16-2 情愛ディストーション
会話多めの、いちゃらぶパート。
………の、はずでした。
耳元で囁かれた、その言葉に。
エリスは、背筋がぞわぞわとくすぐったくなるのを感じる。
しかし、それをクレアに悟られないように、
「な、なんであたしまで……いいから早く寝なさいよ」
そう返すが。
「……………」
「え、ちょ……ひゃあっ!」
クレアは何も答えないまま、エリスの身体をひょいっと抱きかかえると。
トサッ。と……彼女を、ベッドに寝かせた。
「……エリス」
そのまま、覆いかぶさるように顔を近付けてくるクレア。
エリスは全身を紅潮させ、あわあわと大いに狼狽える。
たぶん、これって……アレだ。なんかいやらしいコトされる雰囲気だ!
もしかして……今朝みたいなキスを、また……?
確かに好き同士なら、こういうコトするのが当たり前なのかもしれないけど……けど……!!
「ま……待って! その……ココ病院だし! なんならまだ昼過ぎだし! そういうのは、ちょっと……!!」
「昼だろうと関係ありません。だって……」
直後、クレアは手を伸ばし……
──バサァッ!
と。
毛布をめくり上げ……
「エリス……私に付きっ切りで、昨日ほとんど眠れていないでしょう? 薬屋でもぼーっとしていましたし……私よりも、貴女が寝るべきです」
……なんて言葉と共に。
エリスは、ふかふかのお布団に包まれた。
その瞬間、思わず「……へ?」と間の抜けた声を上げる。
「ね、寝る……?」
「そうです」
「……それだけ?」
「それ以外に何があるのですか。私のせいで食事も睡眠もとれなかったなんて……申し訳なさすぎて死にそうです。今すぐ目を閉じて、寝てください」
そう言って、クレアは本気で心配そうな顔をする。
その言葉と態度に、エリスは……
もっと別のことをされるんじゃないかと想像していたことが、無性に恥ずかしくなって……
すすす……と布団の中へ顔を隠しながら、
「…………はぃ」
蚊の鳴くような声で、返事をした。
クレアは満足げに頷き、ベッドの横の椅子に座ると、
「すみません。ひょっとして、えっちなことされるんじゃないかと期待させてしまいましたか?」
……と、爽やかに笑いながら言うので。
エリスは、がばぁっ! とベッドから起き上がり、
「なっっ?! ……は、はぁ? そんな期待するわけないでしょ?!!」
「でも今、『それだけ?』って、ちょっと残念そうに……」
「ざざざ残念そうになんかしてないし!!」
「あと、その前の言葉……あれって裏を返せば、『病院じゃない場所』で、『夜中』ならOKと、そういう意味ですか?」
「ちっ、違うっ! 違うからぁっ!!」
「エリスもそういうコトに興味があったとは……これは嬉しい誤算です。ていうか、どのくらい知識あるんですか? ●●●とか、知ってます?」
「ばっ……バカ!! 最っ低!! このド変態!!!」
完全に胸の内を見透かされた上、セクハラ発言までされ、エリスは顔を真っ赤にして布団に潜り込む。
それに、クレアは「あはは」と笑って、
「すみません。貴女の反応がいちいち可愛くて……つい、イジメたくなってしまいます」
「うっさい、バカ……ヘンタイ……」
「ええ、変態ですよ。変態ですが……」
クレアは、そっと。
布団の上から、エリスの頭を撫で。
「……寝不足の恋人をいきなり襲う程、人でなしではありません」
……そう、優しい声音で言われ。
エリスは、あらためて発せられた『恋人』という言葉に……なんだか胸の奥が、こそばゆくなり。
潜り込んだ布団の端からそっと顔を覗かせ、クレアのことをじーっと見つめる。
「……………」
「どうかしましたか?」
「……あ、あたしだって、その…………怪我してるこっ、恋人の寝床を、平気で占領できる程……人でなしじゃないんだケド」
と。
恥ずかしそうに目を逸らしつつ、そんなことを言うものだから。
「…………………」
クレアの中の"理性"ゲージが、ギューンッ! と大幅に削られ、『変態鬼畜モード』が顔を出しそうになる……!!
………が、なんとか踏み留まり。
「……わかりました、エリス。互いの気持ちを尊重する、画期的な方法を思い付きました」
「……え?」
するとクレアは。
がばっ! と、毛布をめくり。
……エリスの横に、自分も寝転がった。
そして、にやりと笑って、
「……一緒に、寝ましょう」
「…………へ?!」
「こうすれば、貴女も私も休むことができます。それにエリス、『自分は怪我していないから』と病室を取らなかったのでしょう? 他に何処で寝るつもりですか」
「そ、それはそうだけど……」
「大丈夫ですよ。本当にヘンなことはしません。背中トントンしてあげますから、早く寝てください」
「トントンって……子どもじゃないんだから」
「ここは"子ども扱い"させてくださいよ。まともに"恋人扱い"するとなると……トントンする場所が変わってきます」
「…………"子ども扱い"で」
「よろしい。さ、いい子だから寝ましょうね」
そう言って、クレアはエリスの背中に手を回し、トントンし始める。
その優しいリズムが案外心地よくて……エリスの緊張が、徐々に解けてゆく。
「……こんな風に誰かと寝るの、子どもの時以来かも」
「お母さまにも、こうしてもらっていたのですか?」
「たぶん……あんまり覚えてないけど。母さん、仕事で夜もいないことが多かったから」
「……寂しかったですか?」
「どうだろう。それが当たり前だったからなぁ」
「エリスは、どんな子どもだったのですか?」
「うーん…………よく食べる子ども?」
「はは、今とおんなじですね」
「そういうクレアは、どんな子どもだった?」
「……そうですね。物心ついた時にはもう剣を握らされていましたから……丸太やダミー人形を使って、試し斬りして遊んでいましたかね」
「そ、そっか」
「すみません。こんなつまらない話」
「ううん、いいの。むしろもっと聞かせて」
「え?」
少し驚いたような顔をするクレアに。
エリスは、照れたような笑みを浮かべて、
「……もっとちゃんと、知りたいから。クレアのこと」
そう、言った。
瞬間。
──ズギューンッ!!
……と、クレアの胸が締め付けられると同時に、"理性"ゲージが一気に減り……残り『1』にまで抉り取られる。
「……どうしたの? クレア」
「いえ……ちょっと今、自分と戦っていまして……」
クレアが何かを堪えるように唇を噛みしめるので、エリスはそれを不思議そうに眺める。
その瞳を……クレアは不敵に微笑みながら見つめ返し、
「私のことを知りたいと言いますが……知らない方がいいことも、あるかもしれませんよ?」
「えぇ〜? 例えば?」
「すっごい寝相が悪いとか」
「へー、そうなの?」
「可愛いぬいぐるみを集めるのが趣味だとか」
「え、意外……」
「夜な夜な自作の官能小説を認めているとか」
「…………え゛」
「というのは全部冗談ですけど」
「冗談かよっ!」
彼女の素直な反応に、クレアは思わず笑みをこぼしながら。
彼女に……本当に隠していることについて、考える。
エリスの父……ジェフリーに、とても世話になったこと。
しかしジェフリーは、"水瓶男"が関わる事件により、命を落としてしまったこと。
その遺言がきっかけで、二年以上もの前からエリスを見守っていたこと。
初めて見た時から……ずっと惹かれていたこと。
そして……
"水瓶男"を追うためのこの旅に、エリスを道連れにしたこと。
『治安調査員になりたい』というエリスの希望と、『エリスを国の重要ポストに置きたい』という国の希望、そして何より……
『エリスをずっと側で見守りたい』という自分自身の欲望によって。
彼女を、こんな危険な目に合わせているということ。
「……………」
だから本当は、こんな風に。
……貴女に好いてもらう権利なんか、あるはずがないのに。
「…………エリス。私、実は……」
……と。
罪悪感に苛まれたクレアが、そう切り出した……その時。
横向きで、向かい合うようにして寝転んでいるエリスが。
きゅっとクレアの服を掴み、彼の胸板に額を擦り寄せてきた。
そして、
「…………クレアのにおい……あんしんする……」
瞼を閉じながら、寝言のように。
「……………すき……」
……そう呟いて。
そのまま、すうすうと寝息を立て始めた。
それに、クレアは。
……クレアは………
──ズバァァアンンッ!!
オーバーキル。彼の"理性"は粉々に砕け散り、完全に沈黙した。
その瞬間、罪悪感も倫理観も、何もかもが吹っ飛ぶ。
なに……なんなのこのコ……違うじゃん。こんなキャラじゃなかったじゃん。
ちょ、ほんと勘弁して……"可愛い"の波状攻撃で殺す気なの……?
俺が二年以上もストーキングをしていた本物の変態だとも知らずに……こんな、無防備な寝顔を晒して。
……わからせてやる。
俺の愛が、どれだけ異常で危険なのか……
顔に影を落とし、クレアはエリスの身体に跨ると……
──シュルシュルシュルッ!!
……と、懐から取り出したメジャーを、鮮やかな手つきで伸ばした!
──ハァ……ハァ……久しぶりに、身体測定のお時間だ……!
もう我慢できん。こうなったらもう、起きるのを覚悟であらゆるところを測り尽くしてやる……!!
そこからのクレアの動きには、一切の迷いがなかった。
寝ているエリスの身体を上から下まで、実に細かく測定し……彼女の輪郭を、自分のものにしてゆく。
まつ毛の長さ……うん、相変わらず長い。
耳穴の直径……あああ小さい。可愛い。
肩幅……護りたいこの華奢さ。
手首周り……優しく扱わなければ折れてしまいそう、だけど押さえつけたい衝動にも駆られる、二律背反な細さ。
おへその深さ……嗚呼、奥まで広げて覗き込みたい。そんで恥ずかしがらせたい。
お尻周り……しっかりとした肉付き! ありがとうございます!!
……などと、呼吸を荒くしながら、エリスの身体に無遠慮にメジャーを当ててゆくが……
昨夜一睡もしていなかったためか、あちこち好き勝手触られているにも関わらず、エリスはまったく目を覚ます気配がなかった。
そうして足先まで測り終えたクレアは、最後の楽しみに取っておいた箇所……
バストへと、視線を移す。
仰向けの状態で、寝息に合わせて上下する、柔らかそうな双丘……
クレアは一度、ゴクッと喉を鳴らすと。
彼女の背中にメジャーを回し……
ゆっくりと、その両端を、胸の一番高い位置でクロスさせた。
瞬間。
「……?!」
なんてことだ……目視でもなんとなく感じ取ってはいたが……
また、成長している……だと……?!
これじゃあ下着のサイズが変わってしまうじゃないか……今の持ち合わせじゃ、窮屈に感じているはずだ。
……買いに行こう。
彼女の今のサイズにぴったりな、可愛い下着を買いに行かねば。
そんで、それを身に付けたところを見せてもらおう。拒否られたら、着替えを覗き見しよう。
よし。
……そう思い立つと。
クレアはエリスに毛布をかけ、財布を握りしめて、足早に病室を出た。
すると……
『……………あ』
廊下でばったりチェロに出くわし……
……二人は同時に、動きを止めた。