスの手をぎゅっと繋いだ。



「エリス」

「なぁに?」

「先程の話に戻るのですが」

「うん」

「私が自分の感情を優先させて行動するとなると……やはりこの後は夜這い一択になるのですが。その点、いかがでしょうか?」

「いかがでしょうか? じゃないわよ! 今日はだめっ」

「えぇー。どうしてですか?」

「だってあのツンツン男、よりによってあたしとあんたの間に部屋取ったのよ? あんたがあたしの部屋に来ようモンなら確実にバレるじゃない!」

「バレたら駄目なのですか?」

「ダメに決まってんでしょ?! 明日の朝、顔合わせた時の気まずさを考えなさいよ!」

「むぅ……困りましたね。『美少年モード』も最高ですが、やはり『女の子』なエリスも堪能したいのですが」

「堪能、って……」

「……ねぇ」



 ぐいっと、エリスの手を引き。

 クレアは、彼女を路地裏の壁際に追い込み……

 瞳を覗き込むようにして、囁く。



「エリスの可愛い"女の子な声"……たくさん聞かせてくださいよ」

「ばっ……ばかっ。声なんか出したら余計にバレるでしょっ」

「じゃあ、隣の部屋に聞こえない程度の声でお願いします」

「そんな調整できるかっ」

「声色を変えるのは得意だと、ご自分で言っていたじゃないですか。そこも演技できるでしょう?」



 そう、クレアに詰め寄られるので……

 エリスは、顔を真っ赤にして睨みつけると、




「…………演技する余裕もなくなるって……知ってるくせに」




 恥ずかしさと恨めしさが入り混じったような目で見上げながら、呟くように言った。

 心当たりのありまくるセリフに、クレアは「ごふぅっ」と血を吐き……

 直後、エリスの身体をひょいっと抱きかかえる。



「わわっ。何すんのよ!」

「こうなったら宿を変えましょう。それしか方法はありません」

「はぁ?! ちょ、待ちなさいこの変態っ!」



 エリスが止めるのも聞かず、クレアは彼女を抱えたまま宿とは別の方向へと駆け出す。

 その腕の中で、彼の胸をポカポカと叩きながら、



「宿代が二重でかかっちゃうじゃない! 後で怒られるわよ?!」

「はは。経費で散々食べまくっている貴女に言われたくないですね。それに、ここは私が自腹を切るので問題ありません」

「余計ダメだよ! こんなことにお金使うなんてもったいなさすぎる!! 使うならご飯に使って!!」



 などとごちゃごちゃ言い合いながら、宿屋が建ち並ぶ通りに差し掛かる。

 さぁ、どの宿に入ろうかと、クレアが見回した──その時。


 宿屋に挟まれるようにして建つ一軒の酒場から、一人の男が出て来るのが見えた。

 その姿に、思わず立ち止まる。

 突然止まったクレアを不審に思い、エリスも彼の視線の先に目を向ける。と……



「……あれ。ツンツン男じゃない」



 そう。酒場から現れたのは、レナードだった。

 こちらにはまだ気付いていないようだが、エリスは少し苦笑いして、



「行くところがある、だなんて言うから何処かと思えば、酒場で飲んでたのかしら。 それとも……クレアの行動を先読みして待ち構えてた、とか?」


 

 言いながら、クレアの腕から降りる。

 まさか、さすがにそれはないだろう。

 と、クレアが返そうとすると、



「待って!」



 同じ酒場から、一人の女性が飛び出してくる。

 その声にレナードが振り返ると……

 女性は、ぎゅっと彼に抱きついた。



「次は、いつ会えるの……? 」



 レナードの胸に額をすり寄せ、女性が甘えるように尋ねる。

 するとレナードは……

 その身体をそっと抱き寄せ、優しく髪を撫で、



「仕事が片付いたら、またひと月後に来るよ。寂しい思いばかりさせてすまない」

「ううん……なかなか会えないってわかった上で好きになったんだもの。我儘は言わないわ。いつまでも待ってる」



 二人は、抱き合ったまま見つめ合うと……

 瞼を閉じ、唇を重ねた。


 思いがけないキスシーンを目撃してしまい、エリスの目が点になる。



「……なにアレ。恋人同士、ってこと?」

「いいえ。恐らく違いますよ」



 心当たりがあるのか、クレアはエリスの呟きを否定した。


 やがて、レナードと女性は唇を離すと、名残惜しそうに別れた。

 そしてそのまま、宿の方……遠巻きに見ていたエリスたちの方へと歩き出す。

 そこでようやく二人に気が付いたようで、互いの視線が交わる。



「……こんなところで何をしている」



 先ほどの女性に向けた優しい態度から一変、元の冷たい口調でレナードが言う。

 エリスはにんまりと笑って、



「それはこっちのセリフよ。こんな公共の場で、随分とお熱いですこと」



 からかうように言うが、レナードは涼しい顔のままスタスタとエリスの横を歩き去り、



「フン。随分とおめでたい頭をしているな。脳の代わりにプリンでも詰まっているんじゃないか?」

「えっ、なにそれおいしそう♡」

「エリス。馬鹿にされているのですよ」

「あぁん゛?!」



 クレアに指摘され、エリスはすぐにレナードを追いかける。



「誰の脳みそがプリンよ! 何味なの?! カスタード?! チョコレート?!」

「エリス。そういう問題ではないかと」

「おめでたいのはどっちよ! さてはあんた、さっきのおねーさんに会いたくてこっち方面に向かう任務についてきたのね? 用が済んだならさっさと"中央(セントラル)"に帰れば?」

「……つくづく、甘ったるい脳みそをしているな」



 ザッ。とレナードは足を止めると、エリスの方に向き直り、



「あれは、ただの"情報源"だ。この街の情勢を知るために利用しているに過ぎない」

「……じょうほうげん?」

「この酒場にはいわくつきの連中が頻繁に出入りしている。会合や取引の場になっているらしい。その情報を仕入れるため、あの女店主を懐柔している」



 ……などと説明されるが、エリスは未だピンとこない顔をしている。

 それに、レナードは「フッ」と笑って、



「わかるように言ってやろうか? つまりはあの女の恋人を"演じている"ということだ。仕事の一環としてな」

「なっ……」

「ここだけではない。不審な噂のある街には同じように"情報源"を設け、怪しい動きがないか定期的に聞き取りをしている。我々の仕事においては、珍しくないことだ」



 固まるエリスを、レナードの冷たい瞳が射抜く。



「……言っただろう? 『心配はご無用』だと。演じるのには慣れている。お前の何倍もな」



 そう言い残すと。

 彼は二人に背を向け、先に宿へと戻って行った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ