ふたりの誓い②
──翌日。
待ち合わせ場所の、噴水広場。
エリスに指定された正午……の、一時間前に。
クレアは既に、そこに立っていた。
駄目だ……どうにも落ち着かなくて、こんなに早くに来てしまった。
ここにいたって、結局待つのは同じなのに。
まぁいい。少なくともこれで、彼女を待たせずに済んだ。
今の内に今日のデートプランを確認しておこう。
と言っても、そこまで綿密な計画を立てているわけではない。彼女の希望に合わせて臨機応変に、気構え過ぎないよういつも通りの感じで過ごすのがベストだ。
面白そうな店や街中で行われる催し物、観光スポットなどをピックアップしてある。エリスが「行きたい」と言ってくれた時、効率的に回れるよう順路を考えておかねば……
* * * *
……と、真剣な表情で考え始めたクレアから、数十メートル離れた場所。
昨日チョコレートパフェを食べたカフェの陰から、ひょこっと顔を出し……
……エリスが、クレアを見つめていた。
ど、どうしよう……一人でいてもそわそわするから、早く来て気持ちを落ち着かせようと思っていたら……
……あいつ、もういるし!!
なんで?! あたし正午って言ったよね?! まだ一時間も前なんだけど! なに考えてんのよゆっくり寝ていなさいよ!!
ていうか!!
……なんか、めちゃくちゃかっこよく見えるんですけど……!!!!
え?! あいつってあんなにかっこよかったっけ?! 顔良っ! 服もすごいおしゃれ! 立っているだけでイケメンオーラが半端ない!!
……ダメだ。全然話しかけられる気がしない。
こんなことなら、やっぱりちゃんとお化粧してくるんだった……あんなキラキラしたやつの隣に立つには、こちらの装備が薄すぎる……!!
……とりあえず、時間になるまでここで様子を見ていよう。
* * * *
……その時。
クレアの中の高性能センサーが、エリスの気配を敏感に察知した。
何処からか視線を感じるが……エリスなのか?
きょろきょろと見回すと、カフェの向こうから顔だけ覗かせている彼女をすぐに見つけた。
「エリス!」
彼はすぐに彼女の元へと駆け寄る。
エリスはと言えば、見つかったことに大いに焦り、あわあわと背中を向けた。
「エリス、どうしてこんなところに……」
……と、後ろから彼女の手を引き。
振り向かせたその姿に……クレアは思わず、息を止めた。
ハーフアップに結った髪。
白いレースがあしらわれた、ノースリーブのブラウス。
ボルドー色の、ハイウェストスカート。
同色の、ベルト付きのパンプス。
そして……濡れたように艶めく唇。
想像していたよりもずっと大人びた装いに着飾った、エリスの姿。
それに、クレアは暫し見惚れた後…………
「………………お」
「お?」
「……お持ち帰りで」
「は?!」
「いや、ちょっともう……え、可愛すぎ……お持ち帰りでお願いします」
「か、帰るの?!」
「ていうか、唇……何か塗っています?」
「へっ?! これは、その……」
バレないと思っていた唯一の化粧を見抜かれ、エリスが必死で何か取り繕おうとすると……
──ちゅ……っ。
次の瞬間、その口は、クレアの唇で塞がれていた。
突然のくちづけに、エリスは頬を染めながら目を見開く。
街行く人々が驚きながら視線を向けてくる中、クレアはゆっくりと唇を離し……
「……すみません。会えただけでも嬉しいのに……貴女があまりにも素敵に着飾っているから、我慢できなくなってしまいました」
と、頬を撫でながら囁く。
先ほどからのドキドキに加え、クレアのそのセリフと、他人に見られた羞恥心から、エリスは顔を真っ赤にして固まる。
代わりに、クレアが再び口を開き、
「服も、靴も、髪型も……全部、似合っています。可愛いです」
「ぁ……ありがと……」
「何故こんなところにいたのですか? 待ち合わせよりも随分早いのに」
「……あんたこそ、なんでもういるのよ」
「私は……貴女に、早く会いたくて。どうにも落ち着かなくて、来てしまいました」
そう、困ったような笑みを浮かべ言った。
その素直すぎる返答に、エリスは「ずるい」と胸の内で歯軋りする。
そんな風に言われたら……こっちも素直になるしかなくなるじゃないか。
俯く彼女の顔を、クレアは覗き込み、
「もしかして、お一人で行きたい場所でもありましたか? それで早めに街へ……」
「いや、そういうわけでは……」
「遠慮しないでください。私はここで待っていますから、買い物でもなんでもどうぞ行ってきてください」
「だから、そうじゃなくてっ……あんたと同じっ! 落ち着かなくて……会いたくて来ちゃったのっ!!」
エリスは、半ばヤケクソ気味にそう叫ぶ。
するとクレアは、にこっと嬉しそうに笑い、
「……そうだといいな、と思って聞いてしまいました。すみません、意地の悪いことをして」
「なっ……!」
「駄目ですね。たった一日離れただけなのに……寂しくて仕方ありませんでした。エリスも寂しかったですか? 今ここで、再会のハグします?」
「ぅ……し、しないわよ! こんな人前でっ!!」
「あはは、ですよね。それは夜のお楽しみに取っておきましょう。それでは、エリス……」
すっ。
と、クレアはエリスに手を差し出し、
「……行きましょうか。デートに」
そう微笑むので、エリスは。
ああ……緊張したけど、やっぱりクレアはクレアだ。
なんて、不覚にも少し安心してから。
その手を取り、ゆっくりと歩き出した。
予定よりもだいぶ早いが、二人はまず昼食をとることにした。
案の定、エリスは既に行きたい店を決めていた。ルッカの街の中心部にある、老舗のハンバーグ屋だ。
案内された二人がけの席に座り、メニューを広げる。
いつものようにクレアが希望を尋ねると、
「チーズインハンバーグと、カツレツのトマトソースがけで!」
と、即答するエリス。どうやらそこまで決めていたらしい。
注文を済ませ、二人は今日のこの後の予定や、昨日のクレアの夕飯についてなどを話し……
「エリスは昨日の夜、何を召し上がったのですか?」
クレアがそう、何気なく尋ねる。
しかしエリスは、
「えっ? ああ、あたしは、その……」
と、何故だか急に歯切れが悪くなり……
その様子をクレアが不思議に思った、その時。店員の女性が「はい、お待たせ」とハンバーグとカツレツを運んで来た。
「熱いから気をつけてねー……って、アレ?」
料理をテーブルに置きながら、店員がエリスの顔を覗き込む。
「……お客さん、昨日の夜も来てくれたよね?」
「へっ?!」
「ああ、やっぱりそうだ。自分でお箸持ってきた、あのお嬢さんでしょ。おしゃれしているから気付かなかったよ。彼氏さん連れて、また来てくれたんだね」
「あ、えと……」
「昨日は迷いに迷って、結局普通のデミグラスハンバーグにしていたけど、今日は違うメニューにしたんだね。どっちも美味しいから、彼氏さんと楽しんで召し上がれ」
そう言って、店員の女性は厨房へと戻って行った。
「……………」
クレアは、顔を紅潮させ汗をダラダラ垂らすエリスをじっと見つめて、
「……昨日の夜も、ここで食べたのですか?」
「…………悪い?」
「いえ、むしろよかったのですか? 二日連続同じ店で」
「だ、だって……あんたがいないと"はんぶんこ"できなくて、思うように食べられなかったんだもん……だからもう一度、一緒に来てもらいたくて……」
「………………」
それを聞き、クレアは……
ガッ! とエリスの手を握り、だーっと涙を流して、
「すみませんでした。もう二度と貴女を一人にしません」
「って、なんで泣いてんのよ?!」
「実は私も……貴女の悶え顔を見なければ腹が満たされない身体になってしまったようなのです」
「なにその体質、キモッ!」
「世界中の美味しいものをはんぶんこする約束ですもんね。これからは何があっても……一緒にご飯を食べましょう」
なんて、真っ直ぐ見つめながら言われ。
エリスは……思わず嬉しくなる。
そして、彼と出会ったばかりの頃に言われた言葉を、思い出す。
『これからも一緒に、美味しいものをたくさん、分かち合わせてくださいね』
一人での食事が当たり前だった彼女にとって、そう言ってもらえたことは素直に嬉しくて。
思えば、あの言葉があったからこそ……今こうして、クレアのことが好きになっているのかもしれないと。
エリスは、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じながら、
「……ぁ、ありがと」
あの時は言えなかった感謝の言葉を伝えた。
それに、クレアは優しく微笑み、
「お揃いの箸、エリスも使ってくれていたのですね。嬉しいです」
「……てことは、あんたも?」
「はい。なんなら今も持ってきています」
「……実は、あたしも……」
と、二人して箸を取り出す。
それが、なんだかおかしくて。
二人は少し笑ってから、
『──いただきます』
手を合わせ、目の前の料理を食べ始めた。
次回。デートの舞台は クレアにとって夢のような場所へと移ります。