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世界に魔物があふれたら  作者: モヘンジョ
事の始まり
3/20

春太、幼馴染を強請る

 嫌々を装いながら、おれは宿の手伝いに励んだ。親父譲りの道具屋適性は持っているが、宿屋に適性はない。地道に掃き拭きして、客入りのない部屋を美しく保つことは、ひどく精神を追い詰める仕事である。

 隣室からは、くぐもった笑い声がかすかに聞こえてくる。おれに気を利かせた店主が、客のいる部屋の隣室を清掃するよう言いつけてくれたのだった。

 件の討伐軍兵士の三人組は、驚いたことに、男女混合のパーティにもかかわらず、部屋をひとつしか借りていないそうだ。軍と言っても、上から給与を支給されるわけではなくて、身分として様々な特典を得られるだけであるから、中には困窮するパーティもある。パーティみんなで仲良く一部屋という宿の取り方は、貧乏パーティであれば珍しくもないことで、店主は特に驚きもしなかったそうだが、おれには彼らが困窮しているようには見えなかったし、船着場でのやり取りの一部始終を見ているから、変な勘繰りをして、耳をそばだててしまう。

 「ハルちゃん、なにやってんの」

 ワッと大きな声を出してから、両手で口にふたをする。集中するあまり、葵が部屋に入ったことに気がつかなかった。

 「やめろよ。お客さんが迷惑するだろ」

 「どの口でそんなこと言えるのよ。どうせそんなことだろうと思ったけど、お父ちゃんが甘やかしたんでしょう」

 目が泳いだことを指摘されて、仕方がないから白状すると、やはり葵は苦笑いをして、しょうがないなあとこぼしながら座布団を敷くと、足を崩して座った。それから、あっと大切なことを思い出したようにして言う。

 「そうそう、ほら、こないだのね」

 葵が話し始めたのは、最近、この宿の近所で起こった、ちょっとした騒動の顛末であった。近所に魔物が出たの何のと騒いでいたのは、少々歩くところに住むおれの耳にも入っていたが、話によれば、それはアオサギという生き物で、魔物ではなかったのだという。魔物がいない世界で暮らしたことがあるのは、おれたちの親の世代までだから、おれたちには魔物とそうでないものの区別はつかない。

 「こんなおっきい鳥で、でも、魔物じゃないんだって」

 「そうは言っても、こわいよな。危なくないのかよ」

 それが大丈夫だそうで、裏の金木のおばあちゃんなんか、若い頃にねと、わけ知り顔で嬉々としてしゃべっていた葵が、やがてぼそぼそと言った。

 「ハルちゃん、本当に島を出るの」

 「急に真面目くさって、どうしたんだ。やっぱりさみしいのか」

 葵が困ったように笑う。「まあね、少しは」

 「……たまには帰ってくるよ」

 そうは聞いてもじっとどこかを見るばかりで、およそ反応を見せなかった葵が動いたのは、ほどなくして隣室から笑い声が上がったときだった。

 「当たり前でしょう」立ち上がっておれの尻を思い切り叩く。「どうせ、すぐに泣きながら帰ってくるんだから!」

 この街唯一の宿屋の看板娘が「『ブルーム』」と唱えると、掃除の途中だったはずの部屋はあっという間にきれいになった。ほこりをかぶっていたテレビの画面も、ちりを溜めていた窓のサッシも、たったの一言ですっかり新品同様の真新しさを取り戻す。消えたように見えた汚れの類は、部屋の中央に渦を巻いて漂っていたが、葵がオレンジ色のゴミ袋を広げるのを目ざとく見つけて、自ら吸い込まれるようにその中に収まった。

 葵は宿屋の娘だから、宿屋に適性を持って生まれてきたユニークである。部屋を瞬時に清掃するスキルはその恩恵であり、本来ならミスティックのように呪文を唱える必要はもちろんない。先ほどおれのことを恥ずかしいと言ったのはどこの誰だったか、一仕事終えた顔で履物を突っかけると、この部屋はもういいと言って立ち去ろうとする。

 「葵、お前も大概だな」

 立ち去り際の葵は、なにを勘違いしてか、「葵さんとお呼び」としたり顔であった。

 またひとりになって、ごろりと横になる。葵が敷き放した座布団を折って枕にすると、ちょうどよく首のくぼみを支えてくれた。上手くすればこの宿とも、葵ともしばらくお別れだと思うと、さすがに少しさみしい気がしてきて、あんなことやこんなこともあったと、おれはかつてのあれこれに思いを馳せた。

 四つのとき、近所の犬に戦いを挑んだこともあった。おれが作戦を立てて、葵が攻撃する。かわいそうだからと、投げたのは小石なんかではなくて、きのこだった。犬はそれを食って死んだ。

 中学といっても小学校と同じ校舎だが、進学してからは、帰り道の小川に橋をかけて近道を作ろうとした。丸太なんか切れないから、飛び石を置くことになって、でも葵は石なんか持ちたくないからと、せっせと働くおれを横目に、拾った魚の死体を、寄ってきた近所の犬に見せびらかしていた。犬はそれを食って死んだ。

 それからーー


 眠気まなこながら、自分が寝入ってしまっていたことに気が付いたのは、みかんを剥く葵からおはようと声をかけられたときだった。

 「ハッ!」

 飛び起きて部屋に時計を探していると、葵が四時だと教えてくれた。

 「四時……、四時だって? 何時間寝てたんだ、おれは!」

 「三時間くらいじゃない。よく寝てたから起こさなかったけど」

 そうそうお客さんも来ないし構わないと、わかりきったことを言い加えて、

 「みかん食べる?」

 「ありがとう! 討伐軍の人たちは?」

 体を起こして、みかんを頬張って、そうしながらも出来る限り焦りが伝わるように言ったつもりだったが、葵はどこ吹く風の呑気さだ。

 「散策だって。夜には帰るらしいわ。今日の今日で、出て行ったりしないわよ。島には宿なんてうち一軒こっきりしかないんだから」

 「夜だって!」

 さすがに暗くなってから船の護衛を頼んでも、はいと言ってもらえる気がしない。旅に出て丸一日かけて、故郷を出るのに失敗するなど、まったく杞憂として考えてさえいなかった醜態である。のこのこ家に帰って、今日は旅に出られなかったと報告して日頃の布団に潜って眠ることだけは避けたいところだが、さてどうすることも出来そうにない。そういったおれの内情をどこまで知ってか、葵はずいぶん気を遣った様子で言った。

 「今日はうちに泊まったら。お父ちゃんが気を利かせて、あんたのこと送っていってくれるように頼んだけど、駄目だったみたいだし」

 そうか、それならと言いかけて、

 「え?」

 「ん?」

 ふたつめのみかんーーではなく、剥いてある皮を数える限りではみっつめのみかんを手にとって、それを揉みながら葵は頬にかかる髪を耳にかけ、おれの言葉を待った。自分では、おれが何に驚いているのかわからないという顔をするのである。

 「なあ、犬スレイヤー」

 「ちょっと、なんなの、藪から棒に! 凹むからやめてよ! 事故でしょう、どっちも!」

 「それは、もう、頼んだってことか? 親父さんが、兵士さんたちに」

 苦い顔のままうんと頷いて、みかんの尻に親指を刺す。「散歩に行くって言って、出てきたときに」

 これはしくじった。言葉も出ない。

 しかし、ママ友に息子を塾まで送ってくれと頼むのとはわけが違うのだと、ここのお気楽店主にどれほど説明してもわかってもらえる気がしないから、もう諦めて、文句を言うのは止そう。それでも、だめと言われてああそうですか残念ですとさっぱり引き下がったであろう、その様子が、まざまざと目に浮かぶのには、釈然としないものがあった。

 まだ日は高いが、今日、この島を出ることはどうやら難しそうだ。どうせ泊めてもらえるのなら、討伐兵たちが本土に帰るまで、おれもここにおいてもらえれば、すごすご家に帰って呆れられる心配もないのだが、おれの陳腐なプライドが、それだけはやめてくれとわめくのだった。

 「おや、ハル、起きたか」

 戸を開けてのっそりと顔を出した店主は、寝起きのおれに朗らかに笑いかけた。掃除を頼んだはずの部屋で「よく寝ていた」ことについて、まったく気分を害さないおおらかさはさすがだが、今は肩のひとつでも揺すってやりたい気持ちである。

 「討伐軍の兵士さんたちだけどなあ」

 「聞いたよ、だめだって」

 そうなんだよなあと、心底気の毒そうに肩を落とす。これでは怒るに怒れない。

 「だけど、参った。すっかりあの人たちに送ってもらうつもりでいたから、他のつてなんて考えてないぞ」

 「バイタルかミスティックだったらいいのよね」

 「そうだよ。船だって魔物に襲われるかもしれないだろ」

 葵は合点がいった様子で手を打って、

 「最悪、私が送ってってあげようかと思ったけど、それじゃあだめね」

 「なに馬鹿なことを言ってるんだよ」

 気持ちは素直にありがたいと思うが、この後に及んでそんなことを言っても慰めにもならない。普段からちょっと間の抜けたところのある葵だから、今になってことさらに驚いたりしないものの、さすがに苦笑してしまう。父親の恥ずかしそうな顔を見てやれと思って、宿の店主を見やってみると、案外わからない顔をしている。やはり親子だ。

 なぜだろうか、葵は可笑しそうにして言った。

 「なあに、ハルちゃん。あんたにも、女の子を心配してくれるようなところがあったのね」

 「そうじゃないよ。さっき、自分で言ってたじゃないか。バイタルかミスティックを探してるんだよ」

 「え?」

 「ん?」

 聞き返された意味がわからず、もう一度店主を見ると、やはり飛び立つ直前の鳩のような顔をしておれを見ているばかりである。

 「だから、あれ? わからないかな。お前はユニークだろ」

 「ミスティックよ」

 「え?」

 「ん?」

 相変わらず思案顔の店主に、葵を指差してみせると、おれの意に反して、うんと頷いて、ミスティックだよとことも無げに裏付けた。

 「え!」

 おれは慌てて色々と言おうとしたが、唾が絡んで少し咳き込んだ。それから、できるだけゆっくりと息を吸って、

 「お前、ミスティックだったの!」

 そう短く尋ねた。葵がうんと頷いて、次いで店主も同様に頷く。おれはひとり混乱して、いつから葵はユニークだと勘違いしていたのか思い出そうとしたが、掘り起こせる限り最初の記憶からずっと、おれにとって葵はユニークであった。小学校に入る前に、宿の前で記念写真を一緒に撮ろうと言って来た時も、わざわざ一言唱えて清掃する葵を、格好つけだと馬鹿にした覚えがある。

 「ユニークだと思ってたの?」

 何度も頷いて驚きを表すと、看板娘は、店主共々、大笑いした。

 「ハルちゃんは普段から抜けてるところあるから、今更そんなに驚かないけど、さすがに笑っちゃうわ」

 「で、でも、宿屋適性のパッチが、清掃スキルが……」

 「だから、スキルじゃなくて魔法でしょ」

 魔法。葵が清掃のたびに唱えていた、あの短い呪文は、本当に呪文であったのだ。生来図太く、心臓の毛の深いところをよく褒められるはずのおれだって、これにはさすがに面食らった。パッチは遺伝する。橋田の両親のいずれかはミスティックということになるが、そのことさえ、おれは知らずに育ったのだ。

 「それじゃあ、おじさんかおばさんも」

 店主はところがかぶりを振って、

 「ユニークだよ。葵は橋の下で拾ってきた」

 「橋なんかどこにあるんだよ!」

 この狭い島には橋などかかっていないから、つまりこのものぐさ店主はおれをからかっているのだ。案の定、無精髭の生えた顎をゆすって、へらへらと笑った。

 「なあ、葵、疑うわけじゃないけど、いや、正直、けっこう疑ってるから、悪いんだけど、ちょっとレベルカード見せてくれよ」

 「あんたは本当に正直で羨ましいわ。仕方ないなあ。ちょっと待っててよ」


 レベルカードには葵の名前と年齢が書いてあって、職業欄には「家事手伝い」、パッチの欄には、確かに「ミスティック」と記載がある。当然だが、レベルは1。

 「本当にミスティックだ……」

 だからそう言ってるじゃない、と顔の両端を膨らませて、それでも目の端を笑わせるいつもの葵が、少しいつもとは違って見えた。勘違いとは恐ろしいもので、こんなに根本的なことを、今までおれは知らずにきたのかと気の遠くなる思いである。

 「あれ、でも、つづりがおかしくないか。missticって……」

 「う、うるさいな!」

 葵はおれからカードを奪い返すと、そそくさと財布にしまう。「そういうところだけ目ざといんだから。絶対に言うと思ったわ」

 葵のレベルカードにはmissticと記載があるが、正確にはmysticだ。通常、こうしたミスがないように調整されているので、普通はありえない誤植であった。

 「お前の馬鹿はこれが原因だったのか」

 「しょうがないでしょ、そういうこともあるわよ!」

 こういうところで葵が抜け目なく不憫なのは、常々のことであった。同じようなところでは、学校に入学したての頃、名簿に記載された「葵」の字が間違っていたこともあったが、これは両親の提出する書類によって魔法で作られるものだから、実の両親に漢字を間違えられたとしか考えられない。いずれにしろ、不憫なことに変わりはない。

 しかし、葵がーースペルミスがあるとはいえーー正真正銘のミスティックだった以上、諦めかけた旅立ちにも光明が見えた。島を出てしまえば、相手はこの辺りのモンスターであるから、最悪やられても、死ぬことはあるまい。本土との中間地点で船を壊されでもしない限りは、なんとか泳いで岸につけるような気がした。いかにありふれた地名だとは言っても、ここが始まりの島を自称出来るのは、それなりの立地であるからだ。

 「でも、清掃魔法なんて便利なものがあるのなら、母ちゃんがそれを使わないのが不思議だな。元々、何につけても面倒くさがる人なのに」

 「ミスティックだって、どんな魔法も無制限に使えるわけじゃないわよ。向き不向きがあるの」

 それはつまり、母ちゃんは、魔法についてでさえ、家事に向かない人だったということだ。あまりに救いのない話である。

 「ハルちゃんとこのおばさん、すごい魔法使いだったって言うでしょ。だから、きっと戦いに向いてる魔法をたくさん使って、家事なんて細々した魔法が苦手になっちゃったのよ」

 自分が持ち得ない感覚の話には、ふうんと頷く他ない。かねて知った口を利くのはおれの役目のはずだったのに、パッチひとつでこうも見る目が変わるのだから、我ながら現金な話である。

 「じゃあ、葵が送ってってくれよ。いや、せっかくだからしばらく付いてきてくれると心強いんだけど」

 店主と娘がぎょっとして首を振った。

 「無理無理、無理よ。いきなりなに言ってるの。私じゃ、だって、船の上で魔物をどうこうなんて出来ないから、どうにもならないもん!」

 「さすがに外に行かせるなんて心配だよ、おれも。よく知ってる男の子と一緒って言っても、ハルだぞ、ハル!」

 「ちょっと気になる言い方をするな、おじさん。表へ出ようぜ」

 おれは立ち上がると店主の袖を引っ張って、葵に断って部屋を出た。連れ出して文句でも言われるものと思って苦い顔をしている中年の悪戯っ子に、そっと耳打ちをする。

 「おじさん、葵はおれたちが外で言い合ってるもんだと思っているだろうから、あまり大きな声では話せないけど」

 「え、なんだい、急に」

 この人は本当にただの「男の子」で、それを大きくしていくらか皺を寄せただけの生き物だ。こうやって悪戯をもちかければ、いくらでも乗ってくる。

 「年に数回のお客さんからボレるだけボッて、あとはおばさんが塾で稼いでるお金で暮らしてるんだろ」

 「なんだよ、金の話か。いくらお前さんでも下世話が過ぎるぜ……」

 いいからと促すと、渋々おおよそを認めるので、続ける。

 「葵の奴の食い扶持だって、そんなに安くはないよな」

 「まあ、そりゃそうだけど。でもなあ」

 「おれと葵で稼いだ分のいくらかは、ここ宛てに送るようにするよ。おれだって、控えめに言っても、今まで寝てきた時間の半分はここで寝てるんだから、なに、宿賃だと思って取っといてくれよ」

 「よし乗った」

 こうして、おれは宿屋の店主から、看板娘を買い叩いた。

 「あとは葵をどう説得するかだけど、おじさん、ちょっと一芝居打ってくれ」


 先の客室に戻るなり、貧乏店主は手筈通りに言った。

 「葵、そういえばな、あの、アレ、アレのこと思い出してだな」

 「え、なによ、いきなりね」

 葵はすこし驚いた顔で笑った。確かに少々唐突な印象はあるものの、及第点をやろう。この先は賭けだが、おれには葵を説得する絶対の自信があった。

 「ハルちゃんも、喧嘩してたんじゃないの? 変な顔しちゃって」

 「なんだと」

 つい突っ掛かりそうになるが、不測の事態に恐ろしく弱い店主のペースを乱さないため、細心の心遣いを優先し、おれはこの一言を穏便に流してやることに成功した。

 「エー、ほら、何年か前に、お前がこっそり書いてた……」

 店主がそこまで言うと、葵の表情が固まり、みかんの皮を剥く手元の動きが、ぴたりと止まった。

 やはり。賭けはおれの勝ちである。

 「あれは、なんだ、小説というかーー」

 「お父ちゃん、ちょっと、ま、待って待って」

 はたと気がついたように、葵がおれの方をジロリと見たときに、その小ぶりな唇が「まさか」と動いたのを、おれは見逃さなかった。

 「あ、おじさん、それ、よかったらおれも見たいなあ、葵の書いたそれ、どこかにとってあるんだろ」

 耳まで真っ赤にして口をパクパクするばかりの葵を流し見る。あとは話を上手く運びさえすればいいだろう。

 「ハル、船が出ないんだから、何日か泊まるんだろ。その間にじっくり見せてやるよ」

 「待ったあ!」

 葵のギブアップが出たのは、おれがわあいと両手を挙げようとしたところだった。右手のひらをぴんと突き出して、左手は座卓の上でぶるぶると握りしめ、顔は俯いて前髪の向こうに隠しているが、耳の赤さは嫌でも目立った。

 葵はそんな格好のまま、身じろぎもせず言った。

 「気が変わった私が、本土までハルちゃんを送りましょう。ハルちゃんは、今の話を忘れるまで帰ってこないようーー」

 「裏のおばあちゃんも、その小説の話をしてたから、気になるんだよ」

 葵は弾かれたように顔を上げる。涙を滲ませてなお、真っ赤に燃えたその美しい顔は、おれの嗜虐心をこうまでそそるのだから恐ろしい。

 「こないだ、学校に持って行って、教科書代わりに使ったらしいけど、好評だったっていうからおれも読みたくって」

 葵が「ハルちゃんひとりじゃ心配だ」と叫んで旅支度を始めたのは、おれがそう言い切るのと同時であった。

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