1-2 新たなる旅立ち
十分ほど前──
クレアたちが待つのとは別の会議室に、二人の男がいた。
一人は、ジークベルト・クライツァ。
前任のジェフリーに代わりアストライアーの隊長を務める、クレアの上司だ。
ロマンスグレーの髪と険しい表情のせいで実年齢より老けて見えるが、まだ三十代半ばである。
そして、もう一人は……
「──それで、話とはなんだ? レナード」
ジークベルトの向かいに佇む男……
名を、レナード・グロウシュライトという。
クレアと同じく軍事養成施設『箱庭』で育ち、十歳からアストライアーに所属する優秀な隊士だ。
銀色に輝く長髪に、均整の取れた美しい顔立ち。しかしその表情からは一切の感情が読めず、冷たい雰囲気が感じられる。
その無感情な藍色の瞳で、レナードはジークベルトを見つめ返し、
「例の件、本当にクレアルドに任せるつもりですか?」
そう尋ねた。
ジークベルトは、ただでさえ険しい顔をさらにしかめて、
「『例の件』というのは、"禁呪の武器"の捜索のことか?」
「そうです。この後、正式に指令を出されるご予定でしょう」
「あぁ。それについて、何か問題でも?」
「はい。正直、あの男に任せるのは心配でなりません」
「ほう。どうしてそう思う?」
レナードは、切れ長の瞳をスッと細めて、
「報告によれば、"禁呪の武器"の呪いは使用者の精神を蝕み狂戦士化するというもの。原因は不明ですが、クレアルドはその影響を受けず中和することができる、と……そのように伺っています」
「その通りだ」
「これは仮説ですが……精神がより安定した人間が、呪いへの耐性を持っているとは考えられませんか?」
無言で話を聞くジークベルトに、レナードが続ける。
「彼は『箱庭』の出身です。幼少期より徹底的に精神を鍛え上げられ、私利私欲なく国に仕える戦士として育てられてきました。だからこそ、精神侵食型の呪いに打ち勝つことができたのではないかと」
「うむ、その線は十分に考えられるが……であれば尚のこと、このままクレアに任せるべきではないか? 何が不満なのだ?」
話の意図が見えず、ジークベルトが聞き返す。
レナードは、やはり淡々とした口調で、
「あの男……任務に同行した女と、恋仲になったのですよね?」
「らしいな。直接聞いたわけではないが」
「女を利用するために芝居でも打っているのかと思えば……寮を出て同居までしているそうで」
「詳しいな……それがどうした?」
「ありえません。仮にも任務の最中に、女と本気でそのような関係になるとは。前回はたまたま呪いを打破できたかもしれませんが、そんな脆弱な精神の持ち主に今後の任務が務まるとは思えません」
「仕事さえこなせば、俺は私生活にまで口を挟むつもりはない。やるべきことはしっかりやっているし、それほど危機感を覚えてはいないが……クレアに任せられないとなれば、どうする?」
その問いに、レナードは、
「私が、代わりを務めましょう」
胸に手を当て、言う。
「私が呪いを跳ね除けることができれば、先ほどの仮説は実証されます。そうすれば、クレアルド一人に任せる必要もなくなる……いえ、むしろ私の方が、軟弱な精神の彼よりも確実に"禁呪の武器"の対応を行えます」
「ふむ。確かに先ほどの説が事実なのか否か……どのような人間が例の呪いに対する耐性を持つのか、明らかにする必要はあるな」
「では、この任務は私が……」
「だが、お前が呪いを打破できるという確証も現時点ではない」
ジークベルトは、厳格な態度できっぱり言うと、
「……レナード。お前を、あの二人に同行させよう。そして、お前にも呪いの耐性があるのか確かめてこい」
そう、命じた。
レナードは、やはり感情の読めない冷たい瞳で見つめ返し、
「……ありがとうございます」
手本のように、美しい礼をした。