共犯成立
「・・・という事。判った?今までの状況でも、これだけのことが推論できるんだよ。」
光一の顔は得意満面だった。
「インクの種類がベラボウにある家庭用プリンターを使わなかったのはいい判断だよ。機種の特定が簡単だからね。でもレーザーも売れてない、例えば初期型の複合機のようなものを使ったら一緒だよ。いやかえって犯人に結びつきやすいとも言えるね。そのへんねどうなの?」
まるで主導権はボクにあり、と言わんばかりだったが、隆は渋々答えた。
「・・・仰せのとおり、“希少性の高い”複合機だよ・・。」
「あ~ぁ、ダメだねぇ・・・もっと、第三者的にモノを見ないとさ・・。これじゃ、先が思いやられるねぇ・・。」
「・・・で、どう?ボクと組む気になった?ボクと組めば、とりあえず今よりは成功の確率をグッと上げられるよ。何せ、人質自身が協力するんだ。それに少なくともボクはおじさんよりも、こうゆう事には頭が廻るんだ。それは実感しているだろ?」
「う・・・。」
確かに、光一の言う通りだと思う。隆はしばし悩んだ。コイツは子供だが、俺よりも悪知恵は廻りそうだ。何より人質が協力してくれるなら、成功の確率は格段に上がると言っていい。しかし・・
「・・テメェが・・いや、お前が裏切らないという保証があるのかよ・・?」
「成功報酬は2割で手を打つよ。そうすれば、ボクにもメリットがある。それが保証さ。」
「2・・まぁ成功すれば安い、と言えるか・・しかしなぁ、俺はなんだか、自信を無くしたよ。」
「え?なんで、ヤだよ、こんな中途ハンパな処で解放なんて、ゴメンだよ。折角ここまで来たんだから、最後までやり抜こうよ。」
もう、完全に立場は逆転してしまっていた。
「・・でもなぁ・・俺は1年もかけて用意をしてきたつもりなのに、お前のような小学生にすら、簡単に色々と指摘されちまってる。こんなんじゃぁ警察はもっと調べているに違いない。・・なんか、成功する気が無くなってきたよ。」
力無く座りこむ隆を励ますかのように光一が声をかけた。
「しっかりしなよ、そんなんじゃ何をやったって上手くなんて、いかないよぉ。大丈夫。ボクがついててあげるから。それに・・・」
光一はやや間をおいてから続けた。
「ウマくすれば、ボクのパパも協力してくれるかもしれない。」
「え?そりゃ、どういう事だ?」
その時、光一のズボンのポケットから、音楽が流れ出した。
「ゴメン、取ってくれる?後ろのポケットだよ。大丈夫、コレはメールの着信だから。」
隆は小学生でも携帯を持っているのは当たり前、との考えが廻っていなかった。
しまった・・電波でこの場所が・・・
呆然とする隆を尻目に光一はメールの中身を確認していた。
「やったぁ!おじさん、見てごらん!ボクの言ったとおりだろ?」
メールの発信者は・・高槻修三だった。
「こ、こりぁ・・どういう事だ?オ、俺には良く理解できねぇが・・・。」
「心配は要らないよ、これはパパ名義の携帯だから。沢山持つているウチの一つを借りているのさ。ケド、これは大事なヒミツ兵器だから、そんなには使えないね。とりあえず電源は切っておくよ。電波を辿られると厄介だから。」
それから、と光一は続けた。
「こうなった以上、もうボクとパパとおじさんは共犯者だからね。強制的に契約させてもらよ?いいね?判ったらこの縄を解いてよ。」
「・・・・。」
隆は黙って縄を解いた。
「ありがと。やっと自由になれた。さて、じゃぁまず、おじさんの計画を教えてくれる?イチから検証していかないとね。」
光一の顔は輝いていた。
「何せ、パパからもお墨付きを貰った、10億の大仕事だからね!」
“犯人が指定した携帯”に犯人からメールが入ったのは事件発生から実に55時間後だった。
「・・随分と時間がかかりましたなぁ・・。」
堂上はしげしげとメールを見ていた。
「ウチの情報班に調査はさせていますがね・・指定されたアドレスに入れたメールは犯人が確認しているんです。・・自動的にね・・転送サービスってヤツらしいです。どっから確認しているのか、という事なんですが、転送先がねぇ・・中東らしいですわ。多分そこからも、どっかややこしい国に飛ばしているんでしょうなぁ・・だから、時間がかかる・・ま、予想はしていた事ですがね・・。」
「とにかく、私のすることは、犯人の要求通りに現金を用意して、メールの指示に従うことだけです。」
修三は下を向いて、両手で顔を覆うようして答えた。
一見すると、疲れはてた父親のようにしか見えなかったろう、だが、“やった!”と心の中では歓声を挙げていた。メールの最後は自分の提案を呑む場合に使うよう、頼んであった“わかっているな?”だった。
“ざまぁみろ。これで警察を出し抜ける!光一なら、きっと上手くやってくれるはず”
「・・・に、しても変だと思いせんか?」
急に堂上が修三に振ってきた。
「えっ?と、いいますと?」
修三は内心、少しあせった。
「あまりにも時間がかかり過ぎている・・・。用意周到にしてきたのなら、すぐに返事をしてきてもおかしくないのにねぇ・・第一、時間が経てば経つほど犯人の側は不利になるのが常識です。誘拐は短期決戦が鉄則なのに、どうしてなのか・・?まさか、今更計画をイチから練り直しているとも思えないですしねぇ。」
さすがに・・鋭いな。修三は舌を巻いた。
“実はそのとおりです”とも言えないし・・。
「た、例えどんな理由があろうとも、です。私達には光一が無事に戻ることが一番です。」
「ま・・そうですな。ご心配でしょうし、一刻も早く親御さんの元に無事保護できるよう努力しますよ。」
堂上は立ち上がると部下を呼んだ。
「おい、小阪。俺は一旦、署に戻るからよ、しばらく頼むわ。何かあったら電話くれや。」
そう言い残して、堂上は外の車に乗り込んだ。
「・・なんか・・気にいらんなぁ・・直感的に、たが・・。」
後部座席に陣取る堂上の独り言に運転手が聞いた。
「何か不都合がありましたか?」
「・・いや、・・別に。ただ、本庁の連中には今までの犯人とこれからの犯人の動きの“差”に注意するように伝えてくれや・・ひょっとしたら、この事件思っていたより手こずるかもしれん・・。」
堂上はメールの内容を写した紙をしげしげと眺めた。メールには、こう書かれていた。
“用意した現金をカバンに入れ、取っ手にハンカチを結びつける。明日それを持って、JR山の手駅から14時23分発の下り電車に乗る。運搬役は父親で、その携帯を持っていくこと。指示に従わなかったり警察が出てきたら、わかっているな?”
「何かなぁ・・どーも腑に落ちん・・。何かが、不自然だ・・何かが、だ。」