ふたりの誓い④
「……で。結局全部買ったのね」
……と、衣装入りの紙袋を抱えほくほく顔のクレアに、エリスは呆れ気味に言った。
「はい。持ち歩かずとも、アストライアー本部に"重要物品"として送ればいいことに気が付きました。王都に帰ったら、全部着て見せてくださいね」
なんて、そんなことに経費を使おうとしている彼に何か言ってやろうかと思ったが……
自分も大概人のことを言えないので、エリスは黙っておくことにした。
「……で? この後はどうする?」
「そうですねぇ。もう一箇所、この街の名物的な場所があるのですが……ご案内してもよろしいでしょうか?」
「って、またさっきみたいなお店じゃないでしょうね……?」
「あはは、違いますよ。もっと落ち着いた、静かな場所です」
そう返され、エリスは「静かな場所?」と首をひねる。
疑念を抱きながらも彼について行くと、店舗が軒を連ねる大通りから外れた路地へと入ってゆく。
確かに静かな雰囲気になってきたが……一体どこへ向かうのだろう?
と、エリスが周囲を見回しながら歩いて行くと、
「……あ」
彼女は思わず、声を上げた。
クレアに連れられ、正面に見えてきたのは……
厳かな造りをした、古い教会だった。
白い石の壁と、赤い屋根。大きな窓がいくつもある。
薔薇の花が咲き誇る庭も相まって、まるで絵本の中から抜け出したような情景だ。
「街で一番古い教会です。自由に見学できるそうなので、入ってみませんか?」
まさかこんな場所に連れて来られるとは思っていなかったので、エリスは少し驚くが……
クレアにそう尋ねられ、「うん」と頷いた。
重い木製の扉を引くと、教会の中はシンとした空気で満ちていた。どこかに飾られているのだろうか、ほのかに百合の花の匂いがする。
正面に伸びる通路の両脇に、木のベンチが行儀良く並んでいる。足を踏み入れると、高い天井にエリスのヒールの音が響いた。
通路を真っ直ぐに進むと、正面に豊穣の女神・ユーリエの石像が見えてきた。
そして……
「……うわぁ」
その、石像の向こう側。
壁一面に広がっていたのは……美しいステンドグラスだ。
陽の光を受け、キラキラと色鮮やかに輝いている。
「……きれい」
あまりの美しさに、エリスがうわ言のように呟く。
クレアは立ち尽くす彼女の隣に立ち、その横顔を見つめる。
大きな瞳に七色の光が反射して、とても綺麗だった。
「よかった。エリスはあまりこういう場所に興味を示さないのではないかと思っていました」
「え? あ、うん。元々興味はない。けど……これはすごく綺麗。びっくりした」
という正直な返答に、クレアは微笑んでから、エリスにベンチへ座るよう促した。
座ってからもなお、エリスはまじまじとステンドグラスを眺める。
「すごいね。あたし、こんなの初めて見た。神さまとかまるで信じていないから、教会なんて入ったことすらなかったし」
「私もです。神に祈る暇があるなら己の腕を磨くべきだと思ってきましたから。ですが……ここは観光客にも人気の場所だと聞いて、試しに昨日来てみたら、思いの外感動してしまいまして。これはエリスにも見せたいな、と」
「へぇ。昨日、下見に来ていたんだ」
「はい。仮にもエリスとのデートですからね。手を抜くわけにはいきませんので」
「……そ」
クレアの返答に、エリスが照れながら目を逸らすと……二人が座ったベンチの右奥にある扉がギイッと開いた。
現れたのは二人の若い男女と、司祭のような格好をした初老の男性だ。
「それでは、結婚式当日、お待ちしていますよ」
「はい。どうかよろしくお願いします」
そんな言葉を交わすと、二人の男女は腕を組みながら教会を後にした。司祭の男性もエリスたちに軽く会釈をすると、元来た扉の向こうへ去って行った。
「……なるほど。ここは結婚式もおこなわれるのですね」
「そうみたいね。今のカップルは、打ち合わせにでも来ていたのかしら」
そう言って、エリスはもう一度ステンドグラスを見上げる。
そして、
「……結婚式かぁ」
と、何気ない口調で呟いたかと思うと。
「あたしもクレアも神さま信じていないし……あたしたちが結婚する時は、一体何に愛を誓えばいいのかしらね」
なんてことを。
まるで世間話をするような口調で言うので。
クレアは、にこりと微笑み、
「そうですね。結婚…………………………え?」
顔に笑みを貼り付けたまま、固まる。
「…………エリス。今、結婚って言いました……?」
「言ったけど?」
「…………え? それって、その………私と、ですか…?」
「他に誰がいるのよ。死んだら食べ合う約束でしょ? それまでずっと一緒にいるんだから、つまりはそういうことじゃない」
「そうですけど……でも……」
あからさまに狼狽えるクレアのことを。
エリスは、困ったように見つめ返し、
「え………結婚、しないの……?」
と、上目遣いで聞いてくるので。
クレアは顔を真っ赤にしながら身体を震わせ、
「いや、しますよ!! めちゃくちゃしますけども!!!」
がっ! とエリスの両肩に手を置いて、
「そういうことは…………私の口から、言わせてくださいよ……っ」
そう、振り絞るように言った。
その必死な様子に、エリスはぱちくりと瞬きをし、
「……そういうモンなの?」
「そういうモンです!!」
「……そっか。なんかごめん」
と、やはりなんでもない顔をして返した。
そんな彼女の態度に、クレアは心臓をバクバクさせながら額を押さえる。
まったく……並みの恋愛観は通用しないと常々感じてはいたが、一体彼女の思考回路はどうなっているんだ?
こんな……自分と結婚することが、さも当たり前みたいなことを言って。
そのくせ、
「……エリス。今この場で、私に『愛してる』って言えますか?」
「なっ……何よ急に、言えるワケないじゃない!!」
ほらな。これは照れて言えないんだ。
彼女にとって、ずっと一緒にいるのは当たり前のことだけど……今この瞬間の感情にフォーカスされるのは恥ずかしいと、そういうことなのだろか?
……いずれにせよ。
彼女の中では、とっくにその覚悟が出来ていたらしい。
一時的な恋愛感情なんかではなく……死ぬまで添い遂げる相手として、自分を選んでくれていた。
そのことがわかって……息が詰まりそうなくらいに嬉しい。
彼女に対する愛しさで、胸がぎゅっと切なくなって……
ほんと、いつの間にこんな感情を抱ける人間になってしまったのだろう。
「……エリス」
「なによ」
「あと二年したら……貴女が結婚できる年齢になったら、ちゃんと私の口から言いますから。それまで隣にいて、待っていてくれますか?」
「それまでっていうか、死ぬまで隣にいるつもりだけど?」
「ぐふぅっ……だから、私より男前なこと言わないでください……立つ瀬なくなる……」
なんて、少し打ちのめされてから。
クレアはそっと、エリスの手を握る。
「一つ提案なのですが……私たちの誓いの対象、神さまじゃなくて、『明日のご飯』にしませんか?」
「……どういうこと?」
「神さまも『明日のご飯』も、不確かなものという意味では似たようなものです。だったら……『明日も一緒にご飯を食べること』を毎日誓い合った方が、私たちらしくて良いと思いませんか?」
そんな、他の誰かが聞いたら顔をしかめそうな不思議な提案に。
エリスは……嬉しそうに口元を歪めて、
「……うん。そうしよう。それがいい」
そう、答えた。
クレアは優しく微笑んで、
「では、一度練習してみましょうか。エリス。貴女は、私と……明日も一緒にご飯を食べることを誓いますか?」
「はい、誓います。クレアは? あたしと明日も一緒に食べること、誓える?」
「もちろん。喜んで……誓います」
言って、二人は笑うと。
ぎゅうっと、抱きしめ合った。
なんておかしな誓いなんだろうと、笑えてくる。
けど。
どうにも心地よくて。胸の中が愛しさでいっぱいで。
人はこういう時に、神に感謝したくなるのだろうか。
確かに、今なら少しだけ……
"神さま"というやつを、信じてもやってもいいかもしれない。
なんて。
──しばらく抱き合った後、クレアはエリスの身体をゆっくりと離し、
「本当なら、ここで指輪の交換をするのでしょうが……今日は、指輪じゃないものをエリスに贈ってもいいですか?」
そう言って、彼女の目の前に綺麗にラッピングされた四角いものを差し出した。
イリオンの街を出て以来、ずっとエリスに内緒で準備を進め……昨日ようやく完成したものだ。
思いがけないプレゼントに、エリスは驚きながらも「開けていい?」と尋ねる。
クレアに「もちろん」と返され、彼女は包み紙を開けた。
中に入っていたのは……一冊のノートだった。
エリスは首を傾げながら、中身をパラパラとめくってみる。
すると……
「……これって……」
エリスの目が、大きく見開かれる。
そこに描かれていたのは……
食べ物の絵だ。
ポテトサラダにパスタ。シュークリームにプリン。モノイワズにステーキに、昨日食べたチョコレートパフェまで。
これは……
「……あたしたちが、今まで食べてきた料理?」
そう。二人が出会ってから一緒に食べたすべての料理の絵が、色鉛筆で丁寧に描かれていたのだ。
驚くエリスに、クレアは申し訳なさそうに目を伏せる。
「あの戦いで、貴女の大事な『魔導大全』を駄目にしてしまったこと……ずっと後悔していたのです。あのメモがいっぱいになったら自分の店を出すのが、貴女の夢だったのに……だから、代わりになるとは思いませんが、せめて私と食べた料理の記録だけはお返しできればと思い、描いてみました」
「って、これあんたが描いたの?!」
「はい。絵は以前、少し勉強したことがあったので」
それも、エリスの姿を描き留めたくて得たスキルだということは……さすがに口にしないでおく。
「『魔導大全』のこと、本当に申し訳ありませんでした。いくら謝っても謝りきれません」
「何言ってんの。あれを使ったから、あんたは死なずに済んだんじゃない。メモはまたいくらでも作れるけど、あんたが死んじゃったらもう取り返しつかないんだからね」
「ですが、貴女がせっかく何年もかけて書いてきたのに……私がもっと上手く立ち回れていれば……」
「ああもう、わかったわよ。そんなに許してほしくないなら、許してあげない。代わりに……」
エリスは、クレアの瞳を覗き込んで、
「……責任取って、あたしと一緒にお店、やってよね」
にんまりと笑いながら、そう言う。
驚くクレアに、エリスはさらに続けて、
「クレア、料理上手なんだもん。あたしの店のシェフになってよ」
「……しかし、完全に素人ですよ? 作れると言っても、本当に最低限のもので……」
「だったらこれからプロになって。あんたならできるでしょ?」
そんな風に言われてしまうと……もう、「はい」と答えるしかない。
エリスは、クレアからもらったそのノートを嬉しそうに眺め、
「……ありがとう、クレア。今までは寝る前に一人で食べたものの記録を書いていたんだけど……これからは一緒に書いてよ。あたしが文で、あんたが絵の係。そうして最後まで書き切ったノートが何冊もできたら、お店を出すの。あたしたちが食べてきた世界中の美味しいものを元に作る、究極の料理店よ」
そう言って、満面の笑みを浮かべた。
クレアは、胸が苦しくて……思わず泣きそうになる。
もう……参ってしまうな。
こちらが贈り物をしたはずが……それ以上のもので返されてしまった。
彼女の描く、幸せな未来。
それは、いつか必ず実現できるものだと、クレアには妙な自信があった。
この先、辛いことや悲しいことがあっても。
また危険なことが待ち受けていたとしても。
明日のご飯を楽しみに生きてゆけば……なんだって乗り越えられる。
二人でなら、きっと。
「……わかりました。貴女に望んでいただけるなら……私はシェフにでも絵描きにでも、何にでもなりましょう。これからも、ずっと」
声が震えそうになるのを堪えながら。
クレアは、そう答えた。
「……エリス」
「ん?」
「流れ的に、次は誓いのキスですが……練習しておきますか?」
「……したいだけでしょ?」
「そうです。駄目ですか?」
「………………」
エリスは、一度ぎゅっと口を閉ざすと……
クレアの胸ぐらを、ぐいっと掴んで引き寄せ。
少し強引に……キスをした。
初めてされた彼女からのキスに、クレアが呆けていると、
「……これで満足?」
エリスが、照れ隠しにそんなことを言う。
クレアは、もう……堪らなくなって。
「……いいえ。全然足りないです」
「へ?! ちょ……んぅっ」
嗚呼。神さまの前で、なんて罰当たりな。
そう、頭の隅で考えながら。
彼女と、もう一度……唇を重ねた。
「今日は、同じ宿に泊まってもいいですか?」
「うん。別々にする理由もないし」
「よかった。では早速、今日食べたハンバーグとカツレツの記録を一緒に描きましょう」
「そうだね」
「……"練習"の方は、どうしますか?」
「ぶっ」
「してもいいのなら……同じ部屋にしますが」
「……いいの? "練習"で」
「……え?」
「あたしたちいい加減、王都に帰らないといけないじゃない?その……王都に着くまでに、食べたいんでしょ?」
「……それって……つまり……」
「…………」
「へ……あ、うぁ……まじですか。やば、心の準備が……」
「って、なんであんたが狼狽えてんのよ」
「だって、エリスとついに…って考えると……駄目だ、俺泣くかも」
「もう、そんな女々しいこと言わないの!」
「ゔっ……それ最近本気で気にしているのですが……」
「大丈夫よ。もう心の準備は出来たから。うじうじしてないでドンと来なさい、ドンと」
「ひぇ、男前……すき……むしろ抱いて……」
「あんま馬鹿なこと言ってると、部屋別々にするけど」
「……謹んで抱かせていただきます」
*おしまい*
番外編 第三弾、お読みいただきありがとうございました。
本編での『メモ帳』のくだりと、クレアの神絵師ネタをようやく回収できました。
二人の未来が見えたところで、この番外編は一度おしまいにしようと思います。
今後の参考のために、ページ下部からこの作品の評価(★★★★★)をしていただけると大変ありがたいです……!!
なお…………↓↓↓
ノクターンノベルズ(R18)にて、外伝の連載を始めました。
『あと甘』で検索してください。みなさまのお越しを心よりお待ちしております。(震え声)
また、全年齢向けの短編集の連載も始めました!
こちらはなろうで、「『まどスト』の日常」というタイトルで掲載しています。糖度マシマシなので、ぜひお楽しみください!