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17-1 秘められた原罪

 



「──なるほど。それで手錠を……」



 鉄の鎖で繋がれたクレアとエリスの手を眺めながら……

 経緯を聞いたシルフィーは、苦笑いをした。



 エリスの絶叫により叩き起こされたシルフィー・チェロ・ブルーノは、何事かと慌ててクレアの病室を訪れるも……

 ベッドの上で組み合っている二人を見つけ、絶句。

 手錠をかけられ、クレアに無理矢理押さえつけられているエリスの姿にチェロは怒りを爆発させ、場所を忘れて攻撃魔法をぶちかまそうとする……

 が、寸前で駆け付けた看護師に「お静かに!!」と止められたのだった。



 ……で。

 一旦病院を出て、早朝から営業している漁港の食堂にやってきたわけだが。




「確かに、それはエリスが悪いわ。私でも怒るもの」



 と、珍しくチェロがクレアの側につく。

 しかしエリスは犬歯を剥き出しにして、



「だからゴメンって! 反省してる!! もう勝手にどっか行ったりしないから、とにかくコレ外してよ!!」



 自身の右腕に嵌められた手錠を指さし、隣に座るクレアに訴えかけるが……彼はにこにこと微笑んで、



「はは、駄目に決まってるじゃないですか。もう一秒たりとも離れるつもりはありません。ほら、右手が使えなくて不便でしょう? 私が食べさせてあげますから、あーんしてください」



 と、エリスの目の前に白身魚のフライを突き出すので……

 彼女は、ゴクッと喉を鳴らした。


 嗚呼、揚げたての香ばしいにおいが鼻をくすぐる。

 ここで流されたら負けだと、頭ではわかっているのに……

 昨日の晩ご飯を抜いた腹の虫が、「よこせェ! 早くソレをよこせェエ!!」と(うるさ)いくらいに暴れている。


 エリスは、「くっ……」と悔しげに顔を歪めてから……



 ──サクッ。



 ……欲望に負け、フライに齧りついた。

 瞬間、口内に広がるタルタルソースの幸せな味。

 ふわふわの白身とサクサクの衣を咀嚼する度に、唾液がじゅわじゅわと溢れ、ますます腹が減ってくる。


 美味しさに悶える彼女の顔を、クレアは嬉しそうに眺め、



「ふふ。美味しいですか?」

「んん……おいひぃ……」

「よかった。これからはこうして、私が貴女の右手になってあげますからね。ご飯もトイレもお風呂も、ちゃーんとお世話しますから。あ、あとであの下着も着てみましょうね」



 ……と、完全にイッた目をして、囁いた。

 それに……ブルーノとシルフィーは、



「儂らは一体、何を見せられているんじゃ……」

「クレアさん、エリスさんを拉致られたことがよっぽどトラウマになったんでしょう。完全にメンヘラ化しています」



 あきれながら、ため息をついた。



「……で、この後のことだけど。予定通り『風別ツ劔』の元へ行くとして、ここからどれくらいかかるの?」



 と、チェロが仕切り直すようにブルーノに尋ねる。

 彼は一度チラッと時計を確認してから、



「船で二、三十分といったところかの。ただ、時間をよく考えなければたどり着けない場所にある」

「………どういうこと?」



 チェロが首を傾げる。それにクレアが、エリスにフライを与えながら、



「ひょっとして……潮の満ち引きに関係のある場所なのでしょうか」

「その通り。潮が引いている時でないと、シュプーフのいる所へは行かれん。今からだと……一時間後に船を出せば、ちょうどいい頃合いに着くか」

「へぇ。決まった時間でないと行けない場所にあるだなんて、確かに"隠れ家"的ですね」



 ブルーノの言葉に、シルフィーが相槌を打つ。



「食事が終わったら出発しよう。……本当に、それでいいんじゃな? あんちゃん」



 と、ブルーノが最後の確認をする。

 クレアは迷わず頷き、昨日新調したばかりの剣に手を触れ、



「はい。準備は万全です。"水瓶男(ヴァッサーマン)"が現れるかはわかりませんが……まずは我々の手で『風別ツ劔』を抜くことができないか、試してみましょう」



 そう、答えた。





 * * * *





 食事を済ませた後、クレアたちはブルーノの漁船に乗り込み、港を出発した。

 空は快晴。穏やかな海が陽の光をキラキラと反射させ、頬を撫でる潮風も優しい。実に気持ちの良い天気だった。


 ……が。船が波に揺れる度に、クレアに繋がれた手錠がジャラジャラと鳴るので。

 エリスは、なんとも浮かない表情をしていた。


 ふと、彼女は彼を見上げ、



「……まだ怒ってる?」

「いいえ、最初から怒ってなどいませんよ。ただ心配なだけです」

「……あのさ、手錠の代わりに……てっ、手を繋ぐっていうのはどう? 離さなければ、それでも同じでしょ? こんな冷たくて硬いもので繋がれるよりも……あたし、クレアの手の方がいいなぁ」



 ……と、上目遣いで言ってみる。

 その甘えるようなセリフに、クレアはじーーっとエリスを見つめ返し………

 にこっ、と微笑むと、



「えぇ、いいですよ」



 ぎゅっ、と。

 自身の左手で、エリスの右手を握りしめた。

 ………手錠を、つけたまま。



「…………あれ? 手錠は?」

「外しませんが?」

「なんでよ! 今最高の代替案を提示したじゃない!!」

「そうやって可愛く言えば(ほだ)されると思いましたか? 甘いですね。残念ながら今回ばかりは私も本気です。無事に帰り着くまで、手錠を外すつもりはありません」

「とか言いながらめちゃくちゃ手ぇにぎにぎしてくるし!もうっ、手錠外さないなら手繋ぎ案はナシっ!!」

「駄目ですよ、自分の言葉には責任を持ってください。このまま手錠プラス手繋ぎでいきます。あとさっきの上目遣いほんとに可愛かったので、もう一度お願いできますか?」

「はぁっ?! するワケないでしょっ?! ちょ、ヘンな触り方しないでよくすぐったい!!」



 ……とかなんとかイチャつく二人の後ろで。



「……………ぐ……っ!!」

「先輩! 気持ちはわかりますけど、ここは堪えて……!!」



 精霊封じの小瓶に手をかけ、今にも攻撃魔法をぶっ放しそうな形相のチェロを、シルフィーが必死に宥めるのであった……





 ──そうして十分ほど船を走らせた後、ブルーノは漁船から小さな手漕ぎボートを降ろし、そちらに乗り換えるようクレアたちに促した。

 シュプーフのいる"隠れ家"へは、この漁船では入れないらしい。

 乗り換えた手漕ぎボートで、さらに十五分ほど進んだ頃……



「──見えたぞ。あれじゃ」



 オールを漕ぐブルーノが、顎で進行方向をさした。

 四人がそちらに目を向けると……波が打ち寄せる岸壁の岩肌に、ぽっかりと穴が開いているのが見える。



「……あれは……洞窟?」



 クレアの呟きに答えるように、ブルーノは頷き、



「そう。長い年月をかけ、波に侵食されてできた洞窟──海蝕洞(かいしょくどう)だ」



 そう、説明した。

 海面から僅かに空いたその穴は、確かに小舟でなければ入ることが難しそうな程に狭かった。潮が引いた時間でこの状態ならば、満潮時には完全に海の中だろう。

 ブルーノは慣れた手付きでその狭い入口にボートを滑り込ませ、漕ぎ進めていく。次第に陽の光が届かない、真っ暗な空間へと変わってゆく。チェロは小瓶から光の精霊・アテナを放ち、周囲を照らした。



「すごい……中は思ったよりも広いのね」



 頭上を見上げるエリスの声がこだまする。洞窟は、奥へ進む程に幅も高さも広がっていった。



 そして……五人を乗せた小舟は、洞窟の最奥へと辿り着いた。

 入口からは想像もできないような巨大な空間だ。天井の高さも奥行きも、ぐるりと首を回さなければ見渡せない程である。



「………それで、シュプーフはどちらに?」



 ブルーノが舟を止めると同時に、シルフィーが遠慮がちに尋ねる。

 するとブルーノは無言のまま、持っていたオールでパシャパシャと数回、水面を叩いた。

 直後、それに呼応するかのように水面が揺れ始め……底の方から巨大な気泡がぶくぶくと湧いてくる。



「なっ、何?!」



 舟の(ふち)にしがみつきながら、チェロが下を覗き込む。

 刹那……



 ──ザバァアアァアアッ!!



 ……水しぶきを上げながら、黒く巨大な塊が、水面へ浮上した。

 波が立ち、五人の乗る小舟が大きく煽られる。



「ほれ。これがシュプーフじゃ」



 ブルーノが軽い口調でそれを見上げるが……他の四人は、身体を仰け反らせ驚いていた。



「って、コレ………生き物っていうより、もはや山じゃない!!!」



 エリスの叫び声が響き渡る。目の前に現れたそれは、比喩などではなく本当に山にしか見えなかった。

 高さにして五メートル、全長は……三十メートルはあるか。もはやどちらが頭でどちらが尻尾なのかもわからない。一見すると真っ黒だが、よく見ると深い青色をした身体は、磨かれた鉱石のようにつやつやと水を弾いていた。


 エリスの絶叫に、しかしブルーノは肩をすくめて、



「だから言ったろう。ここから出られなくなるくらいにデカくなったと」

「ヒトの想像力には限度ってモンがあんのよ! 『魚』って聞いて、誰かこんなお山を想定しますか!!」

「山とは失礼な。シュプーフは立派な魚竜(イシャナ)だぞ。な? シュプーフ」



 というブルーノの呼びかけに応えるように、シュプーフは閉じていた黒い瞳を開け、二回ほどまばたきをした。それにエリスが、「あ、こっちが頭なんだ」と呟く。



「それで……どうやって、彼の喉に刺さった劔まで向かえばいいのでしょうか」

「まさか、『口開けてー』ってお願いする、とか?」



 と、巨大な魚竜を前に、クレアとチェロが交互に言う。

 するとブルーノは「フンッ」と鼻を鳴らし、



「その『まさか』じゃよ。おーいシュプーフ! いつもの"点検"じゃ! 口を大きく開けろー!!」



 ……などと真正面から人語を投げかけるので、シルフィーもあきれ気味に「そんな無茶な……」とその様子を眺める……が。


 予想とは裏腹に、シュプーフは。

 ざばーっ! としぶきを上げながら、その巨大な口を……言われた通りに、開いた。


 唖然とするシルフィーたちに、ブルーノは得意げに振り返る。



「な? シュプーフは賢いんじゃ。儂の言葉もちゃあんと理解しとる」

「『いつもの"点検"』というのは……?」

「時々こうしてシュプーフの口の中に入って、劔が刺さっている箇所に異常がないか診とるんじゃ。だからこいつも慣れとる。シュプーフ! 今日はちと客が多いが、悪い奴らじゃない! 心配いらんからな!!」



 クレアの質問に答えてから、シュプーフに呼びかけるブルーノ。

 エリスは「あはっ」とわくわくした様子で笑って、



「シュプーフ、はじめまして! あたし、エリシア・エヴァンシスカ! これからあなたの口の中にお邪魔するけど、痛くしないから安心してね!!」



 そう、挨拶をした。

 シュプーフは先ほどと同じように、まばたきを一度だけして応えた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] この小説読んでるからだろうな。メンヘラクレアが可愛いと思ってしまった…。 エリスの最高司令器官が胃なのは変わらないなぁ。イチャイチャシーンなのにエリスらしさが全開でとても良い。 あと「んん…
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