6.女神教
一階のロビーには、もう既にオズとクラウスが座っていた。
「お、来たな。これから教会に行こうと思うんだ。」
教会かぁ……
(行きたくない)
何故なら、教会といえば、「光魔法」とか、「神聖」とかいうイメージがある。ステータスを調べられでもしたら、面倒な事になりそうだ。
「教会に行って何するの?」
「エルの保護者が探してるかもしれないだろ?迷える者に救いの手を差し伸べるのが教会だ。」
「それに、見つからなくても孤児院があるからな。」
「私、孤児院に入るの?」
孤児院、か。教会の孤児院といえば、小さい頃から宗教の教育をして、大人になったら修道女とか、司祭や神官になったり、光魔法を覚えたりといったイメージだ。
「そうなるな。」
「ちょっと、エルが嫌がってるかもしれないでしょ⁉︎」
「別に、だいじょぶ。」
「本当に良いの?」
「うん。楽しいかもしれない。」
(そう。あれは私の偏見。実際の事は少しも知らない。先入観は、物事の真実を見分ける際の邪魔にしかならない。)
そう自分に言い聞かせた。
「じゃ、行くかー。」
宿を出て、道を左に行き、しばらく歩いて角を曲がったところで高い屋根の白い建物が見えて来た。大きな扉は開け放たれていて、誰もが自由に出入り出来るようになっている。
扉をくぐった。中には祈りを捧げる人が数人。その奥に白いローブを纏った男が何か言っている……
オズが近くにいた修道女に話しかけた。
「こんにちは。この子の保護者を探しているんです。」
「わかりました。ではこちらへ。」
話し声が祈りの邪魔にならないようにする為だろうか。静かに横の扉に通された。そこは、長い廊下で、様々な通路が交わり、修道女が行き交っている。ここの教会はかなり大規模なようだ。
その廊下の一つの扉に入った。執務室のようだ。書類がたくさん棚に収まっている。
机で何やら書類に書き込んでいる年老いた修道女に修道女が話しかけ、部屋から出て行った。
すると優しいお婆さんみたいな修道女が、
「こんにちは。私はここの修道院の院長のサリアです。保護者を探している、と言いましたね。今のところ、子供を捜しに来ている人はおりません。ですが、希望は捨てないでください。何か手がかりがあれば、こちらで掲示して捜します。」
___ここで私は気付いた。
私の名前、「エルーシア」は、オズ達がどこかで聞いたと言っていた。称号スキルから推測できるが、きっと悪い意味での噂だ。
やばい。
教会の、世界の敵みたいな立場なのかもしれない。名前を言った瞬間、ステータスを調べられて、悪夢の再来だーとかなって処刑、良くて地下牢で一生監禁かもしれない。
この場から逃げ出したくなってきた。逃げたい。闇魔法の使えない今の私では、私に害なすもの全てを廃除する事は不可能だろう。
エルの妄想がエスカレートする中、会話は続く……
「エル、自己紹介だ。」
「あっ…えっ⁉︎えっと、えっと……」
やばい……やばい。
「えっと……えっと…」
サリアさんの穏やかな視線が痛い。
「エルちゃん、かな?落ち着いて話してごらん?」
サリアさんがゆっくりと、そう告げた。
深呼吸して、気持ちを落ち着ける事にした。
(そう、さっきのはただの偏見。妄想妄想……)
……………………………
……………………
……………
「エレンです。」
「いくつ?」
「10歳です。」
「お母さんとお父さんは?」
「……分からないです。」
うわぁぁぁぁあ‼︎
どうだ?なかなかの演技だったろう。心臓バックバクだ。
なぜ「エレン」なのかって?「エル」に響きが似ているからだ。適当だ。
カレンとクラウスが驚いて私を見ている……オズは平然としているな。こちらの意図に気付いてくれたのだろう。
カレンが私に向かって口を開こうとすると、オズが足を踏んだ。ありがとう、オズ……
「この子は、森で倒れてて、そこを俺らが助けました。それより前の記憶が抜けてしまっているようなんです。」
コクコクと頷く。
「あら、そうなのですか……?それは大変でしたね。では他に、覚えている事はありますか?」
「ないです……あ、好きな食べ物はドラゴンの肉です。」
「わかりました。」
ここではドラゴンの肉を食べるのは普通らしい。………じゃなくて。
サリアさんが机から紙を取り出し、次々と書き込んでいった。
「これで大丈夫です。街に貼っておけば、きっと迎えに来てくれるでしょう。」
ずっと前から思っていたが、私の親は居ない気がする。
「ありがとうございます。」
オズが礼を言った。するとサリアさんが、
「エレンちゃん、見つかるまでの間、ここの孤児院で待っていてみないかい?」
「あの」
「なんだい?」
穏やかに聞かれた。
「私の親は、もう居ないのかも知れません。なので、長くなると思います。」
振り返ってオズを見た。こちらを見ている。……頷いた。
私にはその頷きの意味がさっぱり分からない……「孤児院に入れ」?「自由にしろ」?
しかし、ここで孤児院に入らなければ、いつまでも3人に迷惑を掛けてしまうだろう。ここは私の我慢だ。世話になった人のためにも。
「これから、お世話になります。」
「分かったわ。」
そう言って、修道女を呼んで何か言った。直後、修道女は直ぐに出て行った。「あの子は新しい孤児院の家族よ。知らせてちょうだい。」みたいなことだと思う。
「オズ、クラウス、カレン。私を、助けてくれて、ありがとう。今私が生きているのも、オズ達のおかげ。絶対忘れない。」
「あぁ。俺たちも忘れない。また会いに行くよ。」
「頑張れよ、エル。」
「エル‼︎ちゃんと食べるんだよ!夜の森は1人で歩いちゃダメだよ!本当は魔法の事教えてあげたかったけど、元気でね‼︎」
うん……うん。本当に短い付き合いだった。もっとこの人達と一緒に居たかった。魔法の使い方も知りたかったなぁ。
「ありがとう。がんばる。私も、大きくなったら必ず会いに行く。だから、待ってて。」
「おうよ。死ぬわけにはいかないしな。」
「ええ。そうね。いつでも待ってるわ。」
「バヤテ高原のテルルフルクが俺の故郷だ。連絡とってくれ。ルチル掛かるけどな。なんとか、頑張れよ。」
「分かった。ありがとう。」
バヤテ高原のテルルフルク。きっと手紙を書こう。
「では、あなた方とはここでお別れです。ですが、悲しむ事はありませんよエレンちゃん。いつも女神ソフィス様が見守ってくださります。善なる者の願いは必ず叶えてくださりますよ。」
「じゃあな、エル。」
「元気でね。」
「頑張れよ。」
「うん。」
別れの言葉を交わし、3人は部屋から出ていった。
ドアが閉められる。サリアさんに振り返った。
「辛いこともあったでしょうが、もう大丈夫。これからはここがあなたのお家ですよ。一緒にソフィス様に祈りを捧げ、迷える者を救いましょう。」
なんとなく胡散臭いが、これはただの、私の偏見だ。そう。先入観は邪魔にしかならない。
自分に何度も言い聞かせた。
「これから、長くなると思いますが、よろしくお願いします。」
あ。オズにギルドカード預けたままだ。
………まあいいや。Gランクだし。
_________________
オズ視点。
エルは嘘をついた。
『エルーシア』がどういうモノなのか、自分の事を思い出したのだろうか。それとも、あの子のことだから、自分の称号スキルと俺の発言で、どういうモノなのかを予想しての行動だろうか。
どちらにせよ、それは正しいと俺は思った。
あの教会は邪悪を滅する、ソフィス教のものだ。『エルーシア』が何なのか知っていたら、本名がばれた時。そうでなくても、称号スキルを見られたら、エルは終わると思う。良くて監禁、普通なら処刑だ。最悪、極刑だろう。この国での極刑がどのようなモノかは知らないが、とにかく「バレるな」ということだ。
_____あの子は私のメッセージに気づいただろうか。
きっと気付いていないだろうな。
「バレるな」
みなさん気付きました?
かなりむずいです。ていうか知らないと普通気付きませんって。
オズがエルと別れる時、故郷のことを言いましたよね?あれ、『〜。』で改行して平仮名で縦読みすると………