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苦手な方はご注意ください。

紅い狐と翠の狸

作者: Diverくん

 街道を繋ぐ川の上に架かる橋の上、河川敷から散る花びらを眺める一匹の老狸が

いた。

 卍狸だ。

 春先の暖かな陽気のせいもあるだろうか、今日の卍狸の顔もいつもより三割増し

程度に気怠さを帯びている。

 

 「先生じゃないですか。こんなところで珍しい」


 眠そうな顔の卍狸に声をかけるのは、卍狸の自宅の向かいにある呉服屋の主人の

霧狐。

 彼は若くして店主を務めるが、その店の評判や中々良い。容姿も良く、柔和な性

格の霧狐だが、少し特異な彼の趣味が卍狸と霧狐を繋ぐことになったのはちょっと

前の話である。


 「今日はお休みですか」

 「まあそうだな……」


 卍狸と霧狐は雄同士ではあるが肉体的な関係を持つ、一般的に言えばふしだらだ

と言われても仕方ない関係だが、その関係に至る経緯を話せば多少なりとも長くな

るので割愛する。

  

 「今年も綺麗に咲きそうですね、桜」

 「そうだな」

 「まだお花見には早いんじゃないですか?」

 「……そうだな」

 「満開になったら一緒にお花見もいいですね」

 「…………そうだな」


 卍狸は決して口数が多い方ではないが、今日の卍狸はいつもと様子が違うようだ。

 いつもの気怠さはあるが、何か物思いにふけっている、それか悩んでいるように

も見えた。


 「先生、何か考え事してます?」


 霧狐の問いかけに、卍狸は散りゆく桜を眺めながら口を開いた。


 「霧狐、お前は桜は好きか」

 「まぁ花見は好きですし……嫌いじゃないですよ」

 「どこが好きなんだ」

 「えぇ?在り来たりですけど……やっぱり綺麗ですよね。桜は散るところも風情が

あるというか」

 「……そうか、お前はそう思うか」

 「先生は嫌いなんですか?」

 

 卍狸はいつもなら絶対にしないような質問を霧狐に投げかける。

 というより二匹の会話といえばいつも淫靡と痴情に限定された場面でしか交わされ

る事は無いからだ。


 「風が吹けば散る。雨が降れば色褪せる。そうでなくても時が来れば枯れる。桜は

女と同じだ。永遠に美しくいる事は難しい。……だが」


 卍狸は不意に霧狐の手を取る。

 

 「だが霧狐、お前は違うな」


 いつにない卍狸の行動に動転し、一瞬身を引きそうになる霧狐を、卍狸は尚も引き

寄せる。


 「せ、先生、急に何を……」

 「霧狐、お前は儂にとっての桜だ、儂にとっての花だ」

 「先生……?」 


 卍狸の熱を持った視線が霧狐を見据える。

 身体を重ねる時以外に感じた事の無い卍狸の目線に霧狐はたじろぐ。

 

 「儂はお前が好きだ。だから儂の為に、そう簡単には枯れてくれるなよ」

 「は、はい……」


 卍狸は終始熱っぽい視線を霧狐に浴びせていた。

 霧狐の理解が追い付かぬうちに、卍狸はスタスタと歩き始める。

 しばらくその場で呆然と立ち尽くす霧狐。

 暫くしてから初めて卍狸に口説かれたのだと気付き、改めて顔を紅潮させるのだった。


 春の陽気が誘った薄い恋話。

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