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世界に魔物があふれたら  作者: モヘンジョ
事の始まり
10/20

ゴーレムは恐い

グオォ……と、地響きのような唸り声を上げると、ゴーレムは逃げるおれたちを追いかけ始めた。動きは機敏ではないが、歩幅が大きいので案外と足が速いことは、おれがよく知っていた。

 生き返りたてで、体が重い。今度死んだら、葵はちゃんと生き返らせてくれるだろうか。いや、もしふたりとも死んでしまったら、誰が体を教会まで運んでくれるのか。時間が経ってから生き返ったときに、体がちょっと腐っているなんて事態はごめんだ。

 走るゴーレムが一歩踏み出すたびに、ずん、ずん、と地面が揺れる。足の速い葵に手を伸ばすと、ゲッという顔をしながらも、手を取ってくれた。

 「葵、ありがとう、ありがとう」

 「逃げ切ってから言いなさいよね。どうなるかわかんないじゃない。最悪、後で回収して生き返らせてあげるから、化けて出ないでよ!」

 久しぶりに握った柔らかな手は、カッと熱くなっていて、おれはどこか呑気に、強い生命の躍動を感じていた。葵は走りながら、サッとゴーレムの方を振り向いて、

 「私、お祭りのときに見てたんだけど、絶対逃げ切る自信があったの」

 「お前、参加してなかったのかよ」

 魔物に襲われて葵が泣き出さないのは、その妙な自信が理由だったのだ。それにしても、ホームランバットはやりすぎだ。

 「自信が、あったんだけど」

 葵がそう言って、ぐずぐず言い出したから、手なんて引かれて頼り切っているおれは、いよいよ気が触れそうになる。

 「バルぢゃァん!」

 「やめろ、泣くな!」

 もう限界だ。街に戻って、体勢を立て直そう。

 ポケットから「サラマンちゃんジェル」を取り出して、息切れする口で噛み付いて、なんとかその蓋を外したとき、前方に巨大なーーちょっとした一軒家くらいはあるーーゴーレムの姿が見えた。これは詰んだかと諦めかけたとき、それが岩石型のゴーレムであることに気がつき、その前を全力疾走でこちらに駆けてくる三人組のパーティが目に入った。

 「しめた!」

 そのパーティメンバーは、よく知っている顔ばかりだった。いつか葵に追い払われた、田川というバイタルの男。金髪のマッシュルームヘアが特徴的な、例のクラウス。そして、久しぶりに見たような気がするが、見ないうちに随分と必死な顔つきになっていた、なずなであった。

 「葵、スイッチするぞ!」

 「え? なに?」

 力を振り絞って、すでにヘロヘロの葵を追い抜くと、その手を引きながら、なずなやクラウスが驚いた顔をする、そのすぐ脇を全速力で通り抜けて、巨大なゴーレムの股下をくぐる。

 「クラウス、スイッチだ!」

 短く吠えて、おれは葵の手を離すと、クラウスたちを追っていた馬鹿に大きなゴーレムのふくらはぎのあたりに、ドロップキックを放った。

 「いってえ!」

 腰から地面に落ちて、じんと痺れる足をなんとか立たせると、ゴーレムがこちらに向き直ろうとしているのを確認した。

 「よし!」

 「ハルちゃん、無茶するなあ」

 おれは浮遊石を取り出して、いくらかこぼれてしまった「サラマンちゃんジェル」に突っ込んだ。空気に触れて、それはほとんど熱湯みたいな温度になっている。

 「は、春太さん、葵さん!」

 一体どれほど走ったのか、ちょっと引くくらいぜえぜえと息を切らして、それでもなずなは叫んだ。

 「す、スイッチって、おふたりは!」

 「こっちのはおれたちで倒してやる!」

 なずなを背後に匿いながら、クラウスはおれたちを追ってきた、赤い小ぶりなゴーレムに剣を向ける。

 「無茶を、い、言うな、は、ハルタくん」

 お前、葵の百倍ヘロヘロじゃないか。そんなに鎧が重いのか。

 「き、君を殺した、祭の、ときの、ボスゴーレムで、さえ、も、も、もっと、可愛げが、あった……」

 見れば、田川の武器も大剣である。この編成では、頑強な岩石型のゴーレムには相性が悪いだろう。それを差し引いても、確かにこのゴーレムの巨大さは、少々反則的だ。少なくとも、始まりの街の付近に出ていい魔物ではあるまい。

 「いいから、そっちは任せるぞ!」

 ゴーレムの身体は、おそらく人間を参考にして作られている。祭のとき、こいつらから逃げながら、嫌に恐かったのは、その動きが人間に似過ぎていて気持ち悪かったからだ。

 おれは「サラマンちゃんジェル」から浮遊石を引っつかんで、

 「あっつゥ!」

 ゴーレムの顔めがけて、思い切り放り投げた。

 それはカツッと音を立てて跳ね返ると、そのままふよふよと、ゴーレムの頭の上で浮いている。

 ゴーレムは少しずつ空へ昇っていく浮遊石の、その熱に反応して、ゴリゴリと音を立てて手を伸ばす。

 「やれ、葵!」

 腕が伸びきるのを見計らって叫ぶと同時、葵が敵を右手で指差して、

 「『ミシン』!」

 指先から放たれた細い糸が、しばらく光を放ちながら伸びていく。それは葵の意図した通りに、ゴーレムの土管のような左手首を捉え、そのままグイと背中の方へ引っ張った。倒れそうになるゴーレムの首を、今度は左手から放たれた糸が捕まえ、引っ張って倒さない。ゴーレムの手を捕まえた糸は、そのまま右足首を絡め取り、そしてゆっくりと持ち上げる。

 「葵、大丈夫か」

 「今、話しかけないで!」

 葵の両手に合わせるように、空気中を滑らかに泳ぐ魔法の糸は、切れる気配もなく、ゴーレムの左手と右足を引き合わせ、やがてゴキゴキと、何かが外れるような音がし始める。

 細い糸で操り人形のようにがんじがらめになりながら、ゴーレムが空気を震わせるような声で吠える。

 「なんだ、これは。拘束魔法か?」

 さすがにバイタルがふたりもいるのだから、もう一体のゴーレムに遅れをとるようなことはなく、クラウスが剣を鞘に収める。でも田川は死んだ。

 「もしかして」なずなが駆け寄って、おれの袖を引いた。「裁縫魔法ですか」

 「そうだよ」

 「なに、裁縫?」

 糸はずるずると伸びて、今やゴーレムの両手両足を拘束し、ほとんど宙吊りにしている。ゴーレムが吠えるたび、ビリビリと空気が震えるようだ。

 「こ、こんな使い道、聞いたことがないぞ! ミスティックなら、物理的な硬さなど無視して、魔法で片付ければいいじゃないか!」

 なずなはしばらくおれの顔を見ていたが、表情で腑に落ちたのだろう、ふっと吹き出した。

 「葵さんも、何かワケありなんですね」

 「ワケありというか、ワケあり商品だな。アウトレット八割引きの」

 「ちょっと、もう少しだけ黙っててよ!」

 額に汗した葵が、大きく両手を上げるのに合わせ、巨大なゴーレムがとうとう宙に浮いた。両手両足を背面でくくり合わされて、えび反りのような姿勢になったかと思うと、一際大きな破壊音を放ち、ついに、ダンプカーのような胴体だけを、地面に落下させた。

 地震のような衝撃と、波のような土煙に一瞬目をつむる。再び目を開けた時、宙に浮いた四肢が、手首足首から離れ、次々に落下し、砕ける。最後に物置のような手のひらが地面に落ちて、ゴーレムは完全に解体された。

 残ったのは、単なる岩石の山である。

 葵は長い息を吐いて、その場にへたり込む。滋養回復のポーションを手渡して、お疲れと声をかけると、満足そうに笑った。そして、突進するようにして抱き付きにかかったなずなを受け止めきれず、「グェ」と年頃の娘らしからぬ声を出してひっくり返った。

 「し、信じられない。本当に倒してしまった……。あんなゴーレムを、裁縫魔法だけで……」

 「『だけ』だと。攻撃をかわしながら、こんな真似が出来るわけないだろ、キノコ頭。よく聞け、キノコ頭。熱源を使って隙を作ったのは、ユニークの! このおれだ、キノコ頭」

 「熱源だって?」

 「欲しければ、余ったし、やるよ」

 蓋を捨てたため、もう保存が出来そうにない「サラマンちゃんジェル」を取り出したその時、ゴツンと気味の悪い音がする。

 よもやと思って見れば、今しがた撃破したゴーレムの残骸が、わずかに震えているのがわかった。

 「おい、ゴーレムが……」

 言い切る暇も与えず、関節ごとに切り離されたゴーレムの残骸が、崩れるようにして大きく動いた。転がる音。ぶつかる音。関節のそれぞれが転がって、まっすぐこっちへ向かって来るのだ。速い。

 「葵、ずらかるぞ!」

 手を取って駆け出すが、なんだかずしりと重い。見ると、葵は葵で、なずなの手を握りしめているのに気が付いた。

 「ええい、なずなも走れ!」

 「なんでですか!」

 「葵に聞けよ!」

 消耗した葵をほとんど引きずるようにしながら、おれたちは駆ける。それを、ゴロゴロと悪夢のような音が追う。草を蹴飛ばし、花を蹴散らし、城門を目指す。そう距離はない。逃げ切れる。

 「葵さん、しゃっきりしてくださいよ!」

 葵は力のこもらない声で、ふにゃふにゃ言う。

 なずなの畑が見える。門まではあと少しだ。

 逃げ切れたと思ったその時、葵の手がずるりとおれの手を離れ、どさりと地面に倒れ込んだ。

 「葵!」

 こんなときに寝てるんじゃないと引っ叩いて、肩を貸す。いちばん早く転がってきた、それだけで人ひとりほどの大きさはある、ゴーレムの指らしき部分が、その葵の尻に突撃した。

 「ギャン!」

 一撃を受けて、淡い光を放ちながら飛び上がる葵とは対照的に、ゴーレムの指はそれきり沈黙する。満足したのだろうか。

 「支援屋に寄っといてよかった。下手したら死んでたぞ」

 「なんか、今ので元気出たわ。走れそう」

 「おお!」

 怪我の巧妙と言うべきか、葵は自らの足で元気に走り出した。しかし、残骸たちの本隊には距離を詰められ、城壁の向こうまで逃げ切るのは難しそうだ。

 何か、作戦を練らないと。

 振り返った時、残骸の一部が方向を変えていることに気が付いた。いくつかの関節が、わずかに進路を変え、なずなの畑の方へ向かっていく。

 「アア、私の畑が!」

 「止せ、いいから走れ!」

 おれたちに興味をなくした関節たちを見ると、畑ではなく、そのそばでグルグルと軌道を描いているのがわかった。その中心には、眩い光。おれたちと初めて出会ったときになずなが設置した光源が、未だに光を放っていたのだ。

 ゴーレムの残骸のいくつかが、後から後から、それに吸い寄せられるようにして向かっていく。なるほど。

 「光だ!」

 「え?」

 「なずな!」

 なずなの手を取って、葵が何か言うのも無視して立ち止まる。なずなはうろたえ、逃げようとして暴れる。

 「春太さん、逃げなきゃ! 岩、岩が!」

 「光源だ! スキルがあるんだろ!」

 「へ?」

 「早く出せ!」

 指差した先、未だおれたちを追う残骸の中心に、なずなは慌てて光源を出現させる。

 その瞬間、光のそばを行き過ぎた残骸までもが、急にブレーキを踏んだように止まり、引き返して光源の周囲を囲むように回り始めた。

 「やったか?」

 「なにあれ……、光に集まってるんですか?」

 「たぶんな。熱に惹かれるだけじゃないのか」

 葵がとことことそばへやって来て、同じやり取りをもう一度繰り返し、勝利を信じかけたそのとき、おれたちが立ち去ろうとする動きに、大きな破片が気がついたように、またおれたちの方へ向かってきた。完全に制御は出来ないのだ。

 「くそ、だめか!」

 農家のスキルで事なきを得ようとは、やはり甘かったのだ。農家の……。

 農家のスキル。

 「なずな、あの畑、耕すの大変だったよな」

 「こんなときに何言ってるんですか! それに、スキルで一発だって言ってるじゃないですか!」

 「こんなに硬い土なのにか」

 「そうです……よ……」

 なずなも同じ考えに至ったようだ。おれと葵にひとつずつ頷いて、目の前に今までの光源の中でも、断トツで眩しい光源を設置する。

 「ちょ、ちょっと、なずな。そんなところに出したら、ゴーレム寄ってきちゃうわよ!」

 ポケットの中で「サラマンちゃんジェル」はあらかたこぼれてしまったから、上着ごとその光源のそばへ放り投げて、おれたちは一歩下がる。

 「効くかどうか。試したこと、ないですから」

 「やるしかないんだ。死なば諸共、やってくれ」

 ゴーレムの全身が一箇所に集まったのを見届けて、なるべく動かないように息をひそめるおれたちの手を握りながら、なずなは大きな声で叫んだ。

 「いきます!」


 「乾杯!」

 初めて魔物の討伐で得た報酬は、十五万円。

 残党ゴーレムの討伐が一体で三万円。これは当然、クラウスたちに譲ったが、なずなが土に返した例の巨大な岩石型ゴーレムは、剣も魔法も効果が薄いので、個別に討伐依頼が出ていたらしい。その懸賞金が、十二万。

 新米討伐兵として、上々の駆け出しである。

 「好きなだけ飲み食いしてくれ。なずなのスキルがなかったから、全滅してたかもしれないんだ」

 「ちょっと、ゾッとすること言わないでよ」

 「一回死んでみるのもいい経験になるぞ。お前も一回くらい」

 「ハルちゃん、私、レベル上がったのよ。ちょっと強くなったから、たぶんハルちゃんくらい倒せるわ」

 「え、そうなのか。じゃあ、新しい魔法も覚えられるよな」

 「そうよ。もう覚えたわ」

 「どんな魔法にしたんだ? 炎か、雷か?」

 「撥水魔法。なずなの服、高いって言うから、かけてあげようと思って」

 「……」

 おれたちは、数日ぶりのまともな食事に舌鼓を打った。

 勝負は引き分けにしようと言い出したのはクラウスだった。自分のパーティでは手も足も出なかったゴーレムを倒した相手に、勝ったつもりでもいられないという。そう言われると、蘇生の代金として受け取った代金を返さないわけにいかなかったのが惜しまれるが、その三分の一をピンハネしたなずなは、しかし必ず返すとの口約束で許されて、晴れて選択権を与えられ、そのまま即刻パーティを抜けてきた。田川の話が長いのと、ふたりがなずなを見る目つきの品の無さが気に入らなかったという話だ。

 「でも、田川って人、死んでたじゃない。よく見てない間に」

 「すぐに生き返りますよ。クラウスって人、本当にお金持ちなんですから」

 それにしても、となずながおれを見る。

 「よく、あんな土壇場で、へんちくりんな作戦を思いつきますね。私、けっこう感心してしまいます」

 「へんちくりんだと」

 「そうよ。ハルちゃんって、島からこっちに来るときの船でもね……」

 なずなは口を抑えて、コロコロと笑った。涙さえ滲ませながら、死線をくぐった直後の妙な高揚感を、そのまま笑いにしたような様子だった。

 「食事中だからと葵が気を遣って省いた話があるから、それは後で聞かせてやるよ」

 「ね、ねえ、ハルちゃん、本当に止めてよ!」

 「聞きたいです。私、今日は死にかけましたけど、春太さんと葵さんって、本当に……」

 なずなの頬から、何かころんと落ちたのを見た。そして、それは次々に、止めどなくあふれてくる。

 「ご、ごめんなさい……」

 なずなはとうとう両手の平で目を押しつぶすようにして、くつくつとしゃくり上げて息を吸うばかりで、何もしゃべらなくなった。

 おれはフォークを置いて、葵と顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。そんな顔をしなくても、そのつもりだ。

 「なずな、報酬は山分けって言ってたな」

 「はい……」

 すぐさま頷く。これほど子供のように泣きじゃくっていて尚、そこは譲らないのが現金なところだ。

 「ここの飲み食いで二万円として、残った十万のうち、今回大活躍したお前の取り分は、色つけて四万で依存ないな。そして、それは当然、おれがもらう」

 「は……」

 「お前、金は返すって言っただろ」

 「い、言いましたけど、宿も出ちゃったし、ご飯も……」

 「飯ならしばらくおごってやるよ。部屋もあるし、宿代は三等分だから、それくらいだったら出せるだろう」

 なずなの赤い顔が、きょとんとしておれと葵を見比べる。

 「だ、だから、かわいそうだから、パーティに入れてやるって言ってるんだろ! わからない奴だな、もう!」

 「え、ほ、本当……」

 「このタイミングで、そんな嘘をつくような奴だと思ってたのかよ」

 ウウンとひとしきり首を捻ってから、なずなはようやく、

 「そうかも」

 パッと花が咲くように笑った。


 その日、今後は三人で寝泊まりすることを宿に告げ、部屋に戻って風呂に入り、なずなのパッチの詳細を聞き終えたあたりで、ドッと疲れが出て、おれたちは泥のように眠った。

 その眠りに落ちる直前に、畑のそばの光源は、そういえばどうやって消すのか聞きそびれたことを思い出した。そのままでは街の近くまで魔物を引き寄せかねないから、今度なずなに会ったら聞いておこうと考えて、はて、そういえば部屋にいるじゃないかと気付き、失笑する。明日、目が覚めたら聞こうーーそう思ったのは、夢の中だったかもしれない。


 【なずなのパッチの全て】

 光源を置く

 一瞬で耕す

 杭で囲んだ空間の湿度・温度を一定に保つ

 一括で可食物のみ収穫する

天気予報

 死体等を肥料化する

 種などを散布する

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