ふたりの誓い③
ハンバーグとカツレツをはんぶんこし、心ゆくまで食事を楽しんだ後。
店を出るなり、クレアが一度足を止め、エリスに尋ねた。
「この後はどうしましょうか。どこか行きたい場所はありますか?」
「え。ない」
「即答ですね」
「だってご飯食べちゃったし……デートって、他に何をするモンなの?」
「うーん……買い物をしたり、観劇をしたり、綺麗な景色を見たり……とかでしょうか。いちおういくつか候補をピックアップしていますが」
「そ。じゃ、クレアのプランについていく」
「わかりました。それでは、お連れいたしましょう」
そう言って、クレアはエリスの手を取り歩き始めた。
手を繋ぎながら、エリスはチラ……っとクレアの横顔を見上げる。
ヒールの高い靴を履いているせいか、いつもより少しだけ顔が近い。
歩く度にコツコツと鳴る自分の足音にドキドキして……なんだか急に大人になった気分だ。
おぉ……これが、デート。
すごい。あたし、ちゃんとデート出来てる……!!
……と、エリスが一人感動していると、クレアが再び口を開く。
「このルッカという街は、豊穣の女神・ユーリエへの信仰が盛んで、年に一度大きなお祭りがおこなわれるのだそうです。そのお祭りにちなんだ、ちょっと変わったお店を見つけたので……そこへ、今から行ってみようと思います」
「変わったお店……? どんな風に変わっているの?」
「まぁ、行けばわかりますよ。ここからすぐですから」
その言葉通り、五分とかからずに目的の店へ辿り着いた。
しかし、一体どこが『変わった店』なのか、その外観からはわからなかった。
ガラス窓から見える店内の様子からして……服屋か、武器などを扱う店か?
などと考えながら、エリスがふと店の入り口に掲げられた看板に目を向けると、
「『祭用品』……『衣装・装飾』……?」
そんな文字が書かれており、彼女は首を傾げる。
「この街のお祭りは、住民が皆"仮装"をして参加するのだそうですよ。ここは、そのための衣装がたくさん置いてある店なんです」
「へぇー。面白そう!」
「入ってみますか?」
「うん!」
わくわくした様子で頷くエリスに……
クレアはニヤつきそうになるのを堪えながら、彼女の手を引き店の戸をくぐった。
店内には、様々な衣装や装飾品が所狭しと並んでいた。
寓話の登場人物をイメージした服や、動物を模した装飾など……どこか非日常的な雰囲気のもので溢れかえっていた。
「あ、ほら見て。いろんな眼鏡がある!」
棚に置かれた様々な伊達眼鏡を見つけ、エリスは楽しげな声を上げる。
「コレなんてシルフィーのにそっくり! どう? 似合う?」
と、黒い縁の丸眼鏡をかけ、クレアに見せつけた。
すると、彼はバッ! と自分の胸を手で押さえ、
「ぐっ……! 今一気に、私の中の"眼鏡っ娘属性"が解放されました……」
「ぞくせい?」
「こ、こっちの赤い縁のもかけてみてもらっていいですか……?」
「え、これ? よいしょ……はい。これでいい?」
エリスは言われるがままに、今度はシャープなデザインの眼鏡をかけてみる。
それを見たクレアは、鼻血を堪えながら口元を手で覆い、
「ンンン゛ッ! やはり知的な眼鏡も似合う……! あの、ソレ買うので、今後も入り用な時にかけてもらってもよろしいですか?」
「別にいいけど……こんなのいつ使うの?」
「いろいろと必要な場面があるのですよ……あぁ、ついでに白衣とか売っていないかな。組み合わせたらヤバそう……」
……などとブツブツ言いながら衣装を物色し始めるクレア。
そう。ここは、彼にとって……エリスの可能性を広げる衣装を試着・購入できる夢のような空間なのだ。
クレアが服を漁り始めたので、エリスも一人店内をウロついてみる。
伝説の勇者の鎧や、魔王のマントなど、子どもが見たら喜びそうな衣装がたくさんあった。
中でも一番目立つ場所に置かれていたのが……『封魔伝説』に出てくる七賢人の衣装と、七つの武器のおもちゃだ。
それを見たエリスは……
「……実際はこんな、憧れの対象になるような人たちじゃなかったけどね……」
さらに言えば、この武器の内の一つをクレアが持っていたりするんだけど……そんなの、誰に言ったって信じてもらえないだろう。
と、思わず苦笑いする。
「……この衣装クレアに着せて、『元・風別ツ劔』持たせたら……お祭りの人気者になれそう」
なんて、一人呟いて笑う。
今日あらためて気付いたことだが、クレアはやはり見た目がいい。ここにある勇者や王子さまの衣装も、着せたらよく似合いそうだ。
なんか眼鏡買うとか言っていたし……あたしもあいつに似合うもの、何か選んでやろうかな?
と、エリスが陳列棚を眺めていると……
「……あ」
あった。クレアに、ぴったりなもの。
エリスはニヤリと笑うと、それを手に取りクレアの元へと戻った。
一方、クレアはというと。
「うーん……どれも捨て難い……」
……そう唸りながら。
白衣と、メイドと、バニーガールの衣装を目の前に並べ、悩んでいた。
いっそ全部買ってしまおうか……
しかし思ったよりも嵩張りそうだし、王都に帰るまで持ち歩くのも……
……と、頭を抱え葛藤していると、
「えいっ」
後ろからエリスが、彼の頭に何かを取り付けた。
それは……犬の耳を模したふわふわの布が付けられた、カチューシャだった。
「へへー。犬耳カチューシャだって。番犬くんにはピッタリでしょ?」
なんて、悪戯っぽく笑うエリスの顔を見て……
「……っ! エリス!! それは……!?」
クレアは、ガクガクと震え出す。
何故なら、彼女の頭にも……同じように、ふわふわの耳が付いていたから。
エリスは自分の頭を押さえながら「ああ、コレ?」と笑い、
「こっちは猫耳なんだって。あっちにもっといろんなのがあったよ。ほんと面白いね、このお店……」
そこまで言いかけたところで。
目の前でクレアが……鼻血を吹き出しながら、倒れ込んだ。
「ちょ、なによ急に!?」
「お……おいくらですか? 本体ごと言い値で買いましょう……」
「本体?! あたしのこと言ってんの?!」
「駄目ですって、エリスに猫耳だなんて……可愛いものに可愛いもの乗せたら、そんなん倍可愛いに決まってるじゃないですか……!」
「わかった、もうコレ外すからとにかく落ち着いて!」
「あああ駄目です! まだ外さないでください!! どうかそのまま……」
バッ! と立ち上がり、彼は血走った目でエリスに詰め寄ると、
「これを……! 試着できるらしいので、着ていただけませんか?! 猫耳付きで!!」
持っていたメイド服を、彼女に押し付けた。
エリスはその勢いに若干引きながらも、
「……それで、満足するの?」
「はい、大満足です」
「ちゃんと大人しくできる?」
「できますできます」
「…………」
耳を付けたまま、まるで本物の犬のように期待に満ちた眼差しで見つめてくるクレア。ぶんぶん振られた尻尾まで見えてきそうだ。
……着るだけで、クレアが落ち着くなら……
と、エリスは黙ってメイド服を受け取り、試着室へと消えた。
カーテンの向こうから聞こえる衣擦れの音に、クレアはドキドキしながら着替えが終わるのを待ち……
……やがて、カーテンの端が少しだけ開き。
エリスが、困り顔で目だけを覗かせた。
「……ど、どうかしましたか?」
「いや、着れたんだけど……思ったよりもスカートの丈が短くて、そっち出られない……っ」
と、恥ずかしさに瞳を潤ませるので。
クレアは、少し声を震わせながら、
「なら……私がそちらに行っても、いいですか?」
尋ねる。
エリスは、少し迷ったようだが……こくんと頷いた。
カーテンの端にそっと手をかけ、クレアはゆっくりと試着室の中へ入る。
すると……
黒いドレスワンピースに、白のフリル付きエプロン。同じくフリルのついたニーハイソックス。
そんなメイド服に身を包み、頭から猫耳を生やしたエリスが……そこにいた。
スカート丈が気になるのか、裾を押さえながら恥ずかしそうに目を伏せている。
想像を遥かに超えたその可愛らしい姿に、クレアは……
「……は……………」
ついに、語彙力を失った。
口を開けたまま動かなくなったクレアの反応に、エリスは耐え切れなくなり、
「や、やっぱりヘンだよこんな格好! もうおしまいっ!!」
「え?! なんでですか、めちゃくちゃイイですよ! 可愛すぎて……おかしくなってしまいそうです」
……と。
狭い試着室の中で、エリスの腰に手を回し引き寄せる。
「エリス……触りたいです。駄目ですか?」
「だ、ダメっ。こんなところで……」
「なら……もう一つだけ、お願いを聞いてもらえませんか?」
「……なに?」
ゴクッ。と。
クレアは、喉を鳴らしてから、
「……鳴いてみてください。猫みたいに」
そう、願い出た。
エリスは、顔を真っ赤にしてクレアを見上げる。
「なっ、鳴く?!」
「はい。貴女の可愛い鳴き声が聞けたら……触るのは我慢します」
「…………」
まったく、この変態は……っ!!
と、エリスは彼を睨みつけるが……
熱のこもった瞳で見つめ返され、何も言えなくなる。
その視線に、腰に回された腕に。
もう、鳴くまで逃してもらえないことを悟り。
エリスは、恥ずかしさに目を逸らしながら……
「……………にゃ、にゃぁ……っ」
……と、小さく鳴いてみた。
瞬間、
──つぅ……
と、涙を一筋流し。
クレアは、真っ白な灰になって………死んだ。
「え……ちょ、クレア?! こんなところで死ぬなっ! もう、固まってないで動いてよーっ!!」
毎度のことながら臨終してしまった彼を、エリスは必死になって起こすのだった……
(そこの絵心のある読者さま…そう、あなたです……あなたの脳に直接語りかけています……
猫耳メイドなエリスちゃんを描くのです……そして作者に見せるのです……いや、すみません描いてくださいお願いします……
というのは冗談…でもありませんが、ベタだけどやっぱり猫耳もメイド服もいいよね。普遍的な可愛さ。もはや文化だ)