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99.国の産声と彼女のエゴ

99話目です。

よろしくお願いします。

 ヨハンナの下へと集まった、トオノ伯爵を始めとした共生派貴族たちの動きは機敏であり、また静かでもあった。

 オーソングランデ皇王の求心力の低下と情報の錯綜もあり、共生派貴族連合軍によって“新たな国境”が作られ、街道に現れたその時になってようやく、排斥派貴族たちは大きな内乱が始まっているのを知った。


 始まりは、ヨハンナの演説からだった。

「ここに新たな国の誕生を宣言いたします。その名を“イメラリア共和国”として、かの女王イメラリアが目指した多種族共生を国是といたします」

 その宣言が行われたのはトオノ伯爵領フォカロルであった。

 兵士達だけでなく大勢の民衆もその宣言を歓呼をもって受け入れ、獣人族や魔人族、エルフやドワーフといった者たちも歓声を上げている。


 しかし、喜びの声はヨハンナが続けた言葉によってゆるやかに収まっていく。

「……この国の誕生は、どうじにオーソングランデ皇国との対立を意味します。イメラリア女王が愛し育てた国家ではああるオーソングランデ皇国。そしてわたくしが生まれ育った国。それを敵に回すことになります」

 ヨハンナはゆっくりと深呼吸をして、周囲の者たちを見回した。


 彼女の周りには護衛としてアモンやマリアといった転向組の騎士たちが立っている他、共生派貴族の当主たちが並んでいる。

 その中に、プーセの姿もあった。

 ミーダットは獣人族兵を指揮して会場である領主館近くにある広場の警備を行っている。

「ですが、わたくしは戦います。今のオーソングランデ、そしてイメラリア教は女王イメラリアの信念を利己的な野心によって捻じ曲げています」


イメラリアが統治者であった旧オーソングランデ王国において人間だけを特別扱いした事例は無く、獣人族たちは自らの選択によって獣人族中心の町を作っただけであり、排斥の結果では無い。

魔人族も人間の国を乗っ取る形で国を設立したものの、結果として分裂していた国をまとめあげ、非人道的な魔法薬によって暴走していた者たちを退治したのも彼らだ。


「過去、イメラリア女王が目指したものを、作り上げたものを、再びこの国にもたらすためにわたくしは戦うことを決意しました。そのために、皆様の力を貸してください!」

 美しい姫の呼びかけに、再び大きな歓声が沸きあがる。

 にこやかに手を振って応えるヨハンナは、ちらりと斜め後ろに控えているフェレスへと視線を送り、行動にミスが無いかをさりげなく確認する。


 フェレスが小さく頷いたのを確認して安堵したヨハンナは、協力を申し出てくれた領主たちの紹介へと移っていく。

「……これで良かったのかねぇ」

 離れた場所から演説を見守っていたミーダットが、小さくため息を吐いた。

 魔国へ入って、一二三が消えたと聞かされたかと思えば、新しい国づくりに携わることになった。行きつく間も無いとはこのことだ。


「ウチらの出番が増えてくれるのは良いんだけれど……」

「何か不満ですか? 聞けば新しい国で獣人族からも国政に携わる人材が登用されるとか。こりゃあ新しい時代が来ますよ。その先陣を切れるんだから、武人の誉れでしょう」

 ミーダットが不安げに呟くと、近くにいた獣人族兵が喜色満面で声をかけた。

「……国政に携わる? そんな人材がどこにいるんだい」


「えっ? フルブ族長とか、エクンさんとか……ええと……」

「それだけだよ。他は戦闘馬鹿ばっかりだから、政治の場で人間や魔人族とまともにやりあって行けるのがどれほどいるや」

 レニやヘレンがいた頃であれば多少は希望があったが、エクンは商人として政治に距離を置いている所があり、フルブは研究者の色が強すぎて政治に向いているとは言えない。


「それに、先陣を切るのはウチらじゃないんだよ……」

「どういう事です?」

「まわりを見てみなよ。重要な人物が足りないと思わないかい?」

 言われてくるりと視線を巡らせる。

「そう言われると、ヴィーネ様がおられませんね」


 ヴィーネは魔王軍の将軍として、ネヴィルがいなくなってそれまでの将軍たちの中でウェパルやオリガへの恭順の意を示した者たちと合わせて魔人族軍の最高位に据えられていた。

 自覚は今一つなさそうだったが。

「でも、魔国……魔王城を守る為に残るという話ではありませんでしたか?」


 魔国を出る前に聞かされた内容を思いだした獣人族兵の言葉に、ミーダットは首を振った。

「あれは表向きの話。……もう言ってもいいかな。結局さ、誰も魔王オリガを止められなかったってことなのさ」

 遠い目をしたミーダットに、獣人族兵はそれ以上言葉をかけることが出来なかった。


☆★☆


 ヨハンナの演説が始まった頃に、新たな国境線を引いたのは、オリガとヴィーネが率いる魔人族兵と近隣領地の領兵たちだった。

「連中を止めろ! 畑に入ってもいいから回り込め!」

 街道に突然大挙して押し寄せ、仮設の関所を作り始めた魔人族兵たちに対して、巡回の警備兵たちは狼狽しながらも排除に取り掛かった。


 近隣の町から応援の兵を呼んだことで、排斥派側の兵数も一気に増えた。そこまでは、敵の数を見て戦力を糾合してからの行動だと判断した巡回兵の指揮官は有能だったと言える。

 だが、問題はその質にあった。

「結構早いですねぇ」


 片方だけの兎耳をぴこぴこと動かして、敵の発する命令を聞きとっていたヴィーネは仮設の関所工事現場を守る様に立っていた。

 周囲には魔人族兵と領兵が半々といったところで、領兵たちも領主に命じられてヴィーネの指揮下に入っている。

 敵方の布陣が進んでいる間、のんびりと敵を監視しているだけのヴィーネに兵士達は焦れはじめていた。


「動かないのですか? 敵が背後に回ってしまいますが……」

「大丈夫ですよ」

 領兵に尋ねられ、ヴィーネはニッコリと笑う。

「後方に回り込んだ方が、相手は酷い目を見ます」

 それよりも、敵が前後に別れた直後を狙うから突撃の準備をするようにと伝え、ヴィーネはさらに魔人族兵にも行動の命令を出した。


 後方には、オリガがいる。

 息子に体力と魔力を同時に持って行かれたのかどうかは不明だが、通常より長めの産褥期をベッドで過ごしていたオリガは、まだ完全に体力が戻っているとは言い難い状態だった。

 そんな状態でも、反対する周囲を説得したり脅したりして無理やり戦場に出てきた理由は一つだ。


 戦いを長引かせるためである。

「来ましたね」

 すやすやと眠る息子を抱えた、フォカロルでトオノ伯爵から譲り受けた台車に据え付けた椅子に座っていたオリガは呟く。

 最早彼女のもう一つの感覚器とさえ言える風魔法エコーロケーションに、街道脇の麦畑をかき分けて迫る敵を感知したのだ。


「およそ三百の兵数が左右に分かれて街道を迂回して来ます。動きから察するに、左右から挟撃するつもりのようですね」

「ほぼ同数ですか」

 副官兼世話役として、魔人族ニャールがオリガについていた。多少の戦闘も可能であり、長くウェパルの侍従として働いていた経験もあるので抜擢されたのだ。


「では、こちらも左右にわかれますか?」

「それでは味方の被害も大きくなりますし、“敵が全滅してしまいます”」

 オリガの言葉の意味を、ニャールはすぐには理解できなかった。確かに魔人族兵の強さを考えれば同数の人間相手に敗ける事は無いだろう。だが、その口ぶりはそれでは困るかのようだ。


「全軍を右からの敵に当ててください。そちらは全員殺してしまって構いません」

「それでは、左からの敵は……」

「私が片付けます」

 無茶だ、と言いかけたニャールはすぐに口を閉ざした。目の前にいる人物は一二三の妻であり、八十余年前の一二三封印劇の際に唯一彼に大きな傷を負わせた女性なのだ。


「では、任せましたよ」

 そう言って、オリガは子供を抱えたまま台車を下りて街道の端へと歩いて行ってしまった。

「大丈夫、だと思うけど……」

 若干の不安を滲ませながら、ニャールは兵士達を二つに分けて街道上に残す部隊と、麦畑に潜ませる部隊に分けた。街道上で敵をひきつけ、側面から攻撃させるためだ。


 よく訓練された兵士達はキビキビと動き出し、敵が迫っていると聞いても落ち着いて行動していた。

 そうしているうちに、ヴィーネがいる前方の部隊から戦いの音が聞こえ始めた。

「前方は前方で大変みたいね。……えっ?」

 ニャールはオリガに匹敵するほどの鋭敏な索敵能力を使って戦場の様子を捉えていたが、オリガが担当すると言っていた左方からの敵部隊が突然立ち止まり、そろってバタバタと倒れていくのを感じて振り返った。


 そこには、麦畑に向かって悠然と立ったまま、開いた鉄扇で子供を優しく仰いでいるオリガの姿があった。

「な、何をされたのですか……?」

 右方の敵への対処が始まり、側面攻撃がうまくはまって敵が潰走しはじめたのを見計らってニャールはオリガへと近付いた。


「麦畑一帯の空気を少し薄くしただけです。懸命に走っていましたから、身体はさぞ空気を欲していたのでしょうね。みんなすぐに気を失いましたよ」

「そ、ソウデスカ……」

「ニャールさん」

 兵士達の指揮がありますので、と背を向けようとしたニャールに、オリガの声が届いた。


「な、なんでしょうか?」

「あまり沢山殺さないようにしてくださいね。ヨハンナ様の戦争に協力は致しますが、すぐに終わらせるわけにはいきません。特に強い人が出たら、すぐに私かヴィーネに知らせてください」

 その理由は、聞けばニャールにも理解はできた。納得するのは難しいが。


「主人が戻った時に、敵がいなくては悲しむと思いますから」

 こうして始まったオーソングランデの国を割る為の戦闘は、内戦を始めた側の都合によって終わらせることが許されないいびつな方針を抱えていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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