表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/332

エリシア・エヴァンシスカちゃんはキスができない②

 



「──すみません。連れが風邪で倒れちゃって……延泊ってできますか?」




 エリスは一階に降り、カウンターにいたお団子頭のふくよかな女性……宿屋の女将に声をかけた。

 女将は宿泊台帳をめくりながら名前を確認し、頷く。



「あぁ、ツインルームのお客さんね。連れって、あのイケメンな彼氏のことかい?」



 にまにまと笑いながら聞かれ、エリスは「へっ?!」と顔を赤らめてから……



「…………そ、そうです」



 しおしおと小さくなりながら、そう答えた。

 すると女将は、追い討ちをかけるように、



「はは、見たところ付き合いたてだね? せっかく同じ部屋に泊まれたのに、残念だねぇ」

「べっ!別に残念とかじゃないし! それより延泊できるのか教えてよ!!」

「あぁ、ごめんごめん。……うん、大丈夫だよ。三泊までなら延長できる」

「よかった。じゃあとりあえずもう一泊延長で。あと……厨房って借りられたりする?」

「厨房? 何に使うんだい?」



 そう聞き返され。

 エリスは少し、もじもじしながら、



「……晩ご飯、作ってあげようと思って。包丁とまな板とお鍋借りられたら、それで十分なんだけど……」



 なんて、照れたように言うので。

 女将は、何故か胸がきゅーんとなり、



「……わかった。なんならおばさんも手伝う」

「ほんと?!」

「あぁ。今日のお客さんはみんな他所(よそ)で食べるっていうから、夕飯作る予定なくて暇なのさ。調味料も、好きなのを使っていいよ」

「ありがとう! 実はあたし、料理はからきし駄目で……手伝ってもらえるならすごく助かる。あ、そうそう。ここから一番近い薬屋ってどこにあるかな。まずは薬をもらってこなきゃ」

「薬屋なら、ここを右に出て三つ目の角を左に曲がれば、すぐに見えてくるよ」

「意外と近いのね。よかった。ありがとう!」



 エリスはお礼を述べるとカウンターから離れ、



「薬もらって、そのまま食材も買ってくる! またあとでお願いね、女将さん!」



 一度振り返り、女将に笑顔を向けて、宿の外へと駆けて行った。

 その後ろ姿を見送り、女将は頬に手を当てて、



「はぁ……若いって、いいわねぇ」



 一人うっとりと、呟いた。








 ──思っていたよりもずっと上手くいった。



 ……と、宿を出たエリスは、思わず笑みを浮かべた。


 クレアに滋養があるものを食べさせてあげたい。出来れば作りたての、温かいものを……と思ってはいたが。

 自分の料理の腕が壊滅的であることは百も承知なので、上手いこと宿の人に協力してもらいたいと考えていたのだ。



「んふ。親切な女将さんでよかった♪」



 エリスは軽い足取りで、女将に言われた通り三つ目の角を曲がり、薬屋を目指した。

 医者がしてくれるのは、診察と処置まで。薬は、専門の薬屋で手に入れなければならないのだ。



 ……と、程なくしてエリスは薬屋の看板を見つけた。

 駆け寄って、店の前に立つ……が。



「……え゛」



 その店構えを見て、絶句した。何故なら……



 ど ピ ン ク 。



 壁面から扉から窓枠から、何もかもが、どギツいピンク色で塗装されていたのだ。

 しかし、看板には間違いなく『薬屋』の文字があり……



「……変わった店」



 とりあえずここで間違いなさそうなので、エリスは意を決して入ることにした。



 店の中は、案外普通だった。壁もカウンターも、塗装されていない木材の色そのままだ。

 薬の元となる植物の葉や実、根っこなどを乾燥させたものが瓶詰めされ、あちこちに積まれている。薬に関するものだろうか、辞典のように分厚い本が本棚にずらりと並んでいた。


 薬屋独特のにおいを感じながら、エリスが誰もいない店内に「すみませーん」と呼びかけると、



「はいはーい! あら、可愛いコ。いらっしゃーい♪」



 そんな明るい声と共にカウンターの奥から出て来たのは……

 妙齢の女性だった。長身でスタイルの良い美人である。ショートカットの艶やかな金髪に、ピンク色のメッシュ。エメラルドグリーンの瞳には、銀フレームの眼鏡がかけられていた。


 他に誰もいないところを見ると……この女性が、店主なのだろうか?

 エリスは医師にもらった処方箋を取り出し、女性に渡す。



「医者から、この薬をもらうようにって言われました」

「ほうほう、どれどれ。んー……見たところ、熱風邪の症状と……怪我でもしているのかしら、痛み止めも必要なのね」



 と、店主らしき女性は眼鏡を持ち上げながら処方箋を眺める。



「でもコレ、あなたのものではないわね? だって書かれている患者名が男性だもん」

「あ、はい。連れが熱出して倒れちゃって……」

「…………」



 すると女性は、エリスの顔をずいっと覗き込み、



「……カレシ?」

「なっ! ……えぇ、まぁ、そんなところです」

「いやぁ〜ん♡ 風邪引いたカレシのためにお薬もらいに来たのね♡ わかったわ。おねーさんが今最っ高にキクお薬作ってあげるから。座って待ってて♡」



 そう言って、スキップをしながらカウンターの向こうへと戻って行った。



 宿屋の女将といい、みんなして彼氏カレシって……なんなんだこの街の住人は……



 エリスは赤くなった顔を手で扇ぎながら、壁際に置かれた椅子に座った。

 薬を作り始めたのだろうか、女性が消えたカウンターの奥からは、ゴリゴリと何かをすり潰すような音が聞こえてくる。


 それを聞きながら、しばらくぼーっと店内を見回していたエリスだったが……



「……カレシ、かぁ」



 そう呟いてから。

 ふと……先ほど言われた、クレアの言葉を思い出す。




『なんだか悲しくなってきました。やはり、私の片想いなのでしょうか……』




 ……うっ。思い出しただけで胸が痛む……



 エリスは、痛む胸を押さえてから。

 はぁ……と、ため息をついた。





 ……もちろん、クレアのことは好きだ。

 キス自体が嫌なわけではない。

 ただ……恥ずかしいだけ。


 だって、想像すらしていなかったのだ。

 こんな風に、誰かを好きになって……恋人同士になるだなんて。

 だから自分が、普通のカップルみたいにキスとかをしていることが、なんか変で……

 どうしようもなく、恥ずかしいのだ。


 しかし、どうやらそのせいでクレアを不安にさせてしまっているらしい。

 あたしがうまく、気持ちを表現できていないから……

 ちゃんと好きなのに、それがあいつに伝わっていない。

 だから……



『エリスは何も、気にしないでくださいね』



 ……あんなこと、言われちゃうんだ。


 たしかに、「大好き」って口にしたのも一回だけだしなぁ……

 だけど「好き」って、あらためて言葉にするタイミングなくない……?キスは人体の構造的に無理だったし……



 あああもう!!

 好きな気持ちって、どうやって伝えたらいいの?!





 うがーっ!

 とエリスが頭を掻き毟っていると……店の奥から、店主の女性が戻って来た。



「おまたせーっ! お薬できたわよん♪」

「あ、ありがとうございます」

「んふふ。特別にハイ、コレ。ちょー"元気"になる精力ざ……じゃなくて、栄養ドリンク♡ サービスで付けとくから、カレシさんに飲ませてあげてね♡」



 ……なんて言いながら、液体の入った小さな瓶を差し出してくるので、エリスは不審な眼差しを向ける。



「……大丈夫なの、ソレ。法に触れるものじゃないでしょうね?」

「だぁいじょうぶよん♡ マムシとスッポンのエキスで作った、()()()滋養薬よ♡ あなただって早くカレシさんに"元気"になってもらいたいでしょ?」

「ま、まぁ……それはそうだけど……」

「んで、こっちが風邪のお薬。食後に一包ずつ飲ませてあげてね♡」



 笑顔でごり押しされ、エリスは不安になりつつも栄養ドリンクと薬の袋を受け取った。

 そして代金を支払い、お釣りを受け取った時、



「ひょっとして、アルピエゴ領に向かってるの?」



 そう聞かれたので、エリスは少し驚きながら頷く。



「うん、なんでわかったの?」

「だって、最近若いカップルに超人気の旅行先だもの。みんなこの街を通っていくわ」



 そうか、それで……

 どこも宿はいっぱいだし、みんなして彼氏カレシ聞いてきたのか。


 エリスが一人納得していると、女性が続けて、



「アルピエゴなんて元々なんもないド田舎だったけど、数年前に領主が変わってから『若い人を集めよう!』って街を改築したり制度を見直したり、いろいろ新しいことをやり始めたのよ。新婚さんの移住者も増えているんだって」

「へぇ……本当に噂の通りなんだ」

「実は私、実家がアルピエゴにあるんだけど……あまりにカップルが増えていたたまれなくなって、それで去年ここに店を移して来たの。あいつらほんと、所構わずイチャつくからさぁ……何度毒薬撒き散らそうと思ったことか♡」

「…………!!」



 エリスは受け取った薬の袋をガサッ! とカウンターに置き、一気に彼女と距離を取る!!

 毛を逆立て警戒するエリスに、女性は「あはは」と笑って、



「うそうそ、冗談よ♡ いい加減家を出ろって、親に追い出されちゃったの。妹はとっくに独り立ちしているのに姉のお前は何やってんだー、ってね。ウチは代々薬屋の家系だから、腕は間違いないわよ。毒なんか入ってないから安心して♡」



 と、エリスが手放した袋を手に取り、再び差し出す。

 それでもエリスは近付こうとしないので、女性はにこっと微笑んで、




「……アルピエゴに行けば、きっといろんな刺激をもらえるわ。カレシさんともっともっと仲良くなれるかもしれないから……楽しんで来てね♡」




 そう、優しく言った。

 その言葉に、エリスはじっと黙り込んでから……



「……どうも」



 と、小さく返して。

 薬の入った袋を、受け取った。




さて、ここで問題です。(唐突)

この薬屋のおねーさん、一体何者でしょうか。


ヒントは、「アルピエゴ」。

実は本編の第一部に一度だけ登場している地名なのです。

答えは 2020/01/26 の活動報告に載せていますので、よろしければご覧ください。


※ちなみにわからなくても内容的にはまったく問題ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 珍しくエリス視点だ!エリスの可愛さが爆発するからエリス視点大好き。 エリスかわえぇ… クレアのことめっちゃ好きだけど、クレアが変態すぎて伝えきれなくてオーバーヒートとか可愛すぎる…… 彼氏…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ