始まり
(やっぱ一人で行くしかねえか……)
そう思いながら1人で田舎道を歩くのは藤原昂、20歳。
藤原昂は人一倍に自由というものに拘り、高校卒業後も極力社会に縛られないよう敢えて就職せず2年間フリーターとして過ごしていた。
藤原は自分が面白そうだと思ったものや場所を見つけてはそれを徹底追求するなど幅広い好奇心や知識欲があり、主に地球規模で見れば遥かに狭い島国を出て世界の全てを自分の目で見に行きたいという夢を持っている。
まともに就職しないのも好きな時に好きな場所へ行ける状況下に居たいからだ。
現在藤原が向かっているのは心霊スポットなどと巷で噂になっている地元の廃神社であるが、藤原は心霊には全く興味はなく別の目的で向かっている。
この神社では数ヶ月前から肝試し等で訪れた人々が奥地の洞窟の前で気絶していたといった噂がSNS上で話題になっており、ここに1度訪れたことのある藤原は自身にそのような経験が無いことを踏まえ気になって足を運んでいるのである。
最新の注意を払って当時一緒に来た仲間3人を誘ったものの、全員仕事で忙しかったため1人で来ることになった。
(こんな所に子供……?)
廃神社に到着する直前、周り一面畑だらけの民家も無い道路で2人の中学生風の少年が談笑している光景を目にして不思議に思うが、この時はあまり気にもかけなかった。
(やっと着いた……廃神社になるくらいだから当然ではあるが、ここ交通便悪すぎてめちゃくちゃ歩くんだよな)
歩いた時間は実に1時間。藤原は日頃からいつか行う世界一周の道中トラブルに巻き込まれても対処できるようトレーニングをしているためさほど疲労感は無いが、見慣れた道をただひたすら歩くだけというのは面白いものだけを求める者にとってはかなり退屈なのである。
(さて……1度探索した場所もう一度物色するのもつまらねえし、真っ直ぐ問題の洞窟行くか)
いつもとは違う孤独による少しの不安を紛らわすため鳥居の前で1度深呼吸してからそう心の中でつぶやくと藤原は一目散に奥地の洞窟に足を運んだ。
すると洞窟の入口前に道中見かけた少年達と同じくらいの年齢であろう少年1人が倒れているのを発見し、藤原は慌てて少年達の元へ駆け寄る。
「おい!大丈夫か!?返事をしろ!」
そう叫びながら少年の息があるかどうかを確かめている最中、間もなく意識を取り戻した。
「え……俺何でこんなところに……?」
少年がまず現在の状況に対し、そう疑問をつぶやく。
少年のつぶやきを聞いた藤原はある程度状況を把握し、念の為少年に質問を投げかける。
「お前、ここで倒れる前のことを覚えていないのか?」
質問に対し、少年がオドオドしながら答える
「この洞窟の中に入ったところまでは覚えてるんですけど、そこから先が全く思い出せなくて……」
返答を聞くと藤原はある程度現在の状況に納得した。
(これは噂通りの事件だな……この状況を体験した人のSNSの投稿を見る限りでは身体に異常をきたしたり命に別状は無さそうで、現にこいつも無事とくると……俺が気絶するかどうかは別としてひとまず安全保障付きで思い切って入れるな)
そう考え事をしている最中に少年が藤原に話しかける
「ちなみにここにはどうして来たんですか?」
少年は素朴な疑問を投げかける。当然だ。真っ当な理由があってこの廃神社に来る人なんて、かつてこの神社を信仰していた界隈以外ではほぼ居ないからだ。
「ああ……えっと、最近この神社で物騒な噂が出ているからPTAの役員やってる親に頼まれてここに子供が興味本位で入ってきていないか確かめに来てたんだよ。お前こそなんでこんな所に来たんだ?」
勿論真っ赤な嘘であるが、ここでもし「自分もここに入ってみる」なんて言って少年が興味津々にでもなったら藤原にとってかなり面倒な騒ぎになる予感がしたのである。
なので少年が先に立ち去るまで会話を続けることにした。
「クラスメイトにこの洞窟の中に帽子を隠されてしまったので……」
少年が心の内に秘めていたものを打ち明けるようにそう言うと藤原は一瞬で少年の状況を察した
「ひでえ奴らだな……けどこれ以上ここにいるのはもうやめとけ。帽子なんてまた親に買って貰えるだろ。」
藤原が内心早く中に入りたい気持ちを抑えきれずに早急に立ち去ることを要求する。
「でも……大事な帽子なんです……」
少年がそう言うと藤原は困ったような表情を見せるも、すぐさま少年を安心させるよう務める。
「わかった。じゃあ俺が後でこの周辺探すからお前は早くここから離れろ。もし見つけたらこの近くの交番に届けてやるよ。」
藤原の言葉を聞くと少年は少し納得したようだ。
「わかりました……お願いします。」
少年はそう言うと廃神社から立ち去り、藤原は少年が確実に神社から離れるのを確認する。
(ようやく入れるぜ……ここで何が起こってるのか全部この目で見てやる)
神社に入る前は少しの不安があったが、気絶した中学生とのやりとりで時間を食ったことで無意識に心の準備ができたのか、今の藤原に迷いは全くない。
藤原が洞窟の最深部に近付くと、2年前来た時とは明らかに違う空気を感じた。
心霊現象に対する科学者の考察にありがちな思い込みの類では無いことを確信できるほどに。
(これは明らかにやばそうだ……だがこっちは事前調査による安全保障付きだ!)
藤原には命さえ確実に保証されていればどんな恐怖もものともしない強靭な精神力があった。
何よりも今は面白さを楽しんでいるのである。
最深部に着くと、奥地の池からこの世のものとは思えぬ凄まじい光が漏れているのを目にし、藤原は目を疑った。
「これは……なんだ?」
そう呟いた後その光に恐る恐る手を差し伸べてみると、藤原は一瞬にして池に吸い込まれた。
(ヤバい!!!!)
藤原はこの後自分がどうなるのか知る由もないため、このまま抵抗しなければ単純に池に沈められて窒息死する予感だけをしていた。
しかし、藤原が行き着いた先は想像もしていなかった異空間だった。
「これは……夢か……?」
現在の状況が信じられないと言わんばかりにそう呟くと、部屋のドアが開く音がする。
「また来たか、まさかこの短時間の間に2人も来るとは。」
藤原の前に現れたのは、発言を聞く限りこの騒動に大きく関わっていそうな男であった。