クイズ☆恋人の気持ちを当てまショー!③
「……あ、これなんかどう?」
と、エリスは次なるお題を指さす。
★彼氏/彼女に 直して欲しいところは?
それにクレアは、すんっと真顔になって、
「ないですね」
そう、きっぱりと言い切った。
「な、『ない』っていう答えは、クイズ的にアリなの?」
「しかし、ないものはないのですから仕方ありません。私にとって貴女の言動は全てが"是"であり、善も悪もありません。何をしようとも、ただの興奮材料になります」
「興奮材料?!」
「ですが、それを貴女に求めるつもりはありません。私に直して欲しいところがあれば、これを機に是非教えてください。何か、ありますか?」
クレアはにこっと微笑んで、エリスにそう投げかける。
「クレアに……直して欲しいところ……」
うーん……と、エリスは暫し天を仰ぎ……
「……直して欲しいっていうか……もっと"素"を出してほしいかな」
「"素"?」
「そう。あんたのその口調、職業病で染み付いちゃっているんだろうけど……『俺』とか、たまぁに"素"が出るじゃない? そういうの、もっと出してほしいなぁって」
そう、照れ笑いしながら言った。
クレアは、驚いたように一度口を閉ざしてから……
ニヤリと、それを歪め、
「……ふーん。じゃあ…………試してみる?」
突然変わった口調に、エリスは思わず「へっ?」と声を上げる。
そんな彼女の瞳を、クレアは真っ直ぐに見据えると、
「エリス……好きだよ。愛してる」
「なっ……」
「エリスは、俺の手が好きなんだね。ほら……触ってみて?」
と、クレアはエリスの手を取り、指を絡め……
「こうするとよく分かるでしょう。俺は男で、エリスは……女なんだってこと」
「ぅ……」
「今日はついにダブルベッドの部屋に泊まることになっちゃったけど……どうしよっか」
「ど、どうって……」
「この手でいっぱい、エリスのこと………愛してもいい?」
「……っ!?」
クレアは、エリスの手を引き寄せると。
その甲にそっと、くちづけをし……
「君が望むならこの口調で、一晩中愛を囁いてあげるけど…………どうする……?」
妖しく微笑みながら、そんなことを言うので……
エリスは、真っ赤にした顔をバッ! と両手で覆い、
「かっ、カーーット!!」
クレアのお試し劇場に、カットをかけた。
すると、彼はいつも通りの爽やかな笑みに戻って、
「……と、こんな感じですが、いかがでしたか?」
「むり! チャラい!! 耳が耐えらんない!!」
「はは、そうですか。では、いざという時には"素"の口調で攻めてみますね」
「人の話聞いてた?! やめてって言ってんの! やっぱり今まで通りがいいっ!」
「なら、このお題の答えはどうしますか?」
「『そういうヘンタイなところを直して欲しい』でファイナルアンサー!!」
最初から決まりきっていたはずの答えを、エリスはようやく導き出したのだった。
「(うぅ……恥ずかしくないお題を選んだつもりが、何故こんなことに……!)」
エリスはすっかり熱くなった頬を押さえながら、今度こそ普通のお題を選ぼうと目を皿にしてリストを見つめる。
そして、
「……じゃあ、次はこれね!」
当たり障りなさそうな、こんなお題を選んだ。
★彼氏/彼女が 今一番欲しいと思っているものは?
「今一番欲しいもの……ですか」
「そうっ。まずは、あたしのを当ててみて」
「それはもちろん、チョコレートケーキですよね」
「正解! そうそう、これくらいのテンポで進めなきゃ。で? あんたは今なにが一番欲しいの?」
エリスが尋ねると、クレアはにこやかに笑い、
「決まっているじゃないですか。エリスの処j」
──ゴッ!!
ナニカを言いかけたクレアの顔面に、エリスの鉄拳が炸裂する!
「あんた、ンな答え公衆の面前で言ったらほんとに殺すからね?!」
「じょ、冗談ですよ……人前では言いません……ですが……」
クレアは、急に真剣な顔つきになり、
「……貴女が欲しいという気持ちは……本当です」
「……へっ?!」
そのまま彼は、見開かれたエリスの瞳を覗き込む。
「さっきの"素"のセリフ……割と本気だったのですが」
「なっ、何を言い出すのよ急に……!」
「急ではありません。風邪が治ってしばらく経ちますし……同じ部屋に泊まることを許容していただけている以上、期待せずにはいられません」
「あ、う……」
「エリス……私が一番欲しいのは、貴女です。貴女のすべてを……私にください」
「………っ」
「もちろん、無理強いをするつもりはありません。ですが私も男なので、好きな女と同じベッドに寝て平気でいられる自信はありません。貴女が望まないのであれば……今からでも別の部屋を取ります」
「そ、そこまでしなくても……」
「そこまでしなければ駄目です。私の勝手な欲望で、貴女を傷付けたくはありません。……どうしますか?部屋……変えますか?」
じ……っ、とクレアに見つめられ、エリスは視線を泳がせまくる。
何かを答えるまで許してもらえなさそうな、逃げ場のないその雰囲気にエリスは気圧され……
やがて観念したように目を伏せて、
「………かっ、変えない……っ」
ぎゅっ、とスカートの裾を握りしめると、
「…………いいよ。あたしのぜんぶ…………クレアにあげる」
潤んだ瞳でクレアを見つめて。
エリスは、言った。
「あ、あたしだって、それなりの覚悟で同じ部屋にしたんだからっ。けど……やっぱり、いきなりだとどうしていいかわかんないから……ちょっとずつ、"練習"していくかんじでも、いいですか……?」
……と、声を震わせながら、必死に言うので。
クレアの心臓は、一際大きく脈を打つ。
「練習……?」
「あ、いや、えと……なんて表現したらいいのかわからないんだけど……」
「いえ、わかりますよ。少しずつ、時間をかけて慣らしていけばいいのですね?」
それに、エリスはこくんと頷く。
クレアはそっと、エリスの手を取り、
「それじゃあ………今夜、してみますか? "練習"」
そう、尋ねる。
握った手から、互いの鼓動の音まで伝わりそうだった。
エリスは、震える唇をキュッと噛み締めると……
「…………ぅん」
小さく、返事をした。
クレアは、エリスへの愛しさで胸がいっぱいになるのを感じ……穏やかに微笑む。
「エリス……愛しています」
「……ん」
「必ず、大切にします。貴女が嫌がることは、絶対にしません。それから………」
──ごふっ。
……突然、クレアは口から血を吹き出すと。
「……すみません、限界です。ちょっと一回…………死んできます」
幸せ指数が、ついに臨界突破し……
──ばたっ。
……と、床に倒れ込んだ。
エリスは、突然死したその遺体を見下ろし……
「……なんでこんなの、好きになっちゃったんだろ」
はぁ……と、ため息をつきながら。
どんなクイズよりも難解なその問いを、ひとり自問自答したのだった……
* * * *
──翌日。
エリスたちは、予定通りクイズ大会に出場していた。
アルトゥールの街の、中央広場。並べられた簡易テーブルを前に、二人はフリップを持って座っている。
二十組ほどのカップルが参加する中、前日の予習の成果もあり、二人は全問正解で勝ち進んでいた。
「さぁ、次でいよいよ最後の問題です! ここまで全問正解しているのは二組のカップル! 果たしてこの最終問題で勝敗は決まるのか?!」
多くの見物客で賑わう会場を、役場にいたあの運営係の男性が司会となって盛り上げる。
クイズのお題は、クジ引きのような形で決まる。穴の開いた箱に司会者が手を突っ込み、お題の書かれた紙を一枚引くのだ。
最後のクジを引く手が箱の中に差し入れられ、エリスは喉を鳴らす。
「ここまできたら絶対勝つわよ、クレア……!」
「えぇ……チョコレートケーキは我々のものです」
二人が緊張の面持ちで見つめる中、司会者が箱から引いたクジを広げ、お題を確認する。
「こっ、これは……大会の最後に相応しいお題が出てしまったかもしれません! それではいきますよ〜……最後の問題は、コレだ!」
ばばんっ!
司会者は、お題の書かれたクジを高々と掲げ、
「ズバリ! 二人の"ハジメテ"の時の感想は?! まずは彼氏さんから、彼女さんの答えを予想してお答えください! どうぞ!!」
……そう、意気揚々と言った。
会場が黄色い悲鳴で盛り上がる中、エリスは……
「……ハジ、メテ……?」
眉をひそめ首を傾げるので、クレアは焦る。
まずい。たぶん、普通に意味がわかっていない。
しかし、本当の意味を伝えたら伝えたで、エリスはパニックを起こすだろう。
何せ……
彼女は昨晩、ようやく本番前の"練習"をした程度の経験しか持ち合わせていないのだから……!!
これは、意味がわかっていないことを逆手に取ろう。
クレアは機転を利かせ、彼女の耳元でこう伝えることにする。
「エリス。"ハジメテ"のキスの感想ですよ。答えられます?」
……しかし、その囁きを遮るように、見物に来ていた周りのカップルたちが、
「初えっちの感想だってよ。お前、答えられる?」
「えぇ〜ムリ〜恥ずかしい〜♡」
……と、大声で話しているのが聞こえてきて……
エリスは……ぷるぷると震え出す。
……やばい。
「あ、あの……エリス? ここは他のお題だと思って、何か答えを……」
クレアが必死に落ち着かせようとするが、時既に遅し。
ただでさえ彼女は、ここまで羞恥に耐えながらお題に答えてきたのだ。
その上……
昨晩の、クレアとの甘やかな"練習"のひと時を、ありありと思い出してしまい……
──ぷしゅぅぅうっ。
……例の如く、顔から湯気を噴き出し。
完全に、沈黙した。
彼女の戦いが、終わった瞬間だった……
* * * *
「はぁ……負けちゃった」
エリスはしゅんと肩を落とし、クイズ大会の会場を後にする。
その手には、チョコレートケーキ……ではなく、二位の賞品が入った小さな箱が握られていた。
「申し訳ありません。勝たせてあげたかったのですが……まさか最後の最後で、あんなお題が出るとは」
「ほんと最悪……なんて下世話な大会なの……"中央"に帰ったら『治安に問題あり』でソッコー報告してやる」
ここぞとばかりに職権を乱用しようとするエリスに、クレアは優しく微笑みかける。
「ところで、その二位の賞品は何でしょうか?」
「さぁ……大きさ的に食べ物ではなさそうだけど」
エリスはしょんぼりしながら、その箱を開けてみる。
と……
『……あ』
その中身に、二人は同時に声を上げた。
そこに入っていたのは……
二膳並んだ、箸だった。
デザインは同じだが、色と長さがそれぞれ違う。
一つは、男性用。もう一つは、女性用。
所謂……"夫婦箸"である。
二人は、それを眺めてから……
ふっと、同時に笑う。
「これはこれで……よかったかもしれませんね」
「うん。なんか……あたしたちらしいかも」
ケーキは、食べたら消えちゃうけれど。
お揃いのお箸なら……美味しい思い出と一緒に、いつまでも二人で持っておける。
エリスは、箸の入った箱にそっと蓋をすると、クレアを見上げて、
「……さぁ。コレを使って、何を食べようか?」
「そうですね……やはり、チョコレートでしょうか」
「って、チョコは普通お箸で食べないんじゃない?」
「いいじゃないですか。二人の箸なのですから、自由に使いましょうよ」
「……それもそうね。そんじゃ、マイ箸最初の食べ物はチョコに決定! そういえば、あっちに美味しい生チョコのお店があるんだって! 行ってみようよ!」
「わかりました。では……手を繋いで行きますか?」
「…………」
「……下手に触ると、昨日の夜のこと思い出しちゃいます?」
「……あんたこそ」
「ぶふっ」
「ほら、さっさと行くわよ! 売り切れたら大変なんだから!」
そう言って、エリスはクレアの手を取ると。
はにかんだ笑顔を浮かべ、アルトゥールの街を駆け出した。
*おしまい*
番外編 第二弾、お読みいただきありがとうございました。
本当に下世話なクイズ大会でしたが、おかげで二人の距離がまた少し近付いたようです。
会話メインで綴ってしまいましたが、彼らの掛け合いをお楽しみいただけていたらさいわいです。
次回、番外編 第三弾は、二人が意外とまだしていなかったアレをします。
舞台は引き続きアルピエゴ領です。よろしくお願いします。